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気が付けば手遅れ  作者: WM
6/10

ただいま?

長時間の移動とかさばる荷物に辟易としながらゲートを超えると見慣れた男が声をあげた。


「おかえり上田!」

「ただいま!わざわざ空港まで迎えに来てくれてありがとな」

「いいんだよ、ほら荷物かせよ」


たった一か月、されど一か月、フランスでの短期留学を終え帰ってきた日本。見慣れた男の笑みにほっとする。

ありがたいことに空港まで迎えに来てくれた瀬田がそのまま自宅まで友人に借りてきたという車で送ってくれることになっていた。


「念願の留学はどうだったよ、ちょっとは喋れるようになった?」

「うーん、自分がいかに勉強不足かってことは身に染みたよ。」

「ふーん?まあ短期だったらそんなもんか」

「長期で行けたらよかったけどね、そこまでバイトに費やす時間はとれないや」


ただでさえ大学へ通うのに奨学金を借りてる身だ、留学費用をためるのに大学1.2年の休みはほぼバイトに費やされた。

それでも念願のヨーロッパでの実地研修や語学勉強は社会科の教員を目指す自分には相当な刺激と収穫を感じ、満足のいくものだった。


ただ、ここ2年間そばにいた瀬田とこんなに離れていたのは初めてのことだったので、ひさびさの再会になんだかそわそわとしたものも感じる。


大学で再会するまでもう二度と会えないものだと思っていた友が、こうして今や頼れる親友となったことは気恥ずかしくて普段言葉で伝えたことはないが、とてもうれしい。

この関係は心地よい。ただ少しばかり瀬田の整いきった顔立ちと自分に対する甘やかし加減にドギマギしてしまうこともあるのだが。


留学の思い出を話したり、不在の間のゼミの様子(なんと念願かなって希望の教授のゼミに入ることができた!)を聞いていたが、疲労がたまっていたので上田はいつの間にか助手席で寝てしまった。


ゆさゆさと揺さぶられる感覚に意識が浮上する。

「上田、起きて。ごめん、家どこかわかんなかったから、とりあえずうちに連れてきちゃった。もう泊ってけよ。」

「ん、いや、わるい、おれねちゃったな。せっかく送ってくれてんのに。」

「いいよ、もう遅いしどうせ明日も休みだから。疲れとってから帰れば?」


瀬田の家についているのにまた車を走らせて自宅まで送ってもらうのは気が引ける。そしてなにより車での睡眠だけでは疲労が回復していないのでいち早く布団で横になりたい。そう思い瀬田の提案に甘えることにした。


荷物は車に残し、瀬田が敷いてくれた布団に横になり、夢うつつで瀬田を見る。

視線に気づき、なに?と言いたげに瀬田がこちらを見つめ返した。


「瀬田、優しすぎ。俺ダメになりそう。でも、ありがとう。」

むにゃむにゃと半ば眠りかけながらもこれだけはと感謝を伝える。

瀬田はふっと笑って、いいからもう寝なとだけ言って明かりを消した。



その夜、上田は保護所を去った日の夢を見た。


幼いなりに考えた完璧な計画。これで大丈夫だと安心しきっていた。

その後、数年間会えなくなるとは思いもしなかった。


引き取り先が見つかっていざ面談となったその時、上田は体調を崩し大部屋から個室へと移されていた。

面談に来た親戚は長い間一人で不安だったろうと上田のことを抱きしめ、涙を流した後、君さえよければ私たち夫婦の元に来てくれないかと提案してくれた。

あぁ、少なからず血がつながっているとはいえ、見ず知らずの、突然湧いて出たような子どもに、こんなに親身になって涙を流してくれるなんてとんだお人よしだ。けれど、この人たちの元であれば付いて行ってもいいのかもしれない、そう思った上田は夫婦の提案にうなずいていた。


こうして無事、引き取り先が決まったはいいものの元々の体調不良とこれからの不安で上田は再び熱を出して寝込んだ。


そして寝込んでいる間に保護所を退所する日となってしまった。


数日間大部屋から移され、退所先も決まった上田を改めて部屋に戻すのは、ほかの子どもたちへのいらぬ刺激になるだろうと保護所の職員が判断したため、上田は退所の日まで大部屋に戻ることはできなかった。


そうして上田が施設を立つその日まで、上田の退所は上田にも保護所たちの子どもたちにも内密にされた。


面談から数日たち上田の具合もよくなってもう大部屋に戻れるだろうと思っていたある朝、上田は施設の玄関先に呼び出された。そして大部屋から引き揚げられてまとめられた荷物を職員が玄関先で上田に渡しながら、こう言った。

