第17話 勃発! 歴をめぐるダンカ!
正面から向かい合ったみふだちゃんと夢野さん。
よくわからない形で始まった戦いはお互いにとっては真剣そのもののように見える。
2人は今、僕をヒロインか何かのように取り合っていた。
しかしまさか、謎のクイズからダンカバトルに発展するとは思ってもいなかった。
「どうやらお金でお姉様の事をたぶらかしているようですけど、本物の愛はお金では買えないという事を証明して差し上げます」
夢野さんが心の炎を燃やしながら言っている。何故かいつもよりダンジョンが暑く感じられる程だった。
ただ、何がこの子をこうまで駆り立てるのかよくわからない。
「お金じゃわたしたちの関係は説明できないよ。歴ちゃんはわたしにとって心の拠り所なんだから」
「そうなの?」
「そうだよ。ずっとそばにいてね。ずっとそばにいるから」
「うん」
これはこれは、いつの間にか結構な関係だと思ってもらえていたみたいだ。
僕としては負担をかけっぱなしだと思っていただけに、これはこれでこそばゆい。
ずっとというのは協調表現だとしても嬉しい限りだ。
2人の言葉で双方が双方の思いをぶつける形でこの場に立っているという事だけはわかった。
しかし、夢野さんはみふだちゃんの実力を理解してるのかな?
そういえば僕も知らない。ダンカをしてるみふだちゃんは初めてみるかも。
「どっちもがんばれー」
車の時と違って僕はテキトーに審判をすればいいので気が楽だ。
「歴ちゃんがわたしを応援してくれてる」
「お姉様があたしを応援してくれてる」
2人が2人して嬉しそうに手を振ってきたので僕も振り返す。
「あ、あはは……」
「負けられない」
「負けません」
合ってる。合ってるけど、2人ともに言ったんだよ……。
気を取り直して、準備完了。
夢野さんの盤面にはマリアンヌという蝶のようなモンスター。
前回僕が見たものと同じ個体に見える。
対してみふだちゃんが場に出したのは……、ただのスライムだった。
「え、スライム?」
僕のせんちょーと違って進化した個体にも見えない。
みふだちゃんの実力からすれば、狂戦士のようなモンスターがうじゃうじゃいるデッキを組んでいるのかと思ったが、これはどういう事だろう。
「あらあら、スライムとは随分とまあかわいらしい」
「でしょ? スライムはダンジョンの基本で、ダンジョンの応用で、ダンジョンの全てと言ってもいい。ダンジョンの理解にとても重要なモンスターだからね」
「そうは言ってもただのスライム。勝ちました」
夢野さんはスライムをなめがちだと思うが、評価としては否定もできない。
僕だってマリアンヌを前にせんちょーは引っ込めた。
ランクの差はレベルの差以上に埋め難いものがあるからだ。
「お先にどうぞ」
「いいの?」
「はい。このまま勝っても色々と言われそうですから」
「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらうかな」
これがいいのか悪いのか、みふだちゃんは自らのデッキに指を置いた。
もはや初心者相手でも先攻を譲るつもりはないらしい。
それでも、先攻を譲った夢野さんはとても余裕そうだ。
気持ちはわかるが、それはいいのか?
