7.
ブクマ、評価、本当にありがとうございます!
今回の話は少し長め(当社比)ですが、どうかお付き合い下さると嬉しいです
それは、樹齢千年は優に超えているような、大きな、本当に大きな大樹だった。首が痛くなるくらい見上げても、全体が見えない。
その樹の元に着くと、お兄様が前に進み出て、例の緑色のビー玉のような魔法道具を懐から取り出した。一体何個持ってるのかな。
魔法道具を大樹の根元の一部分にかざしたかと思うと、その部分が緑色に輝き、ふわりと樹から何かが出てきた。
それは緑色のヴェールを幾重にも重ねたようなドレスを纏った少女で、半透明に透けていた。この世のものとは思えない様な美貌を持ったその少女は、ドレスを摘まんで、優雅に一礼した。
「ごきげんよう、皆さま方。預かりものを受け取りに来たのかしら?」
涼やかな可愛らしいその声に、答えたのはヴィルト様だった。
「やぁ、シルフィー。そうなんだ。昨日預けたものを受け取りに来たよ。エヴァ殿に取り次いでくれるかな?」
「承りましたわ」
シルフィーというその少女は、そう言うと大樹に手をついて、目を瞑り、何か呪文のようなものを唱え出した。人の言語ではなさそうなそれは旋律の綺麗な唄のようで。何か超ファンタジー。このシルフィーって子、どういう存在なのかしら?
興味津々にシルフィーを見ていると、ヴィルト様が教えてくれた。
「シルフィーは精霊だよ。風の精霊。ライルが持っている風の魔法道具は、風の魔力を凝縮して作ってあるもので、さっきみたいに魔法を発現させるのにも使えるけど、こうやってシルフィーのような風の精霊を喚ぶのにも使うことