9.
本当に殴ろうとしたら、むしろ何でか嬉しそうな顔をされたので、結局殴るのは止めた。これで新しい性癖を開拓でもされたら堪らない。
ヴィルト様達のいる方向に向き直って、大きく両手を振る。
悪役令嬢タイム終了の合図です。あらかじめ決めてたのよ。全く悪役令嬢にはなりきれなかったけどね!
「ところでお嬢さん」
「何ですか」
ヴィルト様達が結界を解いたのを遠目に見つつ、こっちに来てくれるのを待っていると、フロウが話しかけてきた。
「お嬢さんのそれって元から?」
「それ?……って、何ですか?」
顔を向けると、フロウが不思議そうに首を傾げていた。
「お嬢さんはさ、魔力の量は少ないのに、精霊の加護が多いんだ。だから俺の見えるオーラみたいなやつがヤバいことになってるんだけど、」
ヤバいことって何だ。人を化け物みたいに。
思わず脳内で突っ込むも、続く言葉に絶句する。
「そのオーラが王子様と全く同じなんだよねー。気づいてた?」
…………は?
「それは……、同じだと何か変なんですか?」
「普通はね、人に個性があるのと同じように、魔力の色や量ってバラバラなんだ。特に色合いは、適正のある属性の違いとか、精霊からの加護の度合いとかで。でも、お嬢さんと王子様は、オーラの色合いが全く一緒。まるでどっちかがどっちかに自分のオーラを分けたみたい」
そんなこと、知りませんし聞いたこともないんですけど?
「依頼人として出会った時とは違うって言ったのも、それが根拠の一つだよ。あの時とは全く別物だもん」
あっけらかんと言ってるけど、それってかなり重要なことよね?前『ルチア』と現『ルチア』の人格が入れ替わったことに起因してるんだろうし。これってヴィルト様達には言わない方が良いのかも。
「それ……出来ればそのことを他言無用でお願いしたいのですが……」
「何で?」
「実は……」
人格が入れ替わってるとか言ったらイタい人って思われるかな。でも口止めしないとヴィルト様達にバレるし……フロウ相手なら言っても良いかな。半分バレてるようなもんだし。
「私、前の自分とは違う自我が有ると言いますか……」
「あぁ。別人なんだよね?中身が」
「……何で驚かないんですか!?」
「依頼人として来た『前のお嬢さん』はね、依頼が成功しても失敗しても、次に出会う『ルチア・アルバニア』を殺して欲しいって言ってたんだよ。まるで別人を殺せ、と言わんばかりにね。だから、『前のお嬢さん』はもう『ルチア・アルバニア』を出ていったのかなって。あの『前のお嬢さん』、自殺願望なんて無さそうだしね」
「……そんなこと、可能なんですか?」
「禁呪の類いの文献で見たことはあるよ。確か魂の移植魔法だったかな?相手の魂を追い出す訳だから要は人殺しだよね。それで言うとその空いた身体に入ったお嬢さんは『ルチア・アルバニア』という身体にとっては命の恩人みたいなもんかな?」
魂が無いと死んじゃうからね、とついでのように言われて改めてネレスの異常さを痛感する。少し考えれば分かることだ。別人の身体を乗っ取ることが人道に反することだなんて。
「知識として知っていても、信じられるかどうかは別問題だと思いますけど……フロウは信じてくれるの?」
「目の前に実例が居るからねー。信じるしかないよねー。」
「……馬鹿っぽいので、その喋り方やめてください」
「中々酷いね!」
大袈裟に怒ったようなふりしてるけど、口元がニヤニヤしてるのまるわかりですよ。……でも、そうか。だから残ってたんだ。
おかしいとは思っていた。
人格を乗り移るにしても、あの日記という証拠を残していたらまずいということくらい、誰にでも分かる。でも、ネレスは処分していかなかった。それは、ルチアに後から誰かが入ったとしても、関係ないから放置してたんだ。だって、ネレスみたいに日本語の読める転生者が入ったとしても、殺してしまえば問題ないから。死人に口無しっていうものね。身体を殺せば、新しい魂も入ることは無いし。
でも、そこまで考えてるネレスなら、こうやってフロウが失敗して拘束されることも可能性の一つとして予測がついたはず。……ということは。
「他にも私を殺しにくる人が居るかもしれない、か」
嫌な予測程よく当たるのよね。あーやだやだ。
「―――どういうこと?」
「!…………ヴィ、ルト様……」
いきなり聞こえたヴィルト様の声に驚いて、変な返し方をしてしまった。
「ルチア嬢?どういうことなのか、聞いているんだけど」
「えっ……と、何でしたか?」
取り敢えず、すっとぼけてみる。
「『殺しにくる人が居るかもしれない』ってどういうこと?」
……聞こえてたか。誤魔化せないかと思ったけど、残念。
「姉様を暗殺したい人なんて数えきれないくらい居るんじゃないの?」
「それは言い過ぎだろう。精々数十人くらいだ。……多分」
そこ!今の発言覚えとくからな!兄弟揃って私の事を好き勝手に言い放題か!
「ル チ ア 嬢?」
失礼な兄弟に向かって心の闇ノートを開いていると、いつの間にかヴィルト様から間合いを詰められていた。端正な顔立ちが覗き込んでくる。近っ!眩いばかりの美少年顔がどアップって何の試練だ!
「えーと……そう!こっちの!フロウが!」
ビシッと風の牢の中のフロウを指差す。
秘技!責任転換!
「俺?」
君だ!フロウ、頼んだぞ!屍は拾ってあげる!
