計画?
瀬田が保護されている事情は親のネグレクトが原因のようだった。
「あんなの親じゃないし、面談も受けない。」
そう言ってケースワーカーの提案を突っぱねる瀬田の目は冷たかった。
親がこの世に生きている、会おうと思えば会うことができる。そんな瀬田を羨ましく思ってしまう反面、親が生きているのに愛情を注がれないというのはどんな思いなのだろう、と密かに考えていた上田だったが、親の話題はお互いの傷をえぐるようで話す気にはなれなかった。
日中はそれなりに話したりたまにはボードゲームやカードゲームを一緒に過ごし、みんなが寝静まるころになると交互にお互いの布団に潜り込んで眠った。瀬田にとっても上田にとってもお互いが心のよりどころだった。
安心毛布のような刷り込みができて上田は瀬田がいないと眠れなかった。たまに保護所の子どもたちのメンバーに新入りが入ると、新入りが夜遅くまで起きていることがあり、そんなときは布団の移動ができず決まって寝不足になった。
一度、夜中に起きた他の同室者に一緒に寝ていることがバレ、日中そのことについてからかうようなことを言われた。なので夜中だけでも瀬田離れをしようと瀬田に提案したことがあった。
すると翌日、瀬田は反省室行き、からかってきたやつは医務室行きになっていた。
戻ってきた二人に事情を聴こうにも瀬田は話をはぐらかし、からかってきたやつからは避けられ、結局何があったのかわからないまま、また一緒に寝ることになった。
「おかえり」
「ただいま。あれ?上田ちぢんだ?」
「んなわけあるかよ!なぁ、お前何やったんだよ。僕すごい避けられたんだけど。」
「ん~。おこちゃまが知るにはまだ早いよ」
「いや同い年だろ。」
「はいはい、もう少し大きくなってからね。はい牛乳飲んで。」
「いやそれお前の牛乳押し付けたいだけだろ。」
瀬田とやいやい言いながら朝食を終えて大部屋に戻る。
戻る最中、子どもたちがヒソヒソと噂している様子からまた誰かこの施設から出ていくらしいことがうかがえた。
「なぁ、次はだれが出ていくんだろうな。」
「さぁね、どうでもいいよ。」
「けどさ、僕たちもそのうちどこかに行くことになるのかな…。」
施設の子どもたちの入れ替わりはわりと多かった。ここは一時的な保護所であって、次の施設や家へ戻るまでの中継地点であり、この場で瀬田と上田がずっと一緒にいれるわけではないことは上田も薄々理解し始めていた。
一応の限度は2か月ほどと定められているようだったが、2,3日で出ていく子や1年以上いる子、施設から脱走し3か月ほどするとまた保護されて戻ってくる子などパターンは様々であった。
「そうだね、そろそろ僕たちも次の移動先が決まった時の連絡手段を考えようか」
そうして僕らはケースワーカーから次の移動先が伝えられた際の連絡手順を練りだした。
いらぬトラブルを避けるためだったのだろう、保護所では住所や移動先を教えることが禁止されており、筆記用具は勉強時間中にしか与えられなかった。
それでも子どもたちはここで得た繋がりを残そうとひっそりメモを部屋に忍ばせておくなどしては職員に見つかり叱られて破棄されているのを見たことがある。
「上田はどんくさいから、筆記具をパクるのは僕に任せて。」
「う、むかつくけど、できる気もしないから任せるわ。メモの受け渡しはどこでする。」
「就寝時間に直接渡せるのが一番いいんだけどね。」
「うん。けど突然決まって起こしてる暇がないかもしれないから、置き場所も決めておこう。」
「部屋もトイレも移動可能圏内は基本的に掃除が厳しいから難しいね。けど急な移動が決まったとして、荷物をまとめるために一度は就寝用の部屋に戻れるはず。隠すなら面談部屋から就寝部屋までの動線上だ。」
「だとしたら大人の目が外れるのは就寝部屋しかないな。けど大人のチェックが一番厳しいのもここだ。工夫しないとね。だからどちらかが去ることになったら部屋の掃除が入る前に一番に隠し場所をチェックしよう」
「わかった。じゃあ就寝部屋のタンスの引き出しの側面にメモを貼るのはどう?」
「上田冴えてるじゃん、決まりだ。」
僕たちは真剣だった。秘密の計画に先の見えない不安をつかの間忘れてドキドキと胸が高鳴った。
翌日から瀬田は筆記具の調達を始めた。学習中の隙を見て、高学年のシャープペンシルからシャー芯を一本拝借し、自由時間に普段だれも読みもしないような本を3㎝ほど破いたメモを用意し、散歩の際に玄関に貼られたポスターの裏からテープをはがして、就寝時間にそれらをまとめてタンスの引き出しの奥のほうの側面に張り付けた。
すべてがそろった時、これで大丈夫だと報告してきた瀬田に上田は思わず抱き着いた。
「ありがとう。お前、すごいよ。本当にこんな短期間で全部そろえてくるなんて。」
「まぁ、ね。これでもし移動することになってもまた会える。必ず。」
「うん。やりとげよう。」
瀬田も緊張が緩んだのだろう。翌日初めて瀬田は上田より後に起きた。いつもみんなが起きる前に瀬田は目を覚まし、元の布団に移動しなおしていたのに、その日起きると上田の頭は瀬田の胸に抱えられたままだったのでずいぶん驚いた。
瀬田がんばってくれてたもんな。ありがとう。
そっと腕から抜け出しもう一枚の布団に戻ろうとすると瀬田からくぐごもった声が聞こえ振り向いた。
「待って、いかないで、上田。」
見るとまだ目をつぶったままの瀬田が上田のパジャマの裾を掴んだまま苦しそうに寝言を言ってる。
「瀬田、大丈夫だよ。ここにいるよ。」
そうささやき返すと、安心したように瀬田の手が緩んでするりと裾が離れた。
瀬田の胸に身を任せて泣いた上田のように、瀬田が泣き言を言ったことはなかった。けれど毎晩一緒に寝るその時間、日中きりりとしている表情が腕に包まれて見えなくなったあと、瀬田はどんな顔をしていたのだろうか。
もしかしたら瀬田も泣いていたのかもしれない。そう思った上田は自然と瀬田の頭をなでていた。さらさらと流れる黒髪の触感が気持ちよかった。
「瀬田、なぁ、僕がいるよ。もう大丈夫だよ。」