12.
一体、私の身に何が起こっているのでしょうか?
目の前にはキラキラしい笑顔。何故か抱き締められている私の身体。ついさっき明かされた、『私、精霊でした』という機密情報が既に漏洩している緊急事態。
頭の中ではパニック警報絶賛発令中。赤いランプがぐるぐる回る幻覚と、電子音が鳴り響く幻聴まで聞こえてきた。それらを振り切るように頭を軽く振り、まずは落ち着こうと一回、深呼吸。
すぅーはぁー。うん。
……取り敢えず。
「誰が貴方の精霊ですか。寝言言ってないで、さっさと放してください」
スンッと真顔になって、ヴィルト様に向かい、言い放つ。キッパリハッキリスッパリと。目指せNOと言える異世界人。
お兄様も弟も(自称)部下のフロウも居る目の前で、ずっと抱き締められてるとか何の拷問だ。恥ずか死ねるわ。
だけどどうして伝わらない。
「目はしっかり覚めてるよ?起きているのに寝言なんて言うわけないじゃないか」
ハハッと白い歯を輝かせて仰る王子様。見た目が良い分性質悪いなっ!
意識が無かったところを抱き締められていたので、今も、二人とも座り込んだ状態だ。地味に抜け出しにくい体勢なので、放してくれないと、本当に困る。
「放してください」
「どうして?」
「放してください」
「もう放したくない」
「放してください」
「君が居ないと駄目なんだ」
ヒモみたいな台詞言ってんじゃないわよ!
「は・な・し・て!」
ヴィルト様の胸を押し返すように腕を突っ張る。ぐぐっと押すけど男女差と年齢差の壁が邪魔をする。周りからの生ぬるい視線に居たたまれない気持ちになりながらも、全然太刀打ち出来ない状況にイライラが募る。
ネレスちょっとは体鍛えときなさいよ!と違う方向に八つ当たりし始めた時。
スッパァァァンッッ
華麗なる一撃がヴィルト様の後頭部にクリーンヒット!白い軌跡が美しく、持ち主の手に収まったそれは…………ハリセン?
何でハリセン?この世界にもあったんだ。
私の困惑を他所に、ハリセンの持ち主、そして今この状況の救世主は、厳然たる口調で宣った。
「放せ。―――――でなくばちょん切って千切り後、案山子に……」
「ヴィルト様!放してください是非放しましょう!」
「ちょっ!抵抗しないでくださいよ!」
全て言い終わらないうちに何故かお兄様とフェルナンが必死になって私とヴィルト様を引き離してくれた。助かった。……けど。
…………うん?切って千切りで案山子…………って藁の話?案山子の作り方?しかもお兄様とフェルは何であんなに焦ってんの?
分からないことだらけながらも、ようやく解放されて、まずは助けてくれた主にお礼を言う。
「ありがとうございます。エヴァ様」
「うむ。無事で何よりじゃ」
鷹楊に頷いてくれたのは、大樹の精霊、エヴァ様だった。美貌のご尊顔を優しく和ませながら、頭を撫でられる。
「積もる話もあるのじゃ。ここでは何じゃから、場所を移そうぞ。ついて参れ。茶でも出そう」
私にそう言った後、ヴィルト様達の方に顔だけ向けて、エヴァ様は冷たく言い放つ。
「そこの無能者共。お主ら案山子予備軍に用は無いが、ついてくるくらいは許してやる。粗相をするでないぞ」
その表情は私からは見えなかったけれど、一番気性の素直なフェルナンの顔が盛大にひきつっていた。どんな顔してたのか知らないけど、エヴァ様の男嫌いは、本物らしい。生まれ変わって初めて、自分の性別に感謝した。
……案山子の意味は、最後まで分からなかったけど。
* * *
エヴァ様は、大樹の根本まで来ると、手をかざした。すると、かざした部分が少しずつ左右に広がり、虚が出来上がった。大人が少し屈まなければ通れないそれは、まだ少年少女の域の私達には余裕で通れるものだ。
エヴァ様も、中性的な絶世の美貌ではあるものの、身長はお兄様と同じくらいなので、屈むこともなく、スタスタと中へと入っていく。その後をついていくと、樹の中に入ったはずなのに、気が付くとさっきのように、違う場所に居た。
さっきと異なるのは、今度は青空広がる草原ではなく、森の中で、枝葉が絡み合う中に藤のつるが巻き付いた、天然の藤の花トンネルのような所だということ。その下にはテーブルと椅子が用意されている。テーブルの上には木でできたカップと、果物が用意されていた。いつの間に来たのか、シルフィーが、これまた木でできたティーポットでカップにお茶を注いでいる。
まるで森の中のお茶会ピクニックだ。
たおやかに垂れ下がる藤の花が咲き誇っていて、見た目にも美しく、甘い香りが鼻をくすぐる。トンネルのように頭上が覆われているので、直射日光がちょうど良い加減で遮られ、半日陰のようになっていて、涼しく過ごしやすい。
シルフィーが椅子を引いてくれたので、席につく。テーブルは大きな円卓のようになっていて、エヴァ様の隣の席だ。シルフィーが先程淹れたお茶が、目の前に置かれた。わぁ、良い香り。
数種類のハーブがブレンドされたお茶のようだ。せっかくなので、温かいうちに頂きたい。…………けれど。
「…………あの、エヴァ様?」
「何じゃ?遠慮せずに飲むと良いぞ?」
「いえ、あの……ヴィルト様達の分は…………?」
そう。私に関しては、席が用意され、給仕付きのお茶まで振る舞って頂いているのだけど、それに対し、男性陣は席がなく立ちっぱなし、放置されっぱなし、もちろんお茶なんて用意されてないというこの待遇の差。流石にこの状況で一人優雅にお茶を飲めるほどの厚顔さは持ち合わせていない。(横に座っているエヴァ様は全く気にせず優雅に飲んでいらっしゃるけど)
「必要無いじゃろ?」
当然のように否定された。
うっ!それが自然の理だとでもいうような純粋な眼で見られても。気まずいのは私一人なんですよ!?私が間違ってるのかこれ?
