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5.

 

 本当に、前『ルチア』(ネレス)はどんな生活をしていたのだろう。



 ヴィルト様の話が一段落して、いい加減空腹の限界に達してきたのを察したのか、緊張状態を緩和するためか、「昼食にしよう」と言ってもらえた時は、思わずほっとした。考えてみれば自分の身に起こったことに驚きすぎてそれどころではなかったけど、朝起きてから何も口にしていなかった。


 私の両手の中にいる小竜は、いつの間にかふわっと飛び上がると、窓際に行ってくるりと丸まり、寝てしまった。猫みたいで可愛い。愛でたい。でもお腹も減った。というか、小竜ちゃんペット化決定?でいいのかな。


 人払いを解禁するとすぐさまカリーナが近寄ってきて、心配してくれた。話の内容は知らないはずなのに、やけに労ってくれて、何だかくすぐったい気分になった。自分はどんなにか弱いお嬢様と思われているんだろう?これからは運動もして、元気アピールでもした方が良いのかもしれない。


 その後、流石、と言える速さで用意された昼食は、とても昼食とは思えないくらい、豪華で量も多かった。


 ……食べきれるかしら。全部食べたら胃が悲鳴をあげそうなくらいあるんですけど。


 パンが数種類にスープにサラダにふわふわのスクランブルエッグにハム、カリカリに焼いたベーコン、スコッチエッグ、ポテトフライ…一つ一つはとても美味しそうだし、食欲をそそるんだけど。如何せん、量が多い。残すのは主義じゃないし、どうしたものか。


 そう思いつつも、用意してくれた使用人達にお礼を言って、食べ始める。マナーなんて前世のものしか知らないけど、コース料理でもないし、バイキングっぽく皆食べたい物をお皿に取って(勿論、実際に取ってくれるのは給仕の使用人の人だけど)食べてるし、ヴィルト様達の仕草を出来るだけ真似て、静かに食べる。


 すると、フェルナンから失礼な一言が飛んできた。


「まるで、ただの人間のようだ……」


 眼を見開いて、自分の分を食べるのも忘れて呟かれたそれは、聞き捨てならない。


「私は普通の人間よ!」


 何なの。私を何だと思ってるの。人間じゃなければ何なのよ!そういえばさっきも化け物扱いしてくれたわね。……もしかして前『ルチア』(ネレス)って知能が低くて食事も手掴みだったとか?獣染みててて人間扱いじゃなかったのかしら。でも、カリーナから聞いた話だと、他の人に対する態度は高慢高飛車の行き過ぎたお嬢様って感じだったし、矛盾するわよね?


 今更ながら、この身体(ルチア)の今までの10年間は、どんな過ごし方をしてきたのかが気になってくる。でも今聞いてしまうと折角の美味しい食事が味がしなくなってしまいそうなので、それは勿体無いし。……というか。


「私、よく食べる方だったのでしょうか?量が……お兄様達と変わらないような気が、するのですが…?」


 そう。目の前にある食事の量が、食べ盛りのお兄様達男の子とほとんど変わらない。しかも、食べるのも忘れてこちらを凝視していたフェルナンとは違って、ヴィルト様もお兄様もいくらか皿に残してもう食べ終えたようだった。優雅に紅茶タイムに入っている。速い。結構量食べてるのに、流れるような、気品すら感じる動作だったのに、もう食べ終えていらっしゃるだなんて。


 もう結構お腹いっぱいなのに、まだまだ残っている目の前のお料理の数々を再び見下ろす。

 まさか本当に、これ全部平らげてたの?にしては、この身体、ほっそりしているけど。……胃下垂なのかしら。それか何かの病気?

 あ!フードファイターを目指す令嬢だったとか!……そんな令嬢、嫌だわー。


 悶々と考えていると、お兄様が不思議そうに答えてくれた。


「食べきれないなら残せば良いだろう?全部食べきるのはマナー違反だ。そもそも、お前の分が多いのは、お前が気分によってあれこれ好き嫌いを言って、更には最初から多種類揃えて用意しろと自分で言ったんだぞ?」




 ……おふぅ。


 またか。またなのか。

 また前『ルチア』(お前)なんですかこの野郎。

 贅沢言うなや!ゲーム知識有るとか言うなら前世の生活もあったでしょうよ!まさか前世もセレブか!?

 お残し厳禁の普通の家庭に生まれた私が間違ってる訳?


 否、モッタイナイお化けはきっとこの世界にも存在する筈!


 最低限のお残しはマナーの範囲内でしょうがないけど、量の問題は前『ルチア』(ネレス)のワガママだったなら、私が改善しても問題無し!むしろ私の精神衛生上、改善しないと食べ物への罪悪感が半端無い。


「以前はともかく、今の私は昼食はパン一つとスープ、サラダとメイン一種類でお昼は充分です。好き嫌いもこれからは言わないので、内容はコックにお任せしますわ」


 前世で好き嫌いはほとんど無かったし、公爵令嬢なら下手物料理は多分出ないから、大丈夫な筈。流石に、蛙とか虫は食べれないからね。前世でおばあちゃんが料理してくれたイナゴの佃煮だけは生理的に受け付けなかったことを思い出す。


 しかし、私の言う内容がよっぽど信じられないのか、フェルナンに続いてお兄様までも眼を見開いて私を凝視してくる。そんなに開くと、眼、乾きますよ。


「……何か?」


 ただのワガママだったのなら、改善しても問題無いと思ったのに、もしかしてダメなの?令嬢はお食事残してナンボなの?


