3.
嫌な予感は、していた。
兄弟に嫌われているのに、鉢合わせの可能性の高い大広間で食事を摂るの?え?自分の部屋で食べちゃダメなの?とは思っていたけれど。
ルチアのことが嫌いな兄弟なら私が大広間に入った瞬間に出ていくくらいのことはしそうよね、と思っていたのに、むしろ待ち構えていたかのように扉で迎えて下さったお兄様と、テーブルについている弟らしき少年と、もう一人。
どうして弟って分かるかって?そりゃあ、お兄様と同じく髪も眼も私と色彩が一緒で、顔立ちも似てるからね。私に対する嫌悪感が滲みまくっている点もお兄様そっくり過ぎて笑えてくるね。アハハ……はぁ。
気になるのは弟の横の方に座っているもう一人の少年。多分私か弟と同じくらいの年代に見える。しかも美形。……何だろう、なんか気になる。違和感というか、第六感というものが存在するならピコーン!って反応する感じ。別に私に対して兄弟みたいに嫌悪感や侮蔑や憎悪を向けてくるわけではないし、むしろ興味深そうに私を見ているだけなんだけど。髪の毛は漆黒で、私にとってはむしろ馴染み深い色彩でほっとする。金髪とか赤毛とか元日本人としては外人扱いしたくなるよね。毛根の心配したくなるっていうか?
でも瞳は違った。琥珀色っていうのかな。光に反射して金色に見える気がして、何か落ち着かない。馴染みがないっていうのもあるし、何より年齢にそぐわないその視線の強さに身動ぎしそうになる。お兄様も年の割りに眼光が強いけど、それとは何となく違う。圧倒されるようなお兄様のものとは違って、何でも見透かしてしまいそうなその視線が、黒と琥珀の対照的な色彩が、座っているだけなのに優雅で気品のある佇まいが、何故だか私を緊張させる。
何でかしら?美形だから?っていうかこの世界、美形が標準装備なの?私を含めて兄弟は親の遺伝だろうけど、メイドのカリーナも、お兄様の従者も、壁に並んでいる使用人含めて皆、充分美形よね?就職面接の条件が美形とか……貴族なら、有り、なのかしら。―――上流階級怖っ!ある意味ブラック企業より黒いわ。採用基準に物申す!就職氷河期経験者として訴えてやりたい気持ちで一杯です。
意味もなく採用担当者に文句を言いたい気持ちになりつつ、少年に再び目を向ける。整った鼻筋に凛々しい眉。切れ長の眼に、長い睫毛。どんだけ美形なの。前世で別にジャニーズとか興味無かったけど、こんだけ整ってるこの子が居たら、年甲斐もなくファンになってしまいそう。私って実は年下好き?いや、今は同い年くらいだけどね。
なんて下らないことを考えていると、
「何をしている。さっさと座れ」
ぶっ殺されそうな眼で見られながら、お兄様に言われました。すみません。つか、見目麗しい方々に囲まれてる私の心境って、全然麗しくないわー。
十人以上余裕で席につけそうな長テーブルの、片側に正体不明の少年、お兄様、弟の順で座った逆側に、居心地悪いながらも、ちょこんと腰を下ろす。うわ、何か尋問される気分。男らしく一対一勝負にしてほしいけど(私は女の子だけどね!)、そんなこと言い出せる雰囲気でもないし。まぁまさか本当に勝負はしないだろうけどさ。
「皆、部屋を出ろ。良いというまで、部屋の外で待機だ」
お兄様のその一言に、使用人が全員部屋の外へ出ていく。
カリーナだけは少し不安そうに私を見ていたけど、取り敢えず安心させるように笑い返しておいた。……ひきつってないといいけど。
お昼ご飯って聞いてたのに、使用人が全員部屋の外って……。何か嫌な予感が的中しそうで嫌だな。私も出ていって良いかな。お部屋に帰りたいな。親交を深めるのは、また後日ということで―――。
現実逃避気味にそんな事を考えていると、またもやお兄様のぶっ殺視線。想像の中で何回殺されているやら。くわばら、くわばら。
大広間の広い空間に、私達四人だけになって、さっきより寒々しい雰囲気になった気がする。そんな中、唐突に今まで黙っていた弟が、突然口を開いた。
「姉様、いや、もう姉様と呼ぶのも穢らわしいな。さっさと認めなよ。もう証拠は揃っているんだ」
綺麗な顔を歪めてそう宣う弟に、声を大にして言いたい。
―――顔、歪めると、せっかくの美少年が台無しよ?……違う。間違えた。これじゃない。
―――唐突過ぎる!もうちょい話の前後!何を認めて何の証拠だよ!訳分からん過ぎてこっちがキレても許されるんじゃねコレ?
そう思ったのは幸いにも私だけじゃなかった。
「フェルナン、いきなり言われてもルチア嬢も困惑するんじゃないかな?それに、まだ決定していないからこそ、人払いして、ルチア嬢に直接確かめるんだ。そういう言い方は、語弊があるよ」
やんわりと、弟の勢いを押し止めるように言ったのは、お兄様の隣に座った少年だった。さすが、美少年は良いことを言う。いや、うちのお兄様も弟も、身内の欲目無しに見た目は充分美少年ですけどね、私への態度がアレなだけで。
「だが、確かに証拠はある」
お兄様、貴方もかい。
だ か ら 文 脈 !
何がどーなって何の証拠やねん!
