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気が付けば手遅れ  作者: WM
4/10

約束?

許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない

絶対に許さない


僕以外いないくせに

もう誰もお前の一番なんてみんないなくなっちゃたくせに

許さない

僕だけを置いてどこかに行くなんて

そんなの絶対に許さない

許してなんてあげない






保護所には男女合わせて15人ほどの子どもたちがいた。同じ大部屋で過ごした子どもたちとは別に幼児は別の部屋に分かれていたから合わせるともう少しいたのかもしれない。


あの日の電話で、両親の事故が知らされて、冷蔵庫のプリンは食べられることのないまま上田は児童相談所一時保護所の預かりとなった。


今思えばあれが最後に食べることができた母の手作りプリンだったのだから一口でも食べておきたかった。


個室を与えられて何日か過ごしたが、なかなか引き取り先が決まらなかったためそのまま保護所で集団生活している子どもたちと合流することになった。


集団生活を送る子どもたちは日中は大部屋で勉強をしたり散歩をしたり自由時間には各々遊んですごしていた。そして夜になると男女分かれ数人ずつ同じ部屋に布団を並べて寝ることになっていた。


保護所の子どもたちと合流してから1週間ほどたっても、上田は馴染むことができないままだった。2,3日は声をかけて遊びに誘ってきた子どもたちも反応の薄い上田に飽きてしまいもっぱら昼寝をして自由時間を潰していた。


