15.
「最初に、これだけは踏まえて頂きたい事があります。―――それは、これから私が話すことは、未だ定まらない未来であること、しかし恐らく、その未来を自分に都合の良い展開にできるとネレスは確信し、行動している、ということです。……何を馬鹿なと思われるかもしれません。むしろ信じていただく方が難しいと承知しています」
できるだけ淡々と、事実のみを伝えられるように意識する。
未来が分かる、なんて言われても、普通は信じないだろう。しかも未来を思うように変えられるなんて、まるで神の所業だ。現実的にあり得ない。荒唐無稽な話だし、只でさえ信用の無いルチアが言うのだもの。疑うのは、当然。―――でも。
信じてもらえないと決めつけるのは、嫌だ。
「ネレスには、前世の記憶が有ります。―――そして、私にも」
例え、信じてもらえなくても。
「前世は恐らく今のこの世界より文明が発達していて、労働の需要が人間以外の供給で満たされていました」
魔法が存在しないからこそ、物理的、そして自然に存在する現象を突き詰めた科学という学問を学び、極め、その歴史を重ねてきたこと。
『機械』という人工的に造り出された道具を開発してきたこと。
人がそれを用いて、労働力を賄い、結果的に生活が豊かになり、営みに余裕ができたこと。
それらの事柄について、淡々と簡潔に述べていく。
ただの一社会人として、既に完成された規律に管理された範囲の中で生活していた私に分かることなんて、ほんの少ししか無い。平和で安穏とした日本。その歴史の中で存在していただろう文明の発達と人々の切磋琢磨については薄っぺらい教科書でしか知らないし、世界規模で見た場合の文明の発達による弊害、いわゆるテロや戦、環境汚染については現実に存在しても、対岸の火事とばかりにあまり気にとめてはいなかった。
私の知識の何と偏ったことか、と軽く自己嫌悪が入るけど、今は関係ナッシング!
その辺は軽く流します。
では本題。
「―――だからでしょうか、生活に余裕が出たことで、娯楽が多種多様に発展を遂げました」
一呼吸だけ置いて、続ける。
正直に言えば、言いたくない。でも、言うと決めたのは、私。
ネレスの目的を阻止するには、皆の協力が不可欠なのだから。
「……その中の一つに、対人、特に恋愛を仮定したシミュレーションを目的とした、遊戯―――乙女の為のゲーム。通称、『乙女ゲー』と呼ばれるものがあります」
正確に言えば乙女の為だけじゃないけどね。
老若男女関わらず楽しむ事が許されるのが、シミュレーションゲームの良いところであり、愛される所以だし。主に男性が楽しむ『ギャルゲー』も『乙女ゲー』と似たようなもんだけど今は関係無いから、スルーで。
「どういった因果関係に有るのかは不明ですが、その『乙女ゲー』に出てくるシミュレーション内容の世界観と登場人物、背景などに対して、ネレスは現実と同一に見ていると考えられます。混同している、とでも言った方が正しいかもしれません」
本来なら、ただの頭のおかしなイタい人、としか思えない考えだ。でも私がこの世界でルチアとして目覚めた時に見つけた日記のこと、そこに書かれたこの世界には存在しないはずの日本語の文章、そしてその内容を端的に話すと、ただ困惑して話を聞くだけだった皆の表情が段々厳しさを帯びたものに変わってきた。
それは当然だと思う。だって今を生きてるこの世界が、別の世界でただのシミュレーションゲームという遊戯の中で扱われているだなんて、普通は受け入れられないだろう。
自分の意思や周りの環境、自分を取り巻くこの世界が作り物だなんて到底信じられる訳がない。というか、信じたくない。例え私が誰かにそんなこと言われたりしたら、「妄想乙」くらいは言うと思う。
それが日記という物的証拠と、私の記憶喪失やネレスの意味不明な行動、諸々の状況証拠が揃ってしまって信憑性をガッツリと得ているこの状況。まだ日記を目の当たりにはしていなくても、これまでの経緯の中に各々思うところがあるのだろう。まだまだ皆の信頼を得ているとは言い難い私の話を、真剣に聞いて、考えてくれている。
「ちょっといいかな?」
ヴィルト様が質問してきたので、「どうぞ」と促す。
「話は少し脱線するけど……」と前置いて、ヴィルト様は続ける。
「ルチア嬢に自覚は無いと思うから、エヴァ殿に聞きたいのですが……彼女はやはり、『イディオ』ですよね?」
「そうじゃな。我らはただ、『世界を渡る者』と呼ぶが、そなた達はその様に呼んでおったかの」
エヴァ様は当然のような顔で頷いた。何ぞそれ?
「『イディオ』?」
聞き慣れない単語に、思わず聞き返すと、ヴィルト様が説明してくれる。
「異世界の知識を持つ人のことを、そう呼ぶんだ。僕達の想像もつかないような知識や技能を持っていたり、時に文明の発展に大きく貢献してきたことから、賢者という意味合いでそう呼ばれているんだよ」
成る程。ラノベとかで異世界転生でチートしてたりするアレか。
……うん?
