01-18.交渉
「驚いたわ。
まさか、あれだけあっても足りないなんて」
「は!!
ごめんなさい!
美味しすぎてつい!」
「別に構わないのだけど、大丈夫なの?
何日も禄に食べてなかったんじゃない?
そんな状態で食べ過ぎたらお腹壊さない?」
「いえ!大丈夫です!
いつもこれくらいです!
それに盗賊さん達もいっぱい食べさせてくれましたから!」
「え?どういう事?」
「あ!ごめんなさい!忘れて下さい!」
「何ふざけた事言ってるのよ。
どういう事なのか全部話しなさい」
「よろしいのですか?
ミア様は……」
「余計なお世話よ」
「では、僭越ながら私の事情を一から説明させて頂きます。
そうでなくては伝わりませんから」
改まった雰囲気に、私は思わず居住まいを正す。
ミアちゃんの方は一切動じていない。
いつも通りの自然体だ。
さすみあ。
「私はアメーリア商会の次女として生まれました。
父は商会長のバルトロ、母はフランカ。
母は、所謂浮気相手というものでした」
そこから話すの?と思ったけれど、いきなりきな臭い話がぶっ込まれた。
この世界なら第二夫人くらいは普通にいそうだけど、そういうのは貴族だけなのかしら。
「バルトロはフランカとその娘を心底愛していました。
あろうことか、正妻であるロレッタ様の事を気にもかけず、フランカとその娘を家に住まわせました」
ロレッタという人だけ様付け?
もしかして、お父さんもお母さんも好きじゃない?
「そんなある日、フランカが事故で亡くなりました。
バルトロは嘆き悲しみ、より一層、フランカとの間にできた、不義の娘を愛しました。
その頃になってようやく物の道理を弁え始めたその娘は、家を出る事を決意します」
「ですが、ロレッタ様はそんな娘を引き止めました。
自分自身を嫌わないでと、抱きしめて下さいました。
心優しいロレッタ様は、自分の娘と同じように、不義の娘も愛して下さいました。
どれだけ蔑ろにされようとも、それをぶつける事もなく、優しく接して下さいました。
優しいロレッタ様との時間は、不義の娘にとって幸せなものでした」
「ですが、幸せな時間も長くは続きませんでした。
そんな優しいロレッタ様も、遂には心労に倒れてしまったのです。
ロレッタ様のご逝去に、バルトロは悲しみませんでした。
既に二人の間に愛と呼べるものは残っていませんでした。
不義の娘は敬愛する義母の死に消沈しただけでした。
本当の味方を失った事で、何れ自身に訪れる難事を察していながらも、なんら行動を起こす事はありませんでした」
「数年後、ロレッタ様の娘、リリアーナは決意しました。
父バルトロと、不義の娘への復讐を。
リリアーナはロレッタ様とは違い、不義の娘の事をも憎んでいました。
自分と母が与えられるはずだった物を奪い取った憎き悪魔だと信じていました」
「リリアーナは盗賊に話を持ちかけました。
バルトロと不義の娘が乗る馬車を襲わせました。
バルトロは殺され、打ち捨てられました。
本来殺されるはずだった娘は連れ去られました」
「盗賊の首領は娘を憐れみました。
そこにどんな理由があったのかは存じません。
ただ、少しだけ歩み寄って下さいました」
「娘は首領と話をしました。
首領から事のあらましを聞いても、当然の報いなのだと、受け入れていました。
娘を気に入った首領は、売り払うまでの間、虜囚とは思えない程の施しを与えて下さいました」
「暫くして、なぜか娘は段々と怖くなっていきました。
殺されるのはしかたない。売られるのだって当然だ。
そう思っていたのに、不意に向けられた優しさが、かえって恐怖を掻き立てました。
もしかしたら、なんの裏もない優しさが久しぶりだったからなのかもしれません」
「実の母は早くに亡くしました。
父には愛されていましたが、亡き母を介した歪なものでした。
周囲の者達も、当主から贔屓されており、ロレッタ様を苦しめた元凶でもある娘に良い感情は抱きませんでした」
「何の縁もない、本来なら自身を虐げるはずの盗賊さん達から向けられる優しさは、新鮮なものでした。
例え彼らがとうに人の道を外れ、世間から許されざる存在であっても、その優しさに喜びを感じてしまったのです。
格子を挟んだ言葉だけでも十分だったのです」
「その喜びが、楽しさが、心を蝕んでいきました。
