01-34.天の邪鬼
私は一度フィオちゃんに席を外してもらい、リリさんと二人きりで話してみる事にした。
「それで、リリさん。
フィオちゃんの事、今後はどうしたいの?
まだ私達が連れて行っちゃって良いと思ってる?
さっきの『どこにも行かせない』は売り言葉に買い言葉?
それとも、本気で側にいて欲しいと思ってる?」
「それは……」
「ハッキリ否定出来ないのなら、肯定と取るよ。
リリさんはフィオちゃんに側にいて欲しいと思ってる。
まあ、当然よね。只でさえ唯一残された家族なんだもの。
今はフィオちゃんからも歩み寄ってくれてもいるのだし。
『お姉ちゃん』なんて呼ばれていれば、段々と可愛くも思えてくるでしょ?」
「そんなわけ無いじゃない。
相変わらず憎たらしくて堪らないわ」
「フィオちゃんは賢いものね。
少しばかり、小憎たらしいところがあるのは同意するよ。
けれど、それだけでも無いでしょ?」
「何も無いわ。
それより、ホノカ。
悪いけどそろそろ出なきゃいけないのよ」
「ダメよ。
いざとなったら、私が運んであげる。
フィオちゃんから聞いてない?
私、脚力には自信があるのよ」
「本当なの?
城壁飛び越えたって」
「ええ。
ふふ。やっぱりそういう話もしてるんだね。
良かった。思ったより仲良くやってるみたい」
「ただの暇つぶしよ。
移動が多かったから」
「そんなわけないでしょ。
本当なら、馬車の中でだって忙しく仕事をしているものなんじゃない?
何せ大商会の会長様だもの。
それくらいは、私にだって想像がつくよ」
「ならもう良いでしょ。
私は忙しいのよ。
お気遣いは有り難いけれど、今は遠慮してほしいわ」
「ダメよ、リリさん。
リリさんはもう少し素直になるべきよ。
そうでなければ、フィオちゃんの方が先に大人になっちゃうよ?
妹に負けたままで良いの?
フィオちゃんが呼び方を変えたように、リリさんももっと歩み寄らなきゃ。
たった二人きりの家族なんだから」
「……無茶言わないでよ」
「そうね。無茶なんでしょうね。
私もどうしても変えられない事ってあるから。
よく考えたら、到底人の事なんて言えないの。
ミアちゃんにいっぱい隠し事をしたままなんだから。
けれど、それでもリリさんには頑張ってほしい。
フィオちゃんの頑張りに応えてあげてほしい。
今すぐ好きになれなくても、せめて伝えてあげてほしい。
フィオちゃんをどうして同行させたいの?
フィオちゃんに直接言い辛いのなら、先ずは私に話してみない?」
「……気に入らないのよ」
「うん」
「フィオの態度が気に入らないの。
何もかも、気に入らない。
聞き分け良く、何でもかんでも従って。
その癖、私にだけ反抗して。
昔からそうよ。今回だってそう。
父には唯々諾々と従って、嫌な顔一つせずに勉強して。
自由な時間なんて一切無くて。
友達一人いやしない。
なのに金勘定ばかりしてる年寄り共には媚びへつらって。
これから一緒にやってくつもりなのかと思ったら、いきなり悪評が出るから同行しないなんて言い出して。
昨日までそんな素振り一切見せなかったくせに。
私と商会に気を使って下らない遠慮して。
そんな子供らしく無い事ばっかり。
本当に気に入らない。
商会に関わる気がないなら、挨拶回りなんかしてないで、最初から好きに遊んでれば良いのよ。
なんで今さらになってそんな事言いだすのよ。
せっかく戻ってきたと思ったのに、なんで出ていくなんて言うのよ。
やってることが滅茶苦茶よ。
これ以上、私を振り回さないでよ」
リリさんはまとまりの無い言葉で感情を吐き出した。
リリさんもリリさんなりにフィオちゃんに歩み寄ろうとしていた。
フィオちゃんの事を心配していた。
どうにか、二人で頑張ろうと力を尽くしていた。
なら後少しだ。
フィオちゃんに直接言葉にして伝えるのは難しいだろう。
何故なら、リリさん自身も自覚できていないからだ。
姉として、やるべきことをやろうとしているだけだからだ。
人としての正しさを言い訳にしているからだ。
リリさん自身の気持ちを自覚しての行動ではない。
