第二十六話 新学期と変態と女装
波乱の夏休みを終えた9月1日。今日は始業式だ。久しぶりの学校だな。馬鹿辺りが嘆いていることだろう。今年の夏休みはそれなりに楽しめたといえる。
朝、久しぶりの坂を上る。というか一昨日も生徒会の用事とかで来たんだけどな。
「おはようございます隼人君。先に行っちゃうなんて酷いですよ」
後ろから桜崎が走ってきた。
「お前が遅れるのが悪い。何で遅れたんだ?」
「少し寝坊しちゃって」
「珍しいな」
「自分でも驚いてます」
そうかよ。さて、次は馬鹿辺りが来ると思うんだが。そう思った瞬間馬鹿から声をかけられた。
「おはようございます。隼人君」
「な!?」
「え!?」
け、敬語だと! 馬鹿が敬語を使うだと! 驚いて振り向くとそこには髪を七三分けにし制服をきちんと着た馬鹿が立っていた。
「だ、誰だお前」
あまりの衝撃で笑いが出てこない。
「僕です」
「な、なぜ敬語」
「それは若菜に夏休みが終わるまで毎日洗脳ビデオを見せられたからです」
「そ、そうか」
駄目だ。気持ち悪すぎる。
「ま、まともになってよかったですね~」
桜崎が遠くを見ながら言った。
「おい、現実逃避しながら言うな」
その時高速で突っ込んできたリムジンに馬鹿が轢かれた。
「しまった!!」
劉斗が慌てて出てきた。
「洋平じゃないやつを轢いた」
「いや、そいつ馬鹿だ」
劉斗に教えてやる。
「――というわけだ」
「なるほど。納得した」
説明を終えると同時に馬鹿が立ち上がった。
「劉斗ー!!」
「回復したようだな」
突っ込んできた馬鹿にカウンターを喰らわせながら劉斗が言った。
「のようだな」
「轢かれたおかげで戻ったけど。いつもいつも轢くのをやめろー!!」
「そうだな。良い子がまねするといけないな」
「そうそう」
「良いこのみんな馬鹿みたいなことはするな。こいつ以下になる」
「劉斗ー!!」
馬鹿と劉斗が走っていく。相変わらずの光景だ。
「ちょっと!! 待ちなさいよ~!!」
綾崎が遅れて走っていった二人を追う。
「新学期になってもこれは変わらないな」
「そうですね」
いつもどおりの登校風景が続く。
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「夏休みが明けたばかりだからった気を抜くんじゃないぞ!」
始業式の後のHRで水原先生が言う。
「さて、課題の提出も終わったし。お知らせだ。うちに転校生が来た」
『女子ですか!』
男子Aが聞いた。
「残念。男子だ」
『カッコいいですか?』
今度は女子Bが聞いた。
「自分で確かめろ」
『変態ですか~?』
誰だそんなこと聞いたの。
「変態だ」
変態なのかよ!!
『オカマですか』
なんでだよ!!
「違う」
『そう…ですか』
残念がるなよ。
「さて、そろそろあたたまってきたところで入ってもらおうか」
こんな状況で入れるわけないだろ。最悪だ。
「入れ」
長身の男が入ってきた。そしてなぜかピンクの背景と花びらが舞った。
「どうも、愛の導き手タイガー・スチール岩本小鉄です(キラン☆)」
………………………………………………………………………………………………………………………変態だーー!!
まごうことなき変態がそこに居た。
「さて、変態自己紹介……は済ませたが他に言うことはあるか」
水原先生もう変態って呼んでるよ。
「ある!! 私は変態だとしても変態と言う名の変態だ!!」
ただの変態だな。
「さて、変態お前の席は六道の後ろだ」
げ! 俺の後ろかよ。まあ、席替えがあるから少しの間だけだが。
「よろしく」
岩本が言った。
「ああ」
出来ればよろしくしたくない。
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ああ、私は、そう私は!
ああ、まさしく一目見たときから。
そうだ、教室に入りあなたを見つけてから私はこれぞ、これぞ。
まさしく愛だ!!
この狂おしい気持ちあなたに伝えよう!
愛は時に人を狂わせる。この私のように。
だが、それがどうした。これが愛、これこそが愛。
愛のためならば私は阿修羅にもなろう。
さあ、今こそ私の愛を!!
