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一章_城山遥輝

 絶望を言葉に、希望を行動に。僕は影響されやすいから、何度もその言葉を思い出す。

 今日も僕は、まだ両手で数えられるほどしか袖を通していないスーツを着て、その倍くらいしか通っていない都内の交差点を歩く。四月。まだ寒い四月。僕は絶望的な絶望の中、希望に満ちた新生活というものを歩き始めていた。今日で七日目だ。週末を除けば、社会人五日目だ。

 オフィスの手前には商業施設があり、映画の広告がずらりと並べられている。『残された彼女の日々と僕。』と題されたポスターには、パステルイエローの服を着て遠くを眺める女優と、彼女を離れた場所から見つめる俳優が写されていた。僕はつい顔をしかめた。悲劇は人を惹き寄せる。使い古された型でさえ、悲劇なら許される。本当の悲劇は、エンドロールの後から始まるのだというのに。

 僕の働くオフィスは都内のど真ん中にあった。IT系の最近の風潮なのか、緑の多いカーペットが敷かれ、ほとんど全面の窓があり、そして木目調の机が不思議な間隔で置かれている。都会化した結果、自然をオフィスに求める滑稽さの塊のような場所だった。同期は僕を含め四人。男女二人ずつだ。

 すでに同期の二人が僕の正面のデスクに座っていた。この会社は研修が少ない。しかし席次表は最初、同期で固めるのが慣例らしい。僕を含めた四人の島は、ほかの部署からぽっかりと浮いて、隅っこを漂っていた。

「おはよう。」

 僕の正面に座っている男、加賀の人懐こい笑顔と目が合った。僕も極力柔らかく挨拶する。まだ互いの性格もよくわからない、手探りの状態だ。僕は特に、挨拶には極力相手と同じトーンで返すようにする。加賀はあまり考えた様子はなく、先輩にも軽いトーンの挨拶だ。一方、加賀の隣に座ったロングヘアで細い銀縁の眼鏡をかけた女性、辻野とは基本会釈だ。彼女は(おそらく)、とても大人しい性格で、加賀と並んで座っていると、不思議と馴染んだ印象を受ける。一方的な需要と供給の絵を見ているようだ。片側通行のコミュニケーションは歪でも、度を超えてしまえば違和感は減る。昔の偉人は中庸がいいと言っていたらしいけど、彼らの様子を見ていると、こういう形もいいなと思う。

 ふと、後ろから肩をつつかれて振り向くと、もう1人の同期、白石がいた。

「おはよう。また私が最後かあ。」

「白石さん、いつもギリギリだよね。」

 加賀がにやにやした顔を浮かべ、からかう。白石があからさまに凹んだポーズをすると、加賀はケラケラと笑った。

 白石は誰が見ても驚くようなほどのショートヘアで(ベリー・ベリーショートだ)、その髪の黒さと対照的にとても色が白い、少し猫目で茶色の瞳の美人だ。人当たりがよく、性格としては加賀に近いものがあるかもしれない。


 今日からまた平日が始まる。仕事をしていれば、他のことを考えなくて済む。僕は安直に、仕事があるということに安心していた。

 僕は何も考えないで済むように、ただ目の前の課題に集中することにした。仕事はいくらでもある。机の右側は資料で山積みだ。同期には、特に白石には度々注意を受けるが、今の僕はとにかくぼんやりしてしまうことが多い。目の前のことに意識的に集中してようやく、人と同じくらいに仕事に取り組める有様だ。あの手紙が来てから、僕の生活はまた、さざ波立っている。


 その手紙は、一昨日土曜の夜、アパートに投函されていた。

『城山遥輝様へ――――』

 シトシトと雨が降っているときに開くポストには、大抵ろくなものが入っていない。ありふれたピザのチラシ、地域密着を標榜する塾、水道工事のマグネット、そして片隅にへばりついたようなどこにも行けない手紙。その日もポストでは、悲しそうな手紙が僕を待ち受けていた。言うまでもなく、差出人の欄を見て僕は激しく動揺した。雨のポストには本当にろくなものが入っていない。

