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アルバニア公爵家にて

 

 歴史ある家名、王家に連なる血筋を生み出す由緒正しきアルバニア公爵家。かの一族は、身分に驕らず、民のことを第一とし、数少ない『真の貴族の(ノブレス・)誇り(オブリージュ)を持つ一族』と呼ばれている。現当主である公爵は魔法省統括という肩書きを持ちながら、広大な領地の経営を怠らず、跡継ぎであるライルナートに実地で少しずつ経験を積ませつつも、最終的な確認と定期的な視察を欠かさない。一年の半分を王都に滞在しているのに関わらず、そんな荒業をやってのけるのは、公爵の腹心の部下が『監査役』として暗躍しているからである、という事実を知るものは決して多くはない。


 人数も拠点も規模も、何もかもが秘されている『監査役』。

 その存在のみが密やかに噂され、しかしそれがどのような組織なのかは、誰も知らない。その実態を全て掌握しているのはアルバニア公爵ただ一人、とも言われている。


 そんな謎だらけの組織にも関わらず、存在事態は否定されず噂されるのには、理由がある。確かな、『監査役』の足跡とも言える、多くの事件が存在するからだ。


 ある時は、孤児院の資金を横領していた政務官の不正が明るみになった。

 またある時は、近年多様な調味料の製法が確立し、急激に需要の増えた大豆を市場で独占して私腹を肥やそうとした商会が、その悪質な手法を号外紙面で領内中に配られ、領民から信頼を失って商売できなくなった。

 そしてまたある時は、他領から流れてきた人拐い集団の噂がアルバニア領に近くなり、いよいよアルバニア領内でも被害が出るか、と領内で緊張が高まった頃、縄でぐるぐる巻きに縛られ、自警団の詰所の前に転がされた人拐い集団が、早朝に発見された。


 それらの事件は、いずれも『監査役』が行ったことだと言われている。そして他にも『監査役』か暗躍したと噂される事件は後を絶たない。

 勿論それらが『監査役』の仕業であるという証拠は無い。政務、商会、治安維持と多岐に渡る事象においての『監査』など、普通は有り得ず、噂にも上るはずがない。しかし、噂は風化することもなく、確かに存在し続ける。その存在を信じたい者達、その存在を怖れる者達がいる限り―――。


 アルバニア公爵家の屋敷の一角、領主の執務室へと至る廊下を足早に歩く一人の男性はその『監査役』の存在を()()()()()一人だった。


「今こそ『監査役』の動く時じゃないのかよ……!」

 抑えきれない低い声音が、口から溢れ出る。


 足早に歩く男、アルバニア公爵家に仕える騎士の一人であるナルサス・ユーザは怒っていた。いや、憤っていると言っても過言ではないくらい、頭に血が登っていた。普段のナルサスは、18歳という若さもあって、熱血しやすくはあるが、周りはよく見る方であり、主家に当たる公爵家の廊下で怒気も顕に闊歩するような真似は決してしない。


 現在のアルバニア公爵家は、迅速な箝口令が敷かれたとはいえ、事が事なだけに、屋敷内は混乱していた。可能な限り外部との接触を減らしてはいるが、公爵令嬢が第二王子と共に姿を消して既に()()が経っている。『公爵家跡取りである長男と、次男が内密にその行方を追っているので、騎士はその補佐を。屋敷内では平常通りの業務を行うように。事件の全貌が判明するまでは他言無用』と、王都から急ぎ戻った公爵夫妻が指示を出した為、皆不安に思いながらも公爵への信頼故に指示を守り、屋敷内の秩序が保たれていた。


 しかし、それももう限界。公爵家に出入りする業者や物流は多く、人の口に戸は立てられないとはよく言ったもので。箝口令が三日も保っただけ奇跡のようなことであり、これ以上情報を留めて置くことはもう無理だと考える者も多数出てきていた。


 歴代宰相を何人も輩出してきた学問のファウスト公爵家、武勇に優れ、歴代騎士隊長や数々の猛者を輩出してきた国の剣とも言えるクラリウス辺境伯家と肩を並べるアルバニア公爵家は、魔法に優れた人材を輩出する一方、類い希な程の民への献身と国への忠誠心の高さから『国の良心』と呼ばれることが多い。

