17.
前回の内容。
ロムスさん(執事)が怪しいよ!でもイイ人なんです。
フロウは私の犬らしい。
カリーナは思い込み強いよ!
ロムスさんの娘が人質!?
憶測は事実とは限らず、予想の域を出ない。
ロムスの娘が人質になっているかもしれないとは言っても、それはあくまでも可能性の一つに過ぎず、他に考えられる状況は数限りなく存在する。ロムスの人と成りがいくら誠実だからといって、ちょっとしたことで道を踏み外していないという保証もない。何らかの理由で金銭的もしくは物理的に追い詰められ、アルバニア公爵家を裏切っている可能性だって無くはない(カリーナ達の前では口が裂けても言わないけど)。逆に、ロムスが全く関与してないということだって可能性としてはとても低いけれど、有り得るのだから。
必要なのは情報。
ネレスが一人で今回の冤罪事件を作り上げるのは、実質不可能であり、しかもその協力者が一人とは限らない。実際、先程のハイルの報告では、何人かの使用人が姿を消していると言っていたし、ネレスの置き土産が呪い魔法と横領の二つだけとも限らない。むしろ他にも何か有ると覚悟しておく方が賢明だと思う。そもそも、フロウが言ったように、『記憶が無い、証拠も無い、証言者も居ない』のだから、調査が難航するのは想像に難くない。しかしその全容を掴めない事には、私にかかった容疑を晴らすことは難しい。
あぁ、だから。
「時間稼ぎが必要だったのね」
先程、ヴィルト様とフロウが外で交わしていたやり取り。
私達が慌てふためいて、逃げる算段をつけているかのように見せかける、監視役の人間への偽の情報。あれは、冤罪をでっち上げるだけの能力を持った人間の存在、その周辺状況、アルバニア公爵家の現状、その全てにおいての情報を得ないことには、逆転の目は出せないことを分かった上での、あのやり取りだったんだ。闇雲に屋敷に戻るだけでは、事態は悪化するだけで良くなることなんて有り得ないから。
ただ敵の目を逸らして撹乱するだけだと思っていたけれど、カリーナとハイルからの報告を聞いただけのあの短い時間で、どれだけ先を見通していたのか。ヴィルト様とフロウは本当に情報処理能力半端無い。実はスパコン脳?怖い。
「カリーナ達から報告を聞いたときに、既にロムスが関係してると気付いてたんですか?」
ロムスの名前が出た時、全く狼狽えることなく事実を受け入れていたのは、予想の範囲内だったからなのだろうか。ヴィルト様に尋ねると、軽く肩を竦められた。
「薄々ね。アルバニア公爵家で実権を握る立場の者はその全員が公爵に厚い忠誠を誓っている。それこそ、命を掛けるくらいのね。人格に難の有りすぎるネレスが中に居たとはいえ、直系の娘に冤罪をかけるような人間は居ないと言っても過言ではないよ。ただし、ロムスは比較的まだ若くて情に厚いから、忠誠心と情を秤にかけてしまうことは有るかもしれない。実際のところは調べてみないことには分からないけど、周辺を洗う必要が有るね。多目に時間稼ぎをした甲斐があって良かったよ」
スパコン脳、恐るべし。
「だから、フロウに時間差を作らせたんですね」
ようやく納得いった、というようにお兄様が呟いた。
「そうだね。出来るかどうかはフロウの幻影の出来次第だけど、成功したら数日間は情報収集の時間を取れるだろうし、根回しも出来る。僕の予想が当たっていれば、向こうも協力してくれると思うよ」
「それは……」
思わず、反論が口を出そうになった。ヴィルト様の計画では、あの人達に協力を頼むという前提だと聞いたけれど、話を聞いたとき、ヴィルト様とフロウ以外の全員が難色を示した。それもそうだと思う。アルバニア公爵家に縁のないフロウはともかく、話に伝え聞いただけの私でも、あの人達への根回しは無理だろうと思ってしまったのだから。
しかし、ヴィルト様は「無理だったら、その時はその時だよ」と軽く苦笑を溢したのみだった。
現実主義なのか楽観主義なのか……年齢詐称を疑う程、未だに色々と掴めないヴィルト様は、おもむろにカリーナとハイルの方に振り向いた。
「ところで、最近のロムスについてなんだけどね。どんなに細かい事でも良いから、何か気になる言動は無かったか教えて欲しい。ちょっとした違和感や、普段の仕事以外に請け負った物事なんかでも良いんだ」
聞かれたカリーナとハイルは、考え込み、しばらく時間を置いてから、おずおずと話し出した。
「最近、と言うほどではなく、ロムスさんに直接関係が有るかと言えば、そうでもないかもしれませんが……」
先に口を開いたのはカリーナだった。