 そこには彼女、半年前に死んだ、スズナの名前があった。


 僕とスズナの出会いは、少しドラマチックだった。大学三年生だった僕は当時、大学の講義をサボり、貯めた貯金のほとんどを使って旅行していた。写真部時代に購入したフィルムカメラを手に、好き勝手に撮っては近くのカメラ屋で現像した。移動には、母方の実家に置きっぱなしになっていた古い軽自動車を借りた。スマートフォンは持たず、宿も近くにあったカプセルホテルや車中泊で済ませた。

 その日は、冬の足音が感じられる、十二月に差し掛かった日だった。その時点ですでに二ヶ月弱は家に帰っていなかった。当然貯金も雲行きが怪しくなり、思考の片隅に旅の終わりが巣食うようになっていた。

 香川にいた僕は、高松のカプセルホテルのスタッフに教えてもらった父母ヶ浜という場所にいた。夕暮れとともに、あの有名なナントカという国にあるウユニ塩湖のような、鏡面の世界が見られるということだった。

 父母ヶ浜の周囲にはほとんど何も無かった。ガソリンスタンドが一軒、近代的な明かりをばらまいているだけだ。世間で逢魔が時と言われる時間になって、僕はようやく駐車場に停めた車から出た。瀬戸内海とは思えないほどに冷たい空気が頬をかすめる。僕は後部座席に積んでおいたサンダルに履き替え、カメラだけを持って浜辺へ向かった。

 海辺は赤く染まっていて、驚いたことに、人ひとりいなかった。人のいない海は非現実的で、僕の心を激しく揺さぶる何かを持っていた。それは不在がもたらす気配のようなものだった。デジタルに囲まれた世界で僕がフィルムカメラに惹かれたように、無人の海には強いマイノリティと優越感が漂っていた。父母ヶ浜には大きな潮だまりがいくつも浮かび、その数々の円形の間を縫うように、砂の道が続いていた。干潟にしても非常に大規模で、潮だまりはずっと奥まで点在していて、空の夕焼けをさざ波ひとつ立てずに反射していた。

 海岸線に沿って歩いていると、女性物の靴が置いてあるのを見つけた。ドラマの自殺者のように綺麗に並べられたそれは、オフィス用の革靴に見えた、少しヒールが付いていて、革の光沢がある。どう見てもこの場所にそぐわないし、脈絡を欠いた不自然な存在感を放っていた。そして、その靴先が向けられている水平線を見やると、遠くの方に一つのシルエットが見えた。きっとこの靴の持ち主だろう。そのシルエットは夕暮れの空と同じように、まるで潮だまりに複写したかのように、美しい黒い影を伸ばしていた。

僕は何かに引っ張られるかのように、そのシルエットに近づいた。やがて、輪郭と服の色が判別できるようになって、僕は気づいた。

 彼女はスーツを着ていた。膝丈の黒のスカートに、黒のジャケット。そして白のワイシャツを着た彼女は、僕の好奇心を十分すぎるほどに刺激した。何故、と頭に疑問が浮かんでは浮かぶ。海とスーツ。なんとも悲劇的な組み合わせに見えるそれは、どこにも行けない組み合わせ選手権の代表にでもなれそうな組み合わせだった。

 僕はこっそりカメラを構え、彼女の後ろ姿にピントを合わせた。逆光のため、スーツだとは分からないかもしれない。しかし撮らない理由がなかった。その写真は間違いなく「撮らなければならない」もので、僕はただ、その景色を切り取る工作をしているに過ぎなかった。シャッターをゆっくり押し込むと、カシャというメカニカルな音と、一コマ巻き上げる音が鳴る。フィルムカメラの中では最先端、自動巻上げ機能付きだ。彼女は振り返りもしなかった。あるいは僕らの距離が、十分に音が聞こえる程に近くても、彼女には関係がないのかもしれない。とにかく、彼女はスーツのままこの海に来る必要があったのだ。僕はたまらず話しかけた。

