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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

兄に奪われた幼馴染との10年後の再会

作者: パミーン

生まれて初めて自分で作品を書きました。

粗がたくさんあると思います。感想をいただけると幸いです。

『おおきくなったらけっこんしようね!』


『うん、ぜったいだよ!ふたりだけのやくそくだよ!』


 公園の中にある誰にも見られない薄暗いトンネルの中で彼女が満面の笑みを浮かべながら指切りをしてくる。自分も小指を出して指切りをしたところで……。


「はあ、またこの夢か……」


 もう何回見たかも分からない夢。ゆうに百回は超えていると思う。あれから10年も経っているのに俺の脳裏にこびりついて離れない―もはや呪いの言葉だ。この呪いの言葉が俺を縛り付け、未だに彼女のことが忘れられないでいる。もうこの約束が果たされることは絶対にないのに……。



※※



 俺、木山謙佑は今年で27になる板前見習いだ。10年前に起こったとあることがきっかけで地元を飛び出し、着の身着のままで流れ着いたここ大阪で、師匠に拾われ住み込みで修行をしている。


 当時、高校二年でいかにも家出したって分かってるのにもかかわらず何も聞かないで拾ってくれた師匠。「とりあえずうちで住み込みで働け!」と言われ師匠の所有しているビルの3階に住むところを提供してくれた。この人がいなかったら俺はもう死んでいたかもしれない。いや、かもしれないじゃなくて確実に死んでいた。自殺するつもりだったから。


 最初の一年はホールと皿洗い担当として忙しい店内を走り回っていた。師匠の店は人気のある小料理屋で常に繁盛している店だった。そのためヘトヘトになりながら1階にある店と3階の自分の部屋を往復するだけの毎日だった。そんな毎日を送っていると、自殺しようという気持ちが徐々に薄らいでいき、半年を過ぎたころには師匠へ恩を返すためだけに生きようと決意した。


 そこからはがむしゃらになって修行に励んだ。あのことも気にならなくなるくらいには心に余裕も出てきだした三年目の夏以降、あの夢を見るようになった。まるで忘れるなよと神様に言われているかのように。だいたい月に二、三回は見る。夢を見るたびにあの時のあの瞬間がフラッシュバックしてしまう。夢を見だした頃は朝起きた瞬間にトイレに駆け込んで吐いていた。さすがに今は慣れてきたというのも変だが吐いたりはしない。嫌な気分で一日を過ごすことに変わりはないんだけど。



※※



 あの夢の中で結婚の約束をしていた相手は俺の幼馴染だ。大西亜美と言って生まれた病院から高校二年までずっと一緒だった。保育園の年中の時にあの約束をしたのを覚えている。幼い子供のころの約束だからそんなもの破られても忘れられてもいいようなものだ。だけど俺の中では彼女とずっと一緒にいるものだと予感めいたものを感じていたから忘れずに覚えていたし、彼女もきっと覚えているものだと思っていた。


 俺には三つ上の兄がいて、俺と亜美と兄の三人で遊ぶことが多かった。兄は器用でどんなことでもすぐにできるようになり、また顔も整っていたため女子の中でかなり人気があった。だから亜美は兄のことを好きになるんじゃないだろうかと不安になりよく兄に突っかかっては返り討ちに合っていた。


 でも年中の時の結婚の約束が俺の心に余裕をもたらしてくれた。この約束がある限り亜美が兄を好きになることはない。だから大丈夫だと。そこから俺は兄に突っかかるようなことはしなくなった。


 そんな兄は成長するにつれスポーツ万能、成績優秀、顔もイケメンと非の打ち所のないと言っても過言ではないくらいの秀才となり私立の中高一貫の学校に進学した。兄が小学校を卒業するまでは三人でいることがほとんどだったが、私立の学校に進学してからは亜美と二人でいることが基本となった。それはもう嬉しくて仕方がなかった。兄がいれば必ず俺は比較され、自分の不出来を自覚するし、亜美と兄が一緒にいるのがお似合いだと言われりもした。その比較対象の兄がいなくなり、亜美と二人だけでいることにこの上なく喜びを感じていた。


 何をするにしても常に一緒。自分の部屋や亜美の部屋を行き来するのは当たり前でどっちかの家に泊まるのはしょっちゅうだった。亜美が俺に見せてくれる満面の笑顔を見て俺のことが絶対に好きだと信じて疑わなかった。


