4.
「―――取り敢えず、貴方が第二王子のヴィルト・フードゥクリマ様ご本人であることは、お兄様とフェルナンの反応を見れば、本当だと分かりましたけれど」
数秒、いや数十秒、もしくは数分くらい固まっていたかもしれない。やっと硬直が解けた。目の前の王子様、基ヴィルト様は、未だにくつくつと笑い続けている。余程私の驚きの反応が面白かったらしい。
……人が悪いわ。最初に名乗ってくれればいいのに。
どんなアホ面を晒していたのか想像するだに恥ずかしくて消えてしまいたい。未だに笑いが止まらない程ってどんなよ。
お兄様もフェルナンも先に教えてくれたら良かったのに。二人は私のヴィルト様への不敬な発言に顔色を青くさせていたが、今はヴィルト様の反応を見て、問題無かったと判断したのか、顔色が戻ってきている。
自分達だけ勝手に復活するなんて!と思わなくもないが、考えてみれば気づかなかった私も迂闊だった。ヴィルト様は最初から、知っているのは親も知らない『身内と犯人だけ』と言っていた。第二王子は当事者であり、被害者なんだから、立派な身内、むしろ本人だ。この場に居てもおかしくはない。呪いの魔法を受けたのに、とかそんな気軽に王宮の外出られるんだ、とか突っ込み所は多いけどね。
まぁ、せっかくご本人がいらっしゃるんだし、聞けることは聞いとこ。私の兄弟、私を犯人の黒幕と信じて疑わないみたいで、何を聞いても無理そうだし。
「殿下。何故、犯人は捕まったのですか?しかも大っぴらにはならず、身内だけで拘束できただなんて。……言っては何ですけれど、大人に知られることなく対処できたことに疑問を感じるのですけれども」
「あぁ。ヴィルでいいよ。それはね。……見せた方が早いか。ライル、『風』を頼むよ」
「承知しました。」
ヴィルト様はお兄様に何事かを頼むと、机から少し離れた所に立った。お兄様は懐から半透明な緑色のビー玉のようなものを出すと、ヴィルト様に向けて軽く放った。放物線を描きつつヴィルト様にぶつかりそうになったその瞬間、
パンッ
ビー玉のようなものが弾けて、室内なのにも関わらず、風が巻き起こった。窓のカーテンがはためき、テーブルクロスがパタパタと揺れている。部屋全体で見ればそんなに強くない風でも、風の動きはヴィルト様を囲むようにどんどん密集し、密度が高くなっていく。まるでヴィルト様が風の檻に囚われているかのようだ。
これって大丈夫なの?と少し不安に思ったその瞬間。
バチバチッ
まるで冬に毛糸のセーターを一気に脱いだときの静電気のような音がしたかと思うと、ヴィルト様を囲んでいた風の檻は、一気に霧散した。
後には何事も無かったように佇むヴィル様と、先程の風の檻の代わりに緑色と金色の細かいガラス片のようなものがキラキラとヴィルト様の周囲を漂っているのが見える。一瞬ごとに光が反射し合い、輝きを変え、空間を彩るその様は、幻想的でまるで夢のように儚くて、とても綺麗で。―――思わず、手を伸ばしてしまった。
そっと、両手で包み込むようにした私の指がキラキラ輝くガラス片のようなものに触れた、その瞬間。
―――クスクスクスクス―――
耳元で、誰かの囁くような笑い声が聞こえた気がした。それは耳に心地よく、鈴を転がすような楽しげな声で。
しかし誰か他にこの部屋に居たのか考えるより先に、目の前では別の変化が起こっていた。
細かく、むしろ粉々に近かったガラス片のような光の粒が、一際輝きを増して、急速に私の手のひらの上に集まってきていた。
何が何だか分からぬまま、自分の手のひらを凝視して固まっていると、いつの間にか白い塊が私の両手の中に包み込まれるように存在していた。
何故かほとんど重さは感じず、ほんのり暖かくて、柔らかいソレは、もぞもぞと動き出したかと思うと、むくりと頭をもたげた。
……竜?何かミニマム。小竜って言ったらいいのかな?
