16.
ようやく落ち着いたカリーナは、ゆっくりと喋りだした。
お守りの指輪の存在、風の精霊の祝福されたその指輪によって、普通は聞き取れないような呟き声も聞こえてしまうこと。そして、その指輪の能力のおかげである人の呟きを聞いてしまったこと。
「あの時―――お嬢様が記憶を無くされたと聞いた時、すぐに執事のロムスさんを呼びに行きました。そしたら……思わず、という風に呟かれたんです。『まさか、ゲームなんて、本当に……?』と。その時は『ゲーム』が何を指すのか知らなかったので、聞き流してしまいましたが……すみません。『ゲーム』を知っているロムスさんも『イディオ』である可能性は高いですよね……あの時、詳しく話を聞いておけば良かった……」
しょぼんと俯くカリーナ。
しかし、バッと顔を上げると、必死に言い募った。
「でも、ロムスさんは良い人なんです!ネレスさんがお嬢様の身体に居た時、服や宝石が何点か紛失した際に、疑われた私を庇って下さいました。無茶な用事を頼まれたときはこっそり助けて下さったこともあります。仕事終わりには使用人の皆を労って下さる、とても良い上司なのです!……なので、今回のお嬢様の冤罪に、関わっていると思いたくはないのです……」
大きな瞳に涙を浮かべて熱弁するカリーナ。
……あぁ、ロムスが『イディオ』かもしれないと気付いて、私の冤罪に関わっているかもしれないと思ったから、顔色を悪くしていたのね。尊敬する人だからこそ、悪事に関わっている可能性に思い至って、取り乱してたのか。
そこに、お兄様とフェルナンも参戦してきた。
「俺も、ロムスは関わりないと信じたい。どんな人間でも裏表は有るが、一緒に屋敷での仕事を回していた時、誠実な仕事ぶりを間近に見ていたんだ。信頼している。人を貶めるようなことはしないと思う」
「ネレスが使用人イジメしてたときも兄様と一緒にフォローしてたしね」
「あぁ、本当に……ロムスが居なければ、立ち行かない場面が多々あった。使用人の皆のことをしっかり見てくれているからこそ、細かな変化にも気付けて、対応できたんだ。ロムスは確かに、『イディオ』かもしれない。しかし、『ゲーム』の知識が有るだけで、今回の件には関わりないのではないだろうか?」
お兄様とフェルナンも、余程ロムスを信頼しているようだ。
おぅおぅ、ロムス君。初対面の私に対する態度とえらく違うじゃないか。腫れ物扱いでスィーッとフェードアウトしたあの動きは今も覚えてるぞ。まぁ、あの時はなんて管理職だ!と思ったけど、あの態度はネレスの所業のせいだったからだと認識を改めよう。
しかしアレだね。確かに、人物像聞く限りは、(例え悪名高い私相手にであったとしても)冤罪被せるような性格ではなさそうよね。うん、でもね?
「いや、彼はまず間違い無くネレスと繋がりがあるよ」
冷静に、ヴィルト様は断定した。
「はい、私もそう思います」
私も、ロムスの人柄はともかく、事実として関わっていることは間違い無いと思うので、ヴィルト様の意見に賛成する。
しかし、その言葉を聞いた途端、カリーナがとっても悲しそうな顔になったので、慌てて言い添えた。
「いや、あのね?冤罪を被せたのがロムスって言いたい訳じゃないのよ?でもね、カリーナの聞いたロムスの言葉は、ただの『イディオ 』では有り得ないのよ」
「有り得ない……?」
不思議そうな表情を浮かべるカリーナ。お兄様とフェルナンも怪訝な顔で、ハイルも難しい顔で考え込んでいる。
うん、そうよね。普通は、分からないわよね。一瞬で理解出来ちゃってるヴィルト様とフロウの方がおかしいと思うの。理解能力高すぎない?……本当にこの二人、見た目通りの少年なのかしら。中身が30代のイケオジとか言われる方が違和感無い気がするわー。
―――少し脱線してしまった。うん、そうそう、『ゲーム』を知ってるなら『イディオ』だろう。そう考えるのが普通の流れだと思う。でもね?
「『ゲーム』の中で、ネレスが私の身体を乗っ取るシナリオなんて無いのよ。勿論、悪役令嬢であるルチアの記憶喪失なんて事実自体、存在しない。だから、例えロムスが『イディオ』であったとしても、『ゲーム』のことを知っていたとしても、私の記憶喪失と結びつけられる筈がないのよ。偶然知っているなんてことも、有り得ない。―――誰かに、教えられたりしない限りはね。つまり、『ゲーム』と『記憶喪失』に関連性を見出だせるのは、乗っ取っていた当の人物、ネレスと―――」
「繋がっている、人物、だけ……?」
私の言葉の意図するところを理解し、ますます悲愴な表情になったカリーナに、同じく表情を固くするお兄様達。
しかし、そこで横槍を入れたのは、意外にも発言を控えていたフロウだった。
「繋がってるってさー、必ずしも目指す先が同じとは、限らなくない?」
「え?」
「どういう……ことですか?」
カリーナは目を瞬いて、ハイルは怪訝そうにフロウに問い返す。
「というか、貴方は一体……?殿下やライル様達とどのような関係で一緒に居られるのですか?」
……あ。そう言えば説明してなかった。紹介する間も無かったもんね。
今更ながらにフロウのことを伝えそびれていたことに気付く。
えー、でもどう言おう。ヴィルト様に呪い魔法掛けた犯人……チャラ男……自称私の従者……?ダメだ、どれも不審者要素しかないな。何か適当な言い方は無いもんかな?