 そしてお互い公立の中学に上がり、思春期を経て男女の違いが出てきても変わらず一緒にいた。亜美は顔立ちも整い、グラビアアイドルに引けをとらない抜群のスタイルで学年一の美少女と言われるようになった。実際に告白されることも多く、色んな男子が彼女を狙っていた。


 そんな中変わらずに常にいてくれる彼女の存在が俺に優越感を与えてくれた。そんな自分に酔っていたのだろう。俺は彼女にふさわしい人間になるという努力を怠り、可もなく不可もない、何かに秀でたものも何もない人間のままだった。


 一方で高校へ上がった兄はさらに優秀となり、中学から始めたバスケでエースとなり全国大会出場、学力も常にトップクラスを維持し、モデルにもなれるくらいの美少年へと成長を遂げていた。そんな兄は日本最高峰の大学へと進学した。


 俺と亜美の学力はそこまで差がなかったので同じ高校に進学した。合格発表でお互いに番号があったのを見つけて大喜びでハグしたことは今でも覚えている。


 高校へ進学してから俺はバイトを始めた。理由は二人で遊びに行ったときに亜美の欲しそうなものを買ってあげたり、食べに行くときは驕ったりできるように――ようは亜美にカッコつけたかったからだ。


 俺がバイトをしている間は時間があるからということで亜美は部活を始めた。俺と都合が合う時は休んでも大丈夫な自由度の高い文芸部に入った。初めは俺のバイトのない時は都合を合わせてくれたんだけど、徐々に亜美自身がやる気になってしまい、文芸部の活動を優先するようになっていった。


 文芸部の主な活動は本を読むだけかと思っていたけど、実際は自分たちで執筆して作品を読み合うというのがメインだったようで、亜美は物語を書くということにハマっていった。たまに出来上がった作品を読ませてもらったりしたが、読書に興味がない俺は適当に読んで適当に感想を返していた。


 部活動を優先するようになった亜美とは必然的に会う時間が減っていった。亜美の部活動の時間はバイトを優先していたのもあり、バイト先では重宝されるようになって俺もバイトを優先するようになっていた。


 その頃から俺が家に帰ると亜美が兄の部屋で過ごしていたことが多くなっていった。俺が帰ってくるまでの間は暇だから兄とおしゃべりしていたらしい。俺はそれが全く気になってなかったわけではなかったけど、あの約束があるからと思い込んでいたから兄と亜美の関係を疑わなかった。


 だけど徐々に亜美の口から「自分の作品について感想を言ってもらって嬉しかった」や「勉強のやり方を教わってやる気が出た」など兄に対する話がしょっちゅう出るようになった。さすがに亜美と兄の関係を疑い始めた俺はなんとかしないとと思ったけど、それでもあの約束があるからと状況をそのままにしていた。


 そして高校二年の5月のゴールデンウィークの最終日だった。たまたま俺はその日バイトが午前で早上がりになったので午後から亜美と遊びに行こうと家に帰った。玄関に入ると亜美の靴があった。俺の部屋で待っているのかなと思って自分の部屋に行く途中で喘ぎ声が聞こえてきた。「ん?」と思ったが続けて喘ぎ声がするので声のする方へ行くと兄の部屋から聞こえてくるのが分かった。俺は兄がセクシーな動画でも見てるのかなと思って音量を注意するために部屋を開けたとき、一糸纏わぬ姿で兄の上に跨って嬌声を上げる亜美がいた。


「お、お兄、お兄!好き、大好き!」


 その顔はすでに雌の顔になっており、完全に兄のものとなっている姿だった。


ガツン!


