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 それは卒業式の午後。

 私は卒業証書の入った筒を持ったまま、電車に乗っていた。

 あの日と同じ駅で降りて、ホームのベンチに座っていたら、ルリの顔が浮かんできた。

 ルリに会いたい。あの優しい笑顔が見たい。あの甘い声が聞きたい。私がルリに会える場所はあそこしかない。

 私は立ち上がると、ひと夏を過ごしたあの部屋に向かっていた。


 このアパートのドアを叩くのは3年半ぶり。もしかしてもうここには住んでいないかもしれない。その確率のほうが高い。

 しかし中から顔を出したのは、あの懐かしいナルだった。

「ハナちゃん?ホントに?」

 ナルは驚いた顔で私を見て、嬉しそうに笑う。その笑顔も、ドアノブをつかんでいる大きな手も、あの頃のナルと何も変わっていなかった。

「びっくりした。なんだか大人っぽくなっちゃったなぁ……」

 ナルがそう言って部屋のドアを大きく開ける。確かに私はあの頃より髪が伸びて、顔にはほんのり化粧もしていた。

「入っても、いいの?」

「もちろん」

 ナルの言われるままに部屋に入る。懐かしい匂いが胸の中に溢れかえる。

「何も変わってないね」

「そうかな?」

 ルリのお気に入りの色のカーテンも、部屋のわりに大きなテレビも、テーブルの上にごちゃごちゃ積み上げられた雑誌も、全部あの夏のままだ。

 ただそこにルリだけがいない。ルリに会いたくて来たのに……ルリだけがここにいない。

 いつまでも呆然と突っ立っていたら、ナルが押入れから紙袋を持ってきた。ルリが死んだあの日、あまりにも哀しすぎて、受け取ることができなかった私の水着。ナルはそれを

「忘れ物だよ」

 と笑って、渡してくれた。そんなナルの笑顔に、私の胸が締め付けられる。

「ナルは寂しくないの?こんな、ルリの匂いだけが残っているような部屋にいて」

 可哀そうなナル。ナルは死んだルリのことをどう思っているのだろう。ナルをこの部屋に残して、たった一人死んだルリのことを……そして私はなぜか、母のことを考えた。


 この3年半、母は相変わらず男を連れ込んでいたけれど、決して再婚しようとはしなかった。そんな母を見て、18の私は思う。

 母はもしかして、まだ父のことを愛しているのではないだろうか?父のことが忘れられなくて、寂しくて……だからいつもそばに誰かにいて欲しいと思っている。そんな気がするのだ。


 ナルが黙って私を見ている。両手で紙袋を抱きしめて、私はつぶやく。

「ナル……もう一度、私を拾って?」

 私は本当にルリに会いたかったのだろうか?私が本当に会いたかったのは……

 ナルは何も言わなかった。ただ切ない目をして、私のことを見つめていた。


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