第五十八話 悲しき復讐者
8月、夏休みだ。けどまあ、例年通り生徒会室に来て仕事。冷房が今だ直っていないのでまた地獄のような中での作業。
「劉斗、なんとかならないか?」
「セバスチャンは有給休暇とってバカンスだ。おそらくそのあたりでネコでも追っかけてるだろうかプリンやでも言ってるんだろう」
こんな時にセバスチャンが休暇とはついてない。てか、それなら業者に頼めばいいじゃん。
「そうだよ劉斗!!」
「今は色々と忙しいそうだ洋平。やはりこの夏は異常気象らしくてな。どこもエアコンが壊れるところが続発して大儲けだ」
「確かに異常気象ですわね~」
扇子で扇ぎながら西園寺が言う。
「確かにな」
そしてエアコンの室外機の排熱で更に気温が上がると。悪循環もいいところだ。
「暑いです」
「我慢しろ桜崎って!!」
桜崎は綾崎とたらいに入れた氷水に足をつけていた。
「お前らこちとら暑いの我慢してんのになにやってんだ!!」
「あうう、暑かったから、えっと、岩本君に」
「フッ、女性の頼みは聞かなくてどうする」
帰れ変態。あれ、そういえば珍しいな桜崎たちだけで赤羽が何もやってないなんて。一番やりそうなのに。
「私今日は用事があるの帰るわ」
「ああ、赤羽気をつけろよ」
「ええ、ありがとう。じゃあね」
そう言って赤羽は生徒会室を出て行った。
この時俺はまた何も気づけていなかった。赤羽の違和感に。
****
さて、行こうかしら。でもその前に。
「そこにいるんでしょう出てきたらどうなの」
佐藤帝が公園の茂みから出てくる。
「お見通しか」
「そうね。それでなんの用、私結構忙しいのだけれど」
「そうだね。君の目的の物を持っているといったら」
「すぐに教えなさい」
「わ~お、怖いね、いきなりすごんじゃって」
へらへらと笑う佐藤帝。
「さっさといいなさい、でないと……殺すわよ」
隠し持っていた銃を抜く。
「おお、怖い怖い、一体日本はいつ銃の持込を許可したんだろうね」
「いいから、さっさと言いなさい。本当に撃つわよ」
「…………まあ、いいか、もともとこのつもりだったんだし。みんな消えてしまわないとはじめられないからね」
不穏なことね。消える。こいつ何を考えているのかしら。
「俺は俺のことしか考えてないよ」
「どうだか」
「疑うのはいいけどね。俺にはもう時間も残されてないんだし」
「…………それで早く言ってくれる」
「ああ、君のそうだね、君自身の、赤羽紫苑という人間を殺した人間つまり仇だよね」
「…………」
コイツ、どこまで知っている。なぜ知っている。あの事件は誰も本当のことは知らないはずだ。なら、こいつが……。
「いや、俺は君の仇ではないよ」
「じゃあ、誰」
「この前ノーベル賞とった人覚えてる?」
「坂城皆人」
知り合いだ。昔、私の両親と研究を行っていた。確か助手だったはずだ。
「そう」
「やっぱり」
「やっぱりってことはわかってたのかな?」
「ええ、なんとなく。確証はなかったけど」
「そう、じゃあ、がんばってね?」
佐藤帝が後ろを向いて立ち去る。私は迷いなく引き金を引いた。
パァン!!
だが、それは佐藤帝にはあたらなかった。直前で佐藤帝が避けたのだ。
「危ないな~」
「アナタ本当に何を考えてるの」
「何を今更なことだね~。まあ、さっきも言ったとおり、俺は俺のことしか考えてないよ」
「…………」
「じゃあね~」
佐藤帝は去っていった。
「…………行こう」
公園の外に止められた黒塗りの車に乗り込んだ。
「ボス、どこへ行くんですか?」
「……武器庫へ」
「はい」
車は静かに発車して海の方へと向かう。その間に電話を使う。
「全員を集めなさい。今すぐに」
メールと電話を繰り返した。港の倉庫に集まる。
「行くわよ」
「ついに俺たちが動くときが来たんですね姉さん!!」
「ええ」
罪を償わせるときが来た。
「準備をしておいて」
それだけ言って私は自分の部屋に行く。着替えをするために制服を脱ぐ。
「…………」
背中の火傷が露わになる。昔の火傷。忌まわしき傷。
「長かったわね、紫苑。本当に」
本当に長かった。
****
昔々、仲の良い瓜二つの双子がいました。姉は気が強く、妹は気が弱かった。
しかし、とある理由により双子ではなく一人として育てられました。
それでも二人は幸せに暮らしていました。本当に幸せだったのです。
だけど、その幸せな時間は引き裂かれました。
死ぬはずだった妹は双子の姉と入れ替わり背中に火傷を負いながらも生き残ってしまいます。
たった一人生き残ってしまいました。
たった一人、たった一人。
自分だけ、自分だけ。
生き残ってしまいました。
そして妹は必ず家族を殺した奴を見つけ出すと誓いました。
その後その妹を見た人は一人も居ません。
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ドンドン!!