 そんな誇り高きアルバニア公爵家の直系の長女であるルチア・アルバニアが、第二王子へ呪い魔法を掛け、領地を経営するための資金を私利私欲の為に横領した疑惑が上っているのである。それは、『国の良心』と呼ばれるアルバニア公爵家だからこそ、最も忌避されるべき事態であり、有り得てはいけないことであった。


 ナルサスは忠誠を捧げるアルバニア公爵家の存続の危機である現状に被疑者(ルチア)『監査役』(やくたたず)に怒りを抱くと共に、疑問も抱いていた。嫡子のライルナート様と次男のフェルナン様は幼いながらも優秀で、魔法の腕は既に王宮付き魔法使いにも劣らないと言われている。しかし、だからと言って守られて然るべき存在には代わり無いのだ。なのに、彼等が主体となって被疑者(ルチア)被害者(第二王子)の足取りを追い、自分たち騎士が補佐に回っている現状。そして『監査役』はこのような時にこそ仕事をするはずなのに、何故、動かないのか―――。


 ナルサスはこの三日間、館の内部で何かの痕跡や証拠が残されていないかを他の騎士達と共に捜索していた。金庫やルチアの部屋、家具から私物までくまなく調べたが、大きな手掛かりは得られなかった。ただ金庫の中の領地運営費がごっそりと姿を消し、代わりのようにルチアの私物である宝石類や豪華な服飾類が部屋に異常なくらい大量に存在するのみで、完全な状況証拠しかないのが現実である。

 金庫に保管されていたはずの領地経営用の帳簿と私物の購入帳簿まで無くなっているからルチアの宝石・服飾費との照合が進まないのが現状だ。

 管理していた執事のロムスは管理責任を問われて自室に軟禁されているが、せめて金庫の中身が見つかるまでは沙汰の仕様もない。執事の処罰(そんなこと)より優先すべきことが多すぎる。


 さらには本人が行方を眩ましているのだから、何がしたいのか分からない。容疑がかかっているのがおかしいくらいに思えるが、()()()()()なら横領くらいはやりかねない、という使用人一同の見解の一致から、捜査しているようなものだ。


 一人一人が個別に調べると見落としがある可能性もあるが、複数人が重複して確認しているため、漏れは無いはず。なのに何も見つからない現状に、ただ焦燥だけが募る。万が一ルチアが犯人でなかった場合のために公におおっぴらに動けなくてもどかしい気持ちもある。しかし、一番気に食わないのは、元は噂という不確定な情報と、ルチアと第二王子が共に行方が知れないというだけの現状証拠から始まったこの捜査に、どこか違和感を覚えることだ。

 何かに踊らされているような気持ち悪さ。しかし、今の自分に許されているのは、痕跡も証拠も見つからなかったという報告をすることだけだ。そのため、現在領主の執務室に向かっているが、足が重い。途中でふと思い立ち、今は完全に捜索の終わったルチアの部屋へ足を向ける。この三日間で調べ尽くされてはいるが、改めて見てみれば、何か新しい発見があるかもしれない。



 廊下の角を曲がると、ルチア付きの侍女、チェルシー・ライに出会った。ライトブラウンの髪に少し垂れ目勝ちなおっとりとした雰囲気の少女だ。ワガママ放題で知られるルチアの扱いが上手くて、娘盛りの18歳器量良し、と同僚が三言程余計な人物評価をしていたことを思い出す。しかし、扱いが上手いということは、それだけよく世話していたということだろう。少しでも手掛かりが欲しいので、普段は特に話す間柄でもないが、声を掛ける。


「済まない、少し良いかな?」

「え?……はい、何でしょうか」


 少し目を見張って振り返るチェルシー。いつもなら、会釈だけでお互い済ませる関係の同僚だ、無理もない。


「ナルサス・ユーザ様、ですよね?」

「よく覚えているね。俺、去年入ったばっかりの新米でまだまだ下っ端なのに」

「ナルサス・ユーザ様はあの、有名ですので……」


 どういう意味の有名なんだか。


 顔を少し赤くして俯くチェルシーに、冷めた気持ちで内心呟く。

 自分の顔がそれなりに見られることも、自分の経歴が少々珍しいことも知ってはいたが、ちらちら見られても鬱陶しいだけなのでやめて欲しい。


 内心でため息をつくナルサスはそれなりと自己評価しているが、ナルサス・ユーザという騎士はとても目立つ容貌だった。短めの赤毛はまるで燃え盛る炎のように艶のある紅で、神話に出てくる男神のように雄々しく、形の良い鼻梁と整った眉、長身で細身なのに引き締まった体躯は男らしくもあり、年頃の少女がのぼせるには十分な要素を兼ねていた。


