01-02.約束
話しを終えたミアちゃんは自室に閉じこもってしまった。
私は変わらずこの家に住んで、ミアちゃんの世話を続けた。
ミアちゃんは、どうにか食事だけは取ってくれた。
けれど、部屋には入れてくれない。
声は聞かせてくれない。
私はこの家を出ようとは思えなかった。
元よりこの世界に私の居場所など無い。
私はある時、突然この世界に呼び出されたのだ。
私を呼び出したのは、ボースハイト王国という大国だ。
そこの王族が自国の兵とする為に、異世界から無作為に人々を呼び出していた。
幸か不幸か、私は強力なスキルを持っていた。
王族達に目を付けられた私は徹底的に鍛え上げられ、何度も戦場に投入された。
隷属の首輪を付けられた私は自分の意思に反して、王国の手駒として忠実に働いた。
そんな地獄の日々は、ある日突然終わりを迎えた。
敵の攻撃で首輪を損傷した事で、自由を取り戻したのだ。
敵と言うか、恩人と言うべきかもしれない。
何処の誰かは知らないけど。
私の意識外から攻撃を当てるなんて並大抵の事じゃない。
未だに何をされたかすらわかっていない。
私はそのまま戦場を離脱し、遠く離れたこの地までやってきた。
幸い生き残る為の術も叩き込まれていたので、野垂れ死ぬような事も無かった。
この世界に来たばかりの私なら考えられなかった事だ。
随分と逞しくなったものだ。
全く嬉しくはないけれど。
この地に辿り着いた私は、最初は冒険者になろうとギルドを訪れた。
正直戦いなんて嫌いだけど、生き残る為には仕方がない。
自分の出来る事はそれくらいだ。
そんな私の想いが通じたのか、それとも心でも読めるのか、はたまた私が戦えるようには見えなかったのか、何故か私を担当した受付嬢はこの家での仕事を紹介してくれた。
そのままあっさりと採用された私は、この家に住み込みで働かせてもらえる事になった。
幸い元の世界では半ば一人暮らしのような状態だったので、家事の経験はバッチリだ。
久しぶりの文化的な生活と扱いに、私は心の底からこの生活を楽しんだ。
能動的な労働って素晴らしい。強制労働は二度と御免だ。
何より、皆が優しくしてくれる。慕ってくれる。
ここが天職か。出来れば何時までも続いて欲しい。
お願いだから、皆仲良くね。
喧嘩別れの空中分解なんて嫌よ。
そんな風に思っていた。
けれど、そんな日々は突然終わりを迎えた。
私はすっかり忘れていたのだ。
あの子達は冒険者だ。
戦場に身を置く子達だ。
何れはこんな時が来てもおかしな事では無かったのに。
私が付いて行けば、皆が生きて帰ってこれたかもしれない。
私にはそれだけの力があったのに。
そんな益体も無い後悔が湧いてくる。
嫌な気持ちを振り切ろうと、家事にのめり込む。
美味しいと笑ってくれる子達もいないのに。
もう帰って来る子達もいないのに。
いや、まだ一人。
ミアちゃんだけは生き残ってくれた。
帰ってきてくれた。
今の私にとっては唯一残された存在だ。
美味しいとは言ってくれないけど。
自室から出てきてはくれないけど。
それでも、ミアちゃんを放りだしてしまおうとは思えない。
私は変わらない日々を続ける。
しがみつき続ける。
傷心し、引きこもる弱々しい少女に執着する。
何度でも閉ざされた扉の前に通い続ける。
食事を届け、話しかけ、元気付け、そんな日々を続ける。
ミアちゃんはどう思っているのだろう。
何時まで居座る気だと思っているのだろうか。
私の一方的な行為は迷惑だろうか。
当然だ。
ミアちゃんは一人になりたいと願っているんだ。
それを無視して勝手な事をしているんだ。
そんな風に心の奥から声がする。
そんなわけがない。
ミアちゃんにとっても、私は唯一残された存在だ。
私がミアちゃんを見捨てるなんて論外だ。
例え出て行けと告げられたとしても、しがみつくべきだ。
せめて、ミアちゃんが部屋を出られるようになるまでは。
普通の生活に戻れるまでは。
それからまた一月、二月と時間が流れていった。
ミアちゃんはまだ出てきてくれない。
そろそろ強硬手段に出るべきだろうか。
時には強引な手段も必要なのかもしれない。
誰かが引っ張ってあげるべきなのかもしれない。
そんな風に考え始めた頃、遂に扉が開いた。
「お久しぶりです、ミアさん。
お顔が見れて嬉しいです」
「ホノカさん」
「はい」
「ごめんなさい!」
「大丈夫ですよ、ミアさん。
謝る必要なんてありません。
私がやりたくてやった事です。
気に病む必要なんて無いのです」
私はミアちゃんを抱きしめる。
ミアちゃんは抵抗もなく受け入れ、抱きしめ返してくれた。
ミアちゃんが落ち着いたのはそれから暫く後だった。
真っ赤に目をはらしたミアちゃんは、私から少し距離を取り、宣言した。
「約束を果たすわ」
何の事だろう。
ミアちゃんとの約束って何かあったかしら。
「ちょこれーと」
「ああ、あの件ですね」
「やっぱり忘れていたのね。
無理もないわ。随分と時間が空いてしまったものね」
「突然どうしたのですか?」
「旅に出たいの」
「チョコレート探しの?」
「うん。
本当は何でも良いのだけど、とにかくもうこの家には居られないわ」
ミアちゃんの言葉に思わずショックを受けてしまう。
ミアちゃんにとっては無理もないことだ。
この家は皆との想い出が詰まっている。
「そうですか……」
「ホノカさん、ここで待っていて。
必ず見つけて戻って来るから。
ホノカさんの献身に応えるから。
私に恩を返させて」
「……嫌です」
「!?……そう。
そうよね、ごめんなさい。
何時までも縛り付けておこうなんて虫が良すぎよね」
「違います!そうじゃありません!
ミアちゃんと離れるなんて嫌です!
私も行きます!」
「え?」
「私には何も無いんです!
他に頼れる人は居ないんです!
どうか見捨てないで下さい!
私も連れて行って下さい!
出来る事なら何でもします!
お願いします、ミアさん!」
「落ち着いて!
ホノカさん、突然どうしたの?
何があったの?」
「あっ!ごめんなさい!
突然取り乱したりして……」
「いえ、それは構わないのだけど。
それより、話を聞かせて。
今度は私がホノカさんを支えるから。
ホノカさんが私にしてくれたように」
「いえ、ごめんなさい。
本当に何でもないんです。
約束の事も気にしないで下さい。
この家に居るのが辛いというお話もわかりました。
その上で皆さんとの想い出が詰まったこの家を手放し難い気持ちもあるのでしょう。
ですがご安心を。
私はここで家をお守りします。
どうか、ミアさんのお好きなようになさって下さいませ」
「ホノカさん……
わかったわ。
無理には聞かない。
なら、二人で旅に出ましょう。
本当は私も今は一人になりたくないの」
「はい。ご一緒します。
ミアさん」
「さっきみたいにミアちゃんって呼んで」
「え?」
「それから敬語も禁止よ。
今から私達は雇用主と被雇用者ではなく、相棒で家族よ。
いい、ホノカ?」
「……」
「ホノカ?」
「ミアぢゃぁん!!」
「うわ!?どうしたの!?
何で泣いてるの!?」
私は思わずミアちゃんに縋り付いてしまう。
何時まで経っても涙は止まらなかった。