顔には出さないように気を付けてはいるものの、目の前の美少年には私の混乱が筒抜けらしい。苦笑して、少し肩を竦めて、説明してくれた。
「君には今、第二王子に呪いの魔法を掛けた疑いが出ているんだよ。まだ身内にしか知られていないけどね。というか身内とは言っても、王や君達の親も、まだ知らない。知っているのは、僕達と、呪いを掛けたという魔法使い本人だけ」
呪い!?いきなり物騒なもん出てきた!しかも第二王子が相手って打ち首拷問ものじゃないの?……それは時代劇か。ここは洋風っぽいし、ギロチン的な?それも生々しくて嫌だな。
―――というか。
「第二……王子?」
誰それ?いきなり雲上人出てきたよ。何かいきなり生まれ変わって公爵家のお嬢様でも、所詮一般人の私からしたら想像しか出来ない人なんですけど。ていうかこの流れから言ったら私にかかってる疑いって……。
「私が、その魔法使いに、魔法を依頼した、という疑いが?」
一つ一つ確かめながら言うように、ゆっくり聞いた。
何かの間違いであってほしい、と思いながら。
だってそれが本当なら、せっかくの二度目の人生、ここで終了のお知らせだ。そんなの、切に勘弁願いたい。でも私には最大のネックがある。そう、前『ルチア』だ。またお前か!
まだ何かやらかしてるだろうと覚悟はしていたけど、これは酷すぎる!
後の人の身にもなれってのよ!
心の中で絶叫するものの、別人なので見逃してくださいなんて言えるわけない。ただの世迷い言と言われてハイ終了、だ。
これは自分で何とかしなきゃ、本当に詰む。……もうほとんど詰んでる気しかしないけど。
「そうだね。魔法使い自身がやったことを認めているから、これが公になれば、君は良くて幽閉、家族は身分と領地剥奪。悪ければ君は親族諸とも処刑、かな」
「……家族まで?それにしては、お兄様もフェルナンも私の罪を肯定していたみたいですけれど」
「家族の罪は、己の罪だ。それが、どんなに……疎ましい存在でも。第二王子は、歴とした王族。王族を立てるべき貴族が罪逃れなど、許されることではない」
「そうだよ。そんな事は承知の上で言っているに決まってるじゃん!第一、呪いを掛ける指示をした姉様に、そんな事言う資格なんて無い!」
兄弟よ。潔いのは良いのだけど、もうちょい足掻こうよ。犯人は私一択ですか。前『ルチア』の悪行を知っているからだろうけど、もうちょい自分の保身も大事にしよう?命は一つですよ。
「フェルナンが言っていた、『証拠』とは?」
兄弟は良くも悪くも盲目的に『私=悪』なので、美少年の方に聞く。
「犯人自身が君に命令された、と証言してるから、これ以上の証拠はないんじゃない?」
確かに。でも。
「『貴方』は、その証言を疑っている……?」
美少年の目を真っ直ぐ見てそう言うと、少年は面白そうに、「どうしてそう思うの?」と聞き返してきた。
「貴方は自分で『これ以上ないくらいの証拠』と言いながら、『まだ決定していない』と言っていたわ。それはその『証拠』を疑っているということでしょう?でなければ、人払いしてまで確かめたりはしないんじゃないかしら?」
そう。今ならまだ、何とかなる。この少年の言う通り、まだこの四人と犯人だけしか知らない今なら、本当の犯人を見つけられれば助かる道はある。……前『ルチア』が本当に犯人だったという説が濃厚過ぎて泣きたい。
「じゃあ、君に直接聞こう。『君が指示したのかい?』」
「答えは、『分かりません』」
ここは、正直に言うしかない、と腹をくくる。
「それは何故?」
「私は今、記憶がないんです」
「本当に?」
多分、もう私が記憶喪失という情報は執事のロムスから行ってる筈。それでも知らない振りをしているのは、きっと私への揺さぶりの為。罪を逃れたいがために、嘘を言っていると疑われている。まぁ、それはそうよね。余りにも、タイミングが良すぎる記憶喪失だもの。それでも私には言い続けるしか道はない。
「本当です」
きっぱりと言った私に、少し考え込んだ後、少年は唐突に質問を変えた。
「僕が誰だか、覚えてる?」
「?」
知り合いだったのだろうか。でも確かに、お兄様達と同席している以上、貴族ではあるのだろうけど。
「すみません。お知り合いでした?お兄様とフェルナンは見た目で私の兄弟と分かったのですけれど、貴方も私の親戚か何かでしょうか?それともお友達?」
すると、会話の主導権を少年に渡して無言を貫いていたお兄様とフェルナンがぎょっと驚いたように身を引いた。
「―――ルチア!何て不敬な!今すぐ謝れ!」
「まさか、この方が誰だか知らずに喋っていたんですか!?」
そんな事言われても。記憶がないって言ってるじゃないの。
半ば憮然としつつ、呆れ混じりに兄弟を見ていると、当の少年本人に、自己紹介された。
「失礼。僕の名前は、ヴィルト・フードゥクリマ。このフードゥクリマ国の第二王子だよ。母親がアルバニア家の先代の娘で君達の父親と姉弟だったから、君達とは従兄弟の関係だね」
宜しくね、従妹殿、とにっこり笑われて、卒倒しなかった私を、誰か誉めてください。
―――というか、呪いの魔法を受けた王子がこんなとこに居るんじゃないわよ!