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運命の相手を見つけたから婚約破棄するというけれど、それは平民の振りした私ですから

作者: 里海慧



「俺は運命の愛を知った。だからお前とは婚約破棄する」



 三ヶ月ぶりに会った婚約者マリオン・コーデル様の第一声がそれだった。


 その三ヶ月前だって隣国から交易のためにやって来た第三王子一行を歓迎する夜会だ。


 コーデル様は警備担当の近衞騎士として、私は招待客である父たちの連れとして顔を合わせたにすぎない。エスコートだって従兄弟に頼んだくらいだ。目的である人脈作りに励んでいたので有意義だったけれど。


 一週間も前からこのお茶会のために、珍しい東方のお菓子を取り寄せたり、近衞騎士団に所属する彼のシフトを調べて体調に配慮したお茶をブレンドしたりしたのに。

 もともとそんな細かいことは気にされない方だったと思い出す。


 この婚約は血統が取り柄のコーデル公爵家と商売が得意な我がアッシュベル侯爵家で結ばれた政略的な要素の強いものだった。次男のマリオン様がアッシュベル家に婿にやってくる形で互いにないものを補い、今後の領地経営をさらに発展させるものなのだ。


「婚約破棄でございますか……? この結婚は政略的なものです。私たちの一存では決められません」

「父上には許可をもらってある。彼女にはこれから話す予定だが、俺の運命の相手だからすぐに新しい婚約者になるだろう」


 もう公爵様にまで手を回していたのね。まあ、この結婚は公爵家から打診してきたものだし、今まで融資して来た件も折り合いがついたのかしら?

 それならば、こんな風にお会いしなくても父を通してお伝えくださればよろしいのに。まったく時間の無駄だわ。


「かしこまりました。ではこれで失礼いたします」

「えっ、相手とか気にならないのか?」

「別に興味がございませんので」

「くっ、そういうところなんだ!」

「どういう意味でしょう?」


 どうして、もう他人になったうえに心変わりするような、好きでもない男のことなど考えなければいけないのかしら。私は慰謝料の請求やら今後の調整で忙しいのに。


「お前がそんな冷酷な女だから、俺はイオナの包み込むような優しさに惚れたんだ!」

「……………………今、何て? 誰ですって?」

「イオナだ! 平民ではあるが輝くようなストロベリーブロンドが華やかで、いつも懸命に働き苦労している。そんな彼女を支えたいと心から思ったんだ!」


 その聞き覚えのある名前に気が遠くなりそうだった。それにいくら公爵家の次男だといっても、平民の女性が妻になれるわけがない。身分が違いすぎる。思考が逸れそうになって問題はそこではないと気を取り直した。


「ああ……そうですか。では私は父に報告して参りますので失礼いたします」

「本当に最後まで可愛げのない女だ! イオナとは大違いだな! もういい、俺は彼女に求婚してくる!」

「さようでございますか。では」


 まあ、求婚したところで無駄ですけれど。

 だってそのイオナの正体は平民に扮した私フィオーナ・アッシュベルで、たった今()()()()()婚約破棄されたのだから。




     * * *




「お父様、マリオン……いえ、コーデル様に婚約破棄されましたわ。早急に慰謝料の請求をしてくださいませ」

「はあ!? どういうことだ? コーデル公爵からは何も聞いてないぞ?」


 屋敷の執務室にまっすぐやって来た私は、せっつくように父に報告した。コーデル公爵に許可をもらっていたのではなかったのかと疑いたくなるほど驚いている。


「イオナが運命の相手でそちらと婚姻したいそうですわ」

「まさかと思うが……あんなにわかりやすい変装に気がついてなかったのか?」

「そのようですわね」


 ひとり娘の私は後継者としての勉強のために、魔道具を使って髪色を変え平民に扮して現場に入りもう一年になる。


 ただ髪の色をプラチナブロンドからストロベリーブロンドに変えただけで、顔も体型も瞳の色もそのままだ。私を知っている友人たちですら何度か会えば気づいてくれたのに、婚約者だった彼は何度も会って話をしても気づくことすらなかったようだ。


