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1.

 

 取り敢えず、この日記を読んだ限り、前『ルチア・アルバニア』、現『アメリア』なる少女はヤバい。仮にも平和な日本に住んでいたのにこの思考回路。ゲーム脳もここまでくると病んでるわね。邪魔なら精神、身体共に乗っ取っちゃえ☆とか思い付くか普通。実行するか普通!


 ―――でも、こんな成り行きなら、私がこの『ルチア・アルバニア』の体を生きることに罪悪感を持つ必要はないのかしら。


 言い方は悪くなるけど、この身体は捨てられて空っぽになっていたみたいだし。捨てる者有れば、拾う者有りってことで。

 この部屋とか着てるものからして、多分この『ルチア・アルバニア』って貴族っぽいし、第二の人生として歩むのも良いわよね!



 ―――ただ一つ、巨大な弊害がある。それは、『ルチア・アルバニア』は悪役令嬢だということ。


 悪役令嬢ってアレよね?ヒロインのライバル的な、完全な当て馬で、ヒーローとの恋にしゃしゃり出てきて最後は没落とか修道院送りとか国外追放もしくは最悪死刑とか?何かヒドい扱いのやつ。


 アレってゲームを通してみたら「当然の報いじゃん、アハハハハー(笑)」とか思うけど、実際に考えたら、罪、超重くない?元婚約者とかだったら当然の言動してるだけなのに公の場で断罪されて責められてさ。やり方は誉められないかもしれないけど、情状酌量の余地は余るほどあると思うんだよね!


 社会人になってストレスの余り、一時期甘い言葉を欲して止まない時期にやり込んだなぁ。でもゲーム中の王子様の言葉にキュンとはしても、元とはいえ婚約者の悪役令嬢相手の非情さに、ドン引きしたなぁ……。


 しかもそれが今は他人事でなく自らに降りかかることに!


 絶 対 嫌 !!


 しかもよく考えてみてよ。このままその乙女ゲームの学園だか何だかに行ったとしますよ。そこには漏れなく確実に、この身体からヒロインの身体に乗り移った『誰か』が居るんだよ!ホラーか!


 無理!無理無理無理無理、絶対無理!そんな子、近づいたらどうなることか!……ゲーム通りに普通に断罪されるだけか。


 いやいや、だから、断罪が駄目なのですよ。

 せっかく貴族になれたんだし、どうせなら社交というものをしてみたい。女性の身分格差次第では、領地運営とかにも関われる可能性だってあるし、この世界には魔法が存在するらしいからそっちにも興味深々ですよ。恋愛面では家柄同士の結婚とかで愛はないかもしれないけど、自由恋愛の日本でも彼氏いなかったんだし、お見合いみたいなもんと割りきれば、全然イケる!婚活の一種よ!


 という訳で、華々しく貴族生活を満喫するために大事なことは一つ。この日記に書かれている攻略対象者には近づかない、近づかせない、むしろ距離を置く!顔面偏差値高い人(イケメン)は要注意!


 そうすれば自然と、現『アリシア』(ヤバいやつ)とも距離を置けるはず。違う子が悪役令嬢の代役になるかもしれないけど、致し方ない。生け贄となってもらおう。余裕があれば最悪の状況からは救い上げてあげたいけど……まだ見ぬ未来の少女に合掌。



  * * *



 取り敢えず自分の人生設計の方針を決めて、一段落。

 したはいいけど、もう日は高そうなのに、部屋に誰も来ないってどゆこと?目覚めてから怒濤の発見と思考の嵐だったから、気づかなかったし、誰も来なくて助かったことは助かったけど。

 ……もしかして、既に没落貴族?悪役令嬢は身分が高いってのが相場だけど、違うのかな?


 ―――ていうか今気付いたけど!私、この(多分)10年間くらいの記憶ないよ!怪しまれる?どうしよう誤魔化す?突然の記憶喪失とか。……苦しいな!我ながら捻りがない!


 どうしようどうしようと、ぐるぐると部屋の中を歩き回りながら打開策を練ってはみるものの、そんな都合良くポンと出てくるほど私の脳みそは優秀ではなかった。


 そして運が悪い方なのも、この世界に持ち越してしまったらしい。


  コンコンコン


「!!」


 突然のドアのノックオンに、思わず軽く飛び上がってしまった。防衛本能の為か、ドアから距離を取ろうとして飛び上がった勢いそのままに、後退る。その時、近くにあったベッドのサイドテーブルの脚にガツッと足を引っ掻けてしまい、受け身を取るにも身体のリーチが大人のものと違うので、失敗。故に―――。


  どってん


 見事にコケました。後ろ向きに、頭から。超痛い。涙出てきた。子供の体重で衝撃は弱めとはいえ、痛いもんは痛いよ。

 誰か助けて。


「どうされましたかお嬢様!!」

 ガチャッとドアを開けて入ってきたのは、可愛らしいエプロンドレスのお仕着せを着た赤毛の小柄なメイドさん。水に濡れた葉のような、深い緑色の眼が印象的ね。今は血相変えたその表情に、逆に私の頭は冷えた。


 ごめんやっぱ無し。人に転けてるところ見られるとかどんな罰ゲーム。それにまだ言い訳考えてないし。リテイクお願いしまーす。


 ……ん?

 あぁ!タイミング良いじゃん!