「こんにちは。」

 彼女はゆっくりと振り向いた。今まで鼓膜が震えていなかったのかと思うような、まさに『たった今気づいた』動作だった。セミロングの髪がふわりと浮かび、そしてサラサラと重力に従って元に戻った。そして彼女と目が合って、僕は周囲の空気が薄くなったような錯覚に囚われた。

 彼女の第一印象は、まさしく伝統的な日本人形だ。恐ろしく白い肌に、真っ黒な髪、そしてとても小さな顔をしていた。しかし不自然に明るい茶色の瞳が、その完全さにささやかな個性を与えている。美人とは言えないかもしれないが、心に強く訴えかける何かを持っている。そしてなにより、スーツがとても似合っていた。

「こんにちは。」

 少し鼻にかかる、どこか懐かしい声だった。安直にいえば、僕は運命を感じていたのかもしれない。そのくらいに、彼女の存在は僕にとって衝撃的で、心の隙間を致命的に突いていた。目が合うだけで視野がサッと狭くなり、僕は苦しくなった。

「こんな日に裸足で海なんて、寒くはないんですか。」

 実際には彼女はストッキングを履いているようだが、砂と接している部分はじっとりと海水を吸って寒そうだった。

「ぜんぜん。海水は少し暖かいから。貴方こそ、こんな冬みたいな海に来るなんて物好きだと思う。」

「香川に来たなら絶対にここに行くべきだと、宿泊先の従業員の方に教えてもらったんだ。どこかの国のウユニ塩湖みたいだよと。」

「ボリビア。香川に来る人の何割かはここをひとつの目的地にしてる。それくらいには有名で、美しい場所だから。」

 そう言うと、彼女は体の向きを変えて僕と向き合った。僕よりも少し小さく、ちょうど見上げられるような格好になる。

「私はスズナ。涼しい菜っ葉のスズナ。貴方は?」

「僕はハルキ。遥かに輝くのハルキ。」

「そう、ハルキ。実は私、ここの住民じゃないの。私も観光客。そうは見えないかもしれないけど。」

「たしかに、スーツで海に入る観光客もなかなかいないかもしれない。」

 そう言われて、彼女はたった今、自分の服装に気づいたような顔をした。全くの無自覚、無垢を表現したような、とぼけた表情だった。

「ああ、そうだった。実はこれ喪服なの。こうやって一人、海に悲しみをぶっちゃけてるの。変でしょ。」

「そうだったんだ。似合ってると思うよ。夕焼けの海とスーツ。」

 我ながら、何を言っているのだろうと思う。無遠慮に聞いてしまってごめんとか、海は不思議と全部を受け入れてくれそうで、ここにいるのも全然変じゃないとか、何か他に言うことがあるだろうと思ってはいた。でも結局、僕が発したのは謝罪でも同情でもなく、ただの感想だった。

「貴方もなかなか変ね。」

 そう言ってただ、スズナは笑う。スーツの黒すら霞んでしまうような、楽しげな笑い方だった。先程より暗さを増した海で、彼女の声はよく響いた。僕もつられて微笑む。世界の素敵な側面を数えたときに、真っ先に思いつくような笑い声だった。いつまでも聞いていられるなと思ったときには、僕はスズナへの恋心を自覚していた。


僕らは堤防の上に座り、完全に夕日が沈むのを見ていた。そして完全に日が沈んで周囲が暗闇に包まれた頃、スズナは静かに言った。

「実は私、今日で終わるはずだったの。」

「終わるって?」

「そのままの意味。この喪服は私のための服だった。今日このまま、私は死のうと思っていた。」

「そっか。」

「うん。」

 自分のために喪服を着るというのも聞いたことのない話だ。しかしスズナ自身が言うならそうなのだろう。僕も変なら彼女も大概だ。世間一般で言えば、死にかけの人間に関わってもろくなことにならない。死に魅せられた人間は、他の人間にも死を布教してしまう。僕は健康診断でも全く問題はなかったし、まだ自発的に死ぬ予定もない。だから本来関わらない方がいいのだと、頭の中では分かっていた。しかし僕は既に、彼女に死んでほしくないという感情を持っていて、それに自覚的だった。僕はたまらず彼女に尋ねる。

