第二話 桜の下
「よし、これで全員揃ったわけだな。まあ、いいことではある。ちょうど自己紹介も終わったことだし。連絡にはいる」
俺の自己紹介はうやむやになったがな。水原先生の言葉を聞きながら俺は思った。
「さて、じゃあ、連絡をっと思ったのだがプリントを忘れた。取ってくるからお前ら適当に仲良くしてろ。教室から出るなよ」
水原先生が教室から出て行った。すかさず馬鹿がやって来た。そんなに話したかったのかよ。
「なあ、隼人。どう思う?」
「何がだ」
「あの途中で入ってきた子だよ」
「ああ」
「可愛くない?」
「知らん興味ない」
「え~」
「忠告しておくがお前後ろを振り返ったほうがいいぞ」
「え?」
後ろを振り返る馬鹿。
「あ、あれ?、夕菜どうしたのそのオーラ」
馬鹿の後ろに“いい”笑顔の綾崎が立っていた。
「何でもないわ。アンタを殴りに来ただけ」
「それなんでもなくないよ!!」
「俺にとってはなんでもないがな」
「そう言わずに隼人も何言ってよ!」
「綾崎」
「何、隼人」
「殴るなら本気でやれよ」
「うん」
「隼人ー!、裏切ったなー!!」
「別にお前の味方じゃないしな」
「お前の味方はいない」
劉斗がやって来ていった。
「お前もそう思うか」
「ああ、当たり前だ」
「貴様ー!!」
「うるさいから、すこし黙ってなさい」
ドゴッ!!
「ゲフッァ!!」
馬鹿の鳩尾に綾崎の拳がめり込んだ。痛そうだな。
「楽しそうね」
のた打ち回っている馬鹿を見ていると鈴のように可憐な声が後ろから聞こえた。
「何だ。赤羽か」
「久しぶりね。隼人」
「お前も見にきたのか?」
「面白そうだからね。それより劉斗。あの話はどうなってるの?」
「普通だ」
「そう」
「三人は知り合いなの?」
殴り終えた綾崎が聞いてきた。
「そうだぞ。知らなかったのか? あと馬鹿もだ」
「そうなんだ、知らなかったな」
「お前にはいってなかったからな」
「何でよ?」
「いろいろと問題があった」
「そうなんだ、はじめまして綾崎夕菜です」
「はじめまして、赤羽紫苑よ。それと私は劉斗の許婚」
大きな声で回りに聞こえるように赤羽が言った。
「総員剣を取れ!!」
『サー・イエッサー!!』
馬鹿の号令でクラス(男子だけ)がひとつになった。何だこのクラス。見ず知らずの奴もいるはずだろうに。そんなに美人のことが気になるのか。そういえばこのことは馬鹿には言ってなかったな。
「待て洋平。お前真剣なんてどこから持ってきた」
「セバスチャンさんからだ!!」
セバスチャンとは南雲家に仕えている執事だ。
「セバスチャン!!」
「なんでしょう」
掃除用具のロッカーから執事服の初老の男性が出てきた。セバスチャンさんその人だ。
「何でこのバカに真剣を用意した」
「洋平様からプリンをいただきましたので」
「フハハハ、セバスチャンさんの好みなどすでに調べてあるわ!!」
セバスチャンさんの好物はプリンだ。イメージにまったく合わないんだがかなり好きらしい。てか、馬鹿のセリフ完璧に悪役だな。
「我を助けろ隼人」
劉斗が言ってくるが。
「すまん。関わり合いになりたくない」
「貴様!」
あんなの一人で何とかできるわけない。
「総員突撃ー!!」
『サー・イエッサー!!』
劉斗に男子が突撃する。
「仕方ない。セバスチャン!! 命令だ、奴らを倒せ!」
「イエス・マイ・ロード」
セバスチャンさんの体がブレたかと思うと馬鹿を含めた俺と劉斗以外の男子が倒れた。
「さて、洋平」
劉斗が真剣を持って馬鹿に迫る。今にも斬りそうだな。
「やだな劉斗。冗談だって。軽い冗談だよ」
それを感じ取った馬鹿が言いつくろっているが無駄だな。
「そうか」
目が据わってるな劉斗の奴。
「ね、だから、真剣なんて危ないものはしまってね」
「そうだな。お前の口にしまうとしよう」
「いたたたたたた!! 僕の口は鞘じゃないよ!!」
劉斗が馬鹿の口に真剣を入れようと口を広げようとしている。
「その辺にしといてやれよ。劉斗」
「隼人!、やっぱり君は――」
「綾崎が殴る分がなくなる」
「そうだな」
「じゃあ、殺るわよ」
「隼人ー!!」
ドゴ! バキ! グシャ!