「あの……。それって、えぇと、私の他にも転生した人が居るってこと……ですか?」
恐る恐る聞くと、首肯された。
「そうだね。異世界の文明の知識を持っているという意味で、転生、異世界転移、召喚された者、全てひっくるめての呼称が、『イディオ』だよ」
何と。ラノベ展開に狼狽えていた私の気持ちを返して欲しい。
「つまり、私のような存在は特に珍しい訳ではない、ということなんですね……」
「そうだね。何故かは知らないけれど、他の世界との境界が薄いのではないかと学者は研究していたそうだよ」
えぇー。崖から飛び降りるくらいの気持ちで打ち明けたのに、転生どころか異世界転移や召喚まで普通に認知されてるとか、こっちがビックリだわ。ヴィルト様の口振り的に、珍しくもなんともなさそうな感じだし、普通にラノベの世界で王道の異世界転生・転移、召喚とラノベ展開が頻発する辺り、むしろラノベの価値無し的な?逆に王道展開の争奪戦とかで揉めそうよね。皆が皆、「俺が主人公だー!」みたいな。……うん、何かカオス。
別に、私が特別!とか考えてた訳じゃないけど、自惚れダメ、絶対。凡人令嬢最高!心のノートに刻み付けとこう。……公爵令嬢としては凡人ワードはマズイかな?まぁいいか。
―――とか思ったけど、現実は少し違うみたい。
「最後に『イディオ』が確認されたのは、二百年程前だったかな」
「にひゃっ……くねん……?」
思わず声がひっくり返った。
二百年前って……日本では江戸時代くらい?でもこの世界は欧風寄りみたいだし、産業革命とかの時代の文明ってこと?あ、でも時系列が一緒とは限んないのか。
「ちなみに、その『イディオ』?によっての当時の最新の発見、開発されたものって、何でしょうか?」
「うーん……蒸気機関車と電灯、かな?」
あ。これ多分時間系列ほぼ一緒や。確かそんなくらいの年代に開発されてたはず。ってことは、時系列は一緒なのか。
「その二百年前には、『イディオ』の方は複数いらっしゃったのですか?」
「文献によれば、その頃、特に多くの『イディオ』が現れたそうだよ。蒸気機関車と電灯の開発についても、その中に技術者が複数居たから実現できたと言われているね」
そうよね。人は皆持っている知識が違うんだから、専門の知識がなければ文明の利器も作り出せないし、技術も伝えられない。極端な話、ケータイや車の操作の仕方を知ってはいても、一から部品を作り、組み立てることはできない。最新の医療についても、ウイルスや細菌の名前は知っていても、実際に治療することはできない。
二百年前にはたくさんの人がそれぞれの知識を寄り合わせたから、当時の前世の世界での最新の文明を持ち込むことができただけ。ヴィルト様が言うには、現在確認されている『イディオ』は私とネレスだけ。何の取り柄もない、文明の恩恵を受けていただけの私が転生しても、特に役立てることも無さそうよね。
期待されても困るし、早めに打ち明けるに限る。
「残念ながら私は専門的な知識も技術も持たないので、文明の発展に貢献はできないですよ」
スパッと言い切る。
しかしヴィルト様からもスパッと返された。
「あぁ、ルチア嬢にそんなことはさせないよ。むしろ、させられない」
……全く期待されないのもちょびっと寂しい。いや、言い出したのは私だけど!
ヴィルト様は苦笑しながら、続けた。
「正確には、利用させたくない、かな。何せ二百年間確認されていなかったからね。魔法の利便性に慣れきったこの世界では、新しいものを造り出す創造力というものが欠けがちなんだ。魔力さえあれば、何かと叶えられるからね。だから魔法の存在しない世界の人々の知識への貪欲さというものは、重宝される。だから、君が知識や技術を持っているかどうかというよりも、君の存在自体に価値を見出だす輩が出てくるだろう」
……どういうこと?知識とか技術より存在に価値を見出だす?
怪訝な表情の私を見て、ヴィルト様は笑顔なのに何故か底冷えのする甘い声で続けた。
「分からなくてもいいよ。そんな輩を君に近づけたりしないから」
―――近づく前に、排除するからさ。
「大丈夫。どんな危険からも、君を守るよ」
……うん?何か今言葉の間に副音声が聞こえた気がしたぞ?いや、気にするまい。気にしたら敗けだ。例えヴィルト様の後ろのフェルナンがマナーモードの携帯並に小刻みに震えていても、気にしないったら気にしない!―――そこのフロウ君。腕捲りしないでくれたまえ。まだ仮想!仮想の敵相手ですから!
「しかし、ルチアが『イディオ』だとは…」
思わず、という風に呟いたお兄様。そうそう、ちょっと驚いてくれるくらいで丁度良いんですよ。さらば物騒。こんにちは常識人お兄様。
「是非、他の世界の文明との差異について語り合いたい!」
……あれ?
