*閑話* Box garden ~箱庭~
閑話です。恋愛成分の欠片のようなものですが、お楽しみ頂けると幸いです………
君が居なければ、世界は――――――――。
* * *
朝起きて、一番に彼女を探す。
豪華なベッドも、最高級の調度品も、神話を表した天頂壁画も、君が眼を輝かせるものは全て、僕にとってはただの風景と変わりなくて。
作り上げた職人達に申し訳ないとは思う。
勿論それらの価値は知っているし、それらが作り上げられるまでの工程で、どれだけの人々が関わり、携わってきたかも王子としての勉強で学んではいる。でもそれが文字ではなく、現実の人間の営みとして頭に認識出来たのは、彼女のお陰だった。
キラキラした瞳で興味を持ち、僕に聞いてくるその大好きな可愛い声に、格好つけたくて、何でも答えてあげたくて、たくさん調べた。物の成り立ちから、完成までの歴史、物と人の関わりを詳しく、丁寧に。君が知りたいことを、余さず彼女に教えてあげられるように。
そうしたら彼女は、「ありがとう」と蕩けるように笑って、僕の名前を呼んでくれるから。その為だけに、頑張ってる僕の努力は、誰にも秘密。
「ヴィルト」
ベッドから起き上がって着替え終えたとき、僕の大好きな声が僕を呼んだ。
白銀の髪を靡かせ、窓から彼女が、するりと入ってきた。実体を持たない精霊は壁でも天井でも通り抜けられるけど、彼女はいつも律儀にドアや窓から通ろうとする。一度、何故なのか聞いてみたら、「不法侵入みたいで嫌」と言っていた。精霊なのにどこか人間染みてる彼女らしい。
「ミリアンナ」
名前を呼ぶと、ふわりと僕の隣に来て、ミリアンナは、少し咎める口調で、僕を嗜める。
「ヴィルト、駄目よ。二人だけの秘密って言ったでしょ?その名前は人に知られちゃいけないんだから。ちゃんとアルジェって呼んで。王宮は人が多いから、誰かに聞かれたら大変だわ」
そう言って少し怒ったように言うけれど、次の瞬間にはパッと花開くように笑う。
「そう言えばね、中庭で新しい花が咲くのよ。風の精霊が教えてくれたわ。行きましょう!」
くるくる変わるその表情が見たくて、わざと精霊の真名を呼んだと言ったら、君は怒るだろうか?でも、その怒った表情も全然怖くなくて、むしろ可愛いと思ってしまうから、もっと見たいと思ってしまうんだ。
「ちょっと待って」
今すぐ僕を引っ張っていこうとするミリアンナを制して、自室の机に向かう。机の引き出しから、目的のものを取り出して、ミリアンナに渡す。
「あら!なぁに、これ?可愛い!」
アメジストが中心に嵌め込まれ、ブルーカルセドニーが周りを囲んだ、花のような髪飾りだ。白銀の髪を持つミリアンナに、よく似合うはず。
「魔力を付与した髪飾りだよ。それなら、ミリアンナも付けられるだろう?」
昨日王宮に来た商人が持ってきたもので、ミリアンナにあげたくて、もう大分減ってきた自分の魔力を込めた。これなら、半実体のミリアンナでも着けることが可能になるから。
物心つく頃から僕の魔力は、髪の毛の色がどんどん黒くなると共に、少しずつ減っていった。そのお陰といっては何だけど、こうして物に魔力を込めたりする繊細な魔力コントロールだけは上手く出来るようになった。最初は魔力が大きすぎて、暴発してしまいそうな、身体が熱くなるときがよくあって、熱を出したりしていた。
周りは僕の魔力が減っていることをとやかく言うけど、僕自身はそんなに気にしていない。コントロール出来ない大きすぎるものより、今の方が自由に扱えるし、何より、ミリアンナが居るから。
ミリアンナ自身は魔力を上手く使えないみたいで、精霊達に励まされながらもこっそり落ち込んでいることを知っているけど、そんな姿も可愛いし、努力しようと諦めない所も勿論好きだ。僕の魔力が上手く扱えないことも一緒になって考えてくれて、共に練習しようと誘ってくれる。僕はミリアンナが側に居てくれるだけで、魔力の有無なんてどうでも良くなるけれど、僕以上に熱心なミリアンナの前では言えないし、絶対言わない。