「フロウ?」
怪訝そうにヴィルト様は私からフロウに視線を移した。
「そうそう。俺がフロウです。お嬢さんに名前もらったんですよ。良い名前でしょ?」
……何故そこで嬉しそうに自己紹介する。
「…………随分、仲が、良さそうだね?」
声のトーンを落とさないで王子様。怖いです。犯人と仲良くなったからって怒らないでプリーズ。
「それほどでも無いですよ?秘密を共有するくらいの仲です」
ちょっ!おま、それ今言う!?
「へぇ……」
黒い黒い黒い黒いっ
フロウじゃないけどヴィルト様の周りに何か黒いオーラが見える!
やめてー!もうやめてー!
「……結局、呪いの魔法は解けるのか?」
ナイスお兄様!話題転換のタイミング絶妙!最高!大好き!私に好きって思われても全くちっとも嬉しくないだろうけど!
「ん?あれ?王子様、言ってないの?」
フロウが不思議そうに首を傾げた。
何?何か秘密でもあるの?でも何であんたが知ってんの?
ヴィルト様の眉がピクリと動いたのが分かったけど、私達兄妹はちんぷんかんぷん。
フロウは、あっさりと言ってのけた。
「俺が掛けた呪い魔法、もうほぼ解けてるじゃん」
…………。
…………………………なにぃぃぃっっ!?
驚愕して目を見開く私達を尻目に、フロウは続ける。
「俺も直に王子様見るまでは確信なかったけどさ、掛けた呪いの依り代であるこの指輪、ほら、ヒビが入ってるの見える?さっきいきなりピシッてきたんだよね。本当についさっきなんだけど。んで、まさかと思って今王子様を見たら、呪い魔法の気配が残りカス程度にしか残ってないし」
自分でも気付いたろ?と問うフロウに、ヴィルト様は少し眉を潜めて答える。
「随分、ペラペラ喋るんだね?君が掛けてくれた魔法だけど、解けてしまって困るのは君じゃないのかな?何だか余裕そうに見えるけど」
「あぁ。俺、今日からお嬢さんにつこうと思って」
「へ?」
つこう。つく……憑く?
「貴方私に取り憑く気ですか!?」
何それ怖いんですけどっ!幽霊とかお化けとか嫌いなのよ私!
「……何か勘違いしてない?俺が言ってるのは仕える意味の方だよ?」
「仕える?」
呆れたようにフロウは言うけど、私にはおうむ返しに問い返すしか出来ない。
だって仕えるって言っても……。
「『仕える』って普通主従関係にある人達が使う言葉じゃないんですか?」
そう。私達主従関係どころか、さっき出会ったばかりですよね?
怪訝な顔をする私。
「今からそうなれば良いんだろ?」
頓着しないフロウ。
「今日から俺の主はお嬢さんになったから」
宜しく!と爽やかな笑顔を浮かべられた。
「聞いてませんけど!?」
「今言ったからね」
平然と抜かすその口を、糸で縫い付けてやりたい。
そもそも私がフロウと共謀して呪い魔法を掛けた疑惑がまだ残ってるのに、事態を余計ややこしくしないで!
「それに、その方がお嬢さんにとっても良いと思うぜ?」
突然表情を消したフロウは、私を指差した。
「俺の主がお嬢さんになるなら、王子様の呪いを解くと約束する。何なら精霊を介した契約を交わしても良い。でも、お嬢さんが俺の主にならないなら、俺は元の依頼人の命令を遂行しなければならない。それこそ精霊を介した契約だったからな。残念ながら放棄できないんだ。すなわち、解けかけた呪い魔法を再度強固にして王子様に掛けなおす」
「なっ!」
脅し?脅しなの!?
「元の依頼人との契約期間が、王子様にかけた呪い魔法の成就までって決められてるからな。成就するまでは、依頼人の命令は絶対だ。精霊を介した契約ってのはそれだけの強制力があるんだよ
。それを破棄するなら、元の依頼人より強い魔力を持つか、より精霊との繋がりが深い人物と契約しなくちゃいけない。お嬢さんなら、その条件に合うからな。
つまり、王子様を呪いから助けたいのなら、元の依頼人との契約を破棄するために、新しい契約が要るんだよ」
「俺では駄目なのか?」
お兄様が立候補する。……確かに、お兄様なら魔力強そうだしいけそうよね。
「主にするならむさい男より可愛い女の子の方が良いに決まってるじゃないか」
……キリッと言うな!
無駄に格好良くキメ顔で良い放ったフロウ。さっきまでの真面目な顔はどこ行った。
「まぁ冗談抜きで、俺、お嬢さんでないとダメなんだよね」
「何でですか」
困ったように頬を掻いているフロウに、今度は私が問いかける。
私、フロウを御しきれる自信無いし。
でも、フロウは。そんな私を射抜くような強い眼差しで見つめてきた。―――視線が、熱い。
「さっき名前貰ったとき、決めたんだ。これからの俺の人生、お嬢さんのために使おうって。だから、王子様やそっちの坊っちゃん達が仮に主になったとしても、俺はお嬢さんを一番に考えてお嬢さんの為に動くよ。でもそれって、主の意味がないだろう?」
――――だから、俺の主はもうお嬢さんしか有り得ないんだ。
フロウは静かに、しかし強く厳かに、言い切った。
ブクマ&評価&感想、そして誤字報告ありがとうございます!
気付けばブクマが2000以上……こんなにたくさんの方々に読んで頂けて感無量です!