「でも君の死は延期された?」

「うん、きっとそうね。ハルキに喪服を褒められて、まだいいやって思ったから。」

「それは光栄なことかもしれない。」

「そうね。私の死なんてすぐに変更の効くものだから。このくらいの理由でちょうどいいの。」

 そう言ってスズナは笑う。万人を魅了するようなものではない。しかし彼女の笑顔から目が離せない。

 僕は彼女に、車で送っていくと提案した。この時間ではもうバスもない。スズナは助手席に乗り込むと、目的地を僕に伝えた。偶然にも、その場所は僕の泊まっているすぐ近くのホテルだった。

 車を出すと、スズナはすぐに眠ってしまった。ドアに寄りかかるようにして体を斜めに傾けていて、肩が少しだけ上下していた。僕は音楽も流さず、ひたすらに夜の四国を走った。僕は幸せだった。今までこんなに明確な幸せを自覚したことはない。赤信号で止まる度に、僕は彼女の横顔を見ていた。それはどうにもならない感情だった。奔流とはよく言ったものだと、僕は冷めた部分で考える。とにかく、ただスズナが隣に座っているという事実だけで、僕は幸せを感じていた。安っぽい幸せの感覚は、なぜか僕の心の隙間を埋めて、満ち足りたものにしていた。

 ホテルに近づくにつれて、道は整備されて太く、周囲の建物も高くなっていった。高松市内は比較的最近に再開発されたのか、街は整えられていて美しい。ただ僕は、そんな市内の路地裏でひしめき合っている居酒屋や人の、圧倒的な生活感を漂わせている道の方が好きだった。そんな道をスズナと歩けたらきっと幸せだろうと、僕は思った。

 ホテルの前に車を停めるスペースがなかったので、高松駅のロータリーで僕は車を停めた。相変わらずスズナは眠りっぱなしで、車に乗った時から姿勢が全く変わっていない。肩を揺すると、不機嫌そうな声とともに目を開けた。暖色の駅の明かりが、スズナの瞳に映って反射する。それは特別な光で、なにか大切なもののメタファーのように思えた。

「着いたよ。高松駅。」

「ありがとう。今何時?」

 僕は車の時計を指で示す。午後九時時半だった。スズナは何度か伸びをすると、僕の顔を覗き込むようにして身を乗り出した。瞳孔の細かな色まで見えそうな、吸い込まれそうな黒い瞳だった。

「ねえハルキ、車を置いてきて。そして私と夜の高松を歩こう。おでんが食べたい。肉でも魚でもいいけど、うどんは嫌。もうたくさん食べたから。」

「いいよ。じゃあ、駅前の広場で待ってて。」

 僕はすぐに返事をすると、ホテルが契約しているコインパーキングへ車を走らせた。疾走感が僕の幸福感とシンクロしているようで、気づくとハンドルに力がこもっていた。

 僕らは瓦町駅の近くのアーケードを散策することにした。古びた屋根が雨よけになっている商店街だ。すっかり周囲が暗くなった時間でも、暖色の灯りと仕事の疲れを発散する大人たちの声で溢れていた。スズナは心底楽しそうに店を物色している。到底、数時間前まで死を思いつめていたような人間には見えない。スズナはパパッっと駆け出すと、店前のメニューを見て僕のところへ引き返してきた。

