第四話 惨劇のバレンタイン
回想開始。あれは三年前のことだ。
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三年前、中学一年のバレンタインの日。クラスの男子がチョコ欲しさに騒いでいた。俺はあまり、というかまったく興味がなかったしチョコはあまり好きじゃなかったから別段普通に過ごしていた。
それなのになぜか女子からチョコをたくさん貰えてしまったのだ。そのおかげでクラスの男子から妬まれたり色々あった。
馬鹿に至っては俺を殺そうとした。もちろん返り討ちにしたが。そのときの台詞が。
「お前にバレンタインをさびしくすごす男の惨めさがわかるか」
だった。なんか哀れだと思ったな。
それで、放課後同じく大量に(主にセバスチャンたち使用人から)チョコをもらった劉斗と供に一個ももらえなかった馬鹿に劉斗の屋敷で大量のチョコを食わせていたのだ。食いきれないほどあったからな。
そんなときだ赤羽が来たのは。
俺たちにチョコをくれるという話だった。
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「いっぱいもらったのね。なら私の手作りのチョコでも食べない?」
赤羽の手作りだと、ダメだ嫌な予感しかしない。
「わ~い、美味しそう!」
馬鹿が言う通り見た目は普通だ。見た目はしかし何だろう悪意が漂ってくる気がする。
「ああ、確かにうまそうだ」
「確かにな」
だが、なんか嫌な予感がする。食べるのは危険だ。
見ているだけで食べようとしない俺達に赤羽が言った。
「どうしたの? 食べないの?」
「チョコなら飽きるくらい食べた(嘘)」
「我もだ」
劉斗も言った。馬鹿と違い俺たちは不死身じゃないからな←馬鹿は不死身なのか?
「赤羽さんがせっかく作ってくれたんだから食べよう! 食べないともったいないお化けがでるよ!」
「いや、あとで食う」
「ふ~ん、私が作ったものは食べれないだ」
「いや、食わないとは言ってない」
そう言ってる劉斗は確実に食わないと思うがな。俺も食わないが。
「そうなんだ、私が作ったものは食べられないんだ。他の女たちのは食べるのに?」
ヤバイ、これは死ぬ。食わないと殺される。顔は笑ってるのに目がまったく笑っていない。
「い、いただきます」
「そう、どうぞ、劉斗、隼人」
おずおずと手に取る。ただの丸いチョコレートだ。見た目は。
「ま、まあ、大丈夫だろう」
「いや、隼人、あいつの性格を考えれば大丈夫じゃない。料理の腕はプロ級のだがそれを無駄なことに使う。この前だって」
「言うな、思い出さないようにしてるんだ」
「じゃあ、いっただっきま――」
馬鹿が食べようとした瞬間。口に入りかけた瞬間。
「ああ、忘れてたわ。中、何が入ってるかわからないから」
そう言って微笑む赤羽。動きの止まる馬鹿。ようやくこの事態の重さに気づいたようだ。
「じゃあ、食べてくれるわよね、いっぱい作ったんだから」
赤羽が山のようにチョコを置いて帰っていった。元から俺たちがもらったやつは全部回収されていた。
俺たちは絶望していた。
「劉斗」
「隼人」
言葉は要らなかった。たぶんこれ全てが食べられるわけがない。量的な意味でも食材的な意味でも、だから、馬鹿に食わせる。俺たちの意見は一致した。
劉斗とアイコンタクトでタイミングを合わせる。
「馬鹿」
「洋平」
ジリジリと馬鹿に迫る。
「な、なんだい、二人ともなんで僕に迫ってくるの?」
「いや、俺たちはいらないから、お前が食え」
「そうだ、お前が食え! お前欲しがってたろうが!!」
「命より大事なものなんてないよ!!」
さっきまでうれしがっていた奴の言うことじゃないな。
「お前の命なんてどうでもいい!! セバスチャン!!」
「ここに」
セバスチャンが現れた。本気だな劉斗。
「あ~、ずるいぞ!!」
「手段は選ばん」
「なら僕も手段は選ばない」
パァン!
馬鹿の後ろに種のビジョンが現れた。そして種が割れた。ひまわりの種が。
「種か」
何だ? あいつは遺伝子操作でもされて生まれたのか? なら、何でバカなんだ?
「行くぞ劉斗!!」
「ふっ! なら、最高の舞台を用意してやろう、セバスチャン!!」
「はい」
セバスチャンがどこかに電話をかけ始めた。今のうちに逃げようかな。そろりそろりと移動していたが。
「逃げるなよ、隼人」
「劉斗、俺は生きたんだ」
「我もだ」
駄目だ、逃げられなかった。
「来ましたぞ」
何かがものすごい速度で近づいてきた。
「あ、あれは!! MSだと!?」
「南雲財閥の技術力を持ってしたら造作もないことでございます」
大丈夫なのか。著作権的意味でも人的被害的な意味でも。あまり大丈夫とは思えない。もしや赤羽の狙いはこれか?