考え込む私を他所に、フロウはあっさりと答えた。
「俺?俺はねー、お嬢さんの犬だよ」
あぁ、犬かぁ。そう言えば犬ポジ狙ってるっぽかったものね。うんうん、そっかそっか―――って。
あほかぁぁぁぁぁっっっ!!!
どこに自己紹介で「俺、犬です(キリッ)」なんて言う奴が居んのよ!そんなん言われて「私、この犬の主人なの(キリッ)」とか言えるか!せめて「主従関係結んだ」くらい付けろ!ただの変態プレイと思われるでしょーが!!
爆発しそうな胸の内を、思わず淑女らしからぬ口調で吐き出しそうになった、その瞬間―――。
「認めません!」
雄々しく、高らかに申し立てる声が挙がった。ビシィッと真っ直ぐ空へと手を伸ばし、宣言したのは、先程まで物憂げな表情を浮かべて、今にも倒れてしまいそうな佇まいだった―――カリーナだった。
お、おぅ?カリーナさん?さっきまでと雰囲気が違いすぎやしませんか……?
「純粋で、儚くも気高いお嬢様に、貴方のような得体の知れない軽薄そうな男性が近づくだなんて……!」
誰ですかそれは!?純粋でも儚くも気高くもないよ私は!どちらかと言えば薄汚れた人間だと思うよ!見た目はいたいけな子供だけど、中身は世俗に塗れて打算的な大人ですから!
「それに、まだまだ周りに甘えて許される年頃ですのに、常に気遣いを忘れず、清廉潔白。慈愛の象徴のごとく、天使のように可憐なそのお姿は、まるで女神の化身のよう……」
まだ言うか!もう止めてぇぇぇ!!
もう何かに取り憑かれているんじゃないかというくらい、恍惚とした表情で止まらないカリーナ。いやもう、マジで誰か止めろ。
お忘れかも知れませんが、昨日までこの身体、ネレスだったんだよ?カリーナの『私』への印象が対比効果で急上昇したとしても、行き過ぎじゃね?……朝からこの夕方までの数時間で、カリーナの中ではどの様なトンでも展開を経て私のイメージが固まったのか。
ハイルの方を窺うと、何処か諦めたように首を振られた。
「……貴方の妹は、少々思い込みが激しくなくて?」
「いいえ、ただの人見知りです」
人見知りは、あんな暴走しないよ!
私の内心の叫びはしっかり聞こえたらしい。ハイルは、言い訳するように続けた。
「極度の人見知りが、初めて心を開いて関わった人間相手に崇拝レベルで好意を抱くと、あのようになるかと」
ツッコミ所多過ぎない!?
まず一番声を大にして言いたい。崇拝レベルって何だ。される云われも向けられる理由も分からないんですけど!
「あのカリーナが、こんなに成長するなんて……」
成長の一言で片付けないで!?何か嬉しそうに涙浮かべてるし!結局あんた、ただの兄バカなんじゃない!
シスコンに付ける薬は無いので、未だに続くカリーナの演説を止めるべく、ヴィルト様に助けを求める目を向けると、何故かカリーナに同調して深く頷いていた。貴方もかい。常識人は何処だ。
忠犬兄弟はカリーナの変貌に驚くばかりだし、役に立たな……事態の好転には程遠い。
ますますカオスと化してきた現状を打破したのは、最初にこの事態を招いた張本人だった。
「ハイハイ、メイドのお嬢さんの想いはよく伝わったよー」
フロウは、パチパチと(やる気の感じられない)拍手をしつつ、エセ紳士くさい笑顔を浮かべている。……そんなんだから疑われるんじゃないだろうか。
「取り敢えず、俺の名前はフロウ。ちょっと魔法の使える、ルチアお嬢さん専属の便利屋さんくらいに思っといてくれればいいよ」
その自己紹介をまず最初に何故しない。
「まぁ色々と言いたいことはあるだろうけどねー。取り敢えず、時は金なりってことで、話を進めようよ」
お前が言うな。
「俺はその執事さんとやらのことは知らないけど……ネレスの事は知ってる。あのお嬢さんならさ、誠実で人情味溢れた人相手に、人を陥れる計画を持ちかけたりするかな?そんな無駄なことはしそうにないよね。むしろ、その人情を利用しそうじゃないかな?」
「僕もそう思うね。ロムスは執事という大きな権限を持つ人材だ。今回の冤罪事件を作り上げるのに、これ以上ない駒になる。領地経営の為の資金の在りかも知っているし、勿論その金庫の鍵の管理も任されている。ロムスの立場なら、情報操作も情報規制も容易いだろうしね。屋敷内で噂が留まっているのは、何か目的があるのかな」
ヴィルト様もフロウと同じ考えのようだ。
まぁ、そうよね。皆から慕われるような人が、ネレスみたいなえげつない人間と共謀すると考えるより、何らかの手段によって加担させられていると考える方が自然だもの。問題は、その何らかの手段の内容だけど……。
「清廉潔白な人間に、犯罪に加担させ、しかも私に冤罪を掛けさせる。並大抵の理由では動かせない人間を良いように操るなら……」
半ば無意識に、考えを纏めるために口から出ていた言葉は、ヴィルト様によって答えが導き出される。
「―――人質、の線が濃いだろうね。ロムスには、今年3才になる子供がいる。目に入れても痛くない娘だ、と聞いたことがあるよ」
例え一番、そうであって欲しくなかった答えだとしても。
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