「以前のお嬢様は、一度袖を通した服や、身に付けたアクセサリーには見向きせず、常に新しい物を欲されていたのでクローゼットや宝石箱の中身は溜まっていく一方だったのですが、ある時を境に、服やアクセサリーの数が減り始めたのです。いえ、減る、と言うのは語弊が有りますね。お嬢様は紛失する数以上に膨大な数をご購入されていましたから。紛失に関しましては、最初は一ヶ月に一つ程度だったのが、徐々に頻度か上がり、半月に一つ、一週間に一つ、と増えていきました。でも私以外の侍女やお嬢様本人は気付いて居なかったようです。何せ品目の数が数で、服も装飾品も数百点に及んでいましたし、全体の品目数としては右肩上がりでしたので、気付きようが無かったのでしょう」
…………え?ネレスってまだ社交デビュー前だよね?そんなに数揃える必要あるの?確かに貴族としては服やアクセサリーの使い回しとかは体面に関わる問題だから、常に新しい物を身に付けることは一概に贅沢病とまでは言い切れないかもしれないけどさ。デビュー後ならともかく、人前にほとんど出ないデビュー前にそんなに着飾る必要、有る?多少の服の使い回しくらいは、どんな高位貴族でも当たり前なのでは。
思わず頭に浮かんだ疑問から、お兄様の方に顔を向けると……
―――うん、まぁそうですよね。ブリザードでも吹き荒れそうな表情でした。いくら資産豊富な公爵家でも、際限の無い浪費を重ねる金喰い虫はノーセンキューですよね。
そっとお兄様から目を逸らし、再びカリーナの話に耳を傾ける。
「例え持ち主であるお嬢様が気付いていなくても、高価な品物が紛失している事態に変わりはないので、屋敷の物品を管理されているロムスさんに、相談しました。全体の品物の目録と紛失した品物の目録を用意して、折を見て実際にロムスさんに確認していただいたのですが……」
そこまで言うと、何故かカリーナは言葉を濁した。
「あぁ、もしかして前に姉上……ネレスが騒いでいたあの件?」
フェルナンが、何かを思い出したかのように続けた。
「詳しくは聞いてないけど、カリーナがネレスから泥棒扱いされて糾弾されてたよね?『手癖が悪い侍女なんて首だ』とか何とか喚いてた。勿論そんな事信じる人なんて居なかったけど。あれってその件で濡れ衣着せられてたの?」
「そう言えば報告が上がっていたな。私が丁度領地に用事があって出ているときにそんな騒ぎが起こったとか。ロムスがカリーナと共に目録と品物を照らし合わせて確認しようとしたところ、外出していたネレスが運悪く丁度帰って来て、ろくに状況確認もせず、何をとち狂ったのか、カリーナを窃盗犯扱いしたと聞いた。その場はロムスが宥めて事なきを得たと聞いたが……」
伝聞のみだったからか、お兄様は事実を確認するかのような口振りだ。
「はい。ロムスさんが庇って下さったので、クビにされることはありませんでした。しかし、その後お嬢様の持ち物の扱いからは遠ざけられてしまいましたので、その後の品物管理は別の侍女とロムスさんで行われている筈です。只でさえ忙しいロムスさんの負担を増やしてしまい、申し訳なく思っていたのですが……殿下の仰る『普段の仕事以外に請け負った物事』、に当てはまるかと思いまして」
そこまで言うとカリーナは、喋り終えたのか、一歩下がった。
代わりに、ハイルが一歩進み出る。
「私の方は、ロムスさんが現在行方を眩ました四人の使用人のうちの一人と、ここ数日何かを話し込んでいる様子を数回目撃致しました。雑談にしては深刻そうな様子でしたので、仕事上の重要な話かと考え、詮索はせず、遠目に見ただけですので、詳細は解りません。申し訳ありません」
二人は話終えると、姿勢正しく腰を折り、綺麗に一礼した。
二人の話に関連があるのかどうか、さらに今回の件に関わっているのかどうか、記憶の無い私には全く解らない。ただ、ヴィルト様にとっては役立つ情報だったのか、二人の話を聞くと「ありがとう」と返し、深く考え込み始めた。
「因みに、その四人の名前は?」
お兄様は屋敷の誰が姿を消したのか気になるらしい。
そりゃそうよね。十中八九裏切り者の可能性が高い人達な訳だし。おそらく屋敷の人員を把握しているだろうお兄様が気にする気持ちは分からなくもない。……複雑そうな表情を隠しきれていないお兄様は、年相応の素直さと潔癖さを感じさせる。
「メイドのシアとユーリ、従僕のジャンと、執事見習いのユーポスです。因みに先程報告した、度々ロムスさんと話し込んでいたという人物は、ユーポスです」
「ユーポスが?」
聞いた途端、お兄様は柳眉をしかめた。
