第18話 スライムの絡みつく! 偽歴が場を乱す!!
千伊香ちゃんは僕ではなく僕と似ているようにも見えるスライムと戯れ出した。
正直なところ、戯れているという表現が正しいのかわからないほど、激しくいちゃついているように見える。
まあ、女子同士のいちゃつきは嫌いじゃないのだけど、片方が今の自分そっくりな姿だと思うと複雑な気持ちになる。
「ち、千伊香ちゃん? 僕はこっちだよ?」
「ああ。お姉様。声が遠くから聞こえてきます。あらあら、お姉様ったらこんなに」
「待って! なんかちょっとそれはまずいと思う! ね、みふだちゃん」
「……」
返事がないのでみふだちゃんの方を見ると、みふだちゃんは食い入るように千伊香ちゃんとスラちゃんが戯れている姿を見ていた。
「み、みふだちゃん……?」
「……! ち、違うよ? いつもと雰囲気の違う歴ちゃんに興奮したとか、そういうのじゃないから!」
「興奮したの?」
「違う、違うの!」
顔を真っ赤にしてぶんぶんと首を振ると、みふだちゃんは肩を掴んできた。グッと近づいてきたせいで否定しながらも鼻息が荒い事がわかってしまう。
ただ、いつもより真剣そうな表情で見つめられると、僕の方までなんだか顔が熱くなってくる気がした。
自然と目を見つめ合う形となり、心臓が耳にあるんじゃないかというほどうるさい。
ま、まずい。このままだと雰囲気に流される。
「わ、わかってるよ」
みふだちゃんから顔を背けつつ、僕はみふだちゃんの肩を叩いた。
「みふだちゃんはそういう子じゃないって知ってるから」
「いや、本当に違うんだって! 信じて!」
「信じてる。別に失望したとかじゃないから。安心して」
「そ?」
なるだけ顔を見ないようにしていると、心配そうに顔をのぞかれた。
考えていた事を忘れてしまったじゃないか。
くそう、どうにもこの子は顔がいい。
僕は大きく息を吐いてから覚悟してみふだちゃんの顔を見た。
うん。いける。
「そうそう。大丈夫だからさ。あのスラちゃんを止めてくれない?」
「あー……、ダンカが終わったからすぐに戻るはずなんだけど、なんだか仲良くなっちゃったみたいだね。もうちょっと遊びたいみたい」
「え」
「戻ってくれないんだ」
何か通じるものでもあったのか?
スラちゃんの方はそれでいいとしても、千伊香ちゃんの方はどうなんだ? 僕だとわからない様子のまま、うっとりとジェル状の体を撫でているが、どう考えてもおかしいだろう。
「千伊香ちゃん。それ以上絡まないで」
「やっぱり、お姉様の声が。……はっ!」
ようやく何かに気づいたように千伊香ちゃんは目の前の擬態したスラちゃんと僕を見比べ始めた。
「顔が違います! あたしはいったい……」
「ようやく気づいた? ほら、そのスラちゃんから離れて」
「すぐに向かいます!」
スライムの粘液まみれになった千伊香ちゃんは、勢いよく立ち上がるとどういう訳か僕の方へと駆けてきた。
「待って! 離れてってそういう意味じゃ」
「お姉様ったら、あたしが取られて嫉妬しちゃったんですね。かわいいです」
「違う。そのデロデロを取ってからなら後でハグでもなんでもしてあげるから今はこっち来ないで」
「なんでも? 今、なんでもって」
「……、で、できる事ならなんでもす」
「嫌です。今すぐお姉様の体で温めてください」
「マジかよ。なんでもよりも今なの? というかそれ冷えるんじゃないか。本当に、うっ……」
後ろを確認しながら逃げていたのが仇となったらしい。僕は自分と激突していた。いや、スラちゃんに激突していた。
「うぅ……」
当然すぐに粘液まみれ。ひんやりとしてまとわりつくような感覚が全身に張り付いている。
ぴっぴっと飛ばしたり、地面になびいたりしてみてもすぐには取れそうもない。
こんなねちょねちょしてるのに、千伊香ちゃんはなんで気づかなかったんだよ……。
「えーい!」
「ぐへっ」
そして、スライムに気を取られていると後ろからも激突。
おそるおそる振り返ると、そこには千伊香ちゃんの顔。
「つーかまーえた」
「ひゃああああ!」
「お姉様。えっちです。素敵です」
「嫌だ。そんな事を言われるために僕は逃げてたんじゃない」
「知ってるんですよ」
しん、とした声に僕は息を呑んだ。
千伊香ちゃんの顔が、ふざけた調子の笑顔から、まるで蛇のように獲物を狙う目に変わったのだ。
「な、何を……?」
「お姉様の目、男の子みたいにあたしの胸を見てるって事」
「い、いや」
「揉みたいんですよね。いいですよ。あたしも揉みたいです」
ダメだ。流されるな。こんな意味のわからないスライムまみれの状況で、意味のわからない誘いに乗ってはダメだ。
梨野歴。正気を保て!
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