04-33.やぶへび
「話を再開するわ……」
私の膝に横座りし、私の首に腕を回して抱きついたミアちゃんが、不貞腐れた声で投げやりに呟いた。
「ミアちゃん、そんなんじゃ誰にも聞こえないよ。
はい、もう一度」
「……くっ」
「ホノ姉、やり過ぎ。
お仕置きはもう終わったんでしょ。
珍しく懲りてるんだから、追い打ちかけるのは止めてあげなよ」
「良かったね~ミアちゃん~。
フィナちゃんは優しいね~」
「……」
「ミアちゃん」
「……ありがと」
「よく出来ました~」
ミアちゃんの頭と背中をワシワシと撫でてあげると、ミアちゃんは私の肩に額を押し当てて顔を隠してしまった。
「やっぱホノ姉、鬼だよ……」
フィナちゃんは天使だから良いんだよ~。
神と天使、小悪魔と鬼でバランス取れてるんだよ~。
でも、神様アイちゃんに対して、小悪魔ミアちゃんじゃ力不足かな?
なら私が邪神とか魔王目指しちゃおうか。
ミアちゃんの使い魔じゃなくて、ミアちゃんの飼い主になっちゃおう♪
「私、魔王になろうと思うの。
それで、ミアちゃんの飼い主になる」
「突然何を言い出すのです?
滅多なことを言うものではありませんよ?」
「あれ?
魔王って何かマズイの?
実はこの世界に存在してるとか?」
「……その質問、ネタバレになりません?」
つまりいるって事?
「取り敢えず、魔王って言葉の定義だけ教えてくれる?
私の認識と合っているか確認したいから」
「それも大差ないと思うのですが……。
まあ良いです。
ホノカが望むならば別に教えても構いません。
この件でボクが嫌われる事は無いと信じます」
その割には言いづらそうだ。
つまり神様とも関係があるのか。
「魔王とはその名の通り魔物の王です。
大精霊と同じく、神の使役する魔物でもあります」
「え……え?」
「えぇぇ~~~~!!!
魔物って神様の配下なの!?」
フィナちゃんの突然の大声に、ミアちゃんの肩がビクッと跳ねた。
まさかそこまで傷ついていたとは。
お~よしよし。可愛い可愛いミアちゃんや~。
私がいっぱい慰めてあげるからね~。
『ホノカ、変なタイミングで嬉しそうにしてるわね』
あ、ごめん。
私がアイちゃんに質問してたのに。
ちょっと今、ミアちゃんの方に意識が向いちゃってたわ。
「既にご察しの事とは思いますが、魔物の役割は人類の強化です。
この場合の人類とは、人間に限りません。
精霊を除く、全ての人類を指しています。
魔物達は、強く逞しい人類を育むために、また人類同士の争いを減らすために生み出されたのです」
精霊は魔物を倒しても強くなれないのかしら。
他の人類って、何時ものエルフ、ドワーフ、獣人の事だよね。
魔物を倒して強くなれるのは、人間だけじゃなかったのね。
精霊は元々強いし、棲家にしている土地の環境と一緒に成長出来るから、敢えて魔物を倒して強くなる必要も無いのかな。
「人同士の争い?
なんで魔物がいると争いが減るの?」
フィナちゃんがアイちゃんに問いかけた。
「人類にとって、共通の敵となるからです。
強大な敵を前にした時、人々はあらゆるしがらみを乗り越えて手を結ぶ事が出来ます」
「う~ん?」
フィナちゃんは賢いけれど、流石に少しイメージし辛いようだ。
少し助け舟を出してみよう。
「えっと、例えるならグラートさんくらい強い魔物が町を襲ってきたとして」
「その例え方は嫌だよ、ホノ姉……」
「ごめんごめん。でも、アイちゃんだと強すぎるから。
丁度良い強さの人がグラートさんくらいしか思い浮かばなかったの」
「……続けて」
「うん。
その町にユスラとミアちゃんしか強い冒険者が居なかったとするじゃない?」
「そっか。
ミア姉はおねーさんの事が嫌いだけど、お父さんみたいに強い魔物には勝てないから力を借りるしかないんだね」
さっすがフィナちゃん。
私の言いたいことを早速理解してくれた♪
ミアちゃんが私の上で強張ったのを感じる。
フィナちゃんに勝てないと断言されて悔しかったのかしら。
けど今は反論する気力も無いようだ。
「そうそう♪
そうやって一緒に戦ってる内に仲良く……なるわけないね」
「もう!
例えでしょ!例え話!
ホノ姉が言い出したんでしょ!」
「ごめんごめん。
まあ要するにそういう事だよ。
アイちゃんが言いたいのは」
「うん。なんとなくわかったよ」
「それで、アイちゃん。
魔王ってどんな存在なの?」
「随分と気にしますね?
