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三人は歌いたい

作者: 虹彩霊音


アズスチル「………歌を歌いたいから聴いてほしい?」


ソファにその大きな身体を横たえているアズスチルに対して叡智は首を縦に振った。窓から太陽の光が二人の顔を照らす。


アズスチル「それは……別に構わないのだが。どうした急に?」


叡智「ふと思っただけ」


アズスチル「ふと?」


叡智「うん」


アズスチル「はぁ、まぁそれでもいいが」


出されたホットミルクをふーふーと冷まし、ごくりと飲んで


アズスチル「わかった、私で構わないのなら引き受けよう」


叡智「ありがとう、じゃああの二人を呼ぶから」


叡智は妹、寂滅と幻の名前を呼ぶ。すると……


寂滅・幻「「はーいっ」」


アズスチル「うわっ!?」


アズスチルが横たえていたソファの下からぬるりと這い出てきたのだ。


アズスチル「…どうしてそんなところに?」


幻「さっきまでかくれんぼしてたんだけどアズスチルが来ちゃったからずっとこのままだったの」


アズスチル「そ、そうなのか……」


あまりにも普通に話すのでアズスチルはあまり激しいツッコミができなかった。



叡智「それでは改めてありがとうアズスチル」


寂滅「ありがとー!」


幻「ありがとっ」


アズスチルの耳に入る三人の声。もふもふとした大きな身体でソファに横たえる彼は彼女達三人を前にして内心ワクワクしていた。


叡智「それじゃあ、私達が順番に歌うからコメントを言ってほしい」


アズスチル「承知した」


とは言っても、歌というものにあまり触れてこなかった自分に務まるだろうか。そう思い彼は身体を強張らせた。


叡智「そんな難しく考えなくて良い、率直な意見をくれれば」


アズスチル「わかった」


まず叡智が言った。


叡智「じゃあ、私からいこう。人間が好きで、人間が憧れの存在。だのに自分は人間じゃない、そんな哀れな妖怪の歌…」


アズスチル「ほほう、中々興味深いな」


その尾を揺らすアズスチル。


叡智「くまのこ見ていたかくれんぼ」


アズスチル「ちょっと待ってほしい」


アズスチルが大きな虎の手を叡智に向かって差し出す。いきなり制止された叡智はほんの少しだが驚いた顔をしていた。


叡智「さっきまでかくれんぼしていたからこの歌にしたのだが……」


アズスチル「いや、私が思っていたのとかなり違っていたようでな? 早く人間になりたい妖怪的なものかと思っていたんだ。ていうか、今の歌に人間に憧れる妖怪なんて出てきたか?」


叡智「いいないいな人間っていいなってフレーズあるし」


アズスチル「それは妖怪目線ではないと思われる…」


寂滅「はいはい!じゃあ次私!空に上る神話の歌!」


アズスチル「え、あぁ、わかった」


その身を正すアズスチル。


寂滅「むかーしギリシャのイカロスはー」


アズスチル「ちょっと待ってほしい」


寂滅「えー?」


頭を押さえながらアズスチルは聞く。


アズスチル「それって最後は蝋で出来た翼が溶けて堕落する話だった気がするのだが」


寂滅「堕落してお空に上るんでしょ?」


アズスチル「魂になって成仏しちゃったよ!!」


幻「じゃあ次私っ!闇に蠢く妖怪の歌!」


アズスチル「お、おう……」


幻「闇に隠れて生きるー」


アズスチル「待つんだ」


幻「俺たちゃよーかぁーい…えー?」


アズスチル「いや、違うんだ。闇に隠れて生きるはわかるんだ、でもどうして人間になりたいんだ?」


幻「そこはアレンジして云々」


アズスチル「そこは100歩譲るとして、どうしてその歌を叡智殿が歌わないのだ?」


叡智「え?」


突然の話題振りに戸惑う叡智、妹二人の表情も同じでアズスチルは少し困った顔をした。


叡智「……うぅん、わかった。じゃあ次は少し別の路線でいってみよう。二人共耳貸して、ごにょごにょ……」


寂滅・幻「「はーい」」


そして、歌い始める叡智。どうやら思春期の鬱屈をテーマにしたようだ。そして………


叡智「ぬーすんだバイクではーしりだす」


寂滅・幻「イーヤーサーサー!」


アズスチル「いや待てや」


叡智「いーく先もわからぬまま」


寂滅・幻「イーヤーサーサー!」


アズスチル「だから待てや」


叡智「深ーい夜のとばりの中へー」


寂滅・幻「アーイーヤーイーヤーサーサー!」


アズスチル「どっかの民族の歌みたいになってるぞ」


叡智「え、ほんと?」


アズスチル「最初の方の鬱屈さはどこへいったんだ。掛け声のせいで民謡音楽みたいになってるじゃないかもう」


寂滅「んじゃあもういっそのこと駆け抜ける?」


アズスチル「というと?」


寂滅は少し咳払いをして


寂滅「mama and papa were laying………」


アズスチル「待て待て待て待て」


寂滅「?」


アズスチル「何喋ってんのか全然わからん」


寂滅「エルドラドから教えてもらった!」


幻「姉さんそれ確か微笑みデブに撃たれて死ぬんじゃなかったっけ?」


寂滅「そうだっけ?」


アズスチル「どうして貴殿の歌はバッドエンドばかりなんだ」


寂滅「たまには良いかなーって」


アズスチルはため息をついた。


幻「んー……それじゃあエルドラドにちなんでドラゴンの歌でも歌おうかな」


アズスチル「ドラゴン?」


幻「うん!」


幻は軽い伸びをすると、ポーズを決めて


幻「掴もうぜっ!dragon ball」


アズスチル「いや発音…」


幻「手に入れろっ!dragon ball」


アズスチル「何これ」


幻「そうさー今こそっ %°=^々:○☆♪#¥<$」


アズスチル「言えないなら無理して言うなよ!」


幻「えー」


叡智「アズスチルは厳しいな」


アズスチル「厳しいというかつっこまずにはいられん内容だからだ」


叡智「それじゃあもうテーマは深く考えないで思いついたの歌うか」


寂滅・幻「はーい」


叡智「じゃあ次は私だな、ギター持ってくるから待ってて」


叡智は自分の部屋からギターを持ってきた。


叡智「それじゃあいくよ。すぐには終わらない歌だからね」(ギターを鳴らす)


