Ver.ライルナート・アルバニア《2》
日間2位で週間6位……自分の目を疑いました。皆様のお陰です。
ブクマ、評価、感想、本当にありがとうございます!誤字報告、とても助かります。漢字苦手でして……
前触れは、あったのかもしれない。
俺達が、気付かなかっただけで。
―――気付こうと、していなかっただけで。
アルジェは、その日までいつも通りだった。
いや、いつも通りに見えていた。
少し違ったことといえば、いつもよりも熱心に魔法道具を作り、大量に出来た色とりどりのそれを、俺に渡してきたことくらいで。
その日は丁度雨が降っていて、ヴィルト様とアルジェが館に来てくれていたものの、外に出られなかった。だから、アルジェは《水》の魔法道具をたくさん作っていた。他にも作り貯めていたのだろう、他の属性の魔法道具と合わせて、かなりの量を渡された。
その頃には、魔法道具作りは、最早アルジェの趣味のようなものになっていたので、俺は疑問も持たずに受け取った。
外ではざあざあと雨が止めど無く降っていて、遠雷が鳴り響いていた。灯りのついた部屋の中が薄暗く感じるほど外は真っ黒な雲に覆われていて、時たま稲光が暗闇を切り裂くように、窓の外で光っていた。
雷鳴を聞きながらも、暗雲の黒と雷光のコントラストを見て、あれはヴィルトの色彩だね、と。安心しきった顔で微笑うアルジェは子どもの姿なのに、何故かどことなく大人びて見えた。
そして、その日を最後に、アルジェは居なくなった。
最初に気づいたのは、勿論ヴィルト様だった。
朝からアルジェが見当たらないと言う。
お気に入りの庭園、お気に入りの噴水、お気に入りの四阿、お気に入りの森、お気に入りの湖、お気に入りの森……心当たりは全部探した。一緒に行ったところ、思い出の残るところはしらみ潰しに。行ったことは無いけど、以前アルジェが興味を示していた場所にも足を伸ばした。
ヴィルト様と俺とフェルナンの思い付いた場所で、アルジェがいる可能性が少しでもあれば、時間の許す限り、探し回った。
でも、見つからなかった。
勿論、精霊達にも聞いて回った。
精霊達は、悲しそうな顔をしながらも、答えてくれなかった。
「これが本来の宿命だったのよ」と言われても、納得なんて出来ない。「時間が経つのを待ちなさい」?待てるはずがあるものか。
俺より、何より、ヴィルト様のために。
アルジェが居なくなってからのヴィルト様の憔悴は、酷いものだった。
真っ直ぐ前を向いて、どんな時も輝きを失わなかった瞳は、ふと横を向いたときに、居るはずの人が居ないことに気付き、落胆の色を宿す。
日に日に焦燥感に追い立てられているかのように、緊張感の増す雰囲気だけは感じるのに、俺達の前では決して弱っている様子を見せてくれない。俺より年下の、まだ小さい強張った肩が、俺達の主であろうとするその姿が、何より俺を打ちのめす。
いっそ、役に立てない俺を罵倒してほしかった。
悲しさに打ちひしがれる姿を見るより、怒りの感情をぶつけられる方が、まだ楽だった。
でも、そんな時でもヴィルト様は楽に流れない。
王宮で自分を取り巻く悪意ある噂に晒された時だって、塞ぎ込んだり周りを恨む方が、断然楽だったはずなのに。
ヴィルト様はそんな楽に流されず、自分の足で真っ直ぐ立ち、いつでも自分というものを強く持っていた。それはどんなに苦しく辛いことか。まだ俺より幼い、その小さな身体に、高潔な魂を宿しているヴィルト様。
だけど。
今、アルジェを失って。
無理しているのが俺にはよく分かるのに、俺には何もしてあげることができない。
公爵家の嫡男として、周りに望まれ、期待されても、肝心なところで俺は、いつも役に立てない。
両親や仕えてくれる皆から、妹の更正を期待されても応えられなかった。
