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一日の始まり

 新学期が始まってからもう幾日が過ぎた。校庭に並ぶ木々に咲いていた桜がだいぶ散っていて、桜よりも黒目の葉が枝木から覗かせている。サングラスを外せばその葉は新緑へと色を変えた。

 日光を苦手とする俺は学校側の許可をもらって晴れの日はいつも黒い傘を差し、サングラスをかけている。男子高校生には似合わない格好だ、と入学当時は近くを通りかかる大人子供は俺を不審そうに見ていたが、1年も過ぎれば日常に変わる。もうそんな目で見られることもなくなってきた。

 生徒が談笑しながら登校し、彼らに校門付近で生徒会が元気よく挨拶していて、校庭や体育館から運動部員が朝練に励んでいる声が聞こえる。──楽しそうだな。朝の学校の活気づいた音が俺には遠くぼやけて聞こえるように感じた。


 教室に入るといつも隣の席が埋まっていて、そこの住人はうつぶせていた。自分の席にカバンを置きながら、声をかけるべきか迷う。しかし起こす理由はない。わざわざ何故声をかける必要があるだろうか。

「小松さーん、おはよー」

「ばっか、おまっ」

 智雄(ともお)が無神経に小松さんを起こそうとしたので、止めようとした。すると小松さんがゆっくりと顔を上げた。眠そうに眼をほとんど閉じながら、手をひらひらと振る。締まらない顔だな。

「おはよー」

「ほら藤」

 こっちに話を振ってくる智雄。逃げるな、と言わんばかりにとしても肩を抑えられるので観念した。小松さんがこちらに視線を向けているのが恥ずかしくて、明後日の方へ向く。

「ああ。──おはよう……」

「うん。おはよ」


 小松さんのことは昨年に知った。正確に言えば、小松さんの描いた絵、をだ。

 秋頃に学園祭で美術部は部員が描いたイラストが展示されたブースがあった。暇つぶしに学校中を歩いていて、興味本位でそのブースに立ち寄った。ハロウィンの時期と言うこともあって人外のイラストを結構見かけた。

 何枚か展示されているうちの一枚に目を引いた。他のイラストはアニメ調の強いものであったが、その絵だけは独特なデフォルメ調だった。

 四頭身で顔は大きめだけど眼は涙袋や睫毛がリアルで、髪の毛も細かく描かれていて、寂しそうな表情が幻想的に思えた。そしてそのキャラクターは牙が生え、髪質が固く、黒と赤しかないゴシックな服装を身にまとった吸血鬼で、強く印象に残った。

 そう、その絵の作者が小松さんだった。絵を見るだけで周りとは違う世界に生きて物事を見ている人と感じた。いったい何を考えて生きているのか気になる。話してみたいとも思った。何の偶然か、そんな淡い願いは次の年の春真っ先に叶った。

 ただ嫌なことにそんな思惑がいつかこの、神田智雄に知られた。あいつは何かと積極的に俺と小松さんを会話させようとする。なんだか申し訳ないような、恥ずかしいような。

 しかし、いざ目の当たりにすると、何を話せばいいのか分からなくなった。


「また、夜更かししたの」

「うーん、描きだすと夢中になっちゃってねぇ」

「へえ」

「部活中に終わらなくてさ。期限が今日だからさー」

 今も彼女が何を思いながら生きているのかは分からない。いや、そもそもどう知りたかったのか最初から分からなかった。でも今はそれでいいと思っている。きっとそんなものなんだろう。


「こまっちゃんオッハヨー!なに話してんの?」

 木村さんがけたたましく声サイトイトを発しながら教室に入ってくる。

「野口くんめっちゃ良くなかった?坂井と喧嘩するとこまじヤバかった!」

「ごめーん昨日観れなかった。今日アマプラで見返すからさぁ」

「マジかぁネタバレしちゃダメなやつだよ今日この感動をどこにぶつければいいのよー」

「木村おはよー。朝から元気だな」

 何気ない会話が、一日の始まりを認識させる。そんな気がする。

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