「お前の分もあるからな」
「おい!」
「僕はこれに乗る」
「我はこれか」
「話を聞けぇ!!」
「「嫌だ!!」」
そんなわけでなぜだか知らないがMSによる戦闘に発展してしまった。俺が乗るのは運命の名を冠するMS。劉斗は伝説の名を冠するMS、馬鹿は自由の名を冠するMS。
「おい、劉斗」
「なんだ、隼人」
「機体のセレクトを間違えたんじゃないか?」
「我もそう思う。セバスチャンどういうことだ」
「申し訳ありませぬ。洋平様にプリンをいただきましたので」
セバスチャンさんって結構劉斗を裏切ってるよね
「洋平!! 貴様ぁ!!」
「フハハハハハハハ!! これで貴様らに勝利はない!」
悪役だな。その機体に乗る奴とは思えない。
「クソ、やるしかないのか!」
「隼人、やるぞ」
「ああ、わかってるよ! ナチュラルの強さ見せてやる!!」
「僕に勝てるものかー!!」
俺たちは全力で戦うこととなった。
ちなみに操作方法はマニュアルを読んだので大体理解して後は勘で戦った。
「うおおお」
馬鹿の機体からドラグーンが放たれる。
「当たれー!!」
馬鹿の声が響く。当たってたまるかよ。ドラグーンから放たれるビーム避ける。って、確かドラグーンってかなりの情報処理能力がいるんじゃなかったっけ?
「お前は一体何なんだ?」
俺は疑問を口にした。馬鹿とサーベルでの唾競り合い。馬鹿って何者だよ。
「お前の守るもの(洋平の命)に価値があるのか!!」
劉斗が言いながらビームを撃つ。唾競り合いをやめて距離をとる。
「それでも守りたい(自分の命を)んだー!!」
三時間にもおよぶ戦闘の末、機体はぼろぼろになった。
「まだだ、まだ負けちゃいない!!」
馬鹿が機体から飛び降りた。
「俺だって負けれるか」
俺も飛び降りる。
「我も負けるわけにはいかないな」
劉斗も飛び降りてきた。
「うおおおおおおおおおおおおお」
「はあああああああああああああ」
「おおおおおおおおおおおおおお」
馬鹿、俺、劉斗は雄たけびをあげながら最後の戦いという名の殴り合いへと身を投じたのだった。
最後には全員がクロスカウンターを同時に喰らって俺たちは倒れた。
こうして戦いは終わった。
勝者もなく敗者もない。
ある意味では理想的である意味では最悪の戦いだった。
そして俺たちは均等にチョコを食い、死んだのだった……。
思えばMSでチョコを処分すればよかったなと後から気がついたのだった。
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回想終了。さて、今回の絶対食えない。
「わかったよ、食えばいいんだろ。食えば」
「仕方ない、な」
「とか言って劉斗セバスチャンを呼んでんじゃねえよ」
「チッ」
とりあえず、シュークリームを手に持つ。見た目は前の時と同じで普通だ。
「あれ、桜崎と綾崎は食わないのか?」
「ああ、ごめんなさい。彼女たちの分を作るのを忘れてたの。材料もなかったし」
「いいのよ」
「いいです。遠慮しないで食べてください」
「そ、そうか?」
くそ、駄目だった。桜崎とかに食わせる作戦は駄目か←鬼畜。
もう、あきらめかけたその時。
キーンコーンカーンコーン。
予鈴がなった。
「あら、時間みたいね。じゃあ、戻りましょうか」
赤羽が桜崎と綾崎を連れて行く。
「ああ、そうそう、中、何が入ってるかわからないから」
振り返りそう小声で言って赤羽含む女子三人は教室に帰っていった。
「もう、覚悟を決めるしかないな」
「ああ、あの時のことをしたら学校が壊滅だ」
MSでの戦闘のことだろう。確かに学校は壊滅下手をすればこの町全滅だってありえる。核を使ってるんだからな。あの時も爆発しなかっただけまだましだったといえる。
「うあああああ、短い人生だったよー!!」
馬鹿が泣き出した。俺も泣きたいよまったく。
「泣くな馬鹿。それは俺も一緒だ」
「一緒に食うぞ」
劉斗の提案。ああ、それがいいだろうな。一人で地獄に行きたくないなら一緒に行くしかねえよなあ。
「ああ」
「せーの!!」
パク。
一口食った瞬間、甘いクリームの味が口いっぱいに広がらず広がる塩酸のような味。ってか塩酸。だが、塩酸なら痛みがあるだろうがそれがない。純粋に塩酸の味。塩酸飲んだことないけど。たぶん飲んだらこんな感じなんだろう。
「ぐぼあ」
人間が出せるとは思えない音を出した。俺たちは倒れた。倒れるとき見えたのは死んだはずの爺さんだった。川の前で手を振っている。俺の意識はそこで途絶えた。
パタリ。
屋上に三つの死体が出来上がった。
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それから奇跡的に回復した俺と劉斗と馬鹿は何とか午後の授業に出れた。主にバレンタインの経験からだろう。お茶を用意していたからだ。お茶には殺菌作用があるらしいからな。だが、果てしなく気分が悪い。それはもうこの世のものとは思えないほど気分が悪い。
「なあ、隼人」
げっそりしている劉斗が聞いてきた。
「何だ、劉斗」
「どんな味だった」
「塩酸の味だ」
塩酸の味がする良くわからない粉が入っていた。いったい誰が何の目的で作ったんだよ。普通に考えれば赤羽が面白くするために作ったんだろうな。はあ~。
「お前のは?」
「硝酸の味がする粉が入っていた」
俺のと変わらず酷いな。
「馬鹿は?」
「鉄、というか釘が入ってた」
固形物というか食品ですらない。塩酸と硝酸味の粉を食品とみなすならだが。
「もはや、凶器だ」
その、あともすぐにはシュークリーム? の味は消えなかった。お茶がぶ飲みしたのにだ。
そんな状態で午後の授業。英語だ。筋肉ムキムキのごつい先生が入ってきた。
英語教師と体育教師は変えたほうがいいんじゃないないだろうかこの学校。
とそんなことを思っているうちに授業は始まり放課後になった。
酷く集中できなかったのは言うまでもない。
というより釘を馬鹿はどうしたのだろうか。
そんな疑問も全て棚上げにして放課後。
酷く疲れたもう帰りたい。