 コーデル様が気づいていないということに、私も気づけなかった。だから今回のようなアホらしい婚約破棄が繰り広げられたのだが。


「しばらくは誤魔化しますので、早急に一括で慰謝料などを回収してください。でないと————」


 今まで融資してきた分の返済や、婚姻を前提に両家で進めてきた事業の見直しにかかる損害賠償、今回は先方からの一方的な婚約破棄だから慰謝料も含めるとかなりの高額になる。


「ああ、回収できなくなるな。しかし……フィオーナはそれでいいのか?」

「ええ、髪色を変えただけで私だと気づかないような鈍すぎる男を伴侶に迎えるのは無理です。ちょうどいいので、しばらくは経営や商売についての勉強に専念させてほしいですわ」

「わかった、そのように手配しよう」


 この婚約を決めた父は相手があんな見る目もない不誠実な男だったことに負い目を感じているのか、何の抵抗もなく頷いてくれた。


「もう男性の相手なんて面倒ですわ。それよりも領民たちが飢えないように経営や商売の勉強をしている方が堅実だし楽しいのよ」

「そうか……フィオーナが心を痛めていなければそれでいい。こちらのことは私に任せなさい」


 ニヤリと黒く笑う父を横目に、私は自分のなすべきことにスパッと気持ちを切り替えた。







 それからは今までよりもさらに実地訓練に励んだ。侯爵家の運営する高級レストランと宝石店でそれぞれ週二日に増やして店員として現場で学んでいる。


 一年前から始めてすっかり従業員とも打ち解けて、本音を語ってくれるようになっていた。その意見をもとに就労条件や職場環境の見直しに役立てている。


「イオナ! 九番のデザートと十二番の羊のローストだ!」

「はいっ!」


 今日はレストランでの勤務日だ。髪色をストロベリーブロンドに変え、パリッとした白いシャツに黒いスリムパンツ、膝丈の黒エプロンに赤いベストを身につけて、お客様に気を配りつつテキパキと仕事を片付けていく。


 この店は高位貴族から大手の商会長、城で働く上位文官や近衞騎士までやってくる高級志向の店舗だ。徹底した細やかな気遣いと優雅な微笑み、洗練されたスマートな動きでゆったりとお食事を楽しんでいただくのだ。


 厨房で出来上がったばかりの料理を受け取り、それぞれのテーブルへと運んでいく。九番テーブルはカップルでデザートと一緒に紅茶も出して、店の一番奥にある十二番テーブルへメインディッシュを提供した。


「お待たせいたしました。子羊の炭火ローストでございます」

「ああ、ありがとう。うん? このソースは?」

「はい、当店オリジナルのレモンとマスタードのソースでございます。お気に召していただけるとよろしいのですが」

「へえ、美味しそうだね。いただくとしよう」

「ごゆっくりどうぞ」


 このお客様はフェリス様といって最近よく来られる方だ。仕立てのいいサーコートを着こなして、いつも穏やかにお食事を楽しんでくださる。紫紺の髪が珍しくて一目で覚えた。優しげに細められる黄金の瞳がなんとも神秘的で素敵な男性だった。


 話し方も品があって仕草も優雅だし、もしかしたら交易で来たリトリアスの貴族の方かもしれないわ。もう常連様といっても差し支えないくらい贔屓にして頂いてるから、次回は何かサービスしようかしら。


 従業員たちは自分の裁量で大切な人や常連のお客様、記念日に決まってご利用いただくお客様などには利用金額の一割以下の範囲でサービスすることが許されている。他の店舗との差別化で始めたサービスだったけどお客様には好評だった。おかげで売り上げは右肩上がりで伸びていた。


