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ウサギの結末

 追いつめられた僕は、なんだか感情が溢れてきた。


 「うわあああん、助けてぇええ! お母さあああん!」


 もうどうしようもない。お父さんすら敵だったんだから。でも、泣いたらまたあの優しい声が聞こえてきた。


 「ヒロシ、お父さんが悪かった。だから泣かないでくれ。そうだ、飴をあげるから大人しくしてね。鉛の飴を!」


 引き金を引く音がした。


 「ヒロシ、幸せになりたいだろ? 静かにしないから、オオカミが来ちゃったじゃないか。オオカミはね、鬼八っていうんだよ。泣き虫ウサギに銃口を突きつけてるよ」


 「お、お父さん。静かにします」


 何故だろう。お父さんは恐怖の対象なのに、優しい声を聞いたらまだ味方だと思ってしまう。


 「いい子だぞ、ヒロシ。そのまま静かにしててくれ」


 袋が移動しているのがわかる。汽笛がものすごく近くで聞こえた。


◇◇◇


 僕が目を覚ましたら、知らない名前の駅にいた。木で造られた駅の中には人っ子一人おらず、片隅の床に僕は仰向けでいる。立って僕を見下ろしてるのは左に黒い浴衣を着て髪を逆立てた男、右に法被姿のお父さん。安心した僕は立ち上がり、


 「お父さん、ここはどこ?」


 しかし無視された。代わりに答えたのはーー

 「残念だったな、小僧」


 髪を逆立てた鬼八が、眉間に銃を突きつけてきた。や、やっぱりお父さんも敵だ……。どうしようもないほど、尿意が沸き起こる。引き金は後ろに倒れてる。このまま眉間に穴があいて、無残に殺されるんだろう……。た、助けて! 誰でもいいから助けてよっ!


 「おいっ、鬼八! 何やってんだ!?」


 お父さんが銃を奪ってくれたっ! やっぱり、やっぱりお父さんは味方だったんだ!


 「やめろ、鬼八! ヒロシはな、実のお父さんが戦死してるんだぞ。可哀想なんだよ。だから、新しいお父さんとお母さんの下へ連れてってあげてくれ」


 「わかった、戦争で男子不足。後継者は金で買う時代だ」


 鬼八から札束を渡され、冷たく笑うお父さん。新しいお父さん、お母さんって何? 何を言ってるの?


 「いってらっしゃい、ヒロシ。君には買い手がついた。この近辺に住む新しいお父さんとお母さんが、可愛がってくれるからね……」


 「嫌だっ、嫌だーっ!」


 「なんで嫌がるんだ? ヒロシはさっき言ったじゃないか、ウサギが好きになったって。ヒロシと似てるんだろ、ほらオオカミから銃を奪ってやった! あとはウサギと同じだ! 地方で幸せになれる!」


 「同じじゃないよっ! それに僕はお母さんと一緒にいた方が幸せだっ!」


 「お母さんはうるさいんだろ? 新しい両親の方が幸せになれるって」


 「し、知らない人は怖いよう……」


 銃弾が天井を貫いた!


 「言うこと聞けよ、ヒロシ。殺すぞ!」


 恐ろしい言葉の後に浮かんだ笑顔は目が思いきり開かれて、口も裂けるほど横に伸びていた。お父さんが構えた銃の焦点は、僕の心臓だ。


 な、なんでなのっ! どうして僕だけこんな目に!


 恐れおののく僕の眼前で、突然お父さんと鬼八は撃たれて蜂の巣に。仰向けの2人は、身体の各部からわき水みたいに血を吹き出して動かなくなった。


 駅入り口の引き戸が開け放たれ、何故か割烹着姿のお母さんが入ってきた。


 「お母さん!」


 「ヒロシ、よかった! 紙芝居のおじさんね、近所で評判悪いから心配になって……。あんたをつけてきて正解だったよ!」


 「あの2人、どうやったの?」


 「戦死したお父さん、陸軍曹長だったの。戦功の褒美として、ガトリング砲を与えられたのよ! 近所のおじさん2人を籠絡(ろうらく)……いや協力してくれたから、袋に入れてここまで運んだの。男児不足の今、大袋を誰も(とが)めないからねぇ……」


 「お母さん、お母さあああん! うわあああん!」


 安心したら、急にお母さんの肌が恋しくなった。だから飛び付いたんだ。お母さんも抱き返して、


 「無事でよかったよ、あんたのためなら例え地獄でも! そして、あんたを苦しめた奴を残酷に殺してやるのっ! ふふふっ」


 お母さんは笑っている。その笑顔は目が思いきり開かれてて、口も裂けるほど横に伸びていた。

 ご拝読ありがとうございました。

 作中に登場するルンペンという言葉はボロ切れを意味する浮浪者の差別用語ですが、昭和の雰囲気を表現するため、あえて使わせていただきました。



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