聖女になったら私を溺愛するヤバい兄と血の繋がりが切れました
にっこり笑ったジュラルドが言い放った。
「これで僕たち結婚出来るね」
何で? 何がどうしてこうなった!!?
※※※※※
魔法学園での日常風景。私、レイチェル・ハワードは魔法書を抱えたまま、私の腕にしがみつく兄、ジュラルド・ハワードと攻防戦を繰り広げていた。
「心配しなくてもただの移動教室だから」
「何言ってるの、隣の校舎だよ! 危ないでしょ」
そう考える兄の頭の方が危ないと思う。
「学園内で危険なことなんて何もないってば!」
「いや! レイは自分の性的魅力を分かってない。その肉感ボディは視覚の暴力なんだよ」
妹の魅力を語る上でその表現は絶対に間違っている。
「ジュドー。そんなに構い過ぎるとレイチェルに嫌われてしまうよ」
そこに現れたのは親友セシリアの婚約者である第一王子、アイスラン・ジークハルト。
「レイが僕を嫌うなんてこの国が滅んでもあり得ない」
「私が将来担う国を滅ぼさないでくれるかな?」
そうこうしている内に授業10分前の鐘が鳴る。
「もうこんな時間、急がなきゃ! じゃあねジュドー兄様」
「レイ、変な男に声をかけられてもついて行っちゃ駄目だからね!」
子供か!!!
兄を振り切って隣の校舎へ急ぐ。隣には親友で殿下の婚約者、セシリア・フォンクラインがいる。
「ふふっ。相変わらず凄い溺愛っぷりね、ジュラルド様」
「もー疲れる……過保護過ぎる父親みたい」
「あら、まるで恋人同士みたいだったわよ」
「ちょっとやめてよ! 私達血の繋がった兄妹なんだから」
そう、兄の私に対する態度はもはや家族愛を余裕で越えている。頬や額へのチューは日常。ところ構わずハグするし膝に乗せようとするし、おはよう~おやすみまでとにかく溺愛三昧。
兄としては完全にアウトなんだけど、問題なのは私がそれに完墜ちしていること。
一応ハワード家は名家だし婚約者くらいいてもおかしくないのに、幼い頃から今まで一度もそういう話は出たことがない。それどころか兄にも私にも浮いた話一つなかった。
御年16歳。ブラコンを爆速で追い越した私の男性基準は『兄か、兄以外か』に固定されてしまった。
だってカッコいいんだもん! 色気ダダ漏れなんだもん! そりゃ妹だって惚れちゃうわ!! でも兄妹なのだからどうすることも出来ない。
「実は義妹でした、とかないかなぁ」
「え?」
もしも血の繋がりがなかったら、兄の愛を享受することが許されたのだろうか。
「だってジュドー兄様以上の相手なんて」
この世にいる筈がない。そう考える時点で私も大概拗らせている。
「そうね、でも私は殿下一筋で……あげないわよ」
「絶対いらない。むしろ取れないし」
確かに殿下は兄と並ぶ好物件だと思うけど親友の婚約者を横取りする気なんてさらさらない。そして殿下が常軌を逸したレベルでセシリアを愛してやまないことも知っていた。
「ジュラルド様って昔からああいう感じなの?」
「うーん、どちらかというと私の方がべったりだったかも」
「あら、それは意外だわ」
そう、昔はどこに行くにも私が兄について回っていた。幼い妹がちょろちょろするのは煩わしかっただろうに、ジュラルドはいつも優しかった。
お母様と3人でハーマン家の庭園で遊んでいたときも。
『どうしたの? ジュドー兄様』
『ううん、レイは可愛いなぁと思って。大好きだよ』
『レイもジュドー兄様のこと大好き! 大きくなったら兄様と結婚するの』
『あらあらレイったら。兄妹は結婚出来ないのよ』
『え!? ジュドー兄様とは結婚出来ないの……?』
『そうだね……残念だけど』
困ったように微笑む兄。でも諦めきれない私はその場で泣きじゃくった。
『いやだああああ! レイはジュドー兄様と結婚するのーーーー!!!』
必死に私をなだめようとするお母様の横で何やら考え込んでいる兄。
『そうか……』
頭に触れる感触に泣き顔のまま私が顔を上げると、しゃがみ込んでにっこり微笑む兄と目が合った。
『ほらレイ、もう泣かないで。泣き虫さんとさよなら出来たら、僕からレイにとびっきりのプレゼントをあげる』
『……ほんと?』
『うん、レイの願いを叶えてあげる。だから―――』
あれ、あの時兄はなんて言ったんだっけ。記憶にモヤがかかったようにその場面だけ思い出せない。
「レイチェル、どうかしたのですか?」
「ううん、何でもない」
とにかく! このままでは一生独身、悲しい老後が待っていることを思い知り一念発起した私が目をつけたのが聖女選抜試験。
異世界から聖なる乙女が現れた時にしか行われないのでタイミングが合ったのは本当にラッキー。
聖女になれば安定した職が得られるし1人でも生きていける! 兄が結婚する時はきっと泣いちゃうだろうけど……
という訳で聖女になると決めた当日家族に宣言! 願書を出してからはとんとん拍子でことが進み、あっという間に最終試験日前日になった。
夜ベランダで明日のことを考えていると隣の部屋から兄が出てきた。
「レイ、眠れないの? 一緒に寝てあげようか。寝るだけじゃ済まないけど」
この兄……息をするように不適切。
「明日最終試験だと思うと寝付けなくて」
「大丈夫。レイなら必ず聖女になれるから」
「そうかな」
「そうだよ。僕、嘘はつかないし」
でも、もし明日最終試験に合格して聖女になったら、ジュラルドとも今まで通りではいられない。聖女のお勤めで家にいる時間も減るだろうし、きっとどんどんすれ違っていくのだろう。
そしていつか兄にも心から愛する女性が現れて―――想像するだけで淋しくなって兄をじっと見ていると、
「駄目だよレイ。そんなに見つめられるとキスしたくなっちゃう」
だから……兄!