「今日も素敵な時間を過ごせたよ。君が来てから格段に雰囲気が良くなったね。今度友人も連れてくるよ」

「そうおっしゃって頂けると嬉しいです。皆様に楽しんでいただけるよう精一杯尽力いたします。ご来店をお待ちしております」


 ご来店されたお客様が笑顔でお帰りになる瞬間がたまらなく嬉しい。このサービスだけでなく従業員の立ち振る舞いから教育し直したのだ。大変だったろうにみんな一生懸命ついてきてくれた。誰一人欠けてほしくない、大切な仲間だ。


 とてもいい気分でお客様をお見送りしたタイミングで、一番会いたくないお客様がご来店された。


「ああ、イオナ! 今日も俺のテーブルの担当を頼むよ」

「……いらっしゃいませ。コーデル様、大変申し訳ございません、あいにく私の担当テーブルは埋まっておりまして別の者が対応させていただいてもよろしいでしょうか?」

「は? なっ……」


 ついに元婚約者がやって来た。とはいっても仕事中なので笑顔は絶やさず、お断りの台詞をお伝えする。今までならどんな状況でも私が対応していたのだが、もう他人なのでそこまで無理する必要はない。


「なぜイオナが俺のところに来ないんだ! イオナじゃなければダメだ!」


 ところがコーデル様はまったく納得してくれなかった。声も大きく、このままでは他のお客様にもご迷惑がかかってしまう。ここは私が折れるしかない。


「大変申し訳ございませんでした。それでは私が担当させていただきます。どうかごゆるりと食事をお楽しみくださいませ」

「わかればいいんだ。いいか、俺の担当はイオナだけだからな」


 これで満足したのか、私に熱い視線を向けつつ大人しく食事を召し上がって帰っていった。心配してくれた従業員たちに謝罪して、次回以降も担当は私がやると伝えた。


 今まではイオナが私だと気づいたうえで秋波を向けていたのだと思っていた自分が本当に嫌になる。つい先日も会ったばかりなのにまったく気づかない元婚約者に、父を急かそうと固く誓った。




     * * *




 あれから二週間が経ち、今日は宝石店での勤務の日だった。


 朝から天気が悪くお客様は少なかったけど、フルオーダーが多かったため日販目標は達成できそうだ。

 宝石店では既成の商品だけでなく、フルオーダーも受付を始めてこれが意外と人気が出ていた。『世界で一つだけの宝物』というキャッチコピーが貴族の虚栄心をくすぐったのか、高額オーダーが後を絶たなかった。


 腕のいい職人を探したり、材料の確保をしたりと大変なことがたくさんあったけれど、数字として結果があらわれてるし何よりお客様の笑顔が励みになっている。


「ルイージさん、休憩ありがとうございました」

「イオナ、おかえりなさい! あ、あのね、例の貴族の方が来てるのよ……どうする?」

「そうですか……ありがとうございます、でも大丈夫です。店長ももう少ししたら納品から戻ってくると思いますし、私が対応します」

「そう? うーん、じゃぁ、側にいるから何かあったらすぐに教えるのよ」

「はい、ありがとうございます」


 いつもは店長とルイージさんと三人でお店を回しているが、この日はたまたまお得意様が注文したネックレスを店長がお届けに行っていた。

 今店内には元婚約者と他にふたりのお客様がいらっしゃる。そのうちのひとりに見覚えがあった。


 あら……あの魔導士のローブは、フェリス様?

 どなたかにプレゼントかしら?


 私がフェリス様に気を取られていると、ニヤニヤと笑う元婚約者が目の前にいた。あっと思った時にはもう遅かった。


「イオナ、今日はお前にプレゼントしたいと思って来たんだ。お前の好きなアクセサリーを好きなだけ選んでいい。どれがいいんだ?」

「いえ、お客様からそのような高額なアクセサリーを受け取れません」

「いいんだよ。俺はイオナに贈りたいんだ。これなんかどうだ? お前には真紅の宝石がよく似合う」

「いえ、本当に受け取れません。申し訳ございません」


 今日はやけにしつこく誘って来て困ったわね。まだ慰謝料やら何やら全額回収していないと聞いてるし……今バラしてまた婚約者になると言われたら面倒だから断るしかできないのが歯痒いわ!

