03-34.選択
「決めたわ。
ホノカは恋人。けれどフィナはもう少し待ちなさい。
流石に今すぐ手を出したんじゃ、信頼して娘を預けてくれたグラートとモニカさんに顔向け出来ないわ」
宿の部屋に到着した途端、ミアちゃんは私達に向き直って宣言した。
相変わらず、思い切りのいいことで。
「なら海を渡ったらいいの?
お父さんとお母さんの目が届かなければ?」
「違うわ。そんなわけないじゃない。
成人するまで待ちなさいと言っているのよ」
「むぅ~。ミア姉日和ったのね」
「ごめんなさい。
少し調子に乗りすぎたわ。
反省するから、どうか聞き分けて」
フィナちゃんの挑発には乗らず、まっすぐに頭を下げるミアちゃん。
「良いよ。
ミア姉が約束破るはずないもん。
だからこれ以上困らせないよ。
けどその代わり、イチャイチャするのは私の見えないとこでね。
私も二人きりにさせてあげられるよう、出来るだけ気を遣うから」
「約束するわ」
「なら仲直り」
ミアちゃんを優しく抱きしめるフィナちゃん。
さっきまでの空気が信じられないほど、あっさりと決着が付いたようだ。
「ホノ姉もそれで良いよね?」
「うん。
異論は無いよ」
フィナちゃんに悪いとは思うけど。
「気にしないで、ホノ姉。
私もごめんね。
強引に割り込もうとして」
うっ……私よりフィナちゃんの方が大人だ……。
「ううん。こっちこそ」
「話は付いたようですね」
「あら、アイ。
今日は来ないかと思ってたわ」
「言ったはずですよ。
異界の件で話を聞くと。
とはいえ、ホノカの方は把握しています。
ミア。あれはどうでしたか?
戦ってみて、何か思うところはありましたか?」
「もちろんよ。
アイ。私強くなりたいわ。
今よりもっとずっと。
奴に勝てるようになりたい。
力を貸してくれるかしら。今まで以上に」
「良いでしょう。
折角です。ルフィナにも少し稽古を付けてあげましょう。
明日の狩りまでに、その剣くらいは振れるようになって頂きます」
「お~~~!!」
さっきまでの落ち着きが嘘のように、大はしゃぎするフィナちゃん。
あれ?
というか、デートは?
もう終わり?
今日はこれから修業?
そんなぁ……。
港町観光楽しみにしてたのにぃ……。
「ご安心をホノカ。
一瞬で済みますよ」
え?
気がつくと、昨晩と同じように荒野に放り出されていた。
「ここはあの異界と似たような空間です。
ここでどれだけ過ごそうとも、普段生活している世界での時間は殆ど経過しません。
さあ、早速始めましょう。
先ずはいつも通り準備運動からです。
ルフィナも好きにかかってきて下さい」
アイちゃんが告げると、早速ミアちゃんが駆け出した。
フィナちゃんもすぐに状況を察して、負けじと続いていく。
私も少し出遅れながらも、二人の後に続いた。
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「ホノカ、異界で捕らえたものを出して下さい」
「え?本気?」
「はい。
あれはいい教材になりそうです。
ナイスですよ、ホノカ。
よく捕らえてくれました」
「……」
「どうしましたか?」
「流石にそういう使い方はちょっと……。
いくらあの子達の仇だからって、そんな弄ぶような事は出来ないよ……」
「仇?
何の話です?」
「あっ……」
「私の仲間達のよ。
私があの異界に囚われたのは、今回が初めてではないの」
「!?
ミア姉!まさかそれって!?」
「ごめんなさい。フィナ。
あなたには黙っているつもりだったの。
けれど私達の旅に付いてくるのなら、何れは言わなければならないものね」
「……」
「どうやら修練どころではなくなったようですね。
仕方ありませんね。
一度休憩を入れましょう。
ホノカ、温かい飲み物でも淹れて下さい」
「うん……」
収納スキルから取り出したテーブルと椅子を並べ、同じく取り出した中身入りのポットとカップで、全員分の飲み物を用意した。
「ホノ姉。私は冷たいの」
「え、うん」
フィナちゃんは私から受け取ったカップを持って、ぐいっと一息で飲み干すと、覚悟を決めたような視線でミアちゃんを見つめ始めた。
そうして、ミアちゃんもフィナちゃんの覚悟を受け取ったように語りだした。
「レンはもういない。
ニナもザインも。
全員、もうこの世にはいないわ」
「……そっか」
フィナちゃんは涙を滲ませながらも、力強い視線でミアちゃんと目を合わせ続けていた。
「ごめんなさい。
私の力が足りなかった」
「そっか」
「私がアイに頼んだのは、そういうことよ。
二度と誰かを失いたくなんてないの」
「……それだけ?」
「今度こそ復讐するためでもあるわ」
「……そっか」
「ミア。
横から口を挟んで申し訳ないのですが、今回捕らえた個体が仇というのはありえません」
「どういう事?」
「異界を閉じるのは、本来ボクの役目です。
既にご友人を亡くしてから数ヶ月以上は経過しているとの事ですし、その間ボクやへーちゃんが見逃し続けたなどという事はありえないのです。