真っ白な身体に、神秘的な金緑の瞳を持った小竜。鬣がふわふわで、尻尾をふりふりしているその姿は、とても愛らしい。ぱちりと大きな眼を瞬いて、「きゅう?」と首を傾げるその姿に私のハートがズッキューン!お持ち帰りしていいですか。
悶えそうになる私の目の前で、ふと小竜が上を向いた。同時に、また耳元で誰かが囁く。聞こえるか聞こえないかの小さな音なのに、やけにはっきりと聴こえる声。
―――契約以上だから、サービスよ―――
……契約?
誰が、誰と、何を、何のために?
解らないことだらけで混乱する私の目の前で、白い小竜が淡く輝き始め、光が収まる頃には何かを手に抱えていた。
それは小竜の瞳と同じ色を持つ、金緑の珠。窓の外からの光に反射して、中央に一条の明るい光の筋が見える。それはジュエリーショップで見たことのあるクリソベリルキャッツアイという宝石に似ていた。
これが、サービス?
説明も何も無いので、コレがそうなのかすら分からない。対応に困って小竜を見れば、欠伸していた。可愛い過ぎる。
小竜の可愛さにノックアウト寸前の私は、静かすぎる周りを見渡してみる。落ち着け私。どんなに可愛くてもファンタジーで竜は絶対怒らしたらあかんやつ。下手に触って怪我したり、最悪死んだらシャレにもなんないよ。
だけど。
落ち着いてないのはむしろ彼らだった。
「ドっ……」
「ど?」
「ドラゴンが、何故……!」
「しかも『風』系最高位のホワイトドラゴン……召喚の術式も道具も用意してないぞ!?」
あぁ、こっちでは竜呼びじゃなくてドラゴン呼びなんだ。
そんなズレたことを考えていたのがバレたのか、驚愕の表情で狼狽えまくっている兄弟を他所に、ヴィルト様は私の方をまじまじと見ていた。そんなに見られても何も出ません王子様。
「……僕には魔法や魔法道具の効果が無効化されるってことを証明しようとしただけ、なんだけどね。まさか、君が魔力が可視化できて、しかもその魔力を基にドラゴンを喚び出してしまうとは……想像つかなかった、な」
そんなヴィルト様の言葉に、兄弟は異を唱えた。というか、吠えた。
「この女が、喚び出したというんですか!?有り得ませんよ!王宮魔法使いですら数人がかりで出来るかどうか……そんなことが本当に出来るなら、そんなの、化け物だ」
「例えそれが事実だとしたら、そんな力を持った者を野放しに出来ません。魔封じの塔に幽閉か、いっそのこと紋を刻んで絶対服従の状態にするかしないと。殿下、危ないのでもっと下がって下さい。」
こいつら本当に私の兄弟ですか。他人でももっと優しくできるわ普通!人を何だと思っているの特に兄の方!私は猛獣かっての!
もういい加減イメージ改善のために努力するのも阿呆らしくなってきて、自分の身体が10歳程度ということも忘れて流浪の旅に出たくなってくる。悪役令嬢?何それ絶対不味い。解りきっていたことだけど、今更ながらに痛感する。普通に生まれ変わるより難易度高すぎだわ主に前『ルチア』のせいで!
