第1話 失意の登校! ダンカのスカウト!!
気づくと、真っ赤に染まった信号をただじっと見つめていた。
ここ数日、一点を見つめては、よくぼーっとしていることが増えたらしい。自覚はない。同僚や上司に言われて知った。体の疲れが取れないせいだろうか。
信号は赤のままだ。
「……長いなぁ。いっそ、永遠であればいいのに……」
働き始めてから、毎日が少しずつくすみ出した気がする。
もしかしたら、それが社会の歯車になるという意味で、正常な反応なのかもしれない。
楽しみは子ども達のためのものだと考えれば、大人になったという事なのだろう。
信号機は変わらず真っ赤っかだ。
どういう訳か辺りが騒がしい。
不意に、視線を右に外すとトラックが目前まで迫ってきていた。
ここは歩道のはず……、そう思い、ゆっくりと迫ってくるトラックから逃げようとした。
体は動かなかった。
「……はっ、はっ、はっ……、はあ、はあ……」
夢だった。
今でも時々フラッシュバックする前世の世界最後の記憶。
うまくいかなかった日の夜に、決まって見る夢だった。
ただ、この夢を見ると、僕が転生者だったという事を思い出せる。
ダンジョンのある現代、しかも女の子になれたという事で、死んだように生きていた時代から比べれば、とてもとても楽しい日々が待ち受けていると思っていた。
そんな事もあった。
現実には、目に見えない上下関係やら、意味がわからないマウント合戦やら、人間関係の空中戦に巻き込まれてそれどころではなく、結局鬱屈した人間関係から逃げて前世以上にぼっちだ。
おまけに高一になっても発育が悪く胸が小さい。
せめてそこくらいは楽しませてくれと言いたいが、こればかりは誰に文句を言っても仕方がない。持たざる者はどこまでも、何も手に入れる事ができないという事なのだろう。
夜道に男と遭遇してからは男も怖いし、以前よりよほど人間不信になってしまった。
「まさか、男に戻りたいと思う日が来るとはなぁ……」
そんな思考が、自分勝手で嫌になる。
2年連続でダンジョン探索者にもなれなかったし、才能もなさそうだ。
探索者だった親の昔話は聞いていただけに少しは自分に期待していたのだが、親と子どもは別人という事らしい。
そんな最悪な朝を乗り越えて、学生は学校に来ていた。
何か切り替えるのにいい話題はないだろうか。
このままだと1日どころか1年くらいへこみ続けてしまいそうだ。もしかしたら一生かもしれない……。
「そういえば」
僕は昨日拾ったカードを取り出した。
トランプみたいなゲームのカードにも見えるが、なんのカードかわからない。
交通系のICカードとかだったら困っているかもしれない。ただ、誰だかわからない人の物だから届けようにも方法がない。
「これは絶景」
「へ?」
僕は反射的にスカートを押さえた。
前を見ると、校内では有名な女子生徒の空色をした頭頂部が見えた。
どうやら、僕の席の前にかがみ込んでいるらしい。
母に褒められてスカートにしたが、スラックスにしておけばよかった。
ひょっこりと目元まで顔を出したのは、当然、変人と名高き高見沢みふださん。空色の髪にツインテールは僕の知る限りこの人しかいない。
高見沢さんは何やら怪しげな勧誘を日夜1人で行っているらしい。
今回は僕が標的だろうか。
「いや、そもそも見えないでしょ」
「それはどうかな?」
見えないと思うのだが、不安になる言い方だ。
もしかしたら、姿勢的に見えていたのかもしれない。
この辺りは、他の女子と因縁があるところなので気をつけていたつもりだが、どうにも元男という事で油断してしまいがちらしい。
若干の恥ずかしさで顔が熱くなる。
「それで、ぼ……、私に何か用かな。高見沢さん」
「用はもちろんそのカード。どこに落ちてたの?」
変態の所業をしていた高見沢さんは、先ほどの事などもうなかったかのように、僕の手にあるカードを指した。
どうやら勧誘の標的になった訳ではないらしい。
「どこって、拾ったんだ。昨日、女の子が落としてって……」
あれ? なんで僕が言う前に落とし物だとわかったんだ?
そこで僕はじっと高見沢さんの顔を見た。
右の泣きぼくろは、高見沢さんが自己紹介の時に自分で言っていたチャームポイントだ。
にょきっと顔がしっかり見えると、ぼんやりとした記憶だが、昨夜の記憶がよみがえってくる。
「あ! 昨日の!」
「しっ! 静かに」
「むむー!」
なぜか口元を押さえられ、人差し指を立ててくる高見沢さん。
先にそのジェスチャーをしておいてほしいのだけど、女子に密着されてしまっては抵抗できない。
大人しくうなずいておく。
あれ? でも、昨夜はツインテールじゃなかったような……。
「助けてくれたのはやっぱり歴ちゃんだったんだね」
「むむむ」
ああ。話せなかった。
「昨日は逃げ出してごめんね。恥ずかしくって」
「むん」
「でも、昨日のことは内緒にしてほしいな。その代わりと言ってはなんだけど」
もったいぶるように目を合わせてくると、高見沢さんは耳元に顔を近づけてきた。
吐息が当たってくすぐったい。
「一緒にダンカで頂点を目指さない?」
ゾクゾクっと背筋が震えた。
「ね」
それからウインクまでされたが、変な感覚のせいで言っている内容が頭に入ってこない。
変わり者だとは知っていたが、ほとんど絡みがなかったはずなのに、ここまでよくわからない事を言ってくるとは。
「歴ちゃんってさ、探索者目指してるよね」
「む」
バサっと、受験会場へ向かう僕と、出てくるうなだれた僕の写真が机の上にばらまかれた。
「むむっ!」
慌てて体をおおいかぶせる。
「むむむむ……」
さっきから結構動いているのに、全然口から手を離してくれないな。どんなところに執着しているんだ……。
「ばらされたくないみたいだね」
僕はうなずく。
すると、高見沢さんは満足そうに笑った。
「わたしの家、プライベートダンジョンがあるんだ。まずはそこへ行ってみない? 歴ちゃんにとっても、悪い話じゃないと思うな」
「むむむむーむむむむむ」
なんだそれ、行ってみたい。
でも、なんか関わり合いにならない方がいい人種な気がする。
「ね、行くよね。きっとこれは運命だったんだよ。ふっ」
耳に息を吹きかけられ、僕は反射的に体を震わせた。
「うん。決まりだね」
どうやらうなずいたと思われたらしい。
口を封じられた僕には反論の余地は残されていなかった。
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