 何かで思いきり後頭部を殴られたような痛みが走った。クラクラする俺の存在に気付いた兄が亜美をどかせようとするが亜美は気付かずに腰を振り続けていた。徐々に吐き気を催してきた。兄の動揺する姿がようやく目に入った亜美と俺の目が合った瞬間、俺は吐瀉物をぶちまけた。そして俺は二人を睨みつけ、部屋から出てドアを閉め、一目散に家を飛び出した。その後のことはよく覚えていない。自分の意識が戻ってきた時、俺はあの約束をした公園に涙を流しながら立っていた。


 涙が止まらなかった。俺はあの約束が、あの約束があったのになぜ……、という疑問でいっぱいだった。完全に裏切られたんだと憎悪の念でいっぱいだった。だから俺はせめて一矢報いてやろうと兄と亜美に恨みつらみの手紙を書き殴ってポストに投函した。投函した後はもう何もやる気が起きなくて考えることを放棄した。放棄したまま今までに貯めたバイト代で地元を離れた。とにかく兄や亜美から離れたかったのだろう。気がつけば財布はすっからかんで大阪の梅田の街にいた。


 そして師匠に拾われて今に至るわけだ。最初のころは兄と亜美に対して恨みしかなかった。俺を裏切りやがってという気持ちはずっと残ったままだった。だからあの夢を見始めたころ、再び二人に対する憎悪が湧いて気分がすぐれなかった。そこで俺は初めて師匠と女将さんに自分の身の上話をした。


 そしたら師匠に思いきり殴られた。


「そんなもん、ええカッコつけたいだけで何の努力もせん、好きな女のやることに興味も理解も示さんような奴が好かれるわけないやろ!このドアホが!」


 その時俺はようやく目が覚めたんだ。普通に考えてどちらが選ばれるかはっきりしていたんだ。兄は努力した。俺はしなかった。兄は亜美を理解しようとした。俺はしなかった。ただそれだけだった。何恨みを抱いてるんだと自分が情けなかった。


「それにお互い好きかどうかなんて確認も何もしてへんのやろ?そんなこともせんと一方的に自分のこと好きやと思い込んどる方がおかしいやろ!」


「ふーん、あんたから好きとか愛してるとか最近そんなん聞かへんけどなぁ」


 女将さんのツッコミに何も言えなかった師匠だったけど、言われてみれば確かにそうだ。俺は今まで好きだとか愛してるだなんて言葉かけたこともないし、亜美に言われたこともなかった。それに俺たちは付き合っていた訳ではなかった。だから亜美が誰を選ぼうが何も問題はない。もしかしたら最初から俺のことはただの幼馴染として関わってきただけかもしれない。そう思うとただ思い上がっていた自分が恥ずかしくて仕方がなかった。


 それからは考えを改め、今は結婚して幸せに暮らしているであろう二人を祝福するように心がけた。でもあの夢を見る度に亜美のことを思い出してしまう。未練がましいにもほどがあるけど、今でも俺は彼女のことが好きなのだ。



※※



「謙坊、今日からお前を一人前として認めたる。この十年よう頑張ったな!」


「ありがとうございます!」


 今日、俺は師匠にやっとこさ一人前の板前として認めてもらえた。俺がこの店に来て6年目から二カ月に一度、師匠の前で料理の腕前を披露することになっている。その時に師匠に味を認めさせることができたら一人前としてお客さんに料理を出すことが許される。またそれに伴って師匠や女将さんがやってきた細かい業務も任されることになる。


「それと謙坊。お前免許取っとらんやろ。これからは配達とかもやってもらうさかい、この際やから自動車学校通え」


「でも学校通うってなったら店に支障が出てしまうんじゃ……」


「そんなん気にせんでええんよ。うちとしては配達行ってくれるようになるだけで店長の負担がだいぶ減るからねぇ」


「分かりました。早速手続きしてきますね」


 俺は自分の部屋に戻ってパソコンで自動車学校を検索し、手続きに必要な書類などチェックした。住民票か……。そういえば俺、家を飛び出してから何の手続きもしないできたな。住民票もあっちのままだろうからちょうどいい機会だ、こっちに移してしまおう。



※※



「申し訳ございません、木山様は死亡扱いになっており住民票の異動ができません」


 は?俺が死亡扱い?どういうことだ?


