第五十話 猫と赤羽と優しさと
雨が降っていた。朝から珍しいことだ。
「ふあ~」
「隼人君眠そうですね」
「ああ、なんかな、この頃眠れなくてな」
「そうなんですか?」
「ああ」
どういうわけかこの頃寝つきが悪い。本当に悪い。そのおかげか寝不足だ。
「六道隼人!!」
「おお、西園寺おはよう」
「なんですの、その炭酸の抜けたコーラみたいな反応は。ってそうじゃありませんわ!! 寝癖!! 寝癖が直せてませんわよ!!」
ああ、そういえば直してきてないな忘れてた。
「ほら、ちょっとじっとしてなさいな」
「ちょ!!」
問答無用で寝癖を撫で付けられる。普通ならうれしいと思うのだが、如何せん今は通学途中でここは通学路で人の目があるということ。かなり生暖かい目で見られている。
「ちょ!! いいから離せ!」
「あ、ちょ! いきなり動かないでくださいって!」
「うわ!?」
ドン!!
「痛!!」
「いたた」
「大丈夫か、西園寺、ええ」
「はう」
あれ、何か桜崎が奇声を上げた気がする。目を開けてみると桜崎が真っ赤になっている。そして自分の状況を見る。さて、今の状況、西園寺が俺の上にいる。それ以上でもそれ以下でもない。肝心なのは西園寺からいいにおいがするとかある部分のふくらみが当たっているとかそういうことだ。あと、背中が異様に冷たくなってきているということ。雨が降ってるからな。西園寺が濡れないようになんとか傘は死守している。
「お~い西園寺?」
俺から動くことは出来ないので西園寺に呼びかける。さっきから反応がない。俺の胸に完全に顔をうずめてしまっていて表情もわからない。
「…………」
「西園寺~?」
ど、どうするよ俺。
「じゃ、じゃあ、私先に行ってますね」
「ちょっと待ってくれ桜崎。この状況で俺をおいていくのか」
「えっと、幸せに」
「おいぃ!!」
桜崎は宣言どおり行ってしまった。おいおい、どうするんだよこれ。
「おい、西園寺、そろそろ動いてくれないと俺も動けないんだが」
「は! あ、ああ、すみません」
西園寺が顔を上げる。
ようやく反応してくれたか。顔が真っ赤だが大丈夫か?
「どこか、打ったか?」
「だ、大丈夫ですわよ」
「そうか? 大丈夫でないなら保健室に連れて行こうか?」
「え、あ、えっと」
う~ん、大丈夫そうじゃないな。とりあえず俺も制服着替えないといけないし保健室に行くか。よし。
「よっと」
そのまま力を込めて西園寺ごと起き上がる。そして俗に言うお姫様だっこへ。最初からこのまましてればよかったよ。
「んなななな!! な、何をするんですの!!」
「ちょ! 暴れるな落とす!!」
「…………」
とりあえず暴れるのをやめてくれた。よし、行くか。そのまま保健室へ。
「また、無茶やったわね~」
ゆるそうな保険医の照屋夢美先生が言う。相変わらず胸すげ~。じゃなくて。状況説明状況説明。
「は~なるほど~」
「ですのでお願いします」
「うん、で、何をすればいいの?」
ずっこけそうになった。
「さっき説明したでしょ」
「あ~」
わかってくれたのかな?
「なんだっけ?」
ずさ~!!
