01-03.覚悟
旅立ちを決めたミアちゃんは直ぐ様行動を起こした。
結局、家は手放す事になった。
ミアちゃんはどんな気持でその決断を下したのだろう。
やっぱり、もう二度と見たくないのだろうか。
忘れてしまいたいのだろうか。
それとも、覚悟を決める為だろうか。
未練を断ち切る為だろうか。
仲間達との想い出を手放す事で、前を向きたいのだろうか。
ミアちゃんは以前と変わらない、堂々とした言動を取り戻した。
少なくとも、私の前では悲しみを見せる事は無くなった。
私が取り乱してしまったせいだろうか。
泣きついてしまったせいだろうか。
私はどうしてあんな事をしてしまったのだろう。
何故あの場面で自分の弱さを出してしまったのだろう。
後ほんの少し、我慢していられなかったのだろう。
ミアちゃんが私を置いて旅立つと言った瞬間、私の頭は真っ白になった。
そんな事になるなんて想像すらしていなかった。
何の心構えも出来ずに、気持ちをぶちまけてしまった。
自己嫌悪で吐きそうになる。
けれどこれ以上無様を晒すわけにはいかない。
ミアちゃんが私を頼ってくれるように、信頼を取り戻さねばならない。
私を家族と呼んでくれた少女に寄り掛かるわけにはいかない。
二人がかりで、引き払うために家の片付けをしていると、
ミアちゃんが手を止めて話しかけてきた。
「ホノカ、冒険者になりなさい」
「冒険者ですか?」
「敬語禁止」
「は、うん」
「よろしい。
冒険者になってもらいたいのだけど良いかしら。
旅をするには色々と役立つのよ」
「そうなの?」
「ええ。通行証代わりとかになるしね。
ホノカもここまで長旅をしてきたのでしょう?
その間はどうしていたの?」
「えっと……
荷車に忍び込んだり」
「はぁ?」
「いえ、冗談です」
「本当に?」
「はい。
とある商人の召使として同行させて頂きました」
「敬・語・禁・止!」
「うん、ごめん」
「中々直らないわね。
まあ、良いわ。
変える気はあるみたいだし。
追々慣れていくでしょう」
「すみません……」
「まったく……」
「それより、冒険者でし、だよね」
「ええ。ホノカって戦えるのでしょう?」
「ええ、まあ。
旅で困らない程度に、最低限の心得があるくらいですが」
「敬語」
「ごめん……
殆ど経験が無くて……」
「敬語抜きで話す相手がいた事無いの?」
「幼い頃なら……いたはず……なんだけど」
「なら尚の事よ。
私はホノカにとって唯一の家族なのよ。
ホノカもそのつもりで話しなさい」
「ミアちゃん厳しい……」
「無茶を言ってるのはわかってる。
けれどお願い。頑張って。
必要な事なの」
「うん、わかった」
「ありがとう、ホノカ。
気を取り直して、ギルドに行きましょう。
付き添うわ」
「私一人で行ってくるよ?」
「ダメよ。
パーティー申請もしなきゃだし」
「でも引き渡しまであまり時間も無いよ?
家の事が済んでからにした方が良いんじゃない?」
「大丈夫よ。
ホノカならすぐよ」
「私任せなの?
まあ、良いけど」
「頼りにしてるわ、ホノカ」
「うん。ありがとう、ミアちゃん」
「なんでお礼?」
「え?」
「まあ良いわ。
行きましょう」
ミアちゃんは私の手を引いて歩き出す。
ここ数日のミアちゃんは、まるで私の事を迷子の子供だと思っているかのように、こうして手を引いてくれる。
やっぱり先日の件を気にしているようだ。
慣れない言葉遣いのせいか、中々以前の立ち位置に戻る事が出来ていない。
私はミアちゃんに頼られたい。
前の関係に戻りたい。
もう無理なのかな……
なんだか、ミアちゃんに強く言われると逆らえない。
昔の事なんて話すつもりは無かったのに、つい余計な事を言ってしまう。
そうしてまた自己嫌悪して、弱気になってしまう。
どんどんドツボにハマっていく。
負のスパイラルってやつなのかしら。
このまま、ミアちゃんに頼り切って生きていくのかしら。
いやだなぁ……
「どうしたの?」
「なにが?」
「元気ないわよ」
「そう?」
「言う気が無いなら聞かないけど。
なら、何か代わりにやりたい事を言いなさい」
「やりたい事?
突然どうしたの?」
「いいから言いなさい。
何でも良いわ。
ケーキが食べたいでも、服を買いたいでもなんでもね」
「そんな事言われても……」
「冒険者資格取得のお祝いに何でも叶えてあげるわ。
何でもよ。
考えておきなさい」
「うん……
え?
資格取得?
何か試験でもあるの?」
「ええ。
簡単なものよ。
安心して。
ホノカなら確実に合格できるわ。
その結果次第で最初のランクも決まるから頑張ってね。
あんまり私とランクが離れ過ぎていると、パーティーも組めないから」
「それは無茶だよ……」
「大丈夫よ。私の見立てに間違いはないわ。
ホノカの過去に何があるかは知らないけれど、私の側に居るために手を尽くしなさい」
「でも……」
「安心なさい。
その結果何があろうとも、私が必ず守ってあげるわ」
ミアちゃんは笑顔で自身満々にそう宣言した。
繋いだ手から伝わる震えを誤魔化す事もなく、言葉だけは気丈に振る舞い続けていた。