「過去に行方不明になられてそのまま見つからずに死亡扱いとなる失踪宣告というケースがございますが心当たりはございますか?」


 ……心当たりがありまくりだ。そうか、俺がいなくなったから家族が探したけど見つからなくて死んだことにされてしまったのね……。俺はこの10年ほとんど休みなく部屋と店を往復する生活しかしていなかったから見つかるわけもないんだよな。


「どうすれば死亡扱いを解除できるんですか?」


「失踪宣告の取り消しを家庭裁判所に申し立てる必要があります。その際に戸籍謄本など必要な書類がございます」


 区役所の職員に色々と教えてもらったけど、かなり手続きが面倒なようだ。どちらにせよすぐに自動車学校に通うのは難しいな。


「……ということがあり、俺、死んだことになってるみたいです」


 役所から戻り、師匠にそこでのやりとりを報告した。


「なるほどな、そんなこと考えたこともなかったわ。ちょうどええ、経緯を説明しに一回実家帰ったらどうや?」


 確かに家族には心配をかけたわけだからな。ちゃんと筋を通して生きていることを伝えた方がいい。だけど実家に行くってことはおそらく結婚しているであろう兄と亜美に会うことになってしまう。恨みとかそういう負の感情はもうない。自分が不甲斐なかっただけだから。でも自分の気持ちにはまだ亜美への思いが残っている。二人が結ばれたという現実を認めたくなくて逃げている部分がある。


「そうしたいんですけど、ちょっと……」


「あー、兄貴と幼馴染のことか。いつまでもうじうじすんな!男やったら好きな女の幸せくらい祝福してやらんかい!一週間休みやるからその間に全部解決してこい!」


 師匠の言うことは絶対だ。逆らうことはできない。こう言ってくれることで俺はこれまでのことに決着をつける覚悟を決めるしかない。


「分かりました。お休みいただきありがとうございます!」


 こうして俺は10年ぶりに実家に帰ることになった。



※※



 実家近くの駅を降りた俺はこの10年で大きく様変わりした街並みを見て驚いていた。駅前には大型ショッピングモールができており、バスターミナルの数も増えていた。知らない土地に来たかのような錯覚を起こしながら実家へと歩き始めた。


「この公園は10年前、いや子供のころと変わっていないんだな」


 実家へ向かう途中にあの約束をした公園を通る。公園の周りは住宅街になっており、すぐ隣に孤児院ができていたりもして駅前と同様に変わった街並みになっていた。けれどもこの公園はあの約束をした時から、未だに成長しない俺の心のように時間が止まったままだった。もしかしたらあの頃のままであってほしいという俺の未熟なままの心のせいで変化に気がつかないだけなのかもしれない。


 そんなことを考えているとあっという間に実家に到着した。インターホンを押して反応を待つ。「はい~」という声がしたので「俺だよ、謙佑だよ」と返事するとすごい勢いでドアが開いた。母だった。この10年見ない間に白髪が増え、少し肥満気味だった体型もかなり瘦せ細り、頬はこけていた。


「本当に謙佑だ……。あんた、一体どれだけ家族が心配したか分かってるの!連絡の一つくらいよこしなさいよ!」


 語気は強めだが若干涙声なところ、相当心配をかけてしまったんだなと反省する。


「ごめん、自分の心に余裕がなかったからそんなこと考えてもなかったよ。心配かけてすみませんでした」


「まあいいわ。亜美ちゃんがちょうどいるから元気な姿見せてあげなさい」


 ズキン!胸に痛みが走る。やっぱりそうか、亜美がいるってことはあれから兄と結婚して一緒に住んでるんだな。俺はこの事実に目を背けたくて逃げ出したんだ。10年経とうが経たまいが受けるダメージは変わらないってことに今気づいた。どんなにきつくてもちゃんと受け入れよう。そして前に進もう。俺は亜美と会う覚悟を決め、家の中へ入っていった。


「自分の部屋に荷物置いて来るわ」


 そう母に告げ、俺は二階に上がり、自分の部屋ドアを開けた。部屋は10年前のままだったけど、ほこりかぶったような状態ではなく、清掃が行き届いているみたいだ。視線を移してベッドを見ると亜美が寝ていた。あの時よりも洗練されていて、可愛いではなく、美しいという言葉の方が似合うくらいに大人の女性になった彼女の姿に俺は目を見開きながら動揺した。


 なんでここに亜美が?そうか、俺がいなくなったからここが今は亜美の部屋になってるんだな。母もそうならそうと言ってくれたらよかったのに。勝手に入って寝顔を見るなんて失礼だ。すぐに出ようと亜美に背を向けドアを開けようとした時、背後から「謙ちゃん?」という声がした。


「謙ちゃん!謙ちゃんだよね!」


 振り返って「あ、ああ、そ、そうだよ」ととても気まずい感じの言い方で返事をしてしまった。起き上がった亜美の目には涙が溜まっており今にも溢れ出しそうだが、なぜかどうにかして堪えようとしている。俺は二の句を告げられず黙って見ているしかなかった。亜美は数舜目を瞑り、目を開けた時には何か覚悟を決めたような顔つきで俺の前で土下座をした。