「!?」
扉を叩く音で我にかえる。どうやら、結構な時間考え事をしていたようだ。
「思い出しちゃったじゃない、まったく」
急いで着替える。
「姉さん準備は出来ました!」
「ええ、行きましょう」
黒服に付いて部屋をでる。そして目的の場所へと出発した。町並みが通り過ぎていく。心残りといえば隼人たちのこと。会計が抜けたらどうなるのだろうか。何か変わるのかしら。何も変わらないかもしれない。所詮、私は“紫苑”ではないのだから。
「でも、そうね……」
少しくらい、そう、少しくらいは後悔がある。本当の自分を誰かに知ってほしかったと。
「女々しいわね。そんな感覚はとっくに捨てたと思ってたのだけれど」
でも、もうお終いこれで、終わり。
「姉さん着きやした」
「そう、じゃあ、手はずどおりお願い」
「ヘイ!」
黒服の男たちがあわただしく出て行った。
「さあ、私も行きましょう」
待っていなさい。これで終わりよ。
・
・
・
とある部屋の扉があく。坂城皆人の研究室だ。扉のところには屈強なダークスーツの男が立っている。
「ああ、そこにおいておいてくれ」
「坂城皆人ね」
「ん? 君は誰だ」
坂城皆人が私に気がついた。
「この顔に見覚えがないのかしら」
「ん? 君みたいな女のこ――な!!」
「気がついたみたいね」
「あ、ああ、赤羽、赤羽紫苑!! バカな!! お前は、お前は確かに私が殺したはずだ!!」
ああ、そうね、あなたは紫苑を殺した。
「ええ、そうね、確かにあなたは紫苑を殺したわ」
「な、何だと!!」
「私は紫苑ではないわ。私は未恩、赤羽紫苑の妹よ」
坂城皆人の顔が驚きに引きつる。当たり前よね。赤羽紫苑に妹がいたのだから。
「な、なんだと、バカな!! 赤羽夫妻には子供は一人のはず!!」
「ええ、私はもしもの時の身代わりだったんだから」
もしもの時、研究結果を引き継いだ紫苑が狙われたときは私が身代わりになる。
「そのために私は生きてきたはずなのに。なのに紫苑は私の身代わりに死んだ。アンタが殺した。外に出れなくても私たちは入れ替わってたからそれなりに楽しい生活だったのに。アンタ全て壊した。だから、私はここに来た。赤羽紫苑としてあなたを殺すために」
「ふ、はは、お前が現れたときには驚いたがここは私の研究室だ。おいコイツを捕らえろ!!」
黒服の男はうごこうとしない。
「おい、どうした!!」
「ふふふ」
「何がおかしい!!」
「何も準備してないでここに来ると思っているの?」
既にこの研究所には私たち以外いない。そして。
ドーン!!!
爆発が巻き起こる。
「な! 爆弾だと!! 貴様どうなるかわかっているのか!!」
「すぐにこの研究室にも火がまわってくるでしょうね」
「だったら!!」
「でも」
カチャリ
銃を突きつける。
「構わないわ」
「ま、待て、私が悪かった。警察に自首してほしいなら自首する。それ以外でもなんでもする!!」
「…………」
…………。銃をさげる。
「わかって」
パァン!!
「ひ、ぎゃあああああああああ!!!」
銃弾が坂城皆人の耳を貫通する。
「そのムカツク事を口走る口を閉じなさい。反吐が出るわ」
「ひ、ぎゃは」
「アナタは楽には死なせないわ」
「ひぃ!!」
「さあ、泣き叫びなさい」
「ひぎゃあああああ!!」
坂城皆人の悲鳴が木霊した。
・
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炎が燃え盛る研究室、血溜りに沈む坂城皆人。
「ああ、これで……終わりね。終わったわよお姉ちゃん。……少し甘えてもいいかしら」
携帯を取り出し電話をかける。
『もしもしなんだ赤羽? てか、なんだ変な音がしてるぞ?』
「気にしないで隼人。それより言いたいことがあるの」
『なんだよ?』
「今まで変なものとか食べさせてごめんね」
『は? お、おい、お前本当に赤羽か? 何か変なものでも食ったか?』
隼人、私を何だと思ってるのよ。
「…………ねえ、隼人、実はアナタに言いたいことがあるの。聞いてくれる?」
『なんだよ?』
「私はあなたのことが好き」
ブツン
返事を聞く前に私は電話を切った。
「ああ、これで終わりね」
研究室が全て炎に包まれた。
****
赤羽紫苑は行方不明となった。
「赤羽、お前どこ行ったんだよ。まだ、俺の返事聞いてないだろうが」