ホノカが心配せずとも、出会うことなど在りませんよ?」
どこか魔王城的な所に引き籠もっているのかしら。
「そこは、ほら。ついでというか。
ここまで聞いちゃったら気になるし」
正直どうでも良いっちゃどうでも良い。
アイちゃんのこの口ぶりだと、魔王が人類と直接事を構えているわけでもないのだろう。
大精霊と同じように、どこか人里離れた地で引き籠もっているのだろうし。
「概ね大精霊と代わりありません。
とは言え今代の魔王に限っては大きく毛色が異なりますが」
「今代のって事は、他の代の魔王は人里に降りて戦争仕掛けたりとかしてたの?」
「ええ。ありますよ。
魔王とは強大な魔獣に過ぎませんから。
時と場合によって獣の習性に従う事もあります」
なるほど。
そもそも大精霊のように人型になったりもしないのかな。
「でもそんなの、すぐ討ち滅ぼされちゃうんじゃないの?」
「そうでもありませんよ。
神との契約もありますし眷属達に貢がせる事も出来ます。
獣だって腹も空かないのに、危険を犯してまで狩りなどしないものです」
なんだか退屈しそうね。
それで我慢できなくなった魔王が人里に出て倒されてきたのかしら。
「それで、今代の魔王は?」
なんか毛色が違うとか言ってたよね?
「えっと……本当に聞きます?」
「うん。聞く」
「ホノ姉、空気読んで。
どう見ても、師匠話したくないって雰囲気じゃん」
「だからこそだよ。
フィナちゃんだって気になるでしょ?」
「それは……そうだけど」
「まあ、別に隠す必要も無いんです。
ただ、少し説明しづらいと言うか。
なんなら、会って頂いた方が早いかもしれませんね」
あ、やっべ。
藪蛇だったかも……。
「会いたい!」
「出来れば言葉で教えてほしいな~なんて……」
あかん!出遅れた!
フィナちゃんがめっちゃ乗り気だ!!
「ホノ姉も気になってるって言ったじゃん!
魔物の王だよ!
世界で一番強い魔物だよ!
会ってみたいよね!会ってみたいでしょ!」
フィナちゃん……さっきまで遠慮してたのに……。
なんで突然スイッチ入っちゃったの?
「フィナ、言っておきますが討伐してはいけませんよ。
あの者は自身の役割を正確に認識し、神の契約者として十分な働きを示してくれています。
例え人類にとっての敵であろうとも、イタズラに滅ぼして良い相手ではありません」
「逆に魔王の方はどうなの?
自分の子供達を一方的に滅ぼす人間を憎んでるんじゃないの?」
「ご心配なく。
あの者は気にもしていないでしょう。
眷属を産み出すのも、自身の平穏の為に過ぎません」
「平穏?
魔物の王が?」
「ええ。
今代の魔王に限っては、先代までの魔王とは異なり、人類すら上回る高い知性を備えています。
本来であれば、魔王もまた獣としての習性を利用されるだけの存在でしたが、あの者は違います。
神の求めを正確に理解し、魔王としての役割を対等な取引として請け負ったのです」
「えっと?」
再び困惑するフィナちゃん。
「要するにノルマを果たせば神様が守ってくれると思ってるって事?」
「はい。そういう事です」
「どういう事?」
フィナちゃんは私に問いかけてきた。
「神様に保護して貰う代わりに、神様が求める分だけ魔物を産み出しているの。
何日間で何匹産み出して納めるから、自分の事は護ってねって」
「ホノ姉、わかりやすいけど言い方が意地悪だよ……」
またフィナちゃんがドン引きしてる……解せぬ。
「ですがまあ、そういう事なのです。
こういうのもあれですが、あの者にとっての魔物とは、畑で取れる人参と大差ありません。
別に自身の腹から産み出しているわけでもありませんしね。
何なら、人参の方が喜びそうです」
馬系の方なのかしら?
「そもそも魔物ってどうやって生まれるの?」
「いくつかパターンがありますが、今回当て嵌まるのは二つですね。
一つは魔王やそれに準ずる強大な魔物から漏れ出た力が凝固して生まれる場合。
もう一つは、魔王自ら力を集めて産み出す場合です」
「そっかぁ……。
まあ、うん。
先ずは会ってみてからだよね。
今ここで、魔王は酷い奴だって決めつけちゃうのも何か違うよね」
フィナちゃん?
違わないと思うよ?
人類的には、酷い奴って思って問題ないと思うよ?
アイちゃんがこっち側だから、その辺の感覚ズレてるかもだけど。
いやむしろ、だからこそ?
神様の容赦の無さを知っちゃってるから?
相対的に被害者っぽく見えてる?
でもやってる事、保身のために人類の敵産み出してるだけだからね?
「さ、次の話しに移ろっか!
確かヴィーとスーちゃんの契約の違いについてだったよね!」
「その前に行ってみようよ!
私、魔王に会ってみたいな!」
私は会いたくないんだってば!