「あの時は誠に申し訳ありませんでした」


 亜美からの謎の土下座に放心状態だった俺のところへ母が来て三人でリビングへと入った。10年前と変わらないテーブルに座り、そこからこれまでに何が起きていたのか、どんな思いを抱いてきたのかを亜美が話し始めた。



※※



 私は謙ちゃんのことが大好きだった。生まれた病院が同じ、家も近所でいつも一緒にいてくれる謙ちゃんを運命の人としか思えないくらいに物心がついた時にはすでに異性に対する好きという感情を謙ちゃんに抱いていた。ずっと二人でいたい。そこに必ず邪魔が入ってくる。そう、謙ちゃんのお兄さんだ。


 私は一人っ子だから兄という存在に憧れていたのもあり「お兄」と呼んでいた。憧れはただ憧れなだけでお兄に対して特別な感情もなく、ただ我儘を笑いながら聞いてくれるいい人でしかなかった。最初のうちは。


 お兄は年上なこともあって私たちよりも物知りで器用だったから、謙ちゃんはいつも比較されダメな奴扱いされていた。本当はそんなことない。謙ちゃんも色んな事に秀でていて周りにも気を遣えるから、もしお兄がいなかったら絶対にモテていたに違いない。だけどお兄が私たちの近くにいると、どうしてもお兄の存在が目立ってしまい、謙ちゃんがバカにされる。謙ちゃんは徐々に卑屈になっていってお兄に突っかかるようになった。


 いつものようにお兄に突っかかって返り討ちにあった謙ちゃんが泣きながら「亜美が兄貴に取られる。取られたくない!」と私に訴えかけたことがあった。だから私は絶対にそんなことにはならないからと約束をした。


『おおきくなったらけっこんしようね!』


『うん、ぜったいだよ!ふたりだけのやくそくだよ!』


 この約束がある限り絶対私と謙ちゃんはずっと一緒だ。この約束を交わした後、謙ちゃんはお兄に突っかかることはなくなった。それでもお兄が私たちといるときは必ず謙ちゃんは比較され惨めな思いをしていたに違いなかった。だから私はお兄が私たちから離れてほしいと願うようになった。


 その願いが届いたのかお兄は小学校を卒業したらぱったりと私たちに絡んでくることがなくなって謙ちゃんとだけいることができるようになった。嬉しかった。心がポカポカして幸せな気持ちになった。謙ちゃんも比較されることがなくなったから伸び伸びと過ごすことができるようになっていった。


 そして中学卒業まで本当に何するにしてもずっと二人でいたんだけど、高校に入ってから二人の関係が変わっていった。謙ちゃんがバイトを始めたからだ。謙ちゃんは私のことを考えて二人で遊びに行っても困らないようにバイトするんだって意気込んでいたからやめてとは言えなかった。だから私は謙ちゃんのバイトを優先しつつ、都合がつけばいつでも会えるように自由度が利く文芸部に入って謙ちゃんが隣にいない時間を過ごすことにした。


 ずっと一緒だったから謙ちゃんが傍にいなくなった時の寂しいという気持ちはとても辛かった。一緒だったところから急に隣にいなくなったことに対する反動が大きかった。私はその寂しさを埋めるように執筆作業に没頭していくようになる。寂しさを埋めるために頑張って作った作品――謂わば私の分身のようなものだ。できあがった時の達成感はひとしおですぐに謙ちゃんに読んでもらいたかった。でもその謙ちゃんの態度はあっけらかんとしていて感想も心のこもったものではなかった。


 するとどんどん謙ちゃんに対して不安が募っていった。もしかして嫌いになった?私のことどうでもよくなった?あの結婚の約束だってもう覚えていない?振り返ってみれば私、今まで謙ちゃんに好きだとか愛してると言った愛の言葉をもらったこと一度もない……。心にぽっかりと穴が空いたような感じがして、とても心が苦しくて、この空いた穴を埋めたいと思うようになった。