「もう、そんなことばっかり! いい加減妹離れしないと恋人も出来ないよ」
「そんなのいらないよ。レイがいるからね」
「はいはい、分かりました」
もう相手にするのをやめようと部屋に引き返す私にジュラルドが声をかける。
「レイ。ゆっくりおやすみ、明日楽しみにしてるよ」
「うん、おやすみなさい!」
「本当に―――楽しみだよ」
部屋に向かう私にジュラルドの呟きは聞こえなかった。
※※※※※
翌日。私を含めた聖女候補5人は宮殿の広間にいた。そこには陛下や殿下、王族のほかに候補者の親族、関係者が多数集まっている。
最終試験は『審判の泉』。長い階段の先にある祭壇から湧き出る聖水に触れて、聖女としての誓いを立てるというもの。適正ありと判断されればその場で聖女として認められる。
2人が立て続けに適正無しという結果の中、兄にエスコートされて審判の泉へと歩みを進める。
祭壇から戻ってきた候補者とすれ違う。泣いている様子を目にして――あ、何か駄目かも……無意識に兄の腕をつかむ力が強くなっていたらしい。
「もしかして緊張してる?」
「……少しだけ」
「深呼吸して。大丈夫だから」
「うん」
兄の言葉に支えられ祭壇の下に到着した。見上げると長い階段の先に審判の泉が見える。
「レイチェル・ハワード。前へ」
「はい」
ここからは1人だ。兄から離れ、階段へと歩いて行く。何歩か進んだあとジュラルドの方を振り返る。
「ジュドー兄様」
「待ってるから聖女になって帰っておいで。レイ」
「うん、行ってきます」
ジュラルドに見送られながら一歩一歩、祭壇への階段を上っていく。頂上の祭壇には泉があり、中心から水が湧き出ている。心なしか一滴一滴がキラキラしているように見えた。
大きく深呼吸してから目を閉じて……
泉に触れ目を開けると、水の中心に小さな光のサークルが出現、それが凄い勢いで広がり祭壇全体を覆った。そのまま光の柱になる。
私も細かい金色の粒子に包まれて―――
―――パァンッ!!
目の前がチカチカして何かが弾ける音。そして感じるちょっとした違和感……え、何これ? と思ったのもつかの間。そんな違和感は大歓声にかき消されてしまった。
『おお、光の柱が立った!』
『聖女の誕生だ!!』
『ハーマン家のご令嬢が聖女になったぞ!!!』
『レイチェル様ー!!』
私、聖女になれたんだ……
祭壇から下を見ると最初に飛び込んできたのは兄の姿。切なくて苦しくなる気持ちを必死で抑える。
ジュドー兄様。私、今日あなたから卒業します――この痛みはきっと時が癒やしてくれるから……
「おめでとうレイ」
「ジュドー兄様!」
階段を駆け下り兄の元に向かうと、にっこり笑ったジュラルドが言い放った。
「これで僕たち結婚出来るね」
……………………は?
え? 今……結婚って言った!!? たった今、兄からの卒業を宣言したばかりだというのに!???
顔面蒼白の私。にこにこしているジュラルド。そこに割り込む第一王子。
「あとは私から説明しよう。レイチェル、最終試験がどんなものかは知っているよね」
「はい、さっき行いましたから。聖女審判ですよね」
「そうだね。審判をクリアすると私たちと同列の地位が与えられるとともに神に選ばれた神聖な存在としてその血を清められる……つまり血縁者との縁が切れるんだ」
……………………
え……え!? そんなの聞いてませんけど!!?
さらに混乱する私を見て頭を抱える殿下。
「やっぱり聞いていなかったんだね」
「だってそんなこと選抜試験中一度も……」
「事前告知したんだ、三次試験の冒頭で」
は??!