ずっこけた。それはもう完璧に。
「はあ、もう一度説明しますよ」
説明中…………。
「…………というわけです」
「あ~、なるほど~、じゃあ、とりあえず西園寺さんはこっちで、六道君はそこで体拭いて。着替えはある?」
「生徒会室にあります」
「じゃあ、とって来て着替えること」
「はい」
そんなわけで着替えてくると。
「ああ、西園寺さんは先に教室にいったわよ~」
「大丈夫だったですか?」
というか先に行ったのかよ。
「ええ、問題なし」
「じゃあ、俺も戻ります」
余裕持って登校してたからまだ時間はある。
「ええ、ああ、そうだった。ありがとうだって。西園寺さんからの伝言~」
「そうですか」
保健室を出て教室に向かう。しかし、あの保険医の先生狭間先輩に似てるんだよな。ゆるい感じとか胸とかどこか抜けた感じとか。狭間先輩からは両親の話は聞いたことがない。何か理由があるんだろうけど。
「まあ、俺が気にすることでもないか」
「総員構え!!」
教室に入った途端カッターを構えた嫉妬に狂った男子に囲まれた。
「お前らいきなりなんだ朝から」
「隼人、君には桜崎さんがいるから許されてはいたんだ。桜崎さんを傷つけないようにね。だけどお前は僕達の思いを裏切ったんだ」
馬鹿が言う。さて、この状況に思い当たるのは朝のあの一件だな。命をかけてもいい。それ以外だったら飛び降りてやるよ。
「お前は確かにモテている。だが、僕達はそれでも君は友達だからと見逃していた。だが、それが間違いだったようだ。だから、死ね!!」
嫉妬に狂った男子がカッターを一斉に投げた。
「危ねえ!!」
咄嗟に机を盾にする。机にカッターが刺さる音がした。
「クソ防がれた!!」
どうする。このままじゃ危なすぎだぞ。
「あら、何をしてるのかしら?」
「ひぃ!! 赤羽さん、いや、赤羽様!!」
「ねえ、馬鹿君? 何をしてるのかしら?」
机の端から覗いてみると赤羽が笑みを浮かべていた。だが、目はまったく笑っていない冷たい笑顔だった。
「なんで、私の机にカッターが刺さってるのかしら」
ん? 俺が盾にした机を確認して見る。確かにそれは赤羽の机だった。
「あ、いや、これは、そう隼人が!」
「でも、投げたのはあなたたちよね」
「い、いや」
「あなたたちよね」
教室に吹雪が吹いていた。
「は、はい」
「そう」
黙る赤羽。さて、今のうちに避難しておこう。加担していた男子以外のクラスメートは教室外に避難している。一年で赤羽になれたようだ。
「「「ぎゃああああああああああああああ。はあ? うわああああああああああああああ」」」
物凄い悲鳴が聞こえる。一体中で何があってるのやら。
ガラララ
赤羽が外に出てきた。
「手洗ってくるわ」
赤羽を誰も引きとめようとはしなかった。赤羽の手にケッチャプみたいなのがついていたからだ。先に中を確認してみる。
死死累々。まさしくそこは地獄のような惨状だった。嵐が過ぎ去っていた。
「うわ~」
「うわ~、これは酷いね」
「坂井」
「おっは~」
「ああ、おはよう」
って、こんな挨拶を交わしてる場合じゃないだろう。
「これ何とかしないと」
「そうだね」
「手伝いが必要と思って手伝いに来たぞ」
「なんでそうタイミングがいいんだ琴峰」
琴峰が俺たちの前に立っていた。
「先輩の危機にこれないで何が後輩ですか」
「いや、後輩にそんな性能は要らないのとおもう」
そんな後輩ばかりだったら先輩の方が厳しいと思うんだよ。
「ふむ、では片付けるとしよう」
琴峰と坂井とともに片付けをした。
・
・
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さて、昼休み。
「士郎、おなかがすきました」
「弦木お前さっき食べたばかりだろ」
「はい、しかし、おなかがすきました」
「お前そればっかだな」
どうやら相変わらずはハラペコな王様のようだ。ちなみに王様というのは馬鹿がつけたあだ名本人はあまり気に入ってないご様子なのであまり広まっていない。
「さて、俺も――ん?」
なにやら西園寺が教室の扉のところで手招きしていた。
「なんだよ?」
「いえ、朝はすみませんでした。それといっておきますけど何もありませんからね」
「そうか」
「ええ、そうです。ですからさっさと忘れなさい。いいですわね」
それだけ行って西園寺はさっさと行ってしまった。
「暦ちゃんなんだったんです?」
「さあ?」
「?」
「そういえば桜崎、お前朝見捨てただろ」
「あ。い、いえ」
こら、こっち見ろ変な方向向いてるんじゃない。
「そ、そんなことより!」
話逸らしてきたよ。
「この前迷って隣町をうろちょろしてたんですが」
とりあえずお前はいくつだというツッコミは飲み込んだ。携帯とかあるだろうに。
「そのときに素敵なお店を見つけたんですよ」
「素敵なお店?」
隣町にそんなにいい店なんかあったっけ?