 そんな時だった。一人寂しく下校していた時にお兄と再会したのは。お兄は私を見るなり、

「とても寂しそうな顔してるけど、何かあったの?」と私の異変にすぐに気づいてくれた。それが嬉しかった。その一言で寂しさが埋まったのが分かった。そこから私はお兄に謙ちゃんとのことを相談するようになった。お兄は親身に相談に乗ってくれて私を励ましてくれた。お兄といる間は寂しさを感じることはなくなっていった。


 しかもお兄は私の作った作品をちゃんと読んで評価してくれるし、勉強で分からなかった教科も分かりやすく解説してくれて高校に入ってからの謙ちゃんとは違ってとても私を見てくれていた。そうなるといつの間にか私はお兄に絆されて簡単に気を許してしまうようになった。そして私はあっさりと私の初めてをお兄に捧げてしまった。その時の快楽が心に空いた穴を一瞬だけど埋めてくれた。行為をしている際中は心苦しいしかなかった心の穴が埋まる。行為が終わるとまたぽっかりと空いてしまうから私は必死になってお兄との行為に耽っていった。


 そしてあの日、謙ちゃんが一日バイトだし、おじさんもおばさんもいないからと朝からお兄ともう何回目かも分からないくらいに絡み合っていたときに謙ちゃんに見つかってしまった。最初私は謙ちゃんに気付かなかったけど、お兄の動揺する顔を見て正気に戻った時には謙ちゃんが吐いていた。血の気が引いていくの感じながら、私たちを睨み、家を飛び出して行ってしまった謙ちゃんを呆然と見つめることしかできなかった。


 冷静になった私たちは吐瀉物を片付けて何て釈明すればいいかということを必死で考えていた。結局答えは出ないまま私は家に帰り、その日を終わらせようとベッドで寝転がっていた時におばさんから電話がかかってきた。「謙佑が帰ってこないの。何があったか分かる?」と。謙ちゃんが帰ってこない理由は私とお兄とのことしか考えられない。だけど私はそれが悟られたくなかったから分からないと誤魔化して電話を切った。


 次の日、謙ちゃんは学校に来なかった。昨日のおばさんの電話のこともあり、徐々に今までとは違う不安が私を襲っていた。もう二度と謙ちゃんには会えないんじゃないかという不安が。その日の授業は全く頭に入ってこず、気が気でなかったので部活動も休み、家にまっすぐ帰った。リビングに入るとお母さんが「謙佑君からよ」と封筒を手渡してきた。封筒を受け取り急いで部屋に戻って中身を確認した。便箋一枚にお前のことが憎くて仕方ないと言わんばかりの憎悪の籠った文字が書き綴られていた。


『結婚の約束をしたにもかかわらず、兄貴に股を開いたお前を見損なったよ!この裏切り者が!裏切り者のお前には裏切り者の兄貴がお似合いだな!裏切り者同士、これからも仲良くやっていけよ!』


 謙ちゃんは約束なんて忘れてなかったんだ……。そのこと分かった途端、心に空いた穴がなくなったのを感じた。手紙の内容としては最悪な内容だったけど、この手紙を読んで私は目が覚めた。本当の幸せを与えてくれる人は謙ちゃんしかいなかったんだと。そして同時に罪悪感と後悔で胸がいっぱいになった。私は謙ちゃんを裏切ってしまった。もう二度と取り戻せないくらいのことをしてしまった。私はわんわん泣いた。近所のことなど考えずに大声で泣いた。お母さんが驚いて部屋まで来たけど、構わず泣き続けた。


 気持ちが少し落ち着いたところでお父さんとお母さんに謙ちゃんを裏切り、お兄と関係を持ったことを正直に話した。そしてすぐに木山家に行って事情を話しに行くことになった。ところが木山家では謙ちゃんが行方不明になったことに加えてさらに大変なことが起こっていた。それは謙ちゃんがお兄宛に送った手紙がきっかけだった。


『俺の気持ちが分かっていながら亜美に手を出しやがって!本当にお前はクズだな!あんなことやそんなことまでやるようなクズだから当然か!まああいつもクズになっちまったからお前とはお似合いだな!どうせ亜美が手に入ってもお前は変わらず同じことを繰り返すんだろうな!』


 おばさんが謙ちゃんからの手紙だったから何か分かるかもと思って開封して中身を確認したことで、私とお兄との間に何かがあったことが明るみになり、おじさんとおばさんでお兄を問い詰めた。お兄は私と肉体関係になったことを打ち明けた。もちろんおじさんもおばさんも驚いたがそこよりも謙ちゃんの書いた「あんなことやそんなこと」が気になってさらに問い詰めた。