今回出現した異界は、あくまであの場に初めて誕生したものでした。
そして異界に出現する魔物は多少の個体差こそあれ、概ね似通った特徴を持っています。
つまり、今回ホノカが捕らえたのは同種ではあっても同一ではありません」
「ホノカ、あれ出して」
「う、うん。わかった」
私は収納から瓶を取り出してから空間魔術の箱も産み出し、箱の中に瓶の中の霧を開放した。
箱に移った霧は、すぐに少女の姿を取り戻した。
「女の子?」
フィナちゃんが戸惑いを浮かべる。
「魔物のね」
ミアちゃんが箱に囚われた少女に近づき、近くで顔を観察し始めた。
少女は、まっすぐにミアちゃんを見つめ返した。
「……本当ね。
よく見たら顔が少し違うわ」
「レン君達の仇は師匠がとってくれたの?」
「いえ。そうではありません。
ミアは既に、自らの手で仇を討ち取っていたのです。
ボクはミアのご友人が亡くなったという時期に、この地方で異界を閉じたことはありません」
「……そんなはずないわ。
霧化したこいつらへの攻撃手段なんて持ってないもの」
「それも間違いです。
ミアはその為の力を持っているはずなのです。
極限状況下で無意識に発現したのかもしれません。
ボクにもミアの体の事はわかりません。
ですが、この個体は役立つはずです。
似たような状況を生み出せば、眠っている力が目覚めるかもしれないのです」
「……気が乗らないわね」
「ならば無理にとは言いません。
ミアの力が目覚めずとも、ボクやホノカがミアの代わりに大切な者達を守りましょう」
「そうじゃない。
別に自分が言った事を忘れてるわけでもない。
強くなる事に手を抜くつもりもない。
けれど、こいつを利用したって意味ないわ。
足りていないのは私自身の気持ちよ。
だからもう、こいつじゃダメなのよ」
「そうですか。
どうやら余計な事を教えてしまったようですね」
「いいえ。ありがとう、アイ。
お陰で少し気持ちが軽くなったわ。
きっとこれで良かったのよ。
強くなる為に憎しみに頼っているようではダメなの。
そんなものに心を委ねてしまったから、力は再び眠ってしまったのよ。
大切なものを失ってからしか発揮できない力に意味なんてないわ。
私が欲しているのは、大切なものを守るための力よ。
今度はそういう心で、力を引き出してみせるわ」
「わかりました。
ミアがそう決めたのなら、否はありません」
「えっと、この子どうなるの?」
フィナちゃんが囚われた少女を不安げに見つめている。
「葬りましょう。
どうやら捕らえておく理由も無くなったようですし」
「そんなの可哀想よ!」
フィナちゃんは少女を庇うように両手を広げて立ち塞がった。
「ダメよ、フィナ。
それは魔物よ。
そんな姿をしていてもね」
「けどこの子はまだ何にも悪いことしてないんでしょ!
生まれたばかりだったんでしょ!
それなのにこんな風に閉じ込められてるんでしょ!
殺されちゃうなんて可愛そうだよ!」
「聞き分けて下さい、ルフィナ。
この魔物はこの世界の存在ではありません。
野放しにしておく事は出来ないのです。
それともルフィナは、先程までのように瓶に閉じ込めておく方が、この魔物にとって幸せだと思うのですか?」
「そうじゃないけど!
でも!話せばわかるかもしれないよ!
だってこんなに人間とそっくりなんだよ!」
フィナちゃんは少女の方に振り返って語りかけ始めた。
「ねえ!あなた!
あなたお名前は!
何か一言でいいから喋ってみて!
そうじゃないと殺されちゃうんだよ!」
少女は何の反応も示さない。
どう見ても、私達の言葉が聞こえているとも思えない。
どころか、フィナちゃんの方を見てすらいない。
何故か少女は、ミアちゃんだけを見つめ続けている。
最初から、目を逸らす事無く。まっすぐに。
「ねえ、アイちゃん。
もしかしてこの子って、ミアちゃんの体と何か関係があるんじゃない?
別の個体との戦いでミアちゃんが力に目覚めたのも、気持ちだけってわけでもないのかも」
「……あり得ないとは言い切れませんね。
なにやらミアに執着しているようにも見えますし」
「それなら!」
「ルフィナ、一旦ボクの後ろに下がって下さい。
ホノカ、試しにその個体を開放してみてください。
ご安心を。万が一の場合はボクがどうにでもします」
「うん。わかった。
ミアちゃんもいい?」
「ええ」
空間魔術の箱を消し去ると、少女はゆっくりと前に進み始めた。
相変わらず、ミアちゃんだけを見つめ続けている。
そのまま真っすぐ進み続け、ミアちゃんの前で立ち止まった。
ミアちゃんと少女が、至近距離で見つめ合う。
とはいえ、その時間も長くは続かなかった。
少女は意を決したかのように、ミアちゃんに抱きついた。
「ミアちゃん」
「違うわ。私何もしてない」
「ミアすき?」
『ダメよ、ヴィー。
今は下がってなさい』
「うん~」
「取り敢えず攻撃してこないみたいだよ?
なら、少し話してみてもいいでしょ?」
フィナちゃんはまだ諦めていないようだ。
あんなにガン無視されてたのに。