ロレッタ様との幸せな日々と結びついていきました。
もうどうでもいいと、捨て鉢になっていた心が癒やされていきました。
自分自身を嫌わないでと、抱きしめてくれたぬくもりを思い出してしまいました。
たった数日の事で、気持ちがひっくり返りました。
何としても生き延びたいと思ってしまったのです。
もう一度あの幸せを味わいたいと願ってしまったのです」
「そんな時だったのです。
お二人が私を救い出してくださったのは。
仲睦まじいお二人の姿に、私は焦がれました。
お二人のようになりたいと憧れました。
願わくば、私も仲間に加えて頂きたく思っています」
「私の話は以上です。
ご清聴ありがとうございました」
「フィオちゃんは私達を恨んでないの?」
「恨む理由がありません。
彼らが人を害して生きてきたのは事実です。
私にどれだけ優しくして下さっても、例え関係性に難のある父であっても、あの方々は父の仇なのです。
慈悲とこの結果に感謝はしても、尊重は出来ません」
「つまりは、フィオを連れていても私達には何の益も無いのね。
どころか、害にすらなりかねないわ。
その姉とやらが、フィオの生存を知るのも時間の問題よ。
商人なら、それも国中に手を広げる商会の主ならば、情報の扱いに疎いはずがないわ。
未だ恨みを持ち続けているのなら、更なる刺客を放つ可能性も十分に考えられるわね。
それをわかっていて、私達に同行したいと願い出ているのね?」
「はい。ミア様の仰る通りです。
私はミア様とホノカ様にとって害となる存在です。
リリアーナは、必ず私に刺客を差し向けます。
共に行動する、ミア様とホノカ様の事も、嬉々として巻き込む事でしょう」
「なら対価は?
そこまでわかっているのなら、当然考えがあるのでしょう?」
「提案がございます」
「聞くわ」
「私と共に、アメーリア商会を取り戻して頂けないでしょうか。
それが叶えば、お望みのままに報酬をご用意致します」
「取り戻す?
あなたのものになった事など無いのでしょう?」
「いいえ。取り戻すで間違いありません。
亡き父、バルトロは私を後継者として指名していました。
リリアーナは元より器ではありません。
父は確かに私を愛し、贔屓しましたが、それでも商売に関する事柄は厳しく躾けられました。
リリアーナより私の方が相応しいと確信しています」
「手駒は?」
「声をかければ三割程はこちらに付くでしょう。
取引で五分以上に持ち込むのは容易い事です」
「姉に、というより、その母親に義理立てしていて動かしようがない相手は?」
「ほんの一握りです。
気持ちの問題はともかく、相手は何れも商人です。
損得に持ち込めば、必ず利益を優先します。
商会の存亡ともなれば、リリアーナを推し続けるのは難しいでしょう」
「傀儡の線は?」
「実際に最大の障害となるのは、それを画策する方々です。
そして、生前の父にとっても懸念していた事でした。
父は人間性はともかく、商人としては優秀でした。
対策も十全に仕込まれています」
「つまり、勝ち戦だと?
後は名乗りを上げれば順当に勝てると?」
「いいえ。
あくまでも、今話したのは最低条件です。
これでようやく勝負の場に持ち込めるという話です」
「そう。
私達にさせたいのは、名乗りを上げるまでと、この件が片付くまでの護衛ね」
「もう一つ、お願いがございます」
「この件が片付いた後も付いてくるのはダメよ。
認めないわ」
「ならば全てが片付いた後、改めてお願いする事に致しましょう」
「諦めが悪いわね」
「まるでミアちゃんみたい」
「どこがよ」
「そんな事よりフィオちゃん、本当にそれで良いの?
敬愛するロレッタ様の娘であるリリアーナを蹴落とすような真似をして、罪悪感は無いの?」
「あります。
リリアーナ個人を好ましいとは言えませんが、それでも大切な存在です。
ですから、完全な排除を目指すつもりはありません。
躾けて飼い殺しにします」
十五にも満たない幼女がなんか怖いこと言い始めた。
なんかもう、覚悟決まり過ぎじゃない?
ちょっと前まで自暴自棄になっていたようには見えないんだけど。
少し違和感を感じると、途端に胡散臭くなってくる。
話が出来すぎじゃなかろうか。
「商会を取り戻してからはどうするの?
