第六十二話 超えられない
十二月、クリスマスの季節だ。雪が降り、町は真っ白に模様替えしている。
冬休みで、全ての仕事が終わり、本当の休み。だから、俺は家で過ごしていた。わけではなく、なぜか佐藤に呼び出されていた。そのため、雪降る中を歩いていた。
「うう、寒い」
コートの前を閉める。風が冷たいし、突き刺さる。手袋もコートも役に立たない。耳がちぎれそうだ。去年はこんなに寒かったっけ? ああ、そうか、今年は大寒波で例年よりも寒いんだった。クソ、大寒波なんて死んでしまえ。
とか、思っていると、いきなり隣を誰かが走りぬけ、俺はそいつが巻き上げて雪をもろに喰らってしまった。
「うわぶ!! 誰だ!!」
「あああ! すまない先輩!」
「ん? 琴峰か」
なるほど、納得だ。人間でこんなことが出来るのは琴峰か、どこかの借金まみれの執事だけだ。てか、琴峰、すごい格好じゃね? 半袖にミニスカート、スパッツってお前、どこの元気少年だよ。元気すぎるだろ。
「そうだな。琴峰のごとくだな」
「心を勝手に読むなよ。しかも、あんまりうまくないし」
「そうか、それはすまなかった。それなら、私はここでリストカットしよう。見苦しい姿をさらすくらいなら死んだほうがましだ」
「いやいゆ!! やめてくれ!!」
死なれたらマジ困るから。警察沙汰だから!!
「そうか、そういうなら、やめよう。本当にすまなかった」
「いや、いいけど。琴峰はなにやってるんだ?」
「うむ、友達のお見舞いだ」
「そうなのか。早く良くなるといいな」
「ああ、ではな」
琴峰が来たときと同じで化物じみた脚力で走っていった。その際また、雪をかぶったことは予想通りだった。
「はあ、俺も行くか」
佐藤に言われた目的地へと向かう。そこは商店街のはずれにある小さな店であった。
「ここだよな?」
メモを見ながら来たから間違いはないと思う、佐藤が間違っていない限りは。考えても仕方ないな。入ればわかることだろうし。
「失礼します」
「おお、隼人よう来てくれたなあ」
「ああ、来たが、何をすればいいんだよ」
「まあ、ちょちい、まってや」
また、待つのか。とりあえず、店の中でも観察するか。店は狭いながら、温かい雰囲気のある居酒屋だった。いつか、佐藤が言っていたおっさんがやっている店なのかもしれない。その証拠におっさんらしき男の人が写った写真がいっぱいある。
なんというか駄目なおっさんというイメージが浮かんだ。だが、どこか憎めないそんな感じだった。と、写真を見ていると、見たくない奴がいた。
「なんでこんなところにいる変態」
「ふっ、マイハニーもここに来たのかい?」
変態ことタイガースチール岩本がそこに居た。避け続けていたのに。クソ。こいつがいるだけで鳥肌が止まらない。てか、マイハニーとか言うな気持ち悪いんだよ。それにこっちににじり寄ってくるなよ。
「俺の半径3mに近づかないでくれ」
「フッ、私のマイハニーはどうやら、照れ屋さんのようだね」
ああ、気持ち悪い。どうして、そこで服を脱ごうとする。意味がわからん。というか今冬だろうが、この店、ストーブとか暖房とか置いてないからかなり室温低いだろ、風邪ひく気かよ。いや、ぜひ風邪を引いてくれ。会わなくてすむ。
「なぜ、脱ぐのか。それは、マイハニーに私の無駄のない鍛えあげられた肉体を見せようと思ってな」
「見せんで良いわ!!」
そんなもん見せられた日には発狂して死ぬわ!!
クソ、佐藤早く来てくれ。そのおっさんでもいい!!