後ろから変な音が聞こえるが気にしない。
『クスクスクス』
落ち着いたら笑い声が聞こえたのでそっちを見る。
あのピンクのお化け――桜崎結衣だったっけ? が笑われている。しかも本人はなんで笑われているのかわかっていない様子だ。何で笑われているのかというと頭の上にまだ花びらが残っているからだ。
「まだ、頭の上に残ってるぞ」
「え?」
いきなりの俺の言葉に驚いたようだがすぐに頭の上にあった花びらを取った。
「あの、ありがとうございます」
笑顔で俺に言った。俺は何も言う気はなかったので無視して席に戻った。それより何で俺は話しかけちまったんだ?
「おら。お前らさっさと座れ!」
タイムングよく水原先生が戻ってきた。倒れている男子にまったく目もくれない。
「さて、さっさと連絡しちまうぞ」
水原先生がプリントを配る。
「一枚目を見ろ――」
それから家庭訪問の説明やら自転車通学許可の話とか携帯の話とかを一通り説明された。
「――というわけだ。わからないとこがあったらわかるやつに聞け私は二回は説明しない」
アンタ、それでも教師かよ。
「じゃあ、今日はこれで終わりだ。さっさと帰れ」
水原先生はそれきり教室から出て行った。
「さあ~、帰るぞー!!」
「うぜ~ぞ。馬鹿」
「そうだ。静かにしろ」
「いいじゃないか!」
劉斗はそれを無視していった。
「洋平の言うとおり帰るとする」
「俺はちょっと残る」
「なにか用事でもあるの隼人?」
「いや、いろいろ見て回ろうと思ってな」
「そうか、じゃあな」
馬鹿達は帰っていった。
「さて、どこ見に行こうかな」
「あの~」
「ん、確か桜崎だったか、なんだ?」
「えっと校舎見て回るなら私も一緒に行ってもいいかなって思って」
「勝手にしろ」
「うん!」
笑いながらそう言って俺についてきた。
「お前変な奴だな」
「はい?」
「朝もそうだが、普通俺なんかと一緒に来るか?」
「私変じゃないです」
なんか話がズレてる。
「変だよ」
「失礼です。私変じゃないですよ」
「今俺と話している時点で結構変だぞ」
「なんでですか?」
「だから、見ず知らずの男と話しているからだ」
「見ず知らずじゃないですよ。クラスメートです」
「……」
少し絶句した。
「……お前、やっぱ変だよ」
「また、言いました! 私変じゃないですよ! え~っと」
「六道隼人だ」
「六道君!、私は変じゃないです!」
「はいはい、それより、さっさとしないと日が暮れるぞ」
桜崎を置いて歩き出す。
「あ!、待って下さいよ~!」
そのあと俺がサボれそうな場所を見て回った。
それなのにこの女は文句一つ言わずに付いて来た。ますます変な女だな。
そうするうちに夕方になり校舎裏にひっそりとたつ大きな桜を見つけた。
「うわ~、凄いです!」
子供のように喜ぶ桜崎。
「まるで子供だな桜ごときで」
「桜、嫌いなんですか?」
「大嫌いだ」
「そうなんですか、私は好きです」
桜崎が桜に近付く。
「とっても大好きです」
桜を見上げる桜崎。
「桜を見ていると優しい気持ちになれます。悪いこと全部忘れたような気になります。なりませんか?」
「ならないな」
「なら残念です、悲しいです」
「お前に――」
言いかけて止めた。夕日に照らされた桜崎の顔が今にも泣いていまいそうに見えた気がしたから。
「もう遅いですから帰りましょう」
次の瞬間にはさっきと同じ笑顔で言った。泣きそうな顔はなかった。
(気のせいか)
そう思うことにした。
「どうしたんですか?」
「いや、何でもない」
「なら、早く行きましょう」
「ああ」
さっきのことを頭から振り払い歩き出した。
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家が反対方向らしく山を降りたところで分かれることになった。
「今日はありがとうございました」
「俺は何もしてないぞ」
「楽しかったからそのお礼です」
「お前やっぱり変だ」
「失礼ですよ! 私変じゃないです!」
今日、何回目かわからないこのやりとりを交わす。
「まったく、それじゃあ、私はこっちなのでまた、明日」
「ああ、じゃあな」
桜崎が角を曲がったのを見てから俺は歩き出した。
「変な女だな、アイツは」
自然に笑みがこぼれた。
この時、俺の中で何かが変わったのだろう。
確実に運命は動き始めた。