 しかも赤い宝石なんて元婚約者(あなた)の瞳の色じゃないの。赤い宝石は今後一切身につけないと今決めたわ。


「なぜだ! イオナは黙って受け取ればいいんだぞ?」

「いえ、そういう訳にはいきません」

「ここで渡すのがダメなら、今度外で会おう! そこでイオナにプレゼントするよ」

「……申し訳ございませんが、そういったことには対応しておりません」

「なんだと!? 俺が誘っているのに断るのか!」


 何度受け取れないと言ったらわかってくれるのかしら? ここまでしつこいなら営業妨害で叩き出してもいいかしらね!?


 これ以上はお店の害になると口を開きかけた時に、何とフェリス様が声をかけて来てくれた。


「彼女を口説いてるところ邪魔して申し訳ないが、営業妨害になっているぞ」

「はあ!? 誰だお前は……っ!」


 そう言ってフェリス様に振り返ったコーデル様の顔色がサーっと青くなっていった。ハクハクと声にならない声を出している。


「どう……して、こちらに……?」

「それを君に説明する必要はない。それより私も客として彼女に対応してもらいたいのだが」


 ハッとした様子でコーデル様は「失礼しました」と直角にお辞儀をして店から出ていった。

 彼の様子からして、フェリス様はやはり隣国から来ている高貴な方の可能性が高い。そうでなければ近衞騎士であるコーデル様はあのように引き下がらないだろう。


「フェリス様、ありがとうございます。本当は困り果てておりました。それに、こちらにも来て頂いて嬉しいです」

「いや……私が君に接客してほしいのは本心だよ。このままお願いできるかな?」

「当然ですわ。本日はどのようなものをお探しですか?」

「そうだな……ある人に想いを寄せていて、求婚したいのだがその際に贈る指輪を選んでもらいたい」


 なんてこと! フェリス様には想い人がいるの!?

 こんな素敵な方に想われて、正直羨ましい。いやいや、私はアッシュベル侯爵家の跡取りとしてやらなければならないことが山積みなのよ!


 チクチクと心に刺さる棘は無視して、いつも以上に営業スマイルを貼り付ける。


「まあ、素敵ですわね! お相手の方もさぞお喜びになるでしょう」

「……本当にそう思う?」

「ええ、もちろんですわ。フェリス様は優雅で品があって、何より勇気と優しさにあふれた方ですもの。間違いありませんわ」

「そうだと……いいのだが」


 お相手の方を想って頬を染めるフェリス様が可愛らしかった。私には縁のないことと割り切っていたはずなのに、何故こんなにも胸がざわつくのか。

 指輪をオーダーするというので、デザインの見本帳を開きながら希望を伺っていく。


「君ならどれがいいと思う?」

「そうですわね……やはりフェリス様の瞳の色を入れたものが想いも伝わると思いますわ」

「ではこのイエローダイヤモンドを使ってほしい。君はゴージャスなものとシンプルなもの、どちらがいいと思う?」

「相手の方はどのような方ですの?」

「……まっすぐに目標に向かっていて、そのための努力を惜しまない。いつも他者のことばかり考えている優しい人だよ」


 想い人を語るフェリス様の瞳がとても優しくて、でもその奥に熱情を秘めていてドキリと心臓が跳ねた。

 フェリス様はこんな風に愛を伝えるのだろうか。元婚約者から向けられる熱い視線はまったく琴線に触れなかったのに、こうも違うのは何故だろう。


「ふふ、素敵な方ですわね。フェリス様にそんなに想われて羨ましいですわ」

「そうかな? 私の想いが届くといいのだけど」

「きっと届きますわ。私も精一杯お手伝いいたします!」

「ああ、頼むよ」


 余計な雑念を頭から追い出して、目の前の仕事に集中する。せめてここでオーダーしてよかったと思われるような出来上がりにしたい。急ぎだというので、少し無理をして五日後の納品をお約束した。