俺の願いが叶ったのか、佐藤が店の奥から出てきた。
「待たせたな~。ほら、おっさんも出てきい」
「おう、俺がオッサンだ。って誰がおっさんだ!!」
「さすがおっさんノリツッコミやなあ。よっ、大将」
「ははは、そんな褒めんなよ。照れるじゃねえか」
「そげな格好で照れられたらきもすぎや~」
「ははは、そうだなあ|」
「「どうも、ありがとうございました~」」
どうやら、いつの間にやら、漫才が始まっていたようだ。いったいいつから始まったのか。というかさっきの話しオチあったか? なかったような気がしたんだが。しかし、今ツッコミを入れたら、物凄い面倒なことになると思う。ここは岩本に任せてみよう。
「私の筋肉を見ろ!!」
駄目だまったく役にたたねえ。しかたない、スルーして本題に入ろう。
「で、本題はなんだ」
「おおそうやったそうやった。うちが、ちょっとした理由で休むことになってなあ。その間代わりを勤めてほしいんや。この変態と」
「お前は、俺がこの変態と二人っきりになったらどうなるかわかってるよな」
もちろんというように佐藤が頷く。
こいつわかっててやったな。クソ、こんな話乗るんじゃなかった。しかし、来てしまった手前、戻るに戻れない。
だから、盛大に溜息をつく。
「はあ~」
「まあ、がんばりいや。おっさんはほとんど厨房やから」
それ一種の死刑宣告じゃないか?
「じゃ、うちは行くとこあるから。じゃ、おっさんあとは頼んだで」
「おう
そういうと佐藤は店を出て行った。
****side佐藤
「さて、じゃ行くかあのバカ兄貴の場所に」
うちは、雪を踏みしめ、とある場所へと向かった。それは、兄貴との思い出の場所だ。唯一、うちと兄貴の本当の思い出がある場所へと。
・
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そして案の定そこには、兄貴がいた。
「やあ、待ってたよ美由紀」
「ああ、探したでクソ兄貴。この一年、お前はどこに行っとったんや。あんたは何をやっとるんや」
兄貴が考えとることはうちにはまったくわからへん。でも、これだけは言える。兄貴はロクでもないことを考えとる。それが、どうも隼人を中心に巻き起こっとるということもなあ。兄貴に一度も勝った事はないけどなあ、譲れんもんはあるんや。
「う~ん、それに答えると、大変なことになるけど、言いのかい?」
「別に問題ならあらへん。どうせ、うちを消すつもりなんやろ」
そうじゃなけりゃ、こんな場所おるわけがない。うちが見つけられるような場所におるわけがない。
「ん? 正解だよ。まあ、半分だけど。どの道、お前はあいつらの前から消えることなるからね」
「そか、で、話してくれるんやろな全て」
「お前が望むならね」
当たり前や。
「さあ、話しいや」
「ああそれはね―――――――――――――だよ」
「な!?」
兄貴から語られたのは荒唐無稽、小説やアニメ、ゲーム、ファンタジーの世界でしかありえないような内容だった。到底信じられることなど出来るわけがない。それが、あいつやったのならなおさらや。しかも、そげなことが繰り返されとるなんてどんな地獄や。
「わかったかい? 理解した? それが真実だ。俺はそれの先が見たいんだよ」
「どんなに失敗してもか?」
「そうだよ。でないと、今まで死んだあの子たちに申し訳がたたないからねえ」
そういう兄貴は何を考えとんのかまるで読めへん。でも、これだけはわかる。もう、うちに自由はない。でも、これも自分で望んだことや後悔はない。
「わかった、うちの協力がいるんやな。それはわかった。さあ、行こか」
後悔はないが、悔いはある。ひとつだけ伝えたいことがあったけど、まあ、それはええか。
「ああ、こっちだ」
さよならや、隼人。
****
この頃、あの店の手伝いを頼まれてから佐藤の姿を見ていない。どうしたのか。
「あいつがいないと静かだな」
「どうしたんですか?」
窓から真っ白な町を眺めて呟いていると桜崎がやって来た。
「いや、この頃佐藤を見ないと思ってな」
そう言うとなぜか、桜崎の顔が曇る。
「知らないんですか? 佐藤さん、退学したらしいですよ」
「えっ?」
俺はまた、友達を失った。
あれ? またってなんだ? いなくなったのは佐藤だけなのに…………。