アズスチル「なんか音程低くないか?」


叡智「〜♪ 終わらない歌をO☆WA☆RA☆SU」


アズスチル「終わらせてどうするんだよ、終わらない歌じゃなかったのかよ」


寂滅「じゃあ私!レコード持ってくるから待ってて〜」


寂滅がその後わっせわっせとレコードを持ってきた。


寂滅「よいしょっと、こうして……出来た!」


アズスチル「何の歌なんだ?」


レコード「〜♪」


寂滅「はしるーはしるーおれーたーちっちっちっちっち」


アズスチル「…………」


寂滅「ながれーる汗もそのまーまにーんにーんにーんにーん」


アズスチルはそっとそのレコードを止める。


寂滅「どうしたの?」


アズスチル「レコード飛んでるじゃないか!」


寂滅「いつもそれで歌ってたよ?」


アズスチル「違和感を持て違和感を!!」


幻「次は私か〜、じゃあ恋に関する歌にでもしよっかな」


アズスチル「恋の歌?」


幻「うん、それじゃあ叡智姉ギターよろしく」


叡智「〜♪」


寂滅「いーとなみの」


アズスチル「貴殿が歌うの?」


幻「いらっしゃいませーいらっしゃいませー 牛肉100g98円、豚肉100g78円、本日お得なポイント5倍デー!」


アズスチル「誰が特売のモノマネやれ言ったんや!」


幻「だって人里の売り場でよくこんな感じで流れてるよ?」


アズスチル「貴殿は売り場でしか聞いたことないのか!」


幻「ぶぅ」


叡智「じゃあ次は私だな…」


叡智は本格的にギターを構える。


アズスチル「どうしたまた改まって…」


叡智「wellcome to the hotel California」


アズスチル「何言ってるのかさっぱりわからん…」


叡智「such a lovely place」


寂滅・幻「such a lovely place」


アズスチル「コーラス付きかよ」


叡智「such a lovely place…………茨城にあるラブホテルカリフォルニア」


アズスチル「ちょいちょいちょいちょい……」


叡智「?」


アズスチル「なんなのだ『茨城にあるラブホテルカリフォルニア』って……w そもそも茨城ってどこの話だ」


叡智「いやほんとに『牛久』にあるんだよ?」


アズスチル「何で詳しいのだ!?行ったことあるのか!?」



―――――――――――――――――――――



蒼冬「ただいま…」


音廻「姉さんだ!おかえりなさーい!」


紅夏「おかえり、遅かったな」


蒼冬「見事に燃え尽きてさ……」


夕暮れ時、蒼冬は疲れた顔をして帰宅する。


音廻「おつかいの途中で何かあったの?」


蒼冬「あぁ……まぁ問題があった訳じゃないんだけどさ」


紅夏「というと?」


紅夏はいちご・オレを啜って事情を聞く、蒼冬はどしんと椅子に座り出来事を話した。


蒼冬「今日あの三人のところに寄ったんだ。それで、歌を歌うから聴いてほしいって……」


音廻「ほうほう?」


紅夏「朝方出かけたのに夕暮れ時になるほど聴いたんだな、どんな歌だったのだ?」


蒼冬「………who's the leader of the club? that's made for you and me! M-I-C………」


紅夏「フブォッ、やめろやめろやめろやめろ」


音廻「危ない危ない何かが危ない」


蒼冬「ハハッ☆」


蒼冬は疲労のせいか乾いた笑みを浮かべる。


紅夏「なんというかまぁ……お疲れ様」


紅夏は吹き出したいちご・オレを拭く………



叡智・寂滅・幻「「「たのもー!」」」



ドタンと開かれた玄関の音、先ほどまで聞いていたその声。


蒼冬「どうして三人殿がここに!?」


叡智「いやー、アズ……じゃなかった。蒼冬のおかげでいい歌が歌えそうでさ。たまらず来たってわけ」


蒼冬「お、おぅ……?」


幻「あー、でもいくらなんでも唐突すぎたかな?」


紅夏「我なら大丈夫だぞ」


音廻「私もー」


紅夏「我が弟のために歌ってくれるだなんて、実に興味深いな」


紅夏の申し出に三人は微笑んで


寂滅「れでぃーすあーんどじぇんとるめーん!!今日は唐突のライブを許してくれてありがとー!!」


幻「今日は親身に私達に付き合ってくれた蒼冬のために歌うっ!それでは聴いてくださいっ!」


音廻「ぱちぱちー」


その歌は、上手くはなかったけれど温かかった。健気だった。紅夏は蒼冬に耳打ちする。


紅夏「晩ごはんアレが良い」


蒼冬「…わかったよ」


ツッコミたかったけれど、姉にこう言われてはそうするしかない。いくらかの下準備が終わった頃、三人のハーモニーが聞こえてきた。


叡智・寂滅・幻「「「俺はまだまだチキンライス〜でいいや〜」」」


蒼冬「………ツッコミが歌う歌ってわけかい」


蒼冬はそうツッコんで、熱したフライパンに油をしき、細かく切った鶏肉をぶち込んだ。




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