 そこで声をひそめてフェリス様が耳打ちするように囁いてきた。


「あと、もうひとつ大事な話がある。君と交渉したいのだが、いいかな? フィオーナ嬢」

「えっ、お気づきでしたの?」

「髪色のこと? 一目で気がついたよ。夜会でアッシュベル侯爵から聞いていて君の存在は知っていたんだ。侯爵に打診したところ君と直接話をしてくれと言われてね」


 ああ、確かにあの夜会では父が国内最大手の商会を運営しているから、リトリアスの方々とお話しされていたわね。私はまずは自分の基盤固めがしたくてあまり気にしていなかったけど。そこでお話をされたのね?


「まあ、そうでしたの。かしこまりました。では本日はもう時間も遅いですし、日を改めてもよろしいでしょうか?」

「もちろんだ。ではひとつ提案がある」


 そう言って交渉の場を指定された。一週間後に呼び出されたのは街のカフェで、ここで使われている魔道具の流通を我が国で増やしたいそうだ。


 話をしてみて頭の回転の速さと、スマートで細やかな気遣いのある立ち振る舞いに心を動かされる。フェリス様なら取引相手としても問題ないと、私が運営を任されていた商会で取り扱うことにした。


「それから……これを君に渡したかった」


 そっと出された物は私がオーダーを受注したあの指輪だ。


「これは……!」

「うん、私が密かに想いを寄せていた人のために作った指輪だ」

「え、でも、私……?」


 なんで、こんな展開になっているのかよくわからない。この指輪はフェリス様の想い人のために作った指輪だ。


「この前も話したけど、レストランで働く君が夜会で見かけた時と髪色が違ったから、何故だろうと観察していたんだ」


 そんな……観察されていたなんて! 恥ずかしくて顔を上げられないわ。確実に赤い顔になっているもの。


「どうやら平民に混ざってレストランの仕事をしていると気づいたら、今度は何故侯爵令嬢がそんなことをしているのか気になって……それから君を見ているうちに天使のような笑顔に心奪われ、気配りも機転もきいて……とにかくフィオーナのことしか考えられなくなったんだ」


 天使のような笑顔!? ちょっと、初めてそんなこと言われたけれど!? 大袈裟すぎよね!?


「婚約者がいると知って諦めようと思ったんだが、それが解消されたと聞いたから即行で帰国して、父に許可をもらってすぐに戻って来たんだよ」


 そ、そんな……すでに隣国のお父様の許可もいただいているなんて、どれだけ仕事が早いのかしら?


「フィオーナ・アッシュベル侯爵令嬢。あなたの真摯でまっすぐな瞳に、いつも周りの幸せを思うあなたの清廉さに心奪われました。私ルカフェリス・ディア・リトリアスの妻になっていただけますか?」


 フェリス様の言葉に私の心が震えている。


 こんなことはもう私の人生にやってこないかもしれないと、なんなら後継者は養子をもらってもいいかと考えていた。それくらい、一方的な婚約破棄は私に密かに影響を与えていたのだ。