「ライル、フェル、言い過ぎだよ。実の姉であり、妹だよ。例え今までが……アレでも」
そこ遠い目しないで下さい王子様。台無しです。
「それに、記憶を失ったという今は、まともに話になっているじゃないか。前はもっと……いや、問題はそこじゃないだろう?」
以前は話にすらならなかったんですね。分かります。ネレスですもんね。
「確かに、ドラゴンを召喚出来るほどの人物としては、ルチア嬢は持っている魔力が多そうには見えないけど」
「見ただけで分かるんですか?」
私には分からないので、素直に聞いてみる。
するとヴィルト様は思いの外、丁寧に答えてくれた。
「流石に普通にしている分には分からないけどね。さっきみたいに、召喚や魔法を使っているときは魔力が身体を巡るから、多少は魔力の量だとか何の属性かとかを察することはできるよ。
僕がさっきライルに頼んだ時は、魔法道具を使っての風の拘束魔法だったから、その限りではないけどね」
確かに、さっきヴィルト様にお兄様が何かビー玉みたいなものを投げてたわ。あれが魔法道具なのね。
「どうして、ヴィルト様には魔法道具が効かないんですか?そういえば、先程は魔法も無効化されると仰っていらしたかしら?それに、記憶違いでなければ、お兄様の持っていた魔法道具は緑色でしたが、使用された後ヴィルト様の周囲には金と緑の魔力?のようなものが取り巻いていましたわよね?」
「僕に魔法が効かないのは、体質、としか言いようがないかな。生まれつきのものだからね。ライルに使ってもらった魔法道具は風属性だから緑色だったんだよ。簡単に説明するなら、風が緑、火が赤、水が青、土が橙の属性を表すんだ。そして金色は―――」
説明しながら、ヴィルト様はお兄様の方に近づいていく。お兄様も心得ているのか、無言で懐から先程の緑色のビー玉のような魔法道具を再び取り出した。まだ他にも持っていたのね。
ヴィルト様がお兄様からそれを受け取ろうとした瞬間。再び、バチッと音がしたが、それに構うことなくヴィルト様はお兄様の手から魔法道具を受け取った。
緑色だったそれは、今は少し金色混じりになっていて、持っているヴィルト様は平気そうだけど、明らかにパリパリと放電していた。
「金色は、『雷』。王家の者に出ることが多い属性だよ。他にも王家に血縁が深い貴族の中にたまに出現することもある。数は少ないけどね。」
―――成る程。魔法を無効化できるからさっきの風魔法は自身の雷属性の魔力とともに周りに放出されて、さっきの状態になったのね。でも、それなら……。
「それなら、呪いの魔法も無効化できたのでは?」
「痛いところを突いてくるね」
苦笑しながらも、ヴィルト様は答えてくれる。
「呪いの魔法っていうのはね、厳密に言えば魔術と言って、魔法とは原理が違うんだ。魔法は、精霊の力を借りて発現する。でも魔術は、 力ある依り代を媒介にして、相手に干渉するんだよ。つまり、依り代が壊れたりしない限りは、呪いは解けない。……例え、術者が死んだとしても」
だから、困っているんだよね、と。
ちょっと弱った様子に、胸を突かれた。憂いを帯びた眼差しは少し伏し目がちで、長い睫毛が表情に影を落としている。先程までの、どこか余裕ある姿とは違い、儚げな印象すら覚える。美少年すごい。私の有るかどうかも怪しい母性が、ヴィルト様を守ってあげたい気持ちにさせる。
だからだろうか。普通に無難に平穏に、生きていきたいと願う私なら、言う筈の無い言葉が口からポロリと出ていた。
「何か、私に出来ることがあれば……」
「うん。もう、して欲しいことは決めてあるんだ」
……うん?何か被せ気味に言われた気がするけど、あれ?
目の前には何かイイ笑顔の王子様、さっきまでの儚げな美少年何処行った?
「さっきも君が聞いてきただろう?どうやって犯人を捕まえたのかって。犯人は水の魔法使いでね。ライルとフェルと遠乗りに行った時に、『水』の魔法を存分に使える湖で襲ってきたんだ。僕たちが子供だからと侮ってね。でも僕は、知っての通り、『雷』の属性を付与して無効化できる。無効化とは言っても魔力自体は無に還る訳じゃないからね。周りに放出されて『雷』を帯びた『水』の魔力。それをさっきの『風』の魔法道具で魔力を集約して、方向を定めて術者に返したんだ。そしたら見事に感電してくれて、無力化はできたんだけどね。そこで拘束する際、隙をついて僕に掛けてきたんだよ。準備万端に整えて、あとは対象に触れるだけで完成する、呪いの魔法をね」
つまり、全ては呪いの魔法を掛けるためだけの布石だった、ということさ。と、軽く肩を竦めるヴィルト様。「だから、」と続けるその姿に、さっきまでの儚さは欠片もない。私の純情を返してください、王子様。
「君には悪役令嬢になってもらおうかな」
「…………は?」
思わずそんな返答しか出来なかった私は、絶対に、悪くないと思います。
ブクマ、評価、誤字報告ありがとうございます!
感想も、厳しいものでも大歓迎なので、頂けると嬉しいです。