「理由は分からないが二百年前に絶えた『イディオ』とは一度会ってみたかったんだ!魔法の無い世界、人の努力だけで進化する文明とは、本当に興味深い!試行錯誤の果てに生み出された知識は私たちの常識を軽く覆す。魔法の方が利便性に富むというのに、それが無いが故の発想力と実行力は私たちが持ち得ないものだ。それを知る機会が来るとは……何と嬉しいことか!対人を仮定したシミュレーションゲーム……とても興味深い。魔法の意志疎通ができないからこその、相手を理解しようとする探求心から出来たのか?労働力を『機械』というもので代用しようとするその発想力も、魔法の無い不便性から発生したのか……」
何か熱く語り始めた!
何ぞこれ?誰ぞこいつ?最初の冷静、冷徹に見えたお兄様を返せ!あと、乙女ゲーはそんなに高尚なもんじゃないですから!
「ライルナート様は知識欲が豊富ですから……。悪気は無いと思われます」
ハイルが取り成そうとしてるけど、悪気は無くてもキャラ変のフォローにはならないよ!振り切れすぎだわ!
仮想の敵相手への制裁を話し合う物騒なヴィルト様とフロウ。
何か熱くなってるお兄様とそれを宥めてるハイル。
震えて子犬みたいなフェルナン。
会話内容に飽きたのか、優雅にお茶を飲んでるエヴァ様。
誰も彼も、私が心を決めて打ち明けた真実を、(少し思っていた方向性は異なるけれど、)受け止めてくれた。というか、問題にする点が私と彼らでは全く異なったと言うべきか。だって異世界の存在が普通に受け入れられてるしな。……でも、これなら、ネレスへの対抗手段や、現状打破への道筋が拓けるかもしれない。少なくとも、全てを忌避されてボッチ追放、ボッチ孤独死ルート回避への一歩は踏み出した……はずだ。多分。うん、問題なし、……だよね?
個性の強すぎる面々に少し引いてる自分が居るのは否定できないけどね!
思わず視線を少し逸らした方向、混沌としてきたその場で、一人顔を青くしている子が居るのに気付いた。
「カリーナ?どうしたの?顔色、真っ青よ?」
思わず近寄って、カリーナに問いかける。
「……お嬢様」
「どうしたの?体調悪い?それとも、やっぱり……私のこと、嫌になった……?」
カリーナはこの世界で私が目覚めて一番に信頼出来そうと感じた子だ。それだけに、否定されると結構―――ツラいものがある。出来ればこれからも良好な関係を、と望みたいところだけど……。
「違うんです」
「違う?」
何がだろう?
他の面々も様子がおかしいことに気付いたようで、こちらを伺っている。
「お嬢様とネレスさんだけでは、無いんです」
私とネレスだけじゃない……?それって―――
「『イディオ』が?」
「あ……は、はい。」
どこか焦点の合わない様子で浮かされたように喋っていたが、私と目が合うと、途端に落ち着かない様子になった。
「……私、あの、偶然になんですけど、聞いてしまって……聞こえたと申しますか、えっと、でも私も信じ難くて、信じられないというか……」
「カリーナ」
何故かいきなり挙動不審に捲し立てるように喋りだしたカリーナを、名前を呼んで遮る。
「大丈夫」
ただ一言。
ひた、と目を見据えて言う。
「私は、信じる」
「……ル、チアさま……!」
カリーナは、大きな眼をさらに大きく見開いた。
私はゆっくり、言い聞かせるように続けた。
「貴方の言うことを、私は絶対に信じると約束するわ。だって貴方は、私の味方でしょう?私という存在が貴方と関わったのは、今日からだけど、信頼するのに必要なのは、時間だけじゃない。そうでしょう?」
少しずつ、カリーナへ近付き、その両手をやんわり掴んで持ち上げる。その手は、とても冷たくて、震えていた。
「何があっても、貴方は私に味方すると言ったわね。だから、私も貴方の絶対的な味方であり続けると約束するわ。だから、落ち着いて」
私がそう言うと、カリーナの手の震えが少しずつ収まってきた。顔色はまだ悪いけれど、定まらなかった視線が、私に真っ直ぐ向けられたことにホッとする。
「言いたくないなら、聞かないわ。でも、大事なことなら、共有したい。お願いだから、一人で抱え込まないでちょうだい」
そう言って、私より少し高い位置にあるカリーナの頭を撫でる。
くっ。意外と高いな。……いや、私の腕が短いのか。
ちょっと踵がぷるぷるしたけど、そこはご愛敬ってことにしてほしい。何か周りから、微笑ましいものを見るような視線が刺さるけど、アウトオブ眼中よ!……ちょっとハイル!何か知らないけど、妹に頼られなかったからって落ち込まないで!君の出番は(きっと)まだあるさ!
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