 しかもこの方はなんと隣国の第三王子だった。あまりにも衝撃が大きすぎる。


「……あまりに突然で、混乱してますわ」

「そうだね、だけど今しかないと思ったんだ。アッシュベル侯爵には許可をもらっているからゆっくり考えて欲しいし、嫌なら断っても構わない」

「お断りできますの?」


 意外な言葉に恥ずかしくて俯いていた顔を上げた。

 フェリス様の金色の瞳がまっすぐに私を見つめていて、甘くとろけるような笑みを浮かべている。だが、口から出てきた言葉はそんな優しいものではなかった。


「うん、その場合は君が頷いてくれるまでアプローチするけれど」

「…………さようでございますか」

「それに私は第三王子だから婿に入れるし、婚姻すればリトリアスとの商売にも力添えできる」

「そう、ですわね」


 つまりは私が了承するまで諦めないし、結婚しなかったら私の商会との取引も怪しくなるということかしら? まあ、世の中そんなに都合のいい話ばかりではないわよね。



「何よりフィオーナだけを愛すると誓う」



 それは私が望んでも無駄だと諦めたもの。

 ただ一途に大切にしてほしかった。

 ただ、私だけを愛してほしかった。


「最後に……リトリアス王族の愛は重いから覚悟して。イエスなら私をルカと呼んでほしい」


 妖艶に微笑むルカ様に、もう逃げられないと悟る。

 でもそんなに深く愛してくれるなら、それこそ本望だとそっと頷いた。

 何より私もすでにルカ様に心を奪われていたのだから。




     * * *




 後日私はルカ様に呼ばれて登城した。何か考えがあるのか、ルカ様の指定でストロベリーブロンドの髪だ。普段見ないような黒い笑顔だったから、少し不安ではあるけれどルカ様を信じることにした。


「えっ……イオナ!? イオナじゃないか!」


 近衞騎士であるコーデル様はこの日は出勤日だったようで、運の悪いことに見つかってしまった。


「コーデル様、お久しぶりでございます」

「突然レストランにも宝石店にも来なくなったから、心配していたんだ。よかった、元気そうだな」

「お陰様で。それでは約束の時間に遅れますので失礼いたします」

「ま、待ってくれ! 俺はイオナが好きなんだ! 俺と結婚してくれないか!?」


 お店に顔を出さなくなったのは、現場での実地訓練がひと段落したからだ。

 それよりも何故この場で求婚してくるのか意味がわからない。


 そもそも平民であるイオナが何故ここにいるのか考えてないのか? 今着ているドレスも平民の給料では買えない物だけど、それでも私が平民のイオナだと信じて疑わないのか? そもそも今この人は勤務中ではないのか?


 周りの注目を集めて訳のわからないことを言っているコーデル様に、もういいと思った。

 幸い父からもバラしていいと許可をもらっている。公爵様は支払いを待ってくれと打診してきたそうだが、突っぱねて回収しきったと言っていた。


 おもむろに液体の入ったスプレー型の容器を取り出して吹きかけ、髪色を元に戻していく。ストロベリーブロンドからプラチナブロンドへ。

 ありのままの私の姿へ。


「えっ、なん!? フィオーナ!?」

「気安く名前を呼ばないでもらえるかしら? あなたはもう婚約者でも何でもないのですから。コーデル様」

「いや、それなら婚約を結び直そう! だって俺が惚れたのは結局フィオーナなんだから!」

「何をおっしゃってますの? 自分の婚約者の髪の色が変わったくらいで気がつかないような男は断固、お断りいたしますっ!! それにレストランでも宝石店でもご自分の主張ばかり通して、周りに配慮できない方などちっとも心惹かれませんのよ!!」


