表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

リュークの策略


 ―――リューク様が私が側にいれば安心してご飯を食べられると言うのなら、一生付き合ってあげたい。

 



 リリスのこの思考を聞いてから僕はおかしくなった。

 リリスに「私のことが好きなのですか?」と聞かれ、「好きじゃない」と即答した後だったが、どうやら僕は一瞬で彼女のことを好きになってしまったようだ。


 まともな恋愛どころか、簡単な人付き合いさえ難しいと思われていた僕が、誰かに興味どころか恋愛感情を抱けたという事実にふわふわと浮わついた気持ちでしばらく過ごしていたが、その期間はほんの僅かで、ではどうすればリリスを手に入れることが出来るのかという、現実的な思考を巡らす作業にひたすら時間を費やす。


 無限に存在する記憶の中から恋愛に関する事柄を、特に男性が女性を口説く時に用いる方法に絞り、記憶の引き出しを操作し片っ端から内容を吟味していく。


 えーっと、なになに………とりあえず鎖をつけて監禁する。依存性の高い薬を摂取させて自分から離れなくさせる。彼女の好きな花を贈る。一度窮地に落とし入れてから救い出し惚れさせる。惚れ薬のレシピを怪しい店から百万で購入する。人質を取り結婚しなければ殺すと言って脅す。愛を金で買う……?


 この国にはやばいやつしかいないのか?まともな求愛方法が少なすぎる。


 これ以上過去のどっかの誰かさん達の、偏った性癖思考を読むことを諦めてため息をつく。

 ほぼ法に触れる口説き方は、なんの参考にもなりはしなかった。監禁はちょっといいなと思ったけど、まだそこまでするつもりはない。


 ここはリリス本人の思考を読むべきだ。


 好きな人の思考を勝手に探ることに罪悪感などない。こういうところが異常なのだと自分でも自覚している。


 今現在も聞こえ続ける数多の心の声の中からリリスのものを探す。するとすぐにリリスの声を見つけた。


 この時初めて気づいたのだが、特定の人物を、というかリリスのことを想って強く意識を向けると、リリスの声しか聞こえなくなることが分かった。


 今までも不穏なことを考える人物がいた場合、位置や名前を探る為に強く意識を向けたことはあったが、このような現象が起きたことはなかったのに…。


 今まで力の届く範囲にいる人間すべての心の声が、歪なノイズのようにザーザー聞こえていたのがまるで嘘だったかのように、リリスの心の声しか聞こえてこない。


 生まれて初めて訪れた静謐な世界に呆然とした。


 え………大勢の人間の心の声が聞こえなければ、こんなにも静かなのか…………?


 慣れたとはいえ、眠る時もザーザーザーザー心の声が聞こえてくるのでどうしても眠りは浅くなる。

 これなら毎日服用している睡眠薬を飲まずとも眠れそうだ。

 この現象の原因には僕の心が関係しているのだろうか?


 今まで純粋な興味や好意で「誰かの心を知りたい」と思ったことは一度もなかった。

 でもリリスのことを好きになって、すべてを知りたいと熱望するようになって。

 だから好意を寄せるリリスを常に思えばリリスの心の声しか聞こえない快適な生活が送れるなんて、一石二鳥どころの話ではないメリットが僕にはある。というかこの場合の被害者はリリスだけだ。

 なんせ四六時中僕に思考を読まれ続けることになるのだから。

 少し可哀想な気もするが、僕がリリスを想う気持ちは止められないので諦めてもらおう。


 家族にこの事を話すと、両親は被害者リリスを思ってか、少し複雑そうな顔をしながらも「よかった…」と言って静かに涙を流し、兄二人も心から喜んでくれた。

 兄達は僕の力を疎んじてはいなかったけれど年齢が上がるにつれ、特殊な環境に置かれて普通の五歳児より遥かに大人びているとはいえ、末の弟に年頃の思考を読まれることは非常に居た堪れなく思っていたようだ。

 リリス一人の犠牲で皆ハッピー!と考えたルイ兄上を責めることは出来ない。


 


 その後、過去にも遡りリリスの思考を読んで使えるなと思ったのは、可愛いものが大好きだということ。

 会うたびに「可愛い可愛い!」と内心大興奮しているくらいだ、僕の容姿は必ず武器になるだろう。


 翌朝リリスに会った時(母上がしょっちゅうリリスを呼び出し家族が全力で引き止めるのでリリスはたいてい王宮にいる)、小首を傾げ上目遣いの笑顔で「おはよう、リリス」と声を掛けてみることにした。

