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01-32.仲直り?

「寝顔は可愛いよね。

 まるで天使みたい」


「……私に言わないで下さい」


 少しの間リリアーナさんとの会話を続けていたフィオちゃんだったが、本人の申告通り既に限界だったようだ。

今はスヤスヤと眠りについている。

もしかしたら、何だかんだと安心感とかもあったのかも?


 お姉さんと沢山話して、いがみ合ってはいても敵では無いのだと知って、何の脅威も残っていないのだと気付けたのかもしれない。

フィオちゃんの穏やかな寝顔からは、そんな印象を受けた。



「そんな事より、とっとと着替えてきなさい。

 閣下の事いつまで待たせておくつもりよ」


「!?」


 ミアちゃんの言葉に慌てて飛び起きるリリアーナさん。

どうやら完全に忘れていたようだ。



「待ちなさい。

 そこに寝てるのも着替えさせてやりなさい。

 こんな姿を閣下にお見せするつもり?

 わかっていると思うけど、あんたが着替えさせるのよ。

 誰にもバレないよう、精々こっそり脱がせることね」


 動き出そうとしたリリアーナさんを呼び止めて、未だに床の上で転がっているフィオちゃんを指し示すミアちゃん。

確かにこんなボロボロのフィオちゃんを見せたら、伯爵様からお叱りを受けそうだ。


 不仲姉妹の仲直り第一歩の為とはいえ、十歳下の妹と取っ組み合いの喧嘩をしていたなどと、他人に言える事では無いだろう。

伯爵様に限らず、この家のお手伝いさん達にだって見せられまい。


 とはいえ、その言い方はどうなのよ。

まるでいかがわしい事でもするみたいじゃない。


 リリアーナさんは苦々しい表情を浮かべながらも、大切な宝物を扱うように丁寧にフィオちゃんを抱き上げて歩き出した。

この二人は少しは近づけたのだろうか。


 たぶん、フィオちゃんが心の奥底でリリアーナさんと仲良くしたいと思っているのは間違いない。

ロレッタさんとよく似たリリアーナさんの事を嫌いになりきる事は出来ないのだろう。


 フィオちゃんはまだ幼い。

未熟だとかそういう話ではなく、純粋に年齢が幼い。

まだ、母親が恋しい年頃のはずだ。


 実の母だけでなく、敬愛するロレッタさんすらも早くに亡くしてしまったフィオちゃんが、リリアーナさんに代わりを求めるのも無理からぬ事だった筈だ。


 けれど、ロレッタさんが亡くなった事で、二人の不和も決定的なものになってしまったのだろう。


 リリアーナさんは、それまでロレッタさんに甘える事で解消していた不満を幼い妹に向けてしまった。

フィオちゃんも幼い頃から賢く勝ち気な性格だったのだろう。

意地の悪い姉に、散々やり返してきた筈だ。

最初は母を失った悲しみから来たものだったとしても、引っ込みが付かなくなっていったのだろう。

そうして益々二人の仲は険悪なものになっていった。


 あと一歩、リリアーナさんが歩み寄っていれば。

もう少しだけ、妹の事も考えられていれば。

フィオちゃんも、素直に甘える事が出来ていたのだろう。

失った母の代わりに、姉を慕っていられたのだろう。


 伯爵様が言っていたリリアーナさんの頑固なところと言うのは、そういう部分なのだろう。


 大人げない。

もうホント、そうとしか言いようがない。


 どれだけ父親に冷遇されていたとしても、どれだけ相手が生意気な小娘だとしても、どれだけ母を亡くした事が悲しくても、小さな妹に当たり続けてきたなんて擁護のしようがない。


 フィオちゃんは、この姉ならば必ず自分を追い詰めて亡き者とするはずだ、なんて馬鹿げた妄想を信じていた。


 リリアーナさんはそれだけの事をしてきたのだろう。

いくらフィオちゃんが思い込みが激しくて浅慮だろうとも、幼いフィオちゃんがそこまで思い込むには相応の経験が必要なはずだ。

食事に毒が盛られていないかスキルで確認しよう、なんて考えを持っていた程なのだ。

本当に命を奪わない程度の、お腹を壊す程度の毒くらいは盛った事があるのかもしれない。


 それでも今回、リリアーナさんは一歩を踏み出した。

自分から謝罪を口にし、フィオちゃんに本音を打ち明けた。

これで少しは歩み寄れるのだろうか。

二人は仲の良い姉妹としてやり直せるのだろうか。



「どう思う?」


「さあ?

 どうでもいいわ、そんなこと」


「え~。

 気にならないの~?」


「ならないわよ。

 むしろこれでフィオを置いていけると清々してるわ。

 これ以上関わりたくないのよ」


「え?」


「折角仲直りしかけてんのよ。

 あの二人を引き離す必要なんて無いわ」


「もしかして、ミアちゃんが張り切ってたのってその為?」


「ええ、そうよ。

 これでホノカも心置きなく旅立てるわよね」


「また喧嘩別れしちゃったら?」


「知らないってば。

 興味ないわ。後は自分達でどうにかすれば良いのよ。

 諸々受け取ったらさっさと御暇するわよ。

 これ以上巻き込まれるのはごめんよ」


「収納スキルは?」


「時間切れ。

 別に無くてもいいわよ。

 どうせ今までだって無かったんだし」


「あったら便利だよ~

 いっぱい料理してあげられるよ~

 お菓子なら作り貯めもしておけるよ~」


「誘惑するのはやめなさい」


「少しだけ!後ちょっとだから!