 そしたらお兄は中学に進学してからこれまでに犯した罪の数々を打ち明かした。恐喝、暴行、レ〇プ、いじめといったそれは両手で収まる数ではないくらいの犯罪の数々を。おじさんとおばさんはすぐに学校と大学に連絡し、お兄は逮捕された。お兄の犯罪が明るみになってそれが収束するまで私は謙ちゃんの家に謝罪に行くこともできず、もちろん謙ちゃんは行方不明のままだったから私は情緒が不安定になり、学校に通う気が起きず高校を中退した。


 お兄のごたごたが落ち着くのに大体一年近くかかった。だから私が謝罪に行けたのも一年後。謙ちゃんは行方不明のまま。私はおじさん、おばさんに土下座した。許してくれなかった。当然だ。私とお兄のしたことが謙ちゃんを失うことにつながったのだから。おじさんにはもう関わらないでくれと言われたし、おばさんには私のことはもう信用できないと言われた。


 私はどうすれば自分の犯した罪を償えるのか考えた。情緒が不安定で通っていた病院でカウンセリングを受けた。カウンセラーからボランティアをすることを提案された。そこで謙ちゃんと約束した公園のすぐ隣にある孤児院でボランティアをすることになった。



※※



「今でもその孤児院でボランティアをしているの。私のやっていることが償いになるのかは分からない。それに謙ちゃんの私に対する信用が回復したわけでもない。だから自己満足と言われればそれまで。でもボランティアをやって分かったことがひとつだけある。私は謙ちゃんに愛されていたんだなということ。愛されてなかったらあんなに一緒にいてくれるわけない。愛がないとできないこと。孤児院で子供と接して気づかされた。だからもう二度とどんなことがあっても私は謙ちゃんのことは裏切らない、愛し続けるって決めた。許されなくても、一生会えなくても、死ぬまで謙ちゃんのことを思い続けて生きようと心に決めたの」


 亜美の瞳には強さが宿っている。俺は知っている。こういう目ができる人は覚悟を持った者だけだということを。今の亜美には絶対に折れない芯がある。この10年ですごい大人になったんだなと感じさせられる。


「それで亜美のことは分かったけど、兄貴は今どうしてるの?」


「あの子は今刑務所よ。懲役18年の判決を受けたの。あと9年はあの子は塀の中よ。それであの子から被害を受けた方々から裁判をかけられてね。総額で3,000万円ほどの賠償をすることになったのよ。今お父さんが必死になって借金を返してる。」


「そ、そういうことになってたんだな。ぜ、全然知らなかったよ。」


 俺は罪悪感でいっぱいだった。まさかあの手紙がこんな結末を生み出すとは思ってもみなかった。あれは完全に俺の被害妄想たっぷりの嫌味でしかなかったのに。「あんなことやそんなこと」なんて適当に書いたものだ。本当にそんな犯罪をしてたなんて思ってもいなかった。兄と亜美との関係のことなんか頭からすっぽ抜けるくらいに今家族が大変なことになってることに心が痛い。


「ごめん母さん、その『あんなことやそんなこと』っていうのは適当に書いたものなんだ。だからまさかそれのせいで家がめちゃくちゃになってるとは思ってもみなかった」


「謙佑が知ってようとなかろうといつかは発覚してたわ。あの子が犯した罪はどんなことがあっても断罪すべき。気にしなくていいわよ。私もお父さんと一緒に必死になって働いてたんだけどね……。体を壊してしまったの。それで亜美ちゃんが動いてくれて今は大西さんから援助してもらってる」


「あとどれくらい借金は残ってるの?」


「大体1,200万円くらいかな。半分以上は何とか返せたけど、正直返すまでに体が持つかどうか……」


「なあ、その金額俺から出そうか?そしたら亜美ん家からの援助がなくても大丈夫になるだろ?なんなら援助してもらった分も俺が出すよ?」


「いいよ謙ちゃん!援助は私たちがやりたいと思ってやってることだから返してもらわなくていい。そういえば聞いてなかったけど謙ちゃんは今どこで何やってるの?」


「今俺は大阪で板前をやってるんだ。昨日やっと一人前として認めてもらってさ。色々任されるようになったから免許取れって言われたんだよ。必要な書類取るのに役所行ったら俺死んだことになってたからびっくりしてこうやって帰ってきたってわけ。この10年間の給料はほとんど使ってないから結構貯金があるんだよ。だから俺にも協力させてよ」


