01-04.登録
ミアちゃんに連れられて冒険者ギルドを訪れた。
来るのは久しぶりだ。
それだけ長い事、あの家で過ごしたのだ。
紹介してくれた受付嬢さんはいるのかしら。
一言お礼を言っておきたい。
こんな結果にはなってしまったけれど、それでも幸せな時間を過ごせた事は間違いないのだから。
ミアちゃんは迷うこと無く、一人の受付嬢の下に向かった。
見覚えがある気がする。
たぶんこの人だ。
私に仕事を紹介してくれたのは。
「ミアちゃん、久しぶりね。
もう大丈夫なの?」
「ええ。復帰するわ。
新しいパーティメンバー候補を連れてきたから、冒険者登録をお願いしたいのだけど」
「ご無沙汰しております。
以前、ミアさん達を紹介して頂いたホノカと申します。
皆様の生活を支える日々は私にとって幸福なものでした。
心の底から感謝しております」
「ホノカさん、頭を上げて下さい。
こちらこそ、あの子達に良くしてくれて感謝しています。
ホノカさんの話もよく聞いていたんですよ。
今まで、ミアちゃんの事も支えていてくれたのですよね?
このような結果になってしまいましたが、ご紹介させて頂いたのは間違いでは無かったのだと、安心しました」
「はい」
「それでは、冒険者登録でしたね。
ホノカさんの適正を確認させて頂きます。
まずはこちらの用紙にご記入下さい」
「ホノカには私が教えるわ。
向こうのテーブル借りるわね」
「あの!
一つ質問しても良いですか?」
「はい。どうぞホノカさん」
「何故私にあの職場を紹介して下さったのですか?
私は最初、冒険者登録をしに来たのですが」
「えっと、すみません。
勘違いです」
「勘違い?」
「ホノカさんの見た目と言葉遣いだけで早合点しました。
すみません……」
「勘違い……なるほど。
そうでしたか」
「すみません……」
「あ!いえ!
謝罪頂く必要は無いんです!
私にとっては最良の選択でした。
本当に感謝してるんです」
「そう言って頂けるなら幸いです」
「ほら、何時までも見つめ合ってないで行くわよ。
サリア、言っておくけどホノカは私のよ。
手を出すのは許さないわ」
「えっなに?
あなた達、そういう関係だったの?」
「違います!」
「そんな強く否定しなくても良いじゃない」
「あ!いや!違うの!」
「何がよ。
ニナの事は私と一緒にからかっていたくせに、ホノカも意外と初なのね」
「あう……」
「それとも何?
サリアに興味があるの?
そんなの許さないわ。
ホノカは私だけを見ていなさい」
「ひゅーひゅー!
熱烈ね!ミアちゃん!」
「え!?え!?」
「ほら、何時までも遊んでないで行くわよ」
また私の手を引いてズンズンと歩を進めるミアちゃん。
私は混乱した頭のまま、ミアちゃんに引っ張られていった。
それからテーブルに用紙を広げ、私にペンを握らせる。
そこでようやく我に返った私は、用紙に目を通した。
名前、出身地、職種、その他特殊技能。
内容は至って簡素なものだ。
本当にこんなもので良いのかしら。
その分、試験とやらで調べられるのかな。
変な水晶とかで全部詳らかにされるとかは無いかしら。
私一人ならいくらでも逃げられるけど、ミアちゃんと一緒に居るためには試験をパスしなければいけない。
先にミアちゃんに聞いておけばよかった。
脱線しかけた思考を修正し、眼の前の用紙に意識を戻す。
出身地はどうしようかしら。
本当の事を書くわけにはいかない。
この世界の出身ではないなんて言っても誰も信じない。
かと言って、ボースハイトとは書きたくないし……
「バルト村と書いておきなさい」
私の逡巡を察したミアちゃんが助け舟を出してくれる。
「バルト?」
「私達の故郷よ。
たった今から、ホノカもバルト村のホノカよ。
そういう事にしておきなさい」
「うん、ありがとう」
私はミアちゃんの言葉に従い、出身地の欄に書き込んだ。
次は、職種?メイド?
いや、この場合は戦闘時における役割の事だろう。
ミアちゃんは斥候兼弓兵とかいう、妙な組み合わせだったはずだ。
一撃離脱の接近戦も遠距離からの狙撃もこなす器用な子だ。
皆の冒険譚の中で聞いただけでなく、ギルドホームの庭で訓練している姿も何度か見かけた事がある。
中々良い動きをしていた。
眼に自信があるのも納得だ。
ミアちゃんに合わせるとしたら、私は真っ当な前衛職が良いのだろうか。
少なくとも、補助系では火力不足だろう。
むしろ火力重視ならミアちゃんに前衛を任せて、私が後衛になる方が良いかもしれない。
けれど、ミアちゃんを盾にするような戦い方は避けたい。
どうしようかな。
あまり手の内は晒したくないのだけど。
万が一、ボースハイトの連中に居場所がバレたら最悪だ。
何か役割を明確にして、それ一本に絞るべきよね。
これ、意外と重大な決断じゃない。
何か先に考えておくんだったわ。
「わからない?
それとも、書きたくない?」
「わからない……かな」
「本当に?」
「……どっちもかな」
「そう。
ならいいわ。
空白にしておきなさい。
どのみち実技試験で一通り見られる事になるわ。
その時に好きに加減なさいな」
「そっちの方が難易度高くない?」
「そう?
ホノカは頭であれこれ考えるより、体を動かす方が向いているんじゃない?」
「なんでそう思ったの?」
「見てればわかるわ」
答えになってないよ……
「それと、特殊技能も書かなくていいわ。
後で鑑定の水晶で見られる事になるから」
「え゛!?」
「今の何処から声出したの?」
「やっぱり止めて良い?
冒険者になるの」
「ダメよ」
「私がお金稼ぐから。
ミアちゃん一人くらいなら養えるから」
「嫌よ。
どうせまた住み込みでメイドでもするつもりでしょう?
その間私は一人になってしまうのよ」
養われる事自体は良いんだ……
「側に居てくれるのでしょう?
なら、その為に手を尽くしなさい。
二人で共にありさえすれば、きっと怖いものなんて無くなるわ。
勇気を出しなさい」
「そういう問題じゃ……」
「そういう問題よ。
それとも一生逃げ続けるの?
身を潜めて、声を押し殺して、隠れ続けるの?
そんな人生に私を巻き込む気なの?」
「その言い方はズルいよ……」
「大丈夫よ。
ホノカ一人に全てを押し付けたりはしないわ。
どんな事があっても、私が必ず側にいてあげる。
手を引いてあげる。
だから、勇気を出しなさい。
望むように生きなさい。
眼の前にも居ないような敵に、何時までも怯えて囚われていてはダメよ」
「……うん」
結局、私は覚悟を決めきれないまま、流されるようにして、冒険者登録を進める事も承諾したのだった。