03-10.懐かしい光景
私達は十分に休息を取り、夕方になった頃になってようやく動き出した。
今日ばかりは、アイちゃんも夕方の訓練をお休みにしてくれた。
というか、用事がある時は普通に融通を効かせてくれる。
世界の危機にしては、呑気なものだ。
まあ仮想敵が強すぎるから、一分一秒を焦って詰め込んだところで、意味がないのだろう。
ちゃんと時間をかけて、しっかり準備するしか無いのだ。
急がば回れということだ。
「こんな時間からで良かったの?
ご家族もいるんでしょ?」
「予定が合わなければ、明日以降の約束をするだけで良いじゃない」
「ミアちゃん、てきと~」
「普通そんなもんよ。
ホノカが気にしすぎなのよ」
まあ、こっちの世界には携帯電話とか無いし、そもそも時計を持っている者すら極一握りだ。
普通の人達は、太陽の位置や、大きな街にある鐘の音で時間を把握している。
例え予定に無い誰かと会ような時でも、突然会いに行くのが殆どなのだろう。
私はそこに違和感を覚えた。
たまにこうして、前世の感覚に引きずられる事がある。
もうこっちの生活にすっかり慣れているはずなのに。
思い出せない部分に原因があるのだろうか。
実は社会人として、時間に追われる日々を送っていた事があったのだろうか。
意地悪へーちゃんは教えてくれないし、自力で思い出すしかないのだろう。
『意地悪じゃない。
ホノカの為』
『思い出さない方がいい系の過去なの?』
『何も言わないよ』
へーちゃんは意地悪だけど優しいから、へーちゃんが言うならそうなのだろう。
なら素直に忘れる事にしよう。
『一言余計』
ごめんて。
「着いたわ。
今はここに居るはずよ」
ミアちゃんが建物の前で足を止めた。
「って、冒険者ギルドじゃん。
その人はアメーリア商会に雇われてるんでしょ?
普通の冒険者としての依頼も受けてるの?」
確か前に、商会専属の馬鹿みたいに強い冒険者が、知り合いにいると言っていた。
今日会うのは、きっとその人なのだろう。
「あら。よく覚えてたわね。
そうよ。前に話した人よ。
商会専属たって、船が出てなきゃ仕事も無いわ。
空いた時間をどうするかは本人の自由なんじゃない?」
ミアちゃんの口調は若干投げやりだ。
その辺の事なんて当然契約の内容次第なんだろうし、答えは推測するしかない。
まさか本人達が吹聴して回るわけもあるまいし。
聞かれたって正しい答えは知らないのだろう。
あと単純に、興味が無さそうだ。
聞いておいてだけど、私も別に興味があるわけじゃない。
なんとなく聞いてみただけだ。
「ホノカ。私から離れないでね。
この支部はまともだけど、ちょっかいかけて来る奴がいないとも限らないわ」
「当然だよ。
しっかり守ってね、ミアちゃん」
「ええ。それじゃあ行きましょうか」
ミアちゃんが私の手を引きながら冒険者ギルドに入っていった。
ギルド内は多くの人で賑わっている。
王都近郊の支部とは大違いだ。
前線の町に近いかもしれない。
ミアちゃんは真っ直ぐ、ギルド内に併設された酒場に向かった。
ミアちゃんの視線の先には、大柄な男性が若い冒険者達に囲まれながら酒を飲んでいる。
あの人がミアちゃんの言っていた人だろうか。
男性は、ミアちゃんが声をかける前にこちらに気付き、容姿に相応しい大きな声を張り上げた。
「ミア!ミアじゃねえかぁ!
久しぶりだなぁ!」
「久しぶりね、グラート。
相変わらず新入りの世話してるの?
あんたも飽きないわね」
「はっはっは!
お前もその一人だろうがぁ!
態度のデカさもかわらんなぁ!」
「今回は恩返しに来たわ。
後で奢らせてくれる?」
「なんだぁ!殊勝な事いいやがってぇ!」
突然泣き出す大男。
ミアちゃんの恩返し発言がクリティカルヒットしたらしい。
周囲の新人冒険者達は、そんな大男を微笑ましげに見ている。
驚く様子が無いということは、これはよくある事なのかもしれない。
どうやら、日常的に若者の世話を焼いてる人みたいだし。
「ぐすっ。いかんな。
年取って涙もろくなっちまいやがったぁ」
「何時も同じこと言ってるじゃないですか。グラートさん」
新人冒険者の一人がグラートさんに笑いかけた。
「うるせぇ!
お前らも、年取りゃわからぁ!」
新人冒険者さん達が詰めて席を空けてくれた。
ミアちゃんは遠慮なく空いた席に腰を降ろした。
「悪いわね。お邪魔するわ。
ホノカ、ぼさっとしてないで座りなさい」
「え、あ、うん。
良いの?
後で出直さなくて」
「かまわねぇ!
折角だぁ!
先輩冒険者として、嬢ちゃん達の話しをこいつらにも聞かせてやってくれぇ!」
グラートさんにも勧められて、少し戸惑いながらミアちゃんの隣に腰を降ろす。
本当に良かったのだろうか。
ミアちゃんにとって今の状況は……。
一つのテーブルに、グラートさん、冒険者の少年少女四名、ミアちゃん、私の計七人が着いている。
テーブルは大きいけど、流石に少し手狭だ。
それにやっぱり、少し居心地が悪い。
今は、長方形のテーブルに三、四で別れて座っている。
対面は元々グラートさんを中心に、三人で並んでいた。
こちら側には二人だった。
ミアちゃんと私が加わって四人になった。
幸い正面は女の子だ。
名前はベルタちゃんと言うそうだ。
なんとなく活発そうな娘だ。
装備も前衛職って感じだ。
見た目通り、武闘家だそうだ。
対面側のもう一人は少年だ。名前はジャン。
剣士らしい。
ミアちゃんの隣も女の子で、名前はマリカちゃん。
この娘は魔法使いだそうだ。
なんとなく運動神経が良さそうには見えない。
とはいえ、ニナちゃんも見た目はか弱い美少女だったけど、ミアちゃん達と一緒に走り回れる身体能力を持っていた。
この世界では倒した魔物の数だけ強くなれる。
魔法使いは火力があるので、純粋な身体能力だけなら剣士とかより高くなる事もありがちだ。
実はその辺りの配分を上手く調整するのも、パーティーを組むなら割と重要だ。
魔法使いが全てかっさらっていたら、何時まで経っても前衛が育たない。
マリカちゃんの隣は少年だ。名前はラウル。
斥候役だそうだ。
そんなこんなで、一通りの自己紹介を済ませた。
グラートさんは、ニナちゃん達の事を聞いてこなかった。
既に察しているのだろうか。
レン、ザイン、ニナちゃんが亡くなっている事を。
ミアちゃんも今この場で言うつもりは無いようだ。
そんなの当然だ。
仲良し幼馴染四人組。
何の因果か、かつてのミアちゃん達とよく似た境遇の子達の前なのだもの。
この子達は何時までも一緒にいられるようにと切に願う。
ミアちゃんのことは後で慰めてあげよう。
今晩は特別に胸を貸してあげよう。
よく我慢したねって、褒めてあげよう。
いっぱい抱きしめてあげよう。
私はテーブルの下で、ミアちゃんの手をキツく握りしめた。