「…………出来れば皆の分も用意して頂けるとありがたいのですが」
おずおずと、出来るだけ控えめに提案してみる。疎外される方ならまだしも、優遇されてる私が言うのは何か気が引ける。でも他の皆は特に気にしてないみたいで、特に不平不満を言う様子もない。むしろ言ってくれ。私の心の平穏の為に。
ヴィルト様達は、慣れているかのようにテーブルの傍に佇んでいるし(あんたら本当に王族と貴族の階級トップクラスの人間ですか?)、フロウは興味深げに近くの木に背中をもたれかけつつ、様子を見ているらしい(一応あんたが主にした私の精神的危機なので助けてほしいんですが)。
私の困りきった心情を伝えるべく、エヴァ様に向かって再度、懇願する。
「私だけ美味しいお茶を頂くのも恐縮ですので、お願い出来ませんか……?」
「ふむ……」
考え込むエヴァ様。
出来る限りの情けない表情を顔に浮かべる私。
頼む今だけで良いから仕事してくれ表情筋!
「……そうじゃな。まぁ招かざる客人もどきではあるが、一応歓迎くらいはしてやろう。心優しき女子の頼みじゃからな。聞かん訳にもいくまい」
仕方無さそうに、あくまでも「お前らの為ではないぞ」という雰囲気をこれでもかというくらい振り撒きつつ、エヴァ様はようやくシルフィーに命じてヴィルト様達の席とお茶を用意してくれた。……男嫌いも、ここまでくると天晴れですよ。
* * *
穏やかとは言い難い雰囲気の中始まったお茶会ピクニック。どうなることかと思いきや、予想外に和やかにお茶を楽しめた。
シルフィーの淹れてくれたお茶はふんわりと甘く、しかしすっきりとした後味でとても美味しかったし、エヴァ様が勧めてくれた果物も、食べたこと無いものだったけど、柑橘類っぽい感じで食べやすかった。相変わらず男性陣は放置道まっしぐらだったけど、その方が気楽だったみたいで、各々お茶と果物をつまんでいた。
小腹を満たして一段落ついた頃、先制したのはヴィルト様だった。
「僕達は、ルチア嬢についてエヴァ殿に聞きたいことがあります」
真面目な顔で切り出したヴィルト様は、エヴァ様の顔をひたと見据えて、続けた。
「ルチア嬢は、いや、ミリアンナはどうして僕達の前から姿を消し、今ルチア嬢として存在しているのか。そして、元のルチア嬢はどこへ行ったのか、教えて頂けますか。そして、先程『送り返してくれる』と言っていた相手についても、教えて頂きたい」
エヴァ様はその視線を受け止め、しばらく黙り込んだ。そのまま膠着状態が続くかと思いきや、一つ嘆息すると、静かに語りだした。
「ミリアンナは、仮の姿だったのじゃ。今の、ルチアじゃったか?その女子の身体を乗っ取られて行き場の無くなった魂を容れるための器としてのな。その辺は、ルチアが飛ばされた先で、あの男から聞いておるのではないかの?」
話を向けられたので、オルリスから聞いた話を簡単に喋る。魔女の魂と共鳴した、私が『ネレス』と呼ぶ女の魂が私の身体を乗っ取ったこと。仕方なく、オルリスが作ったらしい精霊としての器に魂が容れられて10年間過ごしたこと。ヴィルト様の命が狙われたことを知って、『ネレス』が身体から出ていった時に実体を得るため身体に戻ったことなどを。
ヴィルト様の命が狙われている話の辺りでお兄様とフェルナンが思わず身体を椅子から浮かしていたが、それ以外は皆静かに話を聞いていた。私がヴィルト様の魔力を吸い取ってしまった件については、何となく罪悪感から喋りがたく、触れられないでいた。
―――うん。言わなきゃいけないことは分かってる。怒られるのもしょうがない。でも言いにくい。だってこれ言った瞬間手打ちにされても文句言えないレベルの狼藉だよね?王族相手に魔力を吸い取ったって、呪い魔法掛けんのと変わらないレベルで王家への反逆だよね?首締め首吊り首チョンパどれになるのかしら。
…………えぇい!言うは一時の禍根、言わぬは一生の遺恨だ!