「四次試験、明らかに人数が減っていただろう」
「あ、確かに……」
「聖女になるためとはいえ身内と縁が切れることに抵抗があるのは当然だからね」
確かにその通りだ。だがしかし、試験中に告知されていたなら知らない方がおかしいのに……なぜか私の記憶にはない。
「確か君が先生に呼ばれて入室が遅れた日で――冒頭だけだったから同席していたジュドーに伝言を頼んだんだけど」
って、犯人! 兄!!??
「ジュドー兄様、私聞いてませんけど!」
「あれ? 言ってなかったっけ」
いけしゃあしゃあとしらばっくれる兄。
「だって、それでレイが聖女になるのやめる! なんて言い出したら困るし」
「だからってそんな大事なこと……」
問い詰めようとした私に先ほどの光景が蘇る。前の候補者とすれ違ったとき、泣きながらもホッとした表情だったのは家族との縁が続く事への安堵からだったんだ。
え、じゃあ、私は……? 縁が切れちゃったってこと……
審判を終えた時、違和感があった。何か大切なもの――繋がり、絆が消えてしまった様な感覚……
ジュドーの後ろで心配そうにこちらを見ているお母様とお父様の姿が見える。昨日まで感じていた家族間の空気のような感覚は感じられない。
私……もう家族じゃないんだ
気づけばボロボロと泣いている自分がいた。両親が私を抱きしめてくれる。
「心配いらないわレイ。例え血の繋がりがなくなっても私達は家族よ」
「そうだぞ、こんなことで今まで過ごした日々が消えるわけじゃない。レイは可愛い娘だ」
「お父様……お母様」
「それにジュドーと結婚するならある意味、家族のままですものね」
「ああそうだな!」
「おとうさま……おかあさま……?」
あっけらかんと言い放つ母。うんうんと頷く父。この両親にして……あの兄か。若干の疲弊とともに解放された私を次は自分の番、とばかりに抱きしめるジュラルド。
「泣かないでレイ。愛してるよ」
優しく抱きしめ頭を撫でてくれる兄の腕の中で、私は暫く泣きじゃくっていた。
あの日と同じように。
※※※※※
目を腫らして放心状態だった私はやっと冷静になってきた。
ええと、ジュラルドとはもう家族じゃない。と、いうことは……
『これで僕たち結婚出来るね』
かああああっ、と顔に熱が集中するのが分かる。「血縁ではない」その事実だけでさっきまでと感情の動き方が全く違っていた。
とんでもなくドキドキする!
と同時に、幼い頃兄が言った言葉を思い出した。
『泣き虫さんとさよなら出来たら、僕からレイにとびっきりのプレゼントをあげる』
『……ほんと?』
『うん、レイの願いを叶えてあげる。だから――大きくなったら僕と結婚しようね』
つまり、兄はあの時から私との結婚を考えていた……? そして、晴れて私はジュラルドと結婚出来る立場になった。
……………………
何故だろう、いざ物理的に可能になると途端に怖じ気づいてしまう。聖女に決まった時もだけど『え、本当に? いいの!?』みたいな感じ。
でも改めて考えてみると――
ジュラルドは8歳で私と結婚すると決め、この10年間その準備を粛々と進めていたってことだよね。
学園でもトップクラスの魔力を誇るジュラルドは、聖なる乙女を召喚する際も殿下とともに陣頭指揮を取っていた。
『聖女選抜試験のエントリー、今月末までだって』
ブラコンを拗らせた私が将来への不安を溜め込んでいる時に朗報をもたらしたのは兄だった。
『僕が会場に行って事情を話しておくからレイは先生の用事を済ませてきなよ』
第三次試験に遅れた時、会場への伝言を引き受けてくれたのも兄だった。しかもいざ訪ねてみると用事はなくすぐ聖堂に引き返すことになった。
聖なる乙女を召喚して聖女選抜が必要な状況を作り、私をエントリーさせ、しかも辞退しないようわざと儀式の内容を教えなかった……つまり。
全部兄が裏で手を引いていたのだ―――全て私と結婚するためだけに。
そう考えると、昔から口癖のように言っていた『愛してる』とか『好きだよ』は家族愛なんかじゃなく全て本気だったということで……
……………………
うん、ちょっと恐怖を感じたのは黙っておこう。
「レイ」
後ろから私を呼ぶ声。すぐにジュラルドだと分かった。
今後のことは一先ず置いておいて、一言言わないと気が済まない!
「ちょっとジュドー兄様……」
と言いかけた声がかき消される。振り向きざまに『ちゅ―――――――――ッ!』と音がしそうなほど長く濃厚なキスをかまされた。
~~~~~ッ!!???
「おっと」
足の力が抜けて思わずその場に座り込んでしまう。息も絶え絶えな私が顔を上げると……
「はあ、レイの味……堪らないな」
口の端を拭いながらうっとりした目で私を見下ろすジュラルドと目が合った。
「ずっと我慢してたんだ。これからはもう抑える気ないから……覚悟してね」
……なんの覚悟を?
むせ返るほどの色香に当てられながら、全身から血の気が引く音がした。
どうかお手柔らかにお願いします(切実に!!!!!!)
ブックマーク、ご評価いただけると大変励みになります!