「うぅ……」

 わざとらしくならないように気をつけて、頭に手をやり、軽く呻く。ゆっくりと顔を上げて、焦点を合わせ、小さく、でも相手にはしっかり聞こえるように、呟く。


「あなた、だれ……?」



  * * *


 結果だけを言えば、没落はしていなかったらしい。

 そして私は、屋敷中から嫌われているらしい。というか、腫れ物に触るような扱い?みたい。



 あの後、可愛らしいメイドさんは慌てて医者を呼び、執事のロムスと共に来た医者は、軽い診察をしてから、私の証言通り、記憶喪失の診断を下してくれた。

 そして医者が帰った後。

 執事はメイドに「後の世話はいつも通りに。」と言い残し、そそくさと部屋から立ち去っていってしまった。


 おい、それで良いのか管理職。メイドさんのフォローとかしてやれよ。いつも通りとか言われても病人(怪我人?)相手だし勝手が違うでしょうよ。ほら何か涙ぐんでるしー。


「あのー……」


 取り敢えず話しかけてみようと声を掛けると、ビクッと分かりやすく肩を揺らしたメイドさん。キョドキョドと視線を左右に散らして、私と目を合わせてくれない……?


「は、はい。何でしょうかお嬢様?」


 どもりながらも、一応返事はしてくれたけど。様子がおかしい。


「貴方の名前は?名前が分からないと、呼ぶのが不便だわ」


 取り敢えずコミュニケーションの初歩、名前を聞くところから始めてみる。


「なっ……まえですか?」


 そんなに驚くことなのかな?初めて聞かれた訳でもあるまいし。


 眼を限界まで見開いて、信じられないものを見るかのような目を向けないで欲しい。何か悪いことをしたみたいじゃない?


 数秒の沈黙を挟んで、メイドは恐る恐る答えだした。


「―――いつものように、『雌豚』や『ビッチ』で構いませんよ……?」



 ―――前『ルチア・アルバニア』の誰か様へ。




 あんた一体なにしてくれてんのおぉぉぉっ!?




  * * *


 取り敢えず、メイドさんの名前はカリーナ。渋るカリーナから、根気強く聞き出したことには、私は屋敷に居るメイドを全員『雌豚』、もしくは『ビッチ』と呼んでいたそうで、男性の使用人相手には『ちょっとそこの』とか『あんた』等、(女性に比べたらちょっとマシ?な)ちょっと常識では考えられないような呼び方で過ごしていた、らしい。そんなんでよく貴族としてやっていけてたな、と思うけれど、他の貴族を相手に喋るときは普通にしていたらしいから、最低限の体面は保っていた……のかな?


 カリーナが明言した訳じゃないけど、そんな振る舞いをしていたなら、屋敷中から嫌われているのは当然の結果と言えるよね。でも流石にそれを表面化なんてできないから、腫れ物に触るような扱い、というところに落ち着いたみたい。それならさっきの執事、ロムスの態度も頷けないこともない。カリーナに押し付けただけってところは最低だと思うけど!


 そんな気の滅入る私の今の現状を聞きつつ、カリーナに他のことについても聞いてみる。


「ねぇカリーナ。私の家族って、誰が一緒に住んでいるの?」


 少しずつ話しているうちに、以前の私とは違うと気付いてきたのか(実際別人だけどね!)、ビクビクオドオドの挙動不審が少しずつ落ち着いてきたカリーナは、家族については詳しくは知らないそうで、申し訳なさそうに大まかなところを教えてくれた。


「私はお嬢様付きなので詳しくは分かりませんが、旦那様と奥様は今は王都に住んでいらっしゃいます。一年の半分は社交で王都に、残り半分を避暑と領地の経営、視察のためにこの館で過ごされます。もうすぐ、といってもあと1ヶ月後ですが、社交シーズンが終わりますので、こちらに帰って来られる予定の筈ですよ」


「私に兄弟は居るのかしら?」

「お兄様と弟様がいらっしゃいますよ。お兄様のお名前はライルナート様、弟様のお名前はフェルナン様です。お二人はご一緒にこの館に住んでいらっしゃいますよ」

「兄弟仲は?」

「……えーと、」


 唐突に視線を明後日に向けたカリーナに、私は残念な確信を得る。


「良くない……というか、悪いのね……」

「悪いというか!ルチア様はお二人のことが大好きな様子でしたよ!」

 慌てたように弁明するカリーナに、私はさらに肩を落とす。それは、つまり、

()()二人が大好きだったけど、()()()私のことを嫌っているのね……」


 もはや虚ろな眼になっても仕方ない。使用人から疎まれ、家族に嫌われて、よくやっていけてたな、前『ルチア・アルバニア』の誰かさんよ。もう長いから名無し(ネームレス)さん、略して仮にネレスと呼ぼう。もう本当、何してくれてんの。続きの人生を歩む人の身になってよ。


 救いのない現状に、ため息しか出てこない。

 そんな私の様子を見て、カリーナが心配そうにこっちを見ているのが視界を過る。


 酷い呼ばれ方と扱いをされても心配してくれるカリーナは、きっととても良い人だと思う。そんな人が一人でも側に居てくれたことに、まず感謝しよう。そして、すぐには無理だと思うけど、少しずつでもいいからイメージ改善出来るように最大限努力しよう。気分はまるで汚職がバレた政治家のイメージアップキャンペーン。先は長いけど頑張ろう。私のせいじゃないけど。現『アリシア』(ネレス)の行いのせいだけど!




 

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