「誰ですかその人?」
他の三人についてはスルーなのに、ユーポスさんの名前だけに反応を示したことが気にかかる。
「ユーポスは表向きこそ執事見習いという肩書きだけど、実際は父上が直接屋敷の現状を知るために送り込まれた『監査役』なんだ。『監査役』とはいっても、裏方のサポート役みたいなものだけどな。父様が社交シーズンと諸々の用事で王都に行く期間が長いから、どうしても目の行き届かない所も出てくる。まだ成人していない私とロムスだけでは大変だろうと、様々な場面で秘密裏に裏から働きかけられる人員として役立ってくれているんだ」
「ユーポスって、あの茶髪碧眼であまり目立たない、どちらかと言えば痩身な二十歳そこそこの青年だよね?そのユーポスの裏事情を知っているのは?」
ヴィルト様が聞くと、お兄様は少し考えて、答えた。
「よく我が家の執事見習いまで覚えていらっしゃいましたね。えぇ、私とロムスだけのはず……です。何人もが知っていたら、裏方になりませんから。ネレスは勿論、フェルナンにも教えていないので」
言いながら皆がフェルナンを見ると、フェルナンはこくりと頷いた。
「成る程」、と相槌を打ったヴィルト様は、眼を瞑って再び思考に没頭し始めた。
下手に声を掛けると邪魔してしまいそうなので、聞いた情報を私なりに整理してみる。
ネレスの散財に隠れるようにして行方不明になった高級品。
濡れ衣を着せられそうになったカリーナと、それを庇ったロムス。
行方を眩ました使用人の一人が『監査役』で、最近ロムスと度々話し込んでいた。
……よくよく考えれば、人柄の観点から無意識に皆から信じられているロムスだけど、第三者視点の私から見ると、結構かなり怪しいのよね。
行方不明になった品物って、かなり品数がある中で微々たる数だったのよね?なのに紛失の事実に気付いたカリーナってば超有能。さすが私の心の友(いや、心の侍女?)。いやまぁカリーナが可愛い有能侍女自慢はまた別の機会にするとして。(するんかい)
しかーしですよ、ロムスに報告した後、偶然とはいえ、ネレスに見つかって品物管理から外されてその後はロムスと別の侍女がその役目を請け負ったと。それ、そもそもロムスが紛失に関与してたならその後隠蔽し放題なんじゃ?うんまぁ、極論ではあるよ。でもさ、それまでに気付いたのがカリーナだけってことは、カリーナさえ品物管理から外してしまえば周りは気付きっこないし、ロムスがカリーナを庇ったという前提も覆る訳で。
しかも『監査役』として来ていたユーポスと話し込んでいたっていうのも、何となくきな臭い。ハイルが目撃していたくらいなんだから、人目を決定的に避けての密談というわけでもないのが逆に怪しい。まぁ、これはただの勘といえばそれまでなんだけども。
ただ、私は直接ロムスと接したことは一回しかないし、品物紛失事件についてもあらましを聞いただけ。判断材料が少なすぎる。客観的に見れば、状況的にかーなーり怪しいロムスだけど、そんなことはヴィルト様辺りならとっくに気付いてるだろうしね。
薄々とはいえ、ロムスの関与を疑っていたくらいだもんね。スパコン脳怖いよ、何だこの12歳。
とか思いつつ、ヴィルト様を見ると、目が合ったのでちょっとびびった。考え事は終わったんですか、そうですか。取り敢えずへらりと笑っとこ。……眩しい笑顔を返されました。王子様の笑顔一丁、頂きましたー!
脳内でどっかの居酒屋ノリの掛け声が響いたのは秘密です。
ヴィルト様は全員を見回して、続けた。
「ここで考え込んでいても、始まらないね。ある程度の予測は立てられたから、一度屋敷に戻ろうか」
そうですね。ここでは入ってくる情報は限られますもんね。うんうん、ある程度の予測が立てられたなら……ある程度の予測?
「予測……立ったんですか?」
え?マジで?
まだ情報収集はこれからでは?
そう思ったのは私だけでは無いらしい。お兄様達も、驚きを隠せないと表情が物語っていますよ。だよねー。
「まぁある程度はね。でも証拠集めはこれからさ。さすがに屋敷に戻らないと、証拠と証言までは手に入らない」
「証言?」
証言してくれるような人なんているのかな?私が言うのもなんだけど、私って屋敷では厄介者の嫌われものなんだよね?
私の懐疑的な視線に気がついたのか、ヴィルト様は苦笑して言葉を付け加えた。
「証言っていうのはね、してもらうものじゃなくて、引き出すもの―――させるものなんだよ」
はい、今日一番の目が笑っていない笑顔、頂きましたー。
亀更新でごめんなさい……。