「それじゃ、わたしのターン! わたしはスラちゃんの特性を発動。この効果でスラちゃんは分裂し新たな力を得る」
「な、分裂!?」
スラちゃんはみふだちゃんの指示通り、勢いよく体を小さく分けた。
そして、分裂した個体はさらに小さく分けられていく。
すぐにその場には大量の水玉のようなスライムが広がった。
個々の個体は弱くなると思うが、何か考えがあるのだろうか。
「数で攻める作戦とは、あまり賢いとは言えませんね」
君もやっていたじゃないか夢野くん。
「まあそう焦らずに。新たな力を得ると言ったでしょ?」
「言いました。それが何か?」
わかっていない様子の夢野さんに、みふだちゃんは楽しそうにニヤリと笑った。
「ここからがスラちゃんの本領発揮!」
「いったい、何が起こるんだ?」
「歴ちゃんにも見せてあげるよ。これが、スライムの特性を利用した分裂コンボだよ!」
みふだちゃんの指示が出ると全てのスラちゃんが一斉に姿を変えた。
ニョキニョキとまるで早回しで植物が成長しているかのように、スラちゃんの体は上へ上へと伸びていく。
それはまるで人のような形となるだけではなく、とても見覚えのある格好をしていた。
まさしく、僕やみふだちゃんが装備しているバトルドレスを装備した人の姿。
背格好も僕やみふだちゃんと同じくらいのそれは、とてもモンスターには見えない。
ただ、一点を除けば。
「あれ? 顔が……」
変化が止まってもその部分は変わらずじまい。
僕そっくりな探索者が子どもの似顔絵のような簡素な顔をして棒立ちしている状況がそこにはあった。
他のモンスターならかわいくなるのかもしれないが、人間だとなんとも気味が悪く寒気がした。
「な、何これ……」
「これがスラちゃんの分裂コンボ。特定の対象をコピーするの。今回は情報不足ってところでこんな感じ」
つまり情報が足りていたらもっと似ていたと?
低ランクのはずなのに恐ろしいモンスターだ。
「さ、わたしはこれでターンエンド」
「……」
みふだちゃんがターンを終えたが、夢野さんはぼーっとしていた。
なんだかスライムに見惚れているように次々と視線を移してとろけた顔をしている。
「……ああ、お姉様」
そんな時、ぼそっと夢野さんの呼び方で呼ばれた気がした。
返事をすると認めたみたいになるけど、無視するのもそれはそれで気分が悪い。
「何?」
「お姉様がいっぱい! どうしましょう。これじゃ、これじゃあたしどうしたら」
「いや、どう見ても顔が違うよね?」
「お姉様にあたし、何もできません」
「なんで? 偽物だよ? 僕ここにいるって」
恍惚とした表情で、まるで本当に何もできなくなってしまったように、夢野さんはその場に力なくへたり込んでしまった。
それでも大量のスラちゃんを見つめたままだ。いや、見惚れてたままだ。
「何もできない。わたしのターンかな?」
「ええ」
特性を活かした戦い方。
ランクは劣っていたはずなのに、これはこれで夢野さんは戦闘不能。
「ぺしっ」
「いやん」
みふだちゃんは華麗に勝ってしまった。
僕の力技とは違う作戦によって勝ってしまった。
少しの後、夢野さんはぼーっと顔を上げた。
そこにはまだみふだちゃんが立っている。
「わたしの勝ちだね」
「はい。みふだお姉様」
僕に向けるのと同じ視線で夢野さんはみふだちゃんを見つめていた。
体をくねくねとさせながらみふだちゃんの姿を上から下まで見ている。
「完全にあたしの負けです。好きにしてください」
「潔いんだね」
「当然です。本物の愛を見せられてしまったんですから」
無抵抗の夢野さんを前に、みふだちゃんはふーっと息を吐き出した。
「仕方ない。歴ちゃんにちゃん付けで呼ばれることを許可しよう」
「いいんですか。みふだお姉様」
「特別だよ」
「ありがとうございます」
「え、なんで!?」
勝手に話が進んで勝手に約束を取り付けてしまった。
ほぼ審判をしなくて良かっただけに油断していた。
止めに入ろうと走った時には、すでに期待した目2人が見てきている。
えぇ……。これ、断れないやつじゃん。
「お姉様」
「わかったわかった」
別に名前くらいならいいじゃないか。
そうそう。ちょっと変わっていてもかわいい事には変わりないんだし。
それでも、お姉様なんて呼んでくる子相手では抵抗があるのか心臓はどくどくとうるさい。
「……千伊香ちゃん」
「きゃー! お姉様ぁ! 好きぃ!」
「ちょ、ちょっと待て! ちょっと待て! そっちは僕じゃない!」
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