10
やがて春が過ぎ、長い梅雨が開け、また夏がやってくる。私たちが出会った夏だ。
この頃ナルと私の口から、ルリの名前が出ることはほとんどなくなっていた。
その日は蒸し暑い夜だった。
私たちは部屋を薄暗くして借りてきたホラー映画を見ていた。
死んだ人間がゾンビになって甦ってくるシーン。そんな画面を見たとき、私は本当に背筋が寒くなってナルにしがみついた。
「怖いの?」
ナルがおかしそうに笑う。でも私は本気でおびえていて笑うことができなかった。
ルリが私を見ている。二人が愛し合ったこの部屋で、ナルのことを想っている私を見ている。
私は震える手をナルから離した。
「何か飲もうか?」
リモコンでテレビを消して、立ち上がったナルのTシャツを、私が軽く引っ張った。
「ねえ、引越ししない?」
ナルが不思議そうに私を見る。
「引越ししようよ」
「どうして?」
ナルはそう言って私の前に座った。ナルのまっすぐな視線が私の胸を突き刺すようだ。
「だってここはルリの思い出がいっぱいでしょ?いろんなこと思い出しちゃうでしょ?だからこの部屋を出て……」
「でもハナちゃんは、ルリに会いたくてここに来たんだろ?」
ううん、違う。本当に会いたかったのはルリじゃない。
それに今の私はとてもルリには会えない。ルリに対する後ろめたい気持ちで、もう押しつぶされそうだった。
「俺はここでいい」
ナルが言う。私は首を横に振った。
「ナルは……ルリのことを、忘れようと思わないの?」
「何で忘れるんだよ。忘れる理由なんてない」
ナルはそう言って顔を背ける。そんなナルを見たら、どうしようもない思いがこみ上げて、止まらなくなった。
「ナルはまだルリのことが好きなの?ルリのこと忘れたくないの?それなのに私と一緒にいるの?」
何も答えないナル。私は手を握りしめ、ナルの体を叩いた。
「ルリはもういないの!死んだのよ!忘れなくちゃいけないの!」
「そんなことない」
私の手をナルが握る。大きくて力強い、男の人の手。
「俺は忘れないよ。俺はルリのことを忘れない」
私は泣きそうな顔でナルを見る。ナルの温かな手が、私の手からゆっくりと離れた。