01-10.加減
「ホノカ、この依頼を受けたいのだけど」
「護衛依頼?
なんでまた?」
「護衛依頼って効率が良いのよ。
どうせ道行きは同じなのだし、良いでしょ?」
「う~ん」
「そんなに私と二人きりがいいの?」
「うん」
「なら止めるわ。
こっちにしましょう」
「これは?
え?
Aランク依頼じゃない。
なんでこんな所に?
って盗賊退治?
嫌よ。こんなの」
「ダメよ。受けるわ。
こんな割の良いの見逃す手は無いわ。
どうしても嫌なら護衛依頼にするわよ」
「本当に割が良いなんて思ってるの?
こんな王都も近い位置でAランク向けの盗賊退治なんて、絶対きな臭いやつじゃない。
それだけ危険なら、普通は兵を派遣するなりするはずだわ」
「ホノカの敵じゃないでしょ」
「過信し過ぎよ。
大体、私はまだミアちゃんの前でまともに戦った事なんて無いじゃない」
「その反応は本当にどうにでもなりそうね。
良いわね、やりましょう」
「話を聞いてよ。
会話になってないわ」
「ホノカが行かないのなら、私が一人で行くわ。
ホノカは宿で待っていて」
「意地悪言わないで。
ミアちゃんを一人で行かせるわけないでしょ」
「なら決まりね」
「嫌だってば」
「ごめん、これもう受けちゃった」
「キャンセル料払いましょう」
「払うわけないでしょ。
そんな無駄金」
「というか、これキャンセル料なんて無いじゃない。
無料で止められるわ。お得ね」
「わけのわからない事言ってないで、行くわよホノカ」
「結局強制なんじゃない」
「私と一緒に居てくれるのでしょう?
なら、私の行きたい所には付いてこなくちゃね」
「私は何もしないからね」
「良いわよ。
けど私が捕まったら、慰み者にされる前に助けてね」
「破滅願望でもあるの?」
「あるわけ無いでしょ」
「なら止めようよ~」
「くどいわ。
嫌なら宿に戻りなさい」
「意地悪」
「ふふ。何だかんだと付いてきてくれるホノカが大好きよ」
「私はお願い聞いてくれないミアちゃんなんて嫌いよ」
「なら手を離しなさいな」
「嫌」
「流石にギルド内でまで繋いでるのはやりすぎじゃない?」
「恥ずかしいの?
ミアちゃんともあろう子が」
「そんなわけないでしょ。
妙な連中に絡まれるのが嫌なだけよ。
こいつらみたいな」
私達の前に五人の男達が立ちふさがる。
このギルドで活動する冒険者パーティーのようだ。
昼間っからギルドでたむろっているなんて、随分と暇なようだ。
まあ、こんな危険も少ない地域で管を巻いていれば無理もない。
しかもいい歳したおっさんが群れて年若い女性に絡むなど、お笑い草にしかならないだろう。
周りからどう見られるかとか気にならないのだろうか。
なんて事を口にできるわけもなく、自分の体が強張るのを感じる。
そんな私の様子に気付いているのか、ミアちゃんは少しだけ前に出て、私を庇うような位置に付く。
情けない。こいつらも、私も。
「姉ちゃん達、お手々繋いで遠足でも行く気か?
止めとけ止めとけ。
やつらは百人は下らない。
あっという間に捕まって、売られちまうぞ」
「余計なお世話よ。
そこをどいて頂戴」
「まあまあ、そう邪険にすんなよ。
こっちは親切で言ってやってるんだぜ?
盗賊なんぞに好きにさせるくらいなら、少しくらい俺達の相手をしてくれたって良いじゃねえか」
後ろの男達から囃し立てるような笑い声が上がる。
どうやら、このギルド内にこいつらを止めようという人はいないようだ。
職員すらも見てみぬフリをするつもりらしい。
そんな空気に気を良くしたのか、先頭の男がニヤニヤと気持ちの悪い表情を浮かべたまま、ミアちゃんの腕に手を伸ばす。
何故か動こうとしないミアちゃんは、私と繋いだ手に力を込めて握りしめた。
なにかの合図?
まさか怖がってる?
私は半ば混乱したまま、男がミアちゃんに触れる直前に、風の魔法で男を吹き飛ばした。
男は後ろに並んでいた残りの四人を巻き込んで、ギルドの壁に叩きつけられる。
勢い余ってやりすぎた。
相変わらず全然加減が出来ていない。
どうしてしまったのだろう。
確かに冷静じゃなかったけれど、以前はそれでも咄嗟に的確な攻撃が出来ていた。
無意識レベルまで鍛えたはずだった。
隷属の首輪に何か制限でもかかっていたのだろうか。
私の素の実力は、元々こんなものだったのだろうか。
これはダメだ。
こんな状態で盗賊のアジトになんか乗り込めない。
今以上に加減なんて出来るはずがない。
殺戮なんてしたくない……
「ホノカ。
大丈夫よ、ホノカ。
落ち着きなさい」
「ミアちゃん?」
「ホノカ、落ち着いた?
大丈夫なら、一度手を離してくれる?
力を込めすぎよ。
とっても痛いわ」
「え?あれ?」
私が慌ててミアちゃんの手を離すと、ミアちゃんの手は真っ赤に染まっていた。
私は慌てて治癒魔法をかける。
ミアちゃんの手はすぐに元の綺麗な姿を取り戻した。
「ああ!ごめんなさい!
なんて事を!」
「大丈夫よ。落ち着きなさい。
もう元通りよ。
さあ、行きましょう」
ミアちゃんは再び私に手を差し出した。
私が逡巡していると、ミアちゃんは私の手を強引に握りしめて歩き出す。
ミアちゃんは何事も無かったかのように振る舞っている。
恐怖は無いのだろうか。
無意識に手を握りつぶすような化け物を相手に、何も思わないのだろうか。
【そんなわけがない】
私はミアちゃんにどう思われているのだろう。
【怖くてたまらない】
私はミアちゃんをまた傷つけるのだろうか。
【そんなの嫌だ】
私はミアちゃんに嫌われて……
「ホノカ」
ミアちゃんに声をかけられて我に返ると、何故か私達は路地裏に立っていた。
とっくにギルドを出てここまで移動したようだ。
あの男達は意識を失っていたのだろう。
追ってくる気配は無い。
あれだけ騒ぎを起こしてしまったのに、職員にも引き止められなかったようだ。
意外と冷静な思考が出来ているなと、場違いな事を思いながら、ミアちゃんと目を合わせる。
「ホノカ」
「ミアちゃん」
「大丈夫よ。
ここには私達だけよ」
「うん」
「男が怖い?」
「……うん」
「だから盗賊退治は嫌?」
「……うん」
「そう。なら、」
「……」
「行きましょう。盗賊退治」
「なんでよ。
普通、そこは止めようって言う場面でしょ」
「思いっきり吹き飛ばしてやりなさい。
全ての鬱憤をぶつけてやりましょう。
いい的になってくれるわ。
ホノカのトラウマ克服に役立ってもらいましょう」
「ミアちゃん、ちょっと怖いわ」
「私は怖くないわ。
ホノカの事」
「……ありがと」
「私の手を離してはダメよ。
けれど、痛いのは嫌よ。
今度は握りつぶさないでね」
「無茶言わないでよ」
「ふふ。信じてるわ」