 やっと言えた本心にスッキリだ。ずっと言ってやりたかった。


「ぐっ……生意気な! いいからお前は俺と一緒に来ればいいんだっ!」

「いやっ!」


 何も言い返せないコーデル様が私を連れ去ろうと手を伸ばしてくる。

 その手を振り払うように、たくましい腕が私を抱き寄せた。


「おい、私の婚約者に触るな」

「ルカ様!」

「えっ? どういう、ことだ? なんでフィオーナが……第三王子の婚約者!?」


 背中に感じるルカ様の温もりに安堵しつつ、これが目的だったのかと理解した。多分完璧にこの元婚約者を排除したかったのだ。

 そういえば何日か前に、


『私のフィオを悲しませたうえに言い寄ってくる奴なんて、放置していたらダメだよね』


 とただならぬオーラをまといながら言っていた。


「そうだ。だから問題なのは私のフィオに言い寄ったうえに、お前の汚い手で触れようとしたことだ」

「っ!、いや、それは……も、申し訳ございません……ですが、フィオーナはもともと婚約し————」

「私の婚約者を気安く名前で呼ぶな」

「はっ、申し訳ございません!」


 ルカ様の機嫌が氷点下まで下がったところでコーデル様の父である公爵様が駆けつけた。城で要職についているから誰かが報告したのだろう。慌てた様子で顔色も悪い。


「マ、マリオンッ! 何をしているのだ!?」

「父上!」


 ご子息を一瞥してすぐにルカ様に事情を尋ねた。


「これは……ルカフェリス殿下、愚息が何かしましたでしょうか?」

「そうだな、私の婚約者であるフィオに触れようとしたうえ、フィオーナと名を呼び捨てにしている。しかも私の命より大切なフィオを連れ去ろうとしていたな。この国ごと滅ぼされたいのか?」

「そ、それは誠に申し訳ございませんっ! 愚息マリオンは、この場で廃嫡として騒ぎを起こした責任をとって近衛騎士団も辞職させます!」


 ルカ様は隣国とはいえ王子なので公爵家よりも立場が上になる。しかも隣国リトリアスの方が遥かに国力が上であり、ルカフェリス様を筆頭に優秀な魔導師を多く抱えているので戦争したところで惨敗するだけだ。

 元婚約者のやってきたことを考えると、コーデル公爵の判断は妥当なところかと思われる。


「……フィオ、どうだ?」

「ルカ様が納得されたのなら、それでよろしいですわ」

「そ、そんな……」


 愕然とした様子でコーデル様は膝をついていて、やがてやってきた騎士たちに引きずられ連れて行かれた。それから私の前に姿を見せることはなかった。


 そうして国王陛下に謁見してルカ様との婚約を報告し、華やかな結婚式も多くの人たちから祝福を受けた。私はルカ様の愛に包まれて幸せな毎日を送っている。


 後継者としての準備も順調に進んでいた。ルカ様と出会ったレストランと宝石店は私が運営することになり、従業員たちは驚いていたけど私をオーナーとして快く迎え入れてくれた。

 魔道具を流通する商会はルカ様の協力もあって規模を拡大して侯爵家の筆頭稼ぎ頭になっている。




 ただ、ひとつだけ誤算がある。

 リトリアス王族の、つまりルカ様の愛が思ったよりも深く、その甘い愛にデロデロに溶けそうだということだ。




ここまで読んでいただきありがとうございます♪︎♪︎(*´▽︎`*)

もし、

『スッキリした!』『面白かったよー』

『我慢はダメよね』


と思われましたらブックマークや↓の☆☆☆☆☆で評価していただけると、とっっっっても嬉しいです。

うむ、いいんじゃないか?→★★★★★

まあ、頑張れよ→★

など皆さまのお気持ちで★をいただけたら大変ありがたいです。


また先日完結した長編のお話や他にも短編がありますので、読んでいただけると嬉しいです(*ฅ́˘ฅ̀*)♡︎

↓のリンクから作品ページにジャンプできます。

何卒よろしくお願いします<(_"_)>ペコッ

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[良い点] マリオンの愛らしいほどのマヌケぶり。 ( *´艸`) 彼のマヌケがないとルカフェリスが際立ちませんもん、必要マヌケ(必要悪的な)。 マリオン頑張れ!
[気になる点] 結局、顔や性格は同じでも髪色が違うだけで良かったなら、ストロベリーブロンドの女性で同レベルの美貌なら誰でも良かったのでは?接客時の営業スマイルに惚れたのかもしれないけど。
[良い点] 正体隠して(ばれないとはいっていない)一人だけ気がつかない、伝統芸能みたいなもんですが ちゃんと仕事に役立ててるフィオーナ素晴らしい、そのうち知らない従業員とかからも告白されてたかもw […
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