今は従者であるけれど、友人でもある子爵家のハイル・スチルスが大変なときも力になれず、ハイルの妹、カリーナがルチアから虐められていても止められなかった。
何より、今、アルジェを失った、ヴィルト様の役に立てない。
そんな自分が、情けなくて、不甲斐なくて。
更にヴィルト様が襲われたときも、呪いの魔法をみすみすとヴィルト様に掛けられてしまった。しかも、元凶は俺の妹ときた。
溜まった鬱憤を晴らすように。ヴィルト様の、皆の役に立てない自分を紛らわすかのように。ルチアを責め立てた。
いつもの妹と様子が違うことには気が付いていた。
でも、責めずにはいられなかった。
そんな自分が、こんな時でも冷静に妹と相対するヴィルト様と比べて、矮小で卑劣なことも知っていた。それでも。
責めずには、いられなかったんだよ―――。
そして今、いつもと違う様子の妹は、大樹の精霊の元から、無事に帰って来た。
聞き捨てならない一言をエヴァ様から言付けられて。
「エヴァ様は、『探し物は、意外に近くにあるのじゃ。ちゃんと探せ』と、伝えるように仰っておられました」
聞いた途端、理解した。探し物とは、アルジェのことだと。
だから、詰め寄らずにはいられなかった。
「どういうことだ!エヴァ様はどこにいるか知っているんだな!?どこだ!どこにいるんだ!」
事情を知るはずもなく、目を白黒させる妹の肩を掴んで、揺さぶる。
エヴァ様は、あの時。アルジェを探し回る俺達に、「いくら探しても、無駄じゃ。ただの人間の男子風情が。身をわきまえよ」と言った。あの時はただ、アルジェの行方が空振りに終わったことを嘆いたが、今のその言葉は。
エヴァ様は、知っている―――。アルジェの行方を、確実に。
でなければ、妹に伝言など与えないだろう。
そうと分かれば、聞き出さずにはいられない。今こそ、今度こそ、ヴィルト様の、役に立つために―――!
しかし、そんな俺を止めたのは、誰であろう、ヴィルト様本人だった。
「ライル、落ち着くんだ」
「ヴィルト様、しかし、」
「ライル」
再び、名前を呼ばれて沈黙する。でも納得なんて出来ない。出来るはずがない。だってあれだけ手掛かりの無かったアルジェの行方が、ようやく掴めるかもしれないのだ。
ヴィルト様だって、それは分かっているはず。なのに、何故止めるのか―――。
ヴィルト様が、一番アルジェを見つけたいはずなのに。
俺の思いが伝わったのだろう。ヴィルト様は嘆息すると、自分に言い聞かせるように話し出した。
「あぁ、認めよう。心の底から『彼女』の行方は知りたいさ。だけど、エヴァ殿は俺達に、「自分達でちゃんと探せ」とも言っている。これ以上の情報はくれないだろうな。それに、近くにいると分かっただけで充分さ。『彼女』は存在していると知れたんだから。……それに」
そう言って、ヴィルト様は妹の肩を掴んだ俺の手をゆっくり剥がしながら続けた。
「ルチア嬢は何も知らないんだ。問い詰めてもしょうがないよ」
その言葉に、我に返って妹を見ると、呆然としていた。考えてみれば妹は伝言を伝えただけなのに、いきなり激昂されたりしたら、無理もない反応だ。
今までを思うと、(本人曰く記憶喪失とはいえ、)とても気が進まないけど、渋々ながら謝罪する。
「…………すまなかった」
「いえ、あの、まぁ、びっくりはしましたけれども」
よほど驚いたのか、しどろもどろと言葉を紡ぐ妹は、やはり違和感しか感じない。でも。
「『探し物』、見つかると良いですね」
そう続ける妹に、今は前ほど嫌悪感は感じないな、と素直に思うことが出来た。
ライル兄さん、真面目すぎて肩凝ります……。
4月25日、年齢修正しました。
ライル兄さん 12→14歳
現在の登場人物年齢は
ライル兄さん→14歳、ルチア→10歳、フェル→9歳
王太子殿下→15歳、第二王子→12歳
ハイル(子爵家兄)→15歳、カリーナ(子爵家妹)→13歳 です。
どっか間違ってたらすみません。