言ったら絶対ミリアンナはヘソを曲げて一週間は姿を見せてくれないし、その方が僕は嫌だから。
ミリアンナが居るから僕はいろいろと煩い王宮で肩肘張らずに自然体で居られる。誰に何を言われても、どんな感情を向けられても、僕が平気なのは、僕の存在を認めて、肯定してくれる、この可愛い精霊が居るから。
今、僕の可愛い精霊は、嬉しそうに髪飾りを手にし、はしゃいでいる。僕と目が合うと、「着けて?」とお願いしてきた。細い小首を傾げるその動作がまた可愛い。後ろを向いたミリアンナの髪を上半分掬って、ハーフアップにし、髪飾りをちょこんと挿す。思った通り、髪色によく映えている。ミリアンナは僕にこうやって髪を弄られるのが好きらしく、よくヘアアレンジをしてもらいたがるので、慣れたものだ。魔力を手に込めれば、触れることも出来るので、ミリアンナは手もよく繋ぎたがる。半透明で半実体の精霊とは思えないくらい、人間染みていると思う。
くすぐったそうに、微笑うミリアンナが愛しくて、仕上げとばかりに頭の天辺にキスを落とし、「できたよ」と解放する。嬉しそうにその場でくるくる回るミリアンナのドレスがふわりと膨らみ、笑顔が弾ける。風の精霊の、人間のドレスが大好きなシルフィーに作ってもらったと、この前はしゃいでいた。水色の明るい色が、ミリアンナによく似合っている。
「よく似合うよ、ミリアンナ」
「ありがとう!とっても嬉しい!………………あ!またミリアンナって言ったわね!?アルジェよ!…………まぁ、今日は許してあげる。でも明日からはダメよ?」
にこりと笑ったり、怒ったり、眉を下げて困ったようにまた、笑ったり。そんな君が、可愛くて愛しくて。
今日もまた、僕は君に笑って欲しくて。
「さぁ、中庭に行こうか。新しい花が、咲くんだろう?」
「えぇ!もうライルとフェルも来てるのよ!早く行かなくちゃ!」
輝く笑顔の君を連れて、部屋を出る。
一人では景色にしか見えないただの部屋。君が居る今は、二人だけの箱庭だと良いのに、と願ってしまう禁断の楽園のようなこの部屋を。
部屋の外には君がさらに喜ぶものがあると知っているから。
僕は箱庭から出ることを、決意する。
全ては、君のために。
世界は、君が居るから、色付いて見えるんだ。君が居るから、初めて意味のあるものに、思えるんだ。
――――もし。
君が居なければ、世界は、どうなってしまうんだろう。
物心ついたときには、既に傍に居て、一緒に居るのが当然な存在。楽しい時は共に笑ってくれて、悲しい時はただ、一緒に居てくれる。下手に慰めるでもないその優しさが、見た目にそぐわず大人びていて、焦燥感に追われる時もある。隣に居るだけで幸せになれるのに、どうしてそんな焦燥感に追われるのか、分からないけど、ミリアンナを守れるようになりたいと、心の底から、思う。
箱庭の外に出れば、大切なものは、どんどん増えていく。昔は母上と、ミリアンナだけだった。でも今は、ライルやフェル、ミリアンナが大事にする精霊達も守りたいと思う。でも、僕の手はまだ小さくて。
取りこぼすかもしれない。守りきれないかもしれない。でも。
大事なものは、見失わない。
この僕の大事な精霊を、箱庭のような狭い世界で閉じ込めるのは、その魂の輝きを奪うようなものだから。
今日もまた、僕は、君の輝きを失わないように、箱庭の外へと共に飛び出す――――――。
ブクマ&評価&感想、そして誤字報告、いつもありがとうございます!
恋愛成分、少しは補給できたでしょうか………。当初はもう少し早くヴィルトとルチアの恋愛模様を出そうと思っていたのに、全然出てこないので、昔のヴィルトの初恋模様?みたいなもので代用です。本編でも、もうすぐそこにラブが見えてきてる……はず?断言できなくてすみません。