「はい、古道具屋の古幻堂っていうお店です」
素敵なお店って古道具屋かよ。どこに素敵要素があると言うんだろうか。あ、でも桜崎だからな。こいつまともそうで以外に変わってるから。
「隼人君何か失礼なこと思いませんでしたか?」
「いや、何にも」
鋭い奴だ。
「古い道具がいっぱいあったんですよ」
まあ、当たり前だな古道具屋なんだから。そこに古道具が何もなかったらそこは古道具屋とは言わない。
「それで?」
「それだけです」
「おい」
それだけじゃわからないぞ。素敵ポイントなんてなにもわからないぞおい。
「どこがどう素敵かまるでわからんぞ」
「そこが素敵ポイントです」
桜崎お前の感性が俺にはわからない。
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・
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そうして放課後。雨は依然降り続いていた。
「いやな、天気だな。今日は珍しく早く帰れるというのに」
呟いていると桜崎が近づいてきた。
「あの、隼人君私用事があるので一人で帰ってください」
「ん? そうなのかわかった」
桜崎は用事か。なんだろうな。
「さて、帰ろう」
雨の中を歩き出した。
「ん?」
そこで黒い傘を差した赤羽が電柱のそばにしゃがみこんでいた。
「なにやってんだ?」
「!?」
「な、なに驚いてるんだよ」
「なんだ、隼人か。なに?」
「お前こそなにやってるんだよ」
「別に」
『な~』
猫の鳴き声がした。よく見ると赤羽の影には捨て猫がいた。黒猫だ。そして赤羽の手にはパン。
「猫にえさやってたのか?」
以外だな。こいつなら問答無用で蹴り飛ばすとかしそうなイメージとかあるんだけど。
「ええ、それがなに」
「いや、お前……」
「なに」
「優しいんだな」
「な!?」
赤羽の顔が真っ赤になる。物凄いわかりやすく照れてるな。そういやこいつ直球に弱いんだったな。
「な、そ、そんなわけないじゃない!!」
「いや、そんな否定することじゃないだろ。キャラじゃないことはわかってるけど。新しいパン買ってきてまでするほどなんだし」
赤羽が持っているパンは明らかにさっき買ってきたようなものだ。赤羽昼は弁当だったし。
「ち、違うわよ! 私の下僕にしようとしただけよ」
「お前さ~」
「なによ」
「なんでもう少し人前でさ。さっきみたく優しく出来ないんだ?」
「大きなお世話よ」
まあ、大きなお世話だな。だけどこれだけは言っときたいな。
「もったいないと思うぞ。だってさ、そうやってる赤羽ってめっちゃ可愛いぞ」
ボフン
うわっ!! 赤羽の顔が茹でだこみたいに真っ赤になった。
「な、なななな!! な、何を言ってるのよ!!」
「本心の感想」
「……気分悪い帰る!!」
赤羽が傘を置いて歩き出す。猫の為にか。
「おい!!」
「なに」
「ほら」
赤羽に俺の傘を渡す。
「なに」
「お前を濡らすわけにはいかないだろ」
「本当にお人好しね。バカね」
「わかってるよ」
「ふふ、じゃあ、こうして行きましょう」
赤羽との相合い傘。いつもと少しだけ違う穏やかな下校だった。
やりすぎた気がする。でも反省はしません。