****
そんなこんなで放課後、誰もいない教室。俺は岩本に呼び出されていた。正直嫌な予感しかしない。
「で、何だ岩本」
岩本が真面目な顔をして言った。
「私と結婚してくれ!!――ふごぁ!!」
言い終わった瞬間顔面を打ん殴った。
「寝言は寝て言え」
「ち、違う私は本気だ! 一目見たときから君をさらうと決めたがばぁ!!」
岩本の鳩尾に蹴りを叩き込んだ。
「断る!! 変態野郎!」
「フッ! 照れるなんて可愛いな~がばっ!!」
顔面に蹴りを放った。
「この全身を駆け巡るこの感じまさしく愛だがべらっ!!」
ドロップキックを叩き込んだ。
「ただの痛みだバカ野郎。それになんで俺なんだよ!」
「それは、女装がにあげひょれっ!!」
目潰しを食らわした。
「目がぁ、目がぁ!!」
「死ね」
その時誰かが入ってきた。
「話は聞かせてもらった!!」
劉斗以下馬鹿、赤羽、桜崎だ。
「貴様ら!!」
「私も常々思ってたのよ。隼人には女装が似合いそうだって」
赤羽がそういった。
「そんなカミングアウトはいらない!!」
「私も隼人君が女装したらすごく可愛くなると思います」
「お前もか桜崎ぃ!!」
「洋平!!」
劉斗が馬鹿に言う。
「隼人を抑えろ!!」
「了解!!」
一瞬で背後をとられ羽交い絞めにされる。
「馬鹿!!」
「僕も見てみたいと思ってね~」
この野郎。岩本まで抑えてやがる。
「やれセバスチャン!!」
「イエス・マイ・ロード」
セバスチャンがいろいろ持って現れる。
「やめろおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉーーーーーー!!!」
放課後の教室に悲鳴が木霊した。
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「……うお」
絶句する劉斗。
「すごいわね」
感嘆する赤羽。
「ふつくしい!」
壊れた変態いや、もとからか。
「ブッ!!」
鼻血を噴き出し倒れる馬鹿。
「似合ってますよ」
ほめる桜崎。
「……」
腰まである流れる黒髪の年上の女性がそこにいた。………………………俺だった。
「死にたい」
俺は沈んだ声で言った。
「逆に憂いを抱いた陰のある女性像を彷彿とさせるようだ。素晴らしい!!」
変態が言った。いつかコロシテヤル。
「隼人君、今度その格好で買い物に行きましょう! きっと楽しいですよ!」
「絶対に嫌だ!」
首の動きに合わせて長くなった髪が広がる。鬱陶しい。
「赤羽様のご注文通り胸の方は控えめにさせて頂きました」
セバスチャンが言う。どうでもいい恨みますセバスチャン。
「ええ、こっちの方がいいわ。この手のキャラはいなかったからいいわ」
「左様でございますかありがとうございます」
セバスチャンが俺の制服を持って帰った。って!? 待て!
「制服どうするんだ!!」
「家に送ってやる」
「何だとじゃあ」
「そのまま帰れ 」
劉斗の死刑宣告を言い放った。このまま帰るなら死んだほうがマシだ。
その時誰かが教室に入って来た。俺は咄嗟に桜崎の背に隠れた。
「あら、まだ残ってましたの?」
入って来たのは西園寺だった。
「誰です桜崎結衣の後ろに居るのは誰ですの?」
初っ端からダイピンチ。
「他校生ですわね」
制服が他校のおかげで何とかなるか?
「顔を見せなさい」
ダメだった。
「……」
「早く見せなさい!」
西園寺に引っ張られ桜崎の背から引き剥がされた。
「名前は?」
あれ、バレてない?
「早く名前を言いなさい」
どうやらバレていないようだ。こうなったらやるしかない。このままバレないようにする。気合で声を変えて。
「六道……」
しまった。いきなり墓穴掘った。
「六道。あなた六道隼人の関係者ですの?」
「えっと……」
ダメ元で赤羽と劉斗に助けを求める。
「彼女は六道春美。隼人の従姉妹よ」
予想外の赤羽の援護。後が怖い。
「それなら早く言えばよろしいのに。六道隼人の関係者ならもうよろしいですわ。もうすぐ下校時間ですので早く帰りなさい」
西園寺は教室を出て行った。
「た、助かった~」
思わず床にへたり込んでしまった。
「これで貸し1ね」
「くっ!」
やっぱりか。だが、いいだろう今回は、今回だけは!
「でも、違和感ありませんでしたね。声、綺麗でしたよ」
変な才能が開花した。
「そうだ。まさに鈴のように美しい声だった!!」
「そうか死ね変態」
「その黒い笑顔!! 罵倒!! 気持ちいい!!」
「この変態がぁ!!」
「ふごぁ!?」
回し蹴りを叩き込んだ。岩本は三回転し黒板に叩きつけられた。
「ふう」
「駄目じゃない。女の子はもっとお淑やかにしないと」
赤羽が意地の悪い笑顔を浮かべて言った。
「俺は男だ!!」
「そうです!!」
おお、桜崎お前は――。
「もっと女の子らしくしないと!!」
「お前もかぁー!!」
劉斗はニヤニヤ笑っている。俺の味方はいないのか。
「私はお前の味方だ!!」
変態以外で。
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その後羞恥で死にそうになりながらも俺は何とか家に帰り着く事が出来た。姉貴が帰ってなかったのが救いだな。
「はあ~」
出来ればもうこんな事はしたくないが赤羽のあの去り際の“良い”笑顔絶対何か企んでいる。
「頼むから巻き込まないでくれよ」
だがこの時の俺は既に巻き込まれていることも俺が中心にいることにも気付けないでいた……。
うら☆てん
隼「……………………」
桜「隼人君がふてくされてしまったので今回はこれで終わりです。すみません」