 ちょっと不安がよぎったけど、このままの食事を出され続けたらそれこそメタボになりかねないし。だってやっぱり目の前にあったら頑張って食べちゃうよ。子豚令嬢とか嫌だよ!運動による消費にも限度があるし。


「いや…、分かった。ハイル、コックに伝えてきてくれ。」


 あ。ハイルってカリーナのお兄さんよね。お兄様付きの侍従って言ってたわ確か。赤毛と瞳の深緑色も一緒だし、分かりやすいわね。カリーナはとっても可愛いけど、ハイルは凛々しい騎士っぽくて格好良い系の顔ね。本当、この世界、美男美女率高くて目がチカチカしそうだわ。


 先程カリーナから聞いた話だと、カリーナは13歳、ハイルは15歳ということだったけど、カリーナが可憐で大人しく、ハイルの雰囲気が硬質なせいか、もっと年が離れて見える。


 まだまだ少年少女の年端もいかない年齢なのに、働いているなんて偉いわ、と思いつつ、何の気なしに厨房に向かうハイルの背を見送った。


 ぼうっとしていたところに、ヴィルト様から痛恨の一撃、もとい、一言。


「食べ終わったなら、早速例の件で湖に向かおうか。ロムス、馬車を用意してくれ」


 執事に向かって放たれたその一言に、使用人達が動き始める。いつの間にかフェルナンも食べ終わっていたので、促され、案内されて、あっという間に馬車の中。乗り込むときに手を貸してくれた王子様に、物語のお姫様みたいと胸をときめかせる暇もなく、馬車は走り始める。


 何か昔、音楽でドナドナと売られていく子牛の歌があったなー。こんな気分だったのかなー。


 なんて、現実逃避を試みるも、空しく。

 綺羅綺羅しい微笑みを浮かべた目の前の王子様は、これからの段取りについて、確認するように私にお声を掛けて下さった。


「やることは、さっき言った通りだよ。ルチア嬢には完璧な『悪役令嬢』を期待しているよ」


「はぁ。頑張ってはみますけれども……上手くいくかどうかは……」


「上手くいかなければ、真犯人は分からないままで、犯人の供述通り、君を捕まえないといけなくなるね」


「力の限り、努力致します」


 即座に言い直した私に、満足げな表情を浮かべたヴィルト様。この人、中々にイイ性格してるわよね本当に!


 せめてもの意趣返しに、ぷいっと顔を背けると、お兄様とフェルナンは、ヴィルト様を見て意外な顔をしていた。


 ちなみに、席順は私の隣にお兄様、目の前にヴィルト様、斜め向かいにフェルナンだ。馬車は公爵家のものなので、中々に広々としているので、窮屈感はほとんどない。乗り心地は良いとは言えないけどね。車恋しい。


 そうそう、お兄様とフェルナンの顔。何でか知らないけど、ヴィルト様の愉しげな様子に、ほっとした様な顔をしてるのよね。私が苛められてるのがそんなに楽しいのかしら?と被害妄想気味に思わなくもないけど、それとは関係がないような……。

 何なのかしら。もしかしてヴィルト様が明るい顔をしてることにほっとしているなら、最近ヴィルト様は落ち込んでいた、とか……?


「ヴィルト様。最近、何か、あったのでしょうか…?」


 思わずぽろりと聞いてしまってから、後悔した。

 疑問があればすぐに聞いてしまうなんて、子どものすることだ。いや、今は10歳の子どもだけど。

 人間、聞かれたくないことなんていくらでもある。実際、今までのルチア(ネレス)とヴィルト様の関係なんて知らない私が、ヴィルト様の内側に土足で踏み込むようなこと、絶対にしてはいけない。そんなこと、知ってたはずなのに。


 何で、思わずとはいえ、聞いてしまったんだろう。ヴィルト様なら答えてくれるかもなんて、今日出会ったばかりだというのに。


 ―――ヴィルトは、優しいから。



 ……!


 唐突に、脳裏によぎった言葉に、訳が分からなくて混乱する。


 お兄様と、フェルナンは、ヴィルト様に対して、丁重に接していた。例え幼馴染みだとしても、そうするのが当然だからに違いない。だったら前『ルチア』(ネレス)だって、そうしているはず。でも、ヴィルト様は、前『ルチア』(ネレス)のことを『話にならないアレ』扱いしていた。それ相応の態度を取っていただろう。どんなにネレスがポジティブお化けでも、ヴィルト様を呼び捨てに、しかもこんなに自然に優しいと確信して言えるだろうか。


 なのに。



 ヴィルト様が、優しく『私』に声を掛けて、微笑む姿が。


 ―――今日、接していた中ではあくまでも他人行儀に、作った笑顔と分かる表情ばかりだったのに。


 触れれば壊れてしまうんじゃないかと思っているかのようにそっと手を伸ばして頭を撫でてくれる姿が。


 ―――そんなこと、絶対に今日は無かったし、前『ルチア』(ネレス)の記憶かと思うと、何故か胸がきゅっと締まる気がしてくる。




自分でもよく、分からない感情が、焦燥を掻き立てる。


 脳裏によぎる言葉は、

 この、心の底に刻まれた『記憶』は、誰のもの―――?




 答えを教えてくれる人は、今は誰も居ない。






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