18.
ガラガラガタンッガラガラガラガラ……
「…………!!」
痛い痛い揺れる舌噛む痛い腰もげる痛い無理ッッ
行き道と違ってボロ馬車に乗った感想は、筆舌に尽くしがたい程酷かった。もう言葉を放棄したいくらいお尻が痛い。唐突に大きく馬車が跳ねた時なんか、もうね。行きの馬車がどんだけ上流向けの高級馬車だったのか身をもって知りましたよ。サスペンションとかの緩衝装置とか絶対付いてないわコレ。
口を開くと舌を噛む予感しかしないので、誰も何も喋らないが、仮にも王子様と公爵子息がこんなんによく耐えられるね?
―――とか思ってたけど、屋敷の近くまで帰ってきて、ようやく馬車から降りるって時、全員がすぐには降りられず苦悶の表情を浮かべてた。うん、お察しである。ダヨネー。
御者をしていた男性が馬車の扉を開けてくれたけど、私達の様子を見て申し訳なさそうに眉を下げる。
「申し訳ございません。何分、条件に合致する馬車を用意するには乗り心地を犠牲にするしかございませんで……」
「いや、いいよ。速さ優先にして人目につかないようにするには、しょうがないさ。無理を言って悪かったね、ラッツォ」
ラッツォと呼ばれた男性―――二十代前半くらいの精悍な顔立ちと不釣り合いな草臥れた服を着た青年が綺麗に腰を折って謝罪すると、ヴィルト様は苦笑しつつも鷹揚に返しながら、ゆっくりと馬車を降りた。そして、微笑みながら手をさしのべてくれたので、有り難くエスコートされつつ私も馬車を降りる。お尻が痛すぎてちょっとへっぴり腰になったのは、秘密にして頂きたい。
降りて一番に感じたのは、やはり解放感だった。しかし、揺れてない地面を踏みしめているのに、少し歩きにくいのは、此処が森の中だからだろう。
高い木々の向こうに、アルバニア公爵家の屋敷の屋根が少し見える。
乗り心地最悪のボロ馬車は、屋敷の裏手に存在する山の梺、森の木々に隠れるようにして、屋敷からは見えないような位置に停められていた。
「さて、屋敷には帰ってこれたけど……どうやって侵入るかな。カリーナとハイルが出てきた後、間違いなく出入りの監視は厳しくなっただろうし」
時間は夕暮れ間近。しかし日が沈むのを待って夜闇に紛れるのも、万が一見つかった時を考えれば良策とは言えない。
自分の屋敷に帰ってきたんだから堂々と入れば良いって?そんな訳にはいかないのよね。そう、私達は表だって帰宅したのではなく、内密に帰ってきたのだから。
「取り敢えず、ラッツォは再び裏からサポートしてほしい」
「承知致しました」
ヴィルト様の言葉に、一言返し、ラッツォさんは消えた。
うん、冗談とか誇張じゃなくてね?本当にフッと姿が消えたのです。忍者かな?
「ラッツォはね、裏近衛なんだ」
驚きで目を見開く私に、ヴィルト様が説明してくれる。でも裏近衛?近衛に表裏なんてあるの?
「一応、これでも王位継承権のある王子だからね。護衛もなく出歩くことは許されてないんだ」
うんうん、リアル王子様だもんね。それはよく分かりますけれども。
「隠密、みたいなものですか?」
「まぁ、そのようなものだよ。近衛の人間は目立つからね。城の外で行動する時は撒くんだけど、裏近衛は探索能力に長けた魔法を使って追尾してくるから、撒けないんだ」
いやいやいやいや、王子様。撒いちゃ駄目でしょ。何この人真面目な顔して破天荒やらかしてんの?
そう思ったのが顔に出ていたらしい。
「今回は、大事にしたくなかったからね」
苦笑しながら言われた。いや確かに、呪いの魔法受けたとか周りに知られたら大事になること確定だけども!そんな時だからこそ、身体は大事にしないといけないのでは。
「あれ、でも、呪い魔法の件は、身内しか知らないって確か言ってませんでした?」
裏近衛も隠密で味方だから、身内の扱いなのかな?でも味方枠とはいえ、国王様にモロバレだよね。
「あぁ、あれは裏近衛にも詳細はバレてないよ。だから何とでも誤魔化せるから、安心していい」
……詳細は?
キラキラしい笑顔で言われても安心できませんよ王子様?
「バレないようにしたのは俺だけどねー」
「……!」
?マークが飛び交う私に答えを返したのは、ヴィルト様ではなく、ボロ馬車グッタリツアーに参加せず(恨めやましい!)、魔法で後を追ってきたらしいフロウだった。
どうでもいいけど、いきなり隣に出現されるとびっくりするから普通に登場してほしい。
「一応依頼を遂行するのに強めの結界張ってたんだよー。ちゃんと外からは異常なしに見えるように偽装までしてさ。あの人たち、探索能力と身体能力はピカイチだけど、幻覚系魔法とかには弱そうだったから」
幻覚とか結界とかさらっと言うなチート野郎め。しかも王子様専用隠密の弱点とかまで把握してるとか何者なんだ。今更だけど。本当もう、今更だけど!
よし、無視、次!
「じゃあお兄様とフェルナンドも幻覚にかかったのでは?」
確か二人はヴィルト様と一緒にフロウを捕まえたって言ってたはず。裏近衛が幻覚にかかったのに?
「僕達にはこれがあるから」
そう言ってフェルナンドが懐から出したのは……
「……牙?」
緩く曲線を描き、青白く鈍い光沢を放つソレは掌に収まる程の大きさで、コロンとしていて形は可愛いのに、存在感に溢れている不思議。大型犬とか狼の牙っぽいけど、異世界だし魔物の牙とかかな?