「ねえ、あそこにおでんのお店があるよ。」

「じゃあ今日の夕飯はそのお店にしよう。」

 店は繁盛していた。四人がけの分厚い木のテーブルがいくつか置かれ、厨房が見えるカウンターがあり、カウンターと反対側の壁には大きな壁掛けのテレビがあった。厨房からよく見える位置にあるそれは、香川を含めた四国と、本州の一部の明日の天気予報を映していた。席の多くは埋まっていたが、奥のテーブルが空いていて、僕らはそこに通された。カウンターに座っている男性客の隙間から、厨房に置かれた大きなおでんの鍋が見えた。スズナは座るなりメニューを上から下まで吟味し始め、僕は仕方なくテレビに視線を向けた。明日の天気は雨らしい。この時期になると瀬戸内海でも冷えるのは恒例らしく、テレビのキャスターもコートを着て、毎年の同じような天気について話をしている。

「ハルキは何を食べる?」

「お腹が空いているからなんでも食べられるよ。スズナが頼んだものを少し分けてもらえるかな。」

「おっけい。じゃあたくさん頼んじゃおう。」

 そしてスズナは文字通りたくさんの注文をした。料理が届く前から、食べきれるのか心配になるオーダー数だった。僕らはレモンサワーで乾杯した。

「ハルキはもしかして、関東から来たの?」

「そうだよ。僕の出身は千葉なんだ。大学にも実家から通ってる。」

「私も関東なの。神奈川で一人暮らししてる。」

「奇遇だね。」

もちろん内心ではとても嬉しかった。物理的な距離がもたらす安心の形もある。もしかしたら関東に戻ってからも会えるかもしれない。僕はレモンサワーを一口飲んだ。店員がやってきて、枝豆とたこわさびとサラダを置いていく。

「ハルキはいま何歳?」

「二十一だよ。大学三年生。」

「へえー、じゃあ私の方が年下かあ。私は大学二年生。二十歳。」

「スズナはどうみても、自殺志願者には見えないな。」

「そうかな。私はそもそもそう見える人間の方が遥かに危なっかしいと思うけどな。それに自殺志願者という意識はないの。」

「どういうこと?」

「当たり前すぎて。多分、私にとって死は、志願なんてしなくても充分身近にあるの。」

唐揚げとおでんの盛り合わせと厚揚げがテーブルに置かれる。

「これ、食べ切れるの?」

「大丈夫でしょ。余ったらハルキが食べるということで。ファイト、」

「そしたら明日の朝食分まで食べていこう。」

スズナが僕の顔をマジマジと見てくる。

「計画性がないな、とか言ってくると思った。なんだか真面目っぽいし。」

「死ぬのが当たり前の人間に計画性を説いたって意味ないと思うんだけど。的外れ?」

「そんなことないよ。よくわかったね。」

「何となく。僕だったらそうなると思う。」

スズナは笑う。そして何が気に入ったのか、「そう!そう!」と激しく同意すると、座ったまま嬉しそうに跳ねた。初めての旅館の夕食にはしゃぐ子供のようだ。

「みんな明日のことを心配しすぎてるんだよ。明日死ぬつもりで今日を生きる人と、漠然と明日を心配して待ってる人間じゃ、生きることの濃度が違う。

私は、これでも精一杯生きてるつもり。計画性なんてなくても、今日を生き抜けるなら構わないでしょ?」

「まるで宗教の勧誘みたいだ。」

「そうですとも。諸君、計画性なんぞ要らぬ。今日という箱庭の中に神様はいるのだ。そしてうどんをやめておでんを食べよう。うどん嫌いの神様はいても、おでんが嫌いな神様などおらぬ。」

スズナは急に芝居がかった声でそう言うと、おでんの卵を竹串でぶっ刺して掲げた。怪しい海賊のようだ。

海辺で出会った時のスズナとは全然違う今のスズナも、一つの彼女の姿なのだろう。どういうきっかけで今の元気さが引っ込むのか、僕には検討もつかない。ただ、どちらの姿も僕にはとても魅力的に映った。スズナは卵を頬張ると、ぽそりと言った。

「あと半年。生きてみようと思う。」

 僕は黙って頷いた。


 そして、それから彼女は十ヶ月生きた。

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