自分で代表に就くの?
私達にも付いてきたいのでしょう?」
「代表は別の者に引き継ぎます。
あくまでも目的は、リリアーナの失脚です。
そうでなければ、私は刺客に怯え続ける事になります」
「ならいっそ、忍び込んで誘拐する方が楽じゃない?」
「それでは対価がお支払いできません」
「収納スキルになんか入れてないの?」
「多少はありますが、ご満足頂けるような物ではありません」
「本当かしら?」
「ミアちゃん、そういうの良くないよ」
「ホノカの好みじゃないだけでしょ」
「そんな事より、どうするの?
フィオちゃんに手を貸して、商会乗っ取る?
フィオちゃんを連れて逃避行する?」
「なんで断るって選択肢が無いのよ」
「ミアちゃんも興味があるのかなと思って」
「無いわよ。
断るわ」
「だから、ミアちゃんの冗談は面白くないってば」
「冗談じゃないわよ。
断る、手を引く、フィオは放り出す。以上、決定」
「いやいや」
「いやいや、じゃないわよ。
乗るわけ無いでしょ、こんな馬鹿な話。
本当に勝てるんならね、そもそも盗賊けしかけられたくらいで死んでないのよ。
馬鹿娘一人すら制御出来てない耄碌爺が準備した策なんて、通用するわけ無いでしょ。
フィオ達はもう既に負けてるの。
決着は着いたの。
今更どんでん返しなんて無いのよ。
世の中そんなに甘くないの」
「……」
「じゃあ何で最後まで話聞いてたのよ」
「話くらい聞くわよ。
その結果、フィオは私の想像を超えるような情報を提供できなかった。
例えまだ隠し玉が有ったって関係ないわ。
もうチャンスを逃したの。
私はこの話を無駄なものと結論付けた。
これで話はお終いよ。
今晩くらいは寝床を提供してあげるわ。
けれどそれきり。
フィオとはこの町でサヨナラよ」
「嫌」
「我儘言わないでよ」
「嫌。フィオちゃんも連れてく」
「お守りはホノカだけで手一杯よ」
「私が独り立ちするから」
「不可能なこと言ってんじゃないわよ」
「ペット枠とか」
「奴隷にでもする気?」
「私が面倒見るから」
「諦めなさい」
「お願い、ミアちゃん」
「いい加減にしなさい」
「……私の秘密を一つ教えるから」
「ふざけた事言ってんじゃないわよ。
そんなにこの子が良いの?
私の頼みより大切なの?」
「……そうじゃないけど」
「けど何よ」
「ミアちゃんがフィオちゃんを気に入ってるから」
「私の為に手放したくないっての?」
「うん」
「まったく……」
「ミアちゃん、もう一つ良い話があるの」
「何よ?」
「私のスキルの話。
私はスキルを学習出来るの。
フィオちゃんは役に立つわ」
「……収納スキルを覚えるまでよ」
「ありがとう。今はそれで十分よ。
という事でフィオちゃん、一緒に逃げましょうか」
「ホノカ様!ありがとうございます!」
半泣きで成り行きを見守っていたフィオちゃんは、感激して私に飛びついた。
……なんか、思ってるより余裕ある?
切り替え早くない?
さっきまでの状況に対して、必死さが足りていない気がする。
まだ自暴自棄な部分が残っているのだろうか。
それとも、想像力が足りていないのだろうか。
フィオちゃんは、冗談抜きで生死に関わる危機に陥っているはずだ。
その割には終始冷静な態度を崩さなかった。
半泣きなのも表情だけだ。
少なくとも、私はそう感じた。
最後まで取り乱す事が無かったのは、商人としての教育の賜物なのだろうか。
もしかして、まだここから切れる手札があったのだろうか。
私が口出ししなければ、自分でどうにか出来たのだろうか。
盗賊の事だって引っかかる。
優しくされた、嬉しかったと言いながらも、悼む様子はない。
救出されたと理解した直後も、只々喜んでいた。
盗賊だからと言われればそれまでなのかもしれないけれど、本当にそんな風に割り切れるのだろうか。
なんだろうこの違和感。
この子はなんだか不思議な子だ。
少なくとも、私とは全く違う。
けれど、それだけの話だ。きっと。