「ブルードラゴンの幼体の牙だ。生え代わりの時に自然に抜けるそれは、毒と幻覚を無効にする。俺とフェル、そして当然ヴィルト様も常時携帯している」
あぁ、幼体だからドラゴンの牙がお手頃サイズなのね。普通のドラゴンならもっと大きそうだものね。
……うん?ドラゴン?
「あの、ドラゴンって、確かホワイトドラゴンが『風』系最高位とかなんとかお兄様が言ってたような……?
間違って召喚?してしまった時のお兄様とフェルナンドはかなり騒いでうるさ……喧し……騒々し……面倒くさ…………驚いていたようですけれど、ブルードラゴンは下位のドラゴンなのでしょうか?」
簡単に生え代わりの牙を入手出来るってことはレア度が低いのかなって思うんですが。うん、そこの兄弟は何か言いたそうだけど今はシャラップね。一応言葉は濁してあげたけど、言いたいことは伝わったようで何よりだ。軽い意趣返しのジャブが決まって大満足だわー。あの時人のこと化け物か猛獣のような扱いしたことは決して忘れまい。乙女の恨みは深いのだ。
ヴィルト様の方に向き直って問いかけると、にっこり笑顔と共に説明してくれた。
「いや、ブルードラゴンは『水』系の最高位ドラゴンだよ。」
まさかの最高位(再)!
と、いうか、えぇーと……やたら高位のドラゴンだか精霊だかの遭遇率高くね?昼にホワイトドラゴン(偶然)召喚して、可愛い精霊とか大樹の高位精霊とかと出会って、とどめに夕方にブルードラゴンの牙(×3)ですか。
私、目覚めてから実はまだ半日ですよ?
「……毒と幻覚無効とは王公貴族に必須な品物のようですが、とても入手困難なのでは?ただでさえ最高位と言われる生物の、さらに生え代わりの牙とくれば、かなり希少価値が高そうに思います」
「確かに希少価値は高いね。コレは無料だけど」
「無料!?」
無料より高価なものはないんですよ!
うん?いや、王族なら謙譲品とか有りなのか。まさか賄賂?
「滅多に遭遇することもないし、召喚するのは骨が折れるけど、この牙をくれたブルードラゴンは丁度生え代わりの時期に偶然出会って、快く譲ってもらったものだから、正真正銘の無料だよ。……賄賂じゃないから安心して?」
なんかやけにニッコリ言われた。何故賄賂を疑ったとバレた。
「まぁそういう訳だから、呪い魔法の件は僕達三人だけの内々でおさめることが可能だったんだよ。あまり認めたくはないけど、襲撃者がフロウじゃなければ、もっと大事になって揉み消すのは不可能だっただろうね」
そこ、ドヤ顔すんな犯人。
* * *
「さて、それはさておくとして」
全員がたかい木々の向こうの屋敷に視線を戻す。
自分の家に不法侵入ってなかなかシュールな状況よね。でもいつまでも此処には居られない。せっかくお尻もげそうな思いまでしてあの馬車で帰ってきたのに、見つかったら水の泡だ。もげ損だ。まだもげてないけど。
裏近衛のラッツォさんの御者の腕と、フロウの加速の魔法で乗り心地を犠牲にして、行きは一時間程の道を帰りは約二十五分強。まさかの超短縮だよ。
カリーナとハイルが急いで知らせに来てくれたこともあって、夕暮れ間際に帰りつけたのは僥倖。あちらは流石に私達が今日中に屋敷に帰ってくるとは思わないだろうから多少の油断は有るはず。いや有って欲しい。むしろ有れ。
屋敷に入って隠れることさえ出来たら、ヴィルト様の作戦は決行可能なのに。さすがのヴィルト様も、他人の屋敷の侵入方法に明るくはないだろうし、実際住んでる兄弟は普段正面から出入りするのだから隠し通路なんて必要なし。私なんかは日常の記憶すら無いからお昼に通った正面玄関の絢爛豪華さを覚えてるのみ。つまりなんて役立たず。カリーナとハイルだって使用人玄関と通路なら熟知していても、そこは見張られているだろう。フロウに至っては今は自分の出番じゃないとでも思っているのか、木にもたれ掛かって静観の構え。もうちょっと興味を持てと言いたい。
侵入方法なんて残念な私の頭には思い付かないので、何となくそわそわしていたら、ヴィルト様に微笑まれた。
「大丈夫だよ。確かに見つからずに侵入るのは難しいけど、他にも方法は有るから」
「……?どういうことでしょうか?」
「例えばそこのフロウなら魔法による力業で侵入も可能だろうね。屋敷の敷地内への隠し通路も、ある程度は封鎖されてるだろうけど、数年前から新しく僕達が作ったものは多分無事だよ」
作ったんですか!?新しく?
私の驚きが伝わったのか、苦笑された。
「僕の妖精をライル達と探すときにちょっとね。できるだけ周りには内密にしてたから」
「それは……お世話をおかけしました」
なんかごめんなさい。
「他に屋敷に入る方法なら……」
「お待ちしていましたよ」
ヴィルト様の声は唐突に遮られた。私にも聞き覚えの有る声によって。
「ロムス様……」
カリーナの震える声が私の思いに確信を持たせた。やっぱり、この人は。
「自らこんな屋敷の裏手までお出迎えとは、執事の鑑だね?ご苦労様」
ヴィルト様の声はいつも通りで、皮肉を込めているのか純粋に労っているのか判然としない。
私自身は一度しか面識が無いけれど、他の面々(フロウは除く)との関わりの深い執事が慇懃に美しい礼をとる。
「お帰りなさいませ」