 全力で媚びた結果、リリスは真っ赤になって鼻を押さえうずくまり悶絶していた。

「あざとい〜〜〜!!」と内心で叫んでいたけど、あざとい可愛さも嫌いじゃないようなので継続とする。


 それからはほぼ毎日、リリスと共に過ごした。

 離宮にリリスが越してきてからは、おはようからおやすみまで顔を合わせて挨拶出来るようになった。


 リリスと一緒に食べるご飯はとても美味しい。


 リリスを思い、リリスの心の声だけが聞こえる世界は穏やかで息がしやすい。


 リリスは心の清らかな令嬢とは言い難かったが、飾らない人柄にどんどん惹かれた。


 リリスと過ごす毎日を大切にし、共に歳を重ねる。


 誕生日プレゼントにキスを強請ると頭を真っ白にして頬に唇をちょん、と当ててくれた。可愛かったけど場所が違う。 


 リリスは僕のことを可愛いと言うが、本当に可愛いのはリリスのほうだ。


 高位貴族らしく陰謀策略に対処する能力は十分あるのにどこか抜けている。しっかりしているのに天然。疑り深いのに信じやすい。人に悪意があることは知っているのに気が付かない。


 はぁ…賢いのに馬鹿で可愛い……。


 それなりにプライドが高いリリスは、僕がこんなことを考えていると知れば目を剥いて怒るんだろうな。

 


 日々一緒に過ごす中で、リリスが僕のことを家族だと、弟だと思い込もうとしていることに気づいた。 

 思わず「何考えてるんだこいつ」という目で睨んでしまったが、リリスのことは僕が一番良く理解している。


 リリスは僕のことが好きだった。


 歳下だとか、結婚願望なんてなかったのにだとか、立場だ、派閥がとか、いろいろ考えて悩んでいるようだったけど、リリスの心の一番深いところに根付いた気持ちは『どうしようもなくリュークが好き』だ。


 初めてリリスの中に、僕に対する淡い恋心のような気持ちが芽生えた時、飛び上がるほど歓喜した。

 それから慎重に、大切に、僕への想いを育てるリリスを一番近くで見守ってきた。


 だから嫌でもそのことに気づいてしまう。


 リリスは僕の力に薄々勘付いている、ということに。


 リリスが見ようとしたものを同時に僕も見ていたり、風邪を引いて声の出ないリリスの要求を的確に察したり、たまにリリスの心の声に反応してしまったりしたことなどが原因だろう。

 リリスは僕のことをよく見ているからどんな些細な違和感も見落とさない。


 ただ、まだはっきりと確信を持っているわけではなく、「こんな荒唐無稽な話、あるわけないか…」と思っている部分が大きい。


 けれどふとした時に、この違和感が二人の間に大きな影を落とすのだ。


 僕に愛しい眼差しを向けようとした時、気持ちが溢れて好きだと伝えたいと思った時、僕に触れたいと思った時、リリスは自分の気持ちに無意識にブレーキを掛ける。


 僕に想いを伝えて本当にいいのだろうか?と。


 リリスは自分に自信がなかった。

 外面は完璧な令嬢と謳われるリリスだが、本来のリリスは好奇心旺盛で、淑女とはかけ離れた性格をしている。  

 そんな自分を残念だと評価し、こんな内面を僕には知られたくないと思っているし、仮に知られていた場合、これから先ずっと一緒にいる中でいつか僕に嫌われる日が来るのではないか、と怯えている。


 そんな心配しなくていいのに。


 リリスの存在が僕を生かしてくれているんだよ。


  まぁ、誰だって好きな相手に自分の頭の中を覗かれるのは死ぬほど嫌だろう。勝手な話だが僕だって絶対に嫌だ。

 リリスが躊躇う理由の一つである「真実を知りたくない」、という気持ちはよく分かる。 



 でも。それでも―――理性的なブレーキが壊れるほど僕に堕ちてきてほしい、と強く願う。






***


 リリスの入学前、ひときわ変なことを考えている令嬢がいることに気がついた。


 国の安寧の為、リリスの思考だけを読んで過ごすことは出来ない。定期的に意識を切り替え、力の及ぶ範囲内にいる人々の思考を読むのが僕の仕事だ。

 この頃の僕は、王都全体を覆うほど力の範囲が広がっていたので、この作業はとてもつらく、目を閉じベッドに横になった状態で行っていた。


 ザー、ザー、 ザー、ザー………


 何万もの人間の心の声を、とりあえず聞き流す。

 イカれた脳がすべてを記憶するので、内容を吟味することは後でも可能だからだ。

 音速で内容を判別し、必要かそうでないかを選り分ける作業はほぼ無意識で行っている。

 本当に自分の頭はどうなっているのかと常々思っているのだが―――、……っ!?