「君、ルチアお嬢様付きのチェルシー・ライだよね。こっちから来たってことは、お嬢様の部屋の掃除の帰り?」


 ちらっとチェルシーの歩いて来た方向と、チェルシーが手に持っている掃除用具に視線をやりつつ尋ねる。


「えぇ。いくらお嬢様にあのような容疑がかかっていても、部屋の掃除を怠れば、埃が積もりますから」

「メイドの鑑だね。一人で掃除したの?お嬢様の部屋って広そうだし、大変じゃないか。有能って噂は伊達じゃないね」

「そんな……これが私の仕事ですから」


 はにかみつつ、頭を下げる姿はアルバニア公爵家に仕えるメイドとしての教育を徹底的に受けているためか、とても綺麗なものだった。


「せっかく掃除が終わって仕事が一段落したとこ悪いんだけどさ、ちょっとお嬢様の部屋に一緒に行ってもらっていいかな?俺、領主様に調査の報告しないといけないんだけどさ、何も無くてちょっと焦ってて。何か新しい発見とまではいかなくても、手掛かりでもあればいいんだけどね」

「えぇ、構いませんよ」

「ありがとう!メイド長には後からちゃんと事情は伝えとくから心配しないで」

「いえ、そこまでしていただかなくても結構ですよ。屋敷内での騎士様の調査には全面的に協力するように、とのお達しもございますから」

「そう?じゃあ、行こうか」

 

 仕事だからと渋るチェルシーから、騎士として荷物(掃除用具)を預り、チェルシーの左後方を歩きつつ、お嬢様(ルチア)の部屋に向かう。


 出来たメイドらしく楚々と歩くチェルシーを視界に入れつつ、ナルサスは口を開いた。


「メイドの仕事ってたくさん有るから覚えること多そうだね。俺なんか騎士の下っぱだから鍛練と最低限の礼儀作法習うだけだけど、掃除一つ取ってもメイドの方が覚えることは多そうだ」

「そうでも有りませんよ?やり方さえ覚えてしまえば、毎日することは一緒ですから」


 話ながら、お嬢様(ルチア)の部屋の前に着いたので、チェルシーから部屋の鍵を受け取り鍵を開けると、礼儀に乗っ取って自ら扉を開け、チェルシーを中へ促す。


 部屋の中は公爵令嬢らしく豪華な内装に、可愛らしい小物が飾られていた。チェルシーが掃除したからか、埃や塵の欠片も見当たらない。


「君は、掃除していて何か気になることは無かった?いつも掃除するところの中で、最近増えたものとか減ったものとか、何か無いかな?」

「気になること、ですか……」


 チェルシーはぐるりと部屋を見回すと、本棚に目を向けた。


 飾り棚の一画に増設された本棚には、少女らしい小説や最近貴族に流行の絵本が置いてあった。魔法のエフェクトが搭載されたその絵本はピクシーブックと呼ばれ、子どもの読み聞かせ用だけではなく、魔法の想像力を高め、魔力の扱いを容易くできるようになるために、貴族の子女からの需要が高まっているらしい。王宮が発行しているが、魔力の無い平民には開けないので、賛否両論有るらしいと聞く。


 チェルシーは本棚に近付くと、整然と並べられたその本の中の一冊を手に取り、俺に手渡した。


「本棚の本は、上に埃が積もらないように一冊ずつ半分ほど引き出してはたきで埃を落とすのですが、この一冊だけ、本というより紙の束にブックカバーが掛けられているようで……しかし、中身を読もうとするとピクシーブックのように魔法が掛けられていて、魔力の無い私には読むことができないので、掃除だけしていたのです。数ヶ月前にはこのようなものは無かったと思うのですが」

「これは……」


 少しだけ魔力を通し、内容を確認する。


 そこには、ここ三日間探し求めていた書類が存在した。

 本来は金庫の中に厳重に保管されるべき、帳簿。

 前半には領地経営の資金用帳簿、後半には屋敷の私物用購入帳簿が、纏めてピクシーブック用のカバーを掛けられ、一見本の装丁を様して、確かに存在していた。








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