「ありがとう謙佑……。どれくらいまでこっちにいられるの?」


「一週間のお休みをいただいてるからしばらくはこっちにいられるよ」


「じゃあ今日は謙佑が帰ってきたお祝いで木山家と大西家で食事しに行こうか!」


「賛成です!お父さんとお母さんにも連絡してみますね!」


「いや、食事に行くのはやめにしてもらえないか?その代わり俺が修行した成果をみんなに披露したい。みんなに迷惑かけたからお詫びをさせてください」


「……分かったわ。じゃあ料理のことは任せるから買い出しとか亜美ちゃんと一緒に行ってきなさい。私は掃除とか身の回りのこと色々しておくから」



※※



 母に亜美と買い出しを行くように言われ、今俺はスーパーまでの道を亜美と二人きりで歩いている。空が夕焼け色に染まっている。そろそろ帰宅時間帯だ。早めに食材を調達しないと品切れとかになってしまうかもしれない。そっちに思考を持っていってしまうのは今の状況がかなり気まずいからだ。母がいた時はそこまでぎこちなく会話できた気がするけど、二人きりになったらどうしたらいいかさっぱり分からない。


「ごめんね。私なんかと一緒にいたくないでしょ?だから嫌だったら私家に帰るから遠慮なく言ってね」


 地元を飛び出したときはもう一緒にいたくないと恨みを込めて思っていた。でもこの10年で自分の彼女への対応の悪さ、思い上がりを自覚した。そして亜美は兄を選ばずに俺のことを思っていてくれた。必要な10年だったのかもしれない。


「俺はさ、この10年で自分の人間としての小ささを実感したよ。そして成長できないままで今もいる。昨日師匠に言われるまで何の覚悟も決められなかったんだぜ。情けないだろ?だから俺の方が覚悟を決めた亜美とは釣り合わないよ。だからいたくないなんてことはない。むしろいさせてくれてありがとうだよ」


 それと俺はまだ言ってなかった言葉を亜美に告げないと。


「高校時代、亜美のことを気遣えなくてごめん。行動や言葉で示さなくてごめん。亜美の目の前からいなくなってごめん」


「罪を犯したのは私の方、謝るのは私だよ。本当にごめんなさい」


「亜美と結婚の約束したときのこと、今でもたまに夢で見るんだ。今日帰って来て色々話して、少なくとも俺が思ってた兄貴と亜美が結婚してるという展開ではなかったことで安心してる。昨日までこの約束を呪いのように感じていたけど、神様がこの約束のこと実現させてくれようとしてたんじゃないかって思い始めてる」


「謙ちゃん……」


「だからさ、この約束が実現できるようにもう一度最初からやり直さないか、俺たち。できないかもしれないけど、できるようにお互い気遣いながら、理解し合えるように高め合いながらさ」


「私にはもったいない言葉だよ……。あれ、絶対に許してくれるまでは泣かないって決めてたのに涙が……」


 亜美の目からボロボロと涙が零れている。


「じゃあ泣いていいんじゃん。俺はもう亜美のこと恨んだり、嫌ったりしていないぜ!」


 亜美の前で腕を広げ、飛び込んで来いと目で促す。


「謙ちゃん!」


 飛び込んできた亜美を受け止めがっちりと抱きしめる。もうあの時の光景がフラッシュバックするようなことは起きなかった。ようやく俺も先を進めるようになったのかもな。少し長めの抱擁の後、手を繋ぎ俺はこれから起こるであろう展望に思いを馳せながらスーパーまでの道のりをゆっくりと歩き出した。

読んでいただきありがとうございました。

勢いで書いた部分もあります。

今後の励みにしたいので、感想や改善点などいただけるとありがたいです。

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― 新着の感想 ―
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[良い点] >>亜美は顔立ちも整い、グラビアアイドルに引けをとらない抜群のスタイルで学年一の美少女と言われるようになった。 読者を圧倒するくらいヒロインが魅力的なのは素晴らしいことです。もっともっと…
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