今すぐフィオちゃんの事を好きになれるとは思っていない。
それはもう、言っても仕方のない事だ。
誰にだって、受け入れられない相手はいるものだ。
ただそれでも、折り合いを付けて生きていかなければならない。
両親を亡くし、九歳の幼い妹を持つ姉として、社会的に正しい事をしなくてはならない。
リリさんはそこで立ち止まってしまっている。
けれど、リリさんの心はそうじゃない。
リリさんは優しい人だ。
心の底から、フィオちゃんを心配できる人だ。
例えどれだけ嫌っていても、優しさを向けられる人だ。
だからこそ割り切れない。
ただの義務なら、フィオちゃんの意思に同意すれば良い。
たった一言、『そうね』と返してあげれば、リリさんの役目は終わらせられる。
例えそれでフィオちゃんが屋敷に引き籠もったとしても、姉としての役目は終えられる。
けれど、それも選べない。
リリさんは求めているんだ。
「リリさんは、フィオちゃんに頼られたいんだね。
子供らしく、いいえ、妹らしく振る舞ってほしいんだね。
ちゃんと相談してほしかったんだね。
勝手に決めてほしくなかったんだね。
裏切られた気持ちになちゃったんだね」
「……違うわ。
素直に言う事を聞かないから腹が立つだけよ」
「なら、そのお父さんのように振る舞うの?
フィオちゃんにただ黙って言う事を聞かせるの?」
「……」
「リリさん、リリさんは一つ勘違いをしてるよ」
「何がよ」
「フィオちゃんはリリさんに反抗してるんじゃない。
甘えてるんだよ。
だって、お父さんには何も言わずに従っていたんでしょ?
フィオちゃんはお父さんを好ましく思っていなかった。
大好きなお母さんとお姉ちゃんに冷たく当たる、酷い人だと思ってた。
黙って従っていたのは、お姉ちゃんにしわ寄せが行かないようにするためだったんじゃない?
自分が後継者になろうとしていたのも、お姉ちゃんが苦しんでいると知っていたからなんじゃない?
フィオちゃんはそういう事を考えられる、賢い子だよ?」
「そんなはず……」
「それにフィオちゃん言ってたじゃない。
『後はお姉ちゃんが上手くやってくれます』って。
だからきっと、お姉ちゃんが助けてくれるから、もうやりたくない事はやらなくても良いんだって、甘えてるんだよ。
この一週間のリリさんの行動を側で見ていて、何の心配も要らないんだって気付いたんだよ。
そうでなければ、放りだしたりはしないよ。
例え誰に何を言われたって、思われていたって、気にせずに乗り込んだはずだよ。
フィオちゃんはそんな勝ち気な子なはずだよ。
リリさんはよく知っているでしょ?」
「……」
「今から言う事は独り言だから聞かなかった事にしてね。
フィオちゃんはずっとリリさんの失脚に拘ってた。
私とミアちゃんに、何度も協力してくれと頼んできた。
リリさんを躾けて飼い慣らして、商会は他の誰かにくれてやるんだって言っていた。
たぶん、それってそのままの意味だったんだね。
フィオちゃんはリリさんと二人きりで暮らしたかった。
フィオちゃんも素直じゃないから変な言い方ばかりしていたけど、きっと最初から気持ちは一つだった。
ただ、大好きなお姉ちゃんと一緒に生きていたかった。
お姉ちゃんが苦しむ原因を取り除いてあげたかった。
自分達を苦しめた商会なんて捨ててしまって、二人で幸せになりたかった。
昔みたいに笑い合いたかった」
「……」
「でも、この一週間で考えが変わったんだよ。
リリさんが胸を張って格好良く動き回る姿を見て、自分の杞憂だったんだって気付いたの。
だからリリさんに全てを任せて出ていこうと思った。
自分はもう邪魔になるだけだからって。
必要最低限の事だけ済ませて関係を絶とうとしたんだよ」
「……」
「良いの?リリさん。
このままだと私達がフィオちゃん連れて行っちゃうよ?」
「……失礼するわ」
リリさんは問には答えず部屋を飛び出していった。
フィオちゃんを捜しに行ったのだろう。
大丈夫だよ、リリさん。
慌てなくてもフィオちゃんは部屋で待ってるよ。




