01-29.伯爵
翌朝私達はフィオちゃんに連れられて、お貴族様の屋敷を訪れた。
どうやら、あの方とは貴族だったようだ。
目的地を知った途端に回れ右しようとするミアちゃんをなんとか宥めすかして、呼び鈴を鳴らす。
直ぐ様現れた執事のお爺さんは、フードを取ったフィオちゃんを見るなり、屋敷の主に確認する事もなく、そのまま屋敷内まで案内してくれた。
どうやら、この屋敷にフィオちゃんが何度も来ていたのは間違いないようだ。
案内された応接室で暫く待っていると、扉が大きな音を立てて開け放たれた。
扉を開けたのは、初老の男性だ。
少し、息を切らしているようだ。
ここまで走ってきたのだろう。
どうやらこの方が、この屋敷の主のようだ。
フィオちゃんを見ると、すぐに駆け寄って抱き上げた。
「フィオレ!
本当に無事だったのだな!
ああ!まさか再び姿を見られる時が来ようとは!
大丈夫か?どこか悪いところは無いか?」
「はい、おじさま。
ご無沙汰しております。
ご心配をおかけして申し訳ございません」
「よいよい。
こうして姿を見せてくれただけで何よりだ。
少し痩せたか?毎日十分に食べているのか?」
なんか親戚のおじさんみたいなノリだ。
本当に可愛がられていたのだろう。
「はい。問題はありません。
私を助けて下さったお二人が、とても良くして下さいました」
「それは何よりだ。
お嬢様方がフィオレを救出して下さったのかね?
礼を言おう。私からも褒美を出そうではないか。
アルバーノ!」
男性が名を呼ぶと、部屋の隅で待機していた執事のお爺さんが会釈をして、部屋を出ていった。
今ので何やら要件が伝わったらしい。
ご褒美とやらを用意しにいったのだろうか。
「おじさま、ありがとうございます。
お二人を紹介させて頂いても宜しいですか?」
「ああ、そうだったな。
これは失礼を。
お嬢様方、私はこのファルネーゼ伯爵家当主、エドアルドだ」
「おじさま、こちらはホノカ様、ミア様と申します。
お二人は高位の冒険者をされておりまして、たった二人だけで盗賊達を殲滅致しました」
「それはそれは、随分と勇敢なお嬢様方だ。
改めて礼を言う。
良くぞフィオレを無事に送り届けて下さった。
この子は亡き親友の大切な娘だ。
かく言う私も、実の娘のように思っている。
娘の恩人として、丁重に饗させて頂こう」
「光栄でございます、伯爵閣下」
綺麗なお辞儀で返すミアちゃん。
何だかんだと言いながら、貴族との関わり方も心得ているらしい。
私は慌ててミアちゃんに続く。
「うむ。
年若い冒険者とは思えぬ礼儀正しさだ。
ミア嬢はどこか高貴な家の出なのかね?」
「おじさま、冒険者にその様な事を問うのは」
「ああ、そうだったな。
悪い。忘れてくれ。
不躾な事を聞いた」
「ご厚情感謝致します」
「良いな。ミア嬢、よければ我が家に仕えぬか?
勿論、ホノカ嬢も一緒で構わん」
「おじさま!なりません!」
「どうした、フィオレ?
何をそんなに必死になっておる。
安心しろ。
お前の恩人に無理強いなどせんよ。
嫌といえば話はそれまでの事だ」
「あ!申し訳ございません、はしたない真似を致しました」
「よっぽどこの者らに懐いているようだな。
うむ。益々惜しい。
このお嬢様方が我が家に勤めれば、フィオレもより顔を出すようになるであろうに」
「ふふ。おじさまの事もお慕い申しております」
「うむむ。
少し見ぬ内に口が上手くなったものだ。
良いだろう。何が望みだ?
私に用意できるものならば、何でも叶えてやろう」
「それでは、お姉様の」
「リリアーナ!
そうだ!リリアーナも探しているのだぞ!
そのような格好でここに来たと言う事は、まだ実家には帰っておらんのだろう!
いかんいかん!
まず先に、姉を安心させてやらんか!
いくら不仲と言えど、限度があろうに!」
おっと?
「おじさま!ですが!」
「ならん!
いくらフィオレの我儘であろうともこればかりは聞けん!
行くぞ!私も同行する!
お嬢様方、申し訳ないが、ご同行願えんかね?
フィオレとその姉、リリアーナは信じられん程の頑固者同士でな。
私が間に入っても不仲が改善するとも思えん!
今まではそれも致し方無しと見逃しておったが、事ここに至ってはそうも言っておれん。
唯一残された肉親同士、何時までも反目し合っとるなど論外だ。
どうか、ついでと思って力を貸してくれたまえ」
「「御意」」
「お二人まで!?」
「フィオ、少し黙りなさい。
先ずはリリアーナの話も聞いてからよ。
あなたの信じた伯爵閣下の決定よ。
今更グダグダ言うのは止めなさい。
ここで余計な事を言えば、私達だけでなく閣下をも失望させるのだと理解しなさい」
「ですが!」
「フィオちゃん。
ダメだよ。
悪いけど、もう私もフィオちゃんの話が信じられない。
あの情報の出所はそんなに信じられるの?
こんなに心配してくれている伯爵様の事よりも?」
「なんだ、フィオレ。
お前まさか、リリアーナの事を疑っているのか?
そんなバカな話があるわけ無いだろうが。
二人に感謝するがいい。
いくらフィオレであろうとも、その様な事を口にしていればこの私が許さん。
あの子もまた、私にとっては娘同然だ。
お前達の不仲の理由に理解を示せんわけでは無いが、それでも限度というものがあるのだぞ」
「おじさま……」
それから口を噤んだフィオちゃんを抱えて、伯爵閣下は急ぎ足で歩き出した。
私達も二人に続いて、フィオちゃんの実家に向かった。