 そうだ!折角、リリアーナさんとも知り合えたのだし、チョコレートの事も調べてもらいましょうよ!

 その間だけで良いから!

 調べ終わったら旅立って良いから!

 だからお願い!後少しだけ、王都に滞在しましょう!」


「嫌よ。

 王都なんて碌な仕事も無いし、宿は高いし、長居するような場所じゃないわ」


「ならば是非我が家にてご滞在下さい。

 妹の恩人であれば何時まででもご滞在頂いて構いません。

 もちろん、その間の衣食住はこちらでお世話させて頂きます」


「うむそれは良い考えだ。

 ミア嬢も是非そうしてはどうかね?

 何なら我が屋敷にて滞在頂いても構わんよ?

 愛娘達の恩人だ。こちらも手厚く歓迎するとも」


「恐縮です閣下。

 ですが私共は旅の道中なのです。

 そう長いこと、ひととこに留まるわけにも参りません」


「どうか、そう言わず。

 私共にご恩返しのチャンスを頂けないでしょうか」


「まさか仕返しのつもり?」


「滅相もございません。

 妹との関係改善にまでご助力頂き、感謝しております。

 そちらの件でも益々御恩が増えるばかりでございます。

 私共商人は貸し借りに敏感です。

 このまま恩人に何もせず旅立たせたとあっては、私共の名にも傷がつくことでしょう。

 どうか、親切ついでと思っては頂けないでしょうか?」


「……わかったわ。

 三日だけよ。

 それ以上は認めないわ」


「リリアーナさん、改めてよろしくお願いします」


「ふふ。ホノカ様は素直で可愛らしい方ですね」


「私のよ。手出したら承知しないわ」


「お二人はそういう……」


「お約束通り報酬として私の事も差し上げますね、ミア様」


「「!?」」


「約束なんてしてないわよ!

 要らないっつってんでしょ!」


「あれ?もう起きたの、フィオちゃん?

 朝までグッスリかと思ってたわ」


「ミア嬢、どういう事か詳しくお聞かせ願おう。

 事と次第によっては、いやうむ。

 今はまだそういう言い方は良くないな。うむ。

 ……今はまだ、な」


「ございません。

 何一つ、やましい事などございません、閣下」


「ミア様?

 妹では何かご不満ですか?

 この子は幼いながらに賢く、優秀な娘です。

 姉の贔屓目もありますが、容姿も淡麗かと。

 将来的には、必ずやご期待に沿えることでしょう。

 更には優秀なスキル持ちでもあり、類まれな運動能力も持ち合わせております。

 育て上げれば、冒険者としても一流と成り得る逸材です。

 何より、本人もこの通り望んでいる様子。

 どうか貰ってやっては頂けないでしょうか」


「ここぞとばかりに売り込んでんじゃないわよ!

 何が姉の贔屓目よ!

 そんなことかけらも思ってないじゃない!」


「流石商人さんだね~

 まさかそんなにスラスラ、フィオちゃんの良いところが出てくるなんて。

 やっぱり、リリアーナさんもフィオちゃんの事好きなのね」


「……いえ」


「何あんた、自分の嫌いなものを私に押し付ける気?」


 隙を見せたリリアーナさんに一転攻勢に出るミアちゃん。



「……その様な事はございません」


「ハッキリ言いなさい。

 あんたは!自分の!嫌いなものを!勧めてるの?」


「……いえ、その様な事は。

 私も大変好ましく思っております」


 ぐぬぬって感じの表情で、どうにか言葉を絞りだすリリアーナさん。



「何を好ましく思ってるって?

 あなたは、私に何を勧めているの?」


 ここぞとばかりに追い打ちをかけるミアちゃん。



「……我が妹、フィオでございます」


「ぷっふふ。

 お姉ちゃん、ふふ」


「ハッハッハ!

 これはこれは!

 良くぞ引き出した!

 ミア嬢、中々やりおるな!」


 今のこのやり取りで、結果的に一番上機嫌になったのは伯爵様だった。

そのままアメーリア姉妹共々、再び伯爵邸に招かれる事になったのだった。

どうやら、諸々お祝いしてくれるらしい。


 こんなに大騒ぎしたら、かえってリリアーナさんの鬱憤が溜まらないかしら。

でも、フィオちゃんが笑いながらリリアーナさんの隣にいるから大丈夫なのかな?


 リリアーナさんも結局終始フィオちゃんの事は愛称で呼んでいたのだし、きっと親しくは思っているのだろう。


 なんとかなる。きっと大丈夫。

私の【直感】はそう答えた。

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