07-10.リベンジ
「ここすき」
「そう。良かった。ナイアにも気に入ってもらえて」
久しぶりにヴィーと出会った湖を訪れた。後から一度ソーカを連れて三人だけで来た事もあったけれど、それも最早数十年は前の話だ。
どうやらこの地にも人の干渉が始まってしまったらしい。既にこの地に住み着いていた精霊達は姿を消してしまっていた。あの子達と再会できなかった事を残念には思うが、これもまた致し方ない事だ。それに最初からわかっていた事でもあるからね。必要以上に悲しむべき事でもないのだろう。
「私はこの地を訪れるのは初めてです」
「そうだっけ? そっか。惜しいことしたかも。人間の手が入る前に見せておけばよかったなぁ」
精霊が離れた影響だろう。ほんの少し魔力が滞り始めている。今はまだ目を凝らさないと気付けない程度ではあるが、それでも最盛期とは言い難いくらいには変化も見て取れる。視覚情報としてではなく、全身で感じる感覚としてはやはり違いが大きいのだ。
「ホノカ様は精霊と近い感覚をお持ちなのですね」
「違うよ。精霊が神である私と近い感覚を持っているの」
「……だからですか? 人間を疎ましく思われているのは」
「別にそこまでじゃないよ」
本当に嫌っているわけじゃない。ただ少し価値が下がっただけだ。同胞ではなくなっただけだ。ただそれだけだ。
「もうこんな話止めよう。折角のキャンプだよ。素直に楽しもうよ」
「そうですね。では私は釣りでもすると致しましょう」
「……なにそれ? リール?」
「はい。以前ホノカ様から教えて頂いたものを再現させたのです。ホノカ様の分もございますよ。ご一緒に如何です?」
「……頂戴」
「はい♪ どうぞ♪」
「ありがと。フィオちゃん」
フィオちゃんから受け取った釣り竿を持ち、何時かのように湖の中央に足場を作って腰を下ろした。それからナイアを膝に抱え、湖の中に釣り糸を垂らしてみる。
「投げるのですよ?」
「私使い方知らないもん」
「ホノカ様に教わったものですよ。これは」
「私が教えたのはもっと漠然としたやつでしょ」
詳細はどうせへーちゃんが私の記憶から掘り起こしたのだろう。前世の私は何で釣り竿になんて詳しかったのかしら? 相変わらず十二歳くらいまでの事しか記憶に無いんだよね。へーちゃんも何故か教えてくれないし。
「こうして真ん中まで来てるんだし投げる意味なくない? 重りだって付いてるんだし垂らしておけば十分でしょ?」
「それもそうですね」
フィオちゃんも私に寄りかかるように座って糸を垂らし始めた。
「ヴィーとソーカも出てきたら?」
『『ごゆっくり~♪』』
はいはい。
「フィオちゃんはよく釣りするの?」
「ええ。まあ。好きですよ」
そっか。知らなかった。昔はそんな趣味無かったのに。
「なんだかすっかりお年寄りになっちゃったみたい」
「ふふ♪ こんなでもお婆ちゃんですからね♪」
なんで嬉しそうなの?
「フィオちゃんは楽しんでる?」
「ええ。もちろん」
「幸せ?」
「はい。とても」
「どうして?」
「ホノカ様が約束を果たしてくださったからです」
「私は何もしてないよ。フィオちゃんが言った通り」
「すみません。先程は言葉が過ぎました」
「ううん。事実だもん。私は何も頑張ってない。ただ流されて、手を引かれて、皆に頼って生きてきただけ」
「そんな事はありません。ルドヴィカを育て上げたのはホノカ様です」
「なんでルドちゃん? 一番頑張ってたのはフィオちゃんじゃん」
「あの子は私やミア様だけでは折れていました」
「私がいなかったらミアちゃんが甘やかしただけでしょ」
実際ルドちゃんとのことがあったからか、フィーちゃんのことは随分と甘やかしている。私はフィーちゃんやクララ、トキハと一緒になって遊んでいるだけだ。ルドちゃんの時だって私が何もしなければ同じように甘えさせてあげた筈だ。
「久しぶりにネガティブになっていらっしゃいますね」
「それはフィオちゃんのせいだと思う」
「ふふ♪ そうですね♪」
「……なんで嬉しそうなの?」
「ホノカ様が私のことで悩んでくださっているからです♪」
「今更そんな見え透いたやり口で誤魔化されるわけないでしょ」
「本心ですよ?」
「何を企んでるの?」
「心外です」
「言う気は無いんだね」
「仲直りです」
「まだ足りない?」
「ええ。私はまだ諦めていませんよ。ミア様からホノカ様を奪うと言ったでしょう?」
「何時の話をしてるのさ」
「私が一度でも諦めたと言いましたか?」
「置いて行ったじゃん」
「準備期間です」
「整ったの?」
「ええ。だから戻ってきました」
「お手並み拝見だね」
「期待していてください♪」
「あ」
「うごいた」
「ナイアが引いてみる?」
「……」
「ううん」
「こわ」
「ふふ。大丈夫だよ。この世界に怖いものなんてなんにも無いんだから」
世界の外にはあるけどね。ナイアには強くなってもらわないと。私達だけじゃ手も足も出ないんだから。
「こちらもかかりました。どちらの方が大きいか勝負しましょう」
「負けた方が晩ご飯作る?」
「寝床の準備くらいにしておきましょう。食事は皆で用意した方が楽しいですから」
「わかった。良いよそれで」
『『頑張れ~♪ ナイア~♪』』
「ふへ?」
「ふふ♪ ほら、ナイア。一緒に引き上げてみましょう♪」
「……」
「うん」
ナイアの小さな手をハンドルに添えて、その手ごと握って回していく。糸が段々と巻き取られていき、魚の影が水面に近付いてくる。
「これは私達の勝ちみたいだね」
「油断は禁物です♪ 釣り上げられなければ不戦敗ですからね♪」
そう言いながらも手慣れた様子で早々に自分の方を済ませて、網を構えるフィオちゃん。
「いくよ。ナイア。引き上げるからね」
「わ」
「……」
「うん」
ほんの少しだけナイアの声音が明るくなった。なんだかんだと興奮してきたようだ。良い調子だ。
「それ!」
「えい!」
遅れて続くナイア。息は全然合わなかったけど、今度こそ楽しげな声音が返ってきた。