頑張れ私の首!じゃなくて保身能力!
「あの、ヴィルト様……」
「それで、ルチア嬢を送り返してくれたあの男、というのは誰ですか?」
ああぁぁぁっっっ!!私の決意が!決死の覚悟が!!
…………被った。もろに、ヴィルト様の何故かイイ笑顔の質問と被った。それ別に重要じゃなくね?送ってくれただけの親切な人ってだけじゃん?私の崖から紐無しバンジージャンプするような覚悟を返してください。オルリスなんてどーでもいいよ。……オルリス?
そういえば、オルリスって何なんだろう。誰かを待ってるって言ってたけど、結局人となりについては聞けなかった。少なくとも、私の魂を精霊の器作って保護してくれた恩人だし、精霊の時の私とも面識あるみたいだったわよね?今回も、ネレスに追い出された私の精神?か魂?を送り返してくれたんだし、少なくとも敵意は感じなかった。
私もオルリスの正体が気になって、エヴァ様の方を伺う。エヴァ様は、特に感情を込めず、平淡に答えた。
「始まりの魔法使いの一人じゃ」
始まりの魔法使い?
疑問に思ったのは私だけだったようで、ヴィルト様もお兄様もフェルナンも、フロウでさえも、驚愕の表情を浮かべていた。何か凄い人だったっぽい。後で聞いてみよ。
「始まりの魔法使いが、何故……」
少し掠れ気味の緊張感の籠った声で、ヴィルトが呟いた。
「まぁ、命を司る大樹の守役じゃからな。理から外れて身体を追い出されたルチアを保護するのは当たり前じゃな。」
それに、魔女のこともあるしの……とエヴァ様が小声で呟いた後半は、隣に座っていた私の耳にしか届かなかったらしい。
「命を司る大樹?」
代わりにお兄様がそこに興味を示した。
「魂の還る場所、と私は聞きました。人によっては天国とも地獄とも言う、と」
私がそう付け加えると、エヴァ様は大儀そうに「どちらも一緒のようなものじゃ」と答えた。
「要は魂が生まれ変わる場所、とでも言えば分かりやすいか?」
魂は、生まれ変わるのに時間が掛かる。その間の歳月を過ごすのが、魔力の充満する『命を司る大樹』であるらしい。人は死ぬとそこへ行き、生まれ変わるその時までを其処で過ごす。善も悪もなく、自由も束縛も無い。それを天国と思うか地獄と思うかはその人次第。だから、オルリスの言ってたように人によって呼び方が変わる、ということらしい。
呼び方…………ねぇ。
「この身体を取り戻すまでは私も別の名前で呼ばれていたんですよね。『ミリアンナ』……でした?『ルチア・アルバニア』という名前も呼ばれ慣れていないので、何だかしっくりくるまで時間掛かりそうですね…………」
むしろ全部偽名を名乗ってるみたいでちょっと居たたまれない。
「あぁ、『アルジェ』というのもそうだよ。精霊の真名は隠さなきゃいけないとかで、表向きはそう名乗ってたんだ」
「さらにもう一つあるんですか…………」
ガックリと肩を落とすと、何故か「「は?」」という間抜けなハモり声が聞こえた。ん?
声の聞こえた方を見ると、お兄様とフェルナンが目を真ん丸にして口もパックリ。あら、埴輪みたいでちょっと可愛い。
「あああああの、ヴィルト様?今何と?」
「ア……ルジェ…………?」
何動揺してんだろ。
「あぁ。言ってなかったっけ?『ミリアンナ』は『アルジェ』の真名だよ。僕は教えて貰ってたからこっそりそう呼んでたんだ。ミリアンナからは駄目だって怒られたけどね」
怒られてるんなら止めればいいのに、とジト目で見てしまった私は、きっと悪くない。それより、
「あの素直でドジでおっちょこちょいで妹みたいな可愛い精霊が姉様?あり得ない!チェンジ!」
「アルジェが……ルチア…………?もう駄目だ、終わった…………」
―――――よし。月の無い夜には、背後に気を付けろ。
と、思ったものの、その後、ヴィルト様とエヴァ様に交互に呼び出されてボロボロになって帰ってきたので、哀れになって見逃してあげました。
―――私のこの怒りの鉄拳は、どこに向けたら良いの!?
ブクマ&評価&感想、誤字報告ありがとうございます!
いつの間にか、GWが終わってしまいました。何にもしてない……orz