「今までとても大変だったのによく頑張ったね。引き取り先でも元気でやるんだよ」


そう言って施設を出るように背中を押す職員に上田は啞然とした。

そんな唐突に退所を告げられるなんて思いもしなかったのだ。

瀬田に一言告げなくてはならないのにと焦る上田をよそに、じゃあ元気でやっていくんだよ、そう言って背中を押されるさきには、送迎用のタクシーが止まっていた。


なすすべもなく背中を押され施設を出ようとした上田の背後でガシャンと大きな音がした。


見ると庭のフェンス越しに瀬田が職員に取り押さえられながら必死にもがいている。

どこで上田の退所を知ったのだろうか、瀬田が叫ぶ。


「嘘だっ、許さない!行くな!いくないくないくな!!!なんでそんな急にそいつを連れて行くんだ!」

「せっ瀬田っ!」

駆け寄ろうとした上田を横に立つ職員がぱっと抑える。


「約束したじゃんか!許さない!許さない許さない許さない!勝手に僕を置いていくな!上田っ!!!」

瀬田はフェンスを越えようと髪を振り乱し職員に抵抗していた。

少し高慢ですましていたいつもの余裕はなかった。

怒りで顔を真っ赤にしながらも、瞳は潤み、のどを嗄らさんばかりに叫ぶ悲痛な姿に上田は身が引き裂かれるような思いで叫び返した。


「瀬田っ、ぼく、ごめんっ!必ずまた会いに戻るからっ!」

尋常じゃない様子の瀬田からいちはやく上田の姿を隠そうと、保護所の職員が上田をタクシーに押し込む。


「瀬田っ、瀬田、ごめん」


タクシーが動き出してからも上田は涙が止まらなかった。

連絡先を伝えることもできず分かれることになるなんて。

瀬田を裏切ってしまった、その罪悪感で胸が潰れてしまいそうだった。


それから最寄りの駅に着き、新たな保護者に泣き顔を心配されつつも迎えられ、電車を乗り継ぎ、新たな土地での再スタートとなった。


けれどなんとか瀬田に居場所を伝えなくてはと思っていた上田は、数日後、学校をさぼり、なけなしの小遣いをかき集めて電車に乗った。

まだ保護者との関係性もできていなかったし、このことがバレて新たな家に受け入れてもらえなくなったらどうしよう、そんな不安が渦巻いて青ざめたが、それ以上に瀬田のことが心配だった。


帽子を深くかぶり、保護所の部屋から死角になっている方角からそっと庭のフェンスに近づいて様子をうかがう。そろそろ午後の自由時間になるはずだから、庭に子どもが出てくるのだ、職員に気づかれないよう子どもに声をかけ瀬田を呼んでもらおう。


自由時間になり、子どもたちが庭に出て遊び始める。ちらほらと見える職員の姿にはらはらとしながらもなんとか近くにいた顔見知りの子どもに声をかける。


「しっ静かにっ、なあ瀬田を呼んでくれないか?」

「えっ!?う、上田くん戻ってきたの!?」

「そうだよ、なぁ大人に気づかれないうちに瀬田を呼んでくれよ」


バレたら一巻の終わりだ、呼吸が浅くなり、心臓がバクバクと音を立てる。


「お前、すごいよ、度胸ある。けど、遅かったな…」

早くしてくれと焦る上田に保護所の子どもは憐れむような視線を向けた。


「瀬田はもういないんだ、お前が出て行ってから数日荒れて静養室送りになってたんだけど、昨日あいつもどっかに出さちゃったんだよ。」


ひゅっと息をのむ。あと一歩遅かったのだ。


「そう、か、悪い。ありがとう…。」


なんとかお礼だけ言ってフェンスから離れる。もはやここまで、お互いの居場所を告げる手段はなくなってしまった。


別れ際の瀬田の姿が脳裏をよぎる。怒り悲しみ苦し気に呻きもがいてた瀬田。

慣れない施設生活と受け止めきれない両親の死に心を閉ざしていた上田を受け止めてくれた優しい瀬田。


なんの恩返しもまだしていないのに。

瀬田がいない夜は暗くて寒くて心細くて堪らないというのに。

そしてそれは瀬田も同じなのではないか、深く冷たい夜をどこで過ごすというのだろう。


再び電車を乗り継いで新たな家へ帰ると、学校から上田が登校してこないと電話をもらった保護者が心配したのだと言って上田を抱きしめてくれた。ごめんなさい、とその胸に抱かれながら上田は涙した。


神様どうか瀬田にも、瀬田の身を案じて抱きしめてくれる誰かがいますように。そう願わずにはいられなかった。




朝日を感じて身じろぎ、ゆっくりと瞼を上げると、一か月ぶりの瀬田の匂いがした。

なにやら寝ぼけてベッドから落ちたのか、いつも別々に寝ている瀬田が上田と同じ布団で上田の頭を抱えたまま寝ていた。瀬田の腕から抜け出し、体を起こし伸びをして朝日を浴びると今まで見た夢が早くも薄れていく。


まだ夢うつつな瀬田を見下ろしながら、そういえば昨日、車で迎えに来てもらってそのまま泊ったんだったと思い出し、手持無沙汰で瀬田の頭をなでる。相変わらずさらさらキューティクルヘアだな。


「んんん、おかえり」

そう言ってまだ眠たそうに上田の腿に頭をこすりつけてくる瀬田を見て、なんだかくすぐったい気持ちになりながら上田も返事をした。


「そこはおはようじゃないかな、ほれ起きろっ!休みだからってだらだらするなよ」


もう何の夢を見ていたかもう覚えていない。けれど寝ぼけ眼をこする瀬田を見てなんだかほっとした気持ちになったのだった。


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