瀬田が話しかけてきたのはそんな時だった。

部屋に並べた布団に横たわったが眠ることができずそのまま天井を眺めていると隣から声をかけられた。


「ねぇ、寝られないの?」


「うん、昼に寝すぎたみたい」


「こっちおいでよ」


「だめだよ、しゃべってるところを見つかったら注意されちゃう」


「じゃあ黙ってればいい」


そう言った瀬田は布団をめくって見せてひっそりとほほ笑んだ。

瀬田の顔立ちの良さは今では憎たらしいが、この頃は幼さもあって少し微笑めば天使のようだった。


上田が布団から動けずにいると、ふるりと体を震わせた瀬田がこのままじゃ風邪をひいてしまうよ、君のせいだよと小声で言い募る。

このまま瀬田に責められていては同じ部屋の子どもたちが起きるか、見回りの職員にばれてしまうかもしれない、しかし移動しているのが見つかっても叱られる。


「うわっ」


「もう!遅いよ」


どうしようかと悩んでいるとしびれを切らした瀬田が自分の布団から抜け出して上田の布団に潜り込んできた。


「な、なに急に…」


保護所の生活で周りの子どもたちから浮いていた上田だったが、瀬田も他の子どもとつるんでいる様子はなかった。

そんな瀬田がなぜ急に上田に話しかけてきたのだろう、しかもこんな強引なやり方で、そう思い瀬田をみた上田だったが瀬田の答えはこうだった。


「しゃべってたら注意されちゃうんでしょ、寝なよ」


そう言うと布団に潜り込んできた強引さと同じように、上田の頭を胸元に抱き寄せ戸惑う上田をよそに瀬田はさっさと目をつぶってしまった。


それ以上なにか問うことも瀬田を追い出すことも、これ以上騒いだらさすがに誰かに気づかれてしまうと思った上田は諦め目をつぶるしかなかった。


よく朝目を覚ますと周りの子は布団を畳み、着替えを済ませたあとだった。


「上田君が寝坊するのはここにきて初めてだね」


そう言って起こしてくれた指導員の言葉に、そういえばあの日からこんなにぐっすり眠れたのは久しぶりだなと思い出した。


それから瀬田になにか言われるのかとそわそわして日中をすごしたが、瀬田が話しかけてきたのはまたしても夜中のことだった。


「ねえ、起きてるんでしょ。」


返事をしたらまた騒がれるかもしれない

そう思った上田が寝たふりをしながらうっすら目を開けると、再び布団から這い出た瀬田が上田の枕元に座り込んでこちらの顔を覗き込んでいた。


「ひっ」


予想外に近くであった目線から逃れるように布団を目元まで引き上げたが、乱暴にはがされる。


「僕を無視しようだなんていい度胸だね」

そう言った瀬田はさっと静かに上田にまたがり首に手を伸ばした。


「わっわっ、嘘、ごめん」


ひんやりとした手がやんわりと首を絞めたとたん、背筋にぞわりと悪寒が走った。

慌てて布団をめくると、最初からそうしろよというような文句ありげな視線と共に瀬田が潜り込んできた。


「なんでまた…」


「なんでなんでって君は聞くのが好きだね。いいよ、僕は寒いのが苦手なんだ湯たんぽの代わりだよ。」


「そんな、あ、おい」


さっさと目をつぶってしまった瀬田にまたしてもそれ以上何も言うことができず、その日も上田は諦めて目を閉じた。


そんな夜が一週間ほど続き、謎の行動にしびれを切らした上田は日中の自由時間に瀬田に話しかけることにした。


相変わらず周りに馴染めていない上田だったが、ここ一週間瀬田の様子をうかがってわかったことがある。

瀬田も上田と同じように周りの子どもたちとつるんで過ごさず、日中は物静かに読書をしていることが多いようだ。


職員に話しかけられれば簡潔に受け答えをしてはいたが、子どもたちからはどこか避けられてすらいる気がした。誰ともなれ合うことなく過ごしている瀬田は、夜に見せる表情とは違ってずいぶんと大人びて見えた。周りを伺いつつ控えめに過ごしている上田とは違って、堂々と一人で過ごしている。


話しかける機会を伺いつつ、何故だろうとその涼しげな横顔を除き見ていると本から顔を上げた瀬田と目が合った。


思わずパッと目を逸らしてしまう。


日中は話しかけてこないのになぜ毎晩布団に潜り込んでくるのか、なぜ自分なのか、瀬田は何を考えてるのか。

聞かなきゃと思うのに、あのきれいな顔に面と見つめられるとまごついてしまう。あんな強引でわがままなふるまいをするのに、どうしてかそのままでもいいような気がしてしまう。


どうしようかとそのまま顔を伏せているとふっと手元が陰った。


「いつ話しかけてくるのかと思ってたのに一週間も覗き見なんて、君なかなかむっつりだよね」


「むっつり!?」


「いいよ、もう僕から話しかけてあげる。言いたいことがあるならどうぞ。」


なんで僕なの、そう聞くつもりだった。


けれど瀬田の高慢な態度とそれも似合うツンと澄ました顔を前にテンパった上田は考える前に口を開いていた。


「寂しくない?」

「はぁ?」


瀬田の目が吊り上がる。言いたかったことと関係ないことが口をついて出てしまった上田は慌ててさらに口をひらいた。


「や、あの、僕は寂しかったから、いま周りに友達ないし!」


「でもここにいるほかの子ともうまく話せないし!」


相変わらず険しい顔でこちらを見る瀬田にどっと汗がにじんできた気がする。


「いや!ちがうんだ、瀬田が寂しそうに見えたとかじゃなくて!」


「つい!あの、だって、帰るところもないし!あの、あの…だって僕、もう…、ひとりだから…」


意思に反してこぼれ出ていく言葉を補おうと付け足していった声が次第に尻すぼみに小さくなっていった。


こんなこと言うつもりもなかったのに、口を開けば開くほど、当初の問いとは関係ない、抱えていた思いがこぼれ出ていってしまう。


「だって、僕もう親がいないんだ…。死んじゃったんだって。こんなところで待ってたって…、もう戻って来やしないんだって。」


「最後に見た顔だって曖昧なんだっ、だって、いつも通りだったんだもの…。なんで、こんな、急に…。」


瀬田の顔を見ることができなくなって俯きながら続ける。


「ごめん、ごめんなさい。」


「ごめん…みんな色々あるからここにいるのに、自分だけじゃないってわかってるのに、こんなこと、言うつもりじゃっ…、ないのに。」


事故の報告を受けてからぼんやりとかかっていた思考の霧から飽和した悲しみや寂しさが溢れ出る。


パニックを起こしかけた上田の頭を瀬田が優しく胸元に抱き寄せた。


「知ってる。わかってた。君の目は他の子と違ったもの。」


瀬田はもうきつい眼差しをしていなかった。

代わりにあざ笑うかのように吐き捨てた。


「ここにいる他の奴らはね、どこか期待してるんだ。まだ親にすがれると思ってる。なんで自分たちがここにいる羽目になってるかわかってるくせにね。ばかばかしい。」


上田の髪をやんわりとなでて声色が甘くなる。


「君は優しいね、僕は寂しくないよ。それに君ももう寂しくないよ。」


「僕たちはお互いを一番にすればいい。一生大事にしてあげる。」


「その代わり君の全部を頂戴。そうしたら僕の全部も上げる。」


「一緒にいてあげる。好きなだけ泣くといい。」


トクントクンと鳴る瀬田の心音を聞きながら目をつぶった。

とめどなく溢れる涙が瀬田の胸元を湿らせていたけれどもう気にしている余裕はなかった。

上田は瀬田の甘言に身を預けた。




それからは日中も瀬田と過ごすようになった。

泣いてしまった恥ずかしさは瀬田の相変わらず少し高慢でわがままなふるまいに振り回されているうちに紛れてしまった。


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