 自分や高位貴族の子息の名前、そしてリリスのことを考えている思考を見つけ、瞬時にその思考の主を特定にかかる。


 すでに記憶していた思考を辿ると、「ヒロイン転生きたーーーーー!!!!!」や、「みんな甲乙付けがたいけど僅差でリュークかな、それとも逆ハー目指しちゃう!?」、「最大の敵はリリスよね。ほんっと嫌なやつ!」などと意味不明なことをつらつらと考えていたようだった。


 そして間もなく思考の主が判明した。


 王都のはずれに住むミア・アボット男爵令嬢だ。


 さらに記憶を辿り、彼女の過去の思考を探す。


 ………………。どうやら彼女は少し前、前世の記憶を思い出し、前世の自分がプレイしていた乙女ゲームの世界に転生したことに気づいたようだ。

『花の乙女と巡る運命』の主人公である彼女は、公爵や宰相、騎士団長の子息達、学園教師、そして王子である僕の悩みやトラウマを解決し、五人のうちの誰か、もしくは五人全員とのハッピーエンドを目指している。


 前世やら攻略対象やら乙女ゲームやら、意味の分からない単語が多く考えていることは支離滅裂。だが、頭のおかしな女の妄想と一蹴するには不自然な点が多い。


 まず、攻略対象?とされる侯爵家三男のダニエル・ロランドは名門アマリリス学園の教師を目指し狭き関門を突破、念願の歴史教師となることが決まったのだが、それは来年からの話だ。

 このことを知っているのはロランド侯爵家と学園の関係者くらいだろう。

 現時点で男爵令嬢に過ぎない女が把握しているのはどう考えてもおかしい。


 騎士団長の息子であるカイル・ジョーンズは幼い頃から王宮に出入りし、騎士達と鍛錬を行っていた。リリスも同時期、リリスの兄とともに騎士団の鍛錬に参加していたこともあり、カイルとリリスは顔馴染みだ。

 ゲームでは、カイルはリリスに剣の勝負を挑み負けた際、リリスにひどく罵られたことがトラウマとなり剣を諦めた設定になっているが、現実のカイルはリリスを「女の子なのにこんなに強いなんて!俺も負けてられない」と爽やかにライバル認定し、リリスはリリスで「この年齢ですでに脳筋…。脳筋は可愛くないわ」とカイルを評価する程度だったので、二人は顔見知り以上友達未満という浅い関係だ。

 トラウマを植え付けるような出来事は起こっていない。ちまにみ、カイルはリリスに対し恋愛感情を持っていなかったから、リリスと関わることを許した。


 それに、僕の設定もおかしいだろう。


 ゲームの僕は離宮に籠もり切りの身体も気も弱い王子で、幼い頃リリスに罵られたことがトラウマとなってますます人嫌いになり心を閉ざすというものだが、僕は別に身体も気も弱くないし、リリスに罵られたこともない。

 そもそもゲームの中の僕に力を使う描写がないことが最大の謎だ。

 「人の心が読める絶対記憶能力者」という強烈な設定をなぜスルーしたのか。


  分からないことが多いが、とりあえず手を打とう。

 ゲームの中の話だとしても、リリスが僕以外の男に好意を寄せるなど許せない。


 早速攻略対象達をアラン兄上がうまく丸め込み、入学する学園を変更させたり、他国へ留学させたり、ダニエルを国の研究機関へ就職させたりした。


 ダニエルは数年オーロラル学園で教師を務めれば研究機関の面接を受ける際、箔がつくだろうという心づもりだったので、いきなりの研究所からの就職勧誘に狂喜乱舞していたし、カイルは他国への留学を「武者修行だぜ!!」とノリノリで承諾したのですぐに出国させた。暑苦しかったから。


 ミア・アボット男爵令嬢は僕と同じ年に学園に入学してくる。


 リリス以外の女に惑うことなんかありえないけど、一体僕をどのように『攻略』するつもりだったのかとアボット嬢の思考を深く探るうちに、「これ使えるんじゃないか?」という()()()()が多々あることに気がついた。


 アボット嬢が引き起こそうとしているイベントを僕とリリスで行う。少し過激な内容もあるため、リリスは嫌でも僕のことをもっともっと意識するはずだ。


 リリスが僕への気持ちを認めるにはあとひとつ、あと一歩、何かが足りなかった。


 アボット男爵令嬢に対し、不穏分子は手っ取り早く処分するか、と身も蓋もないないことを考えていたが、使えるかもしれないのでもう少し様子を見る(生かす)ことにした。

 

お読み頂きありがとうございます! ちょっとでも続きが気になって下さったなら下の☆マークで評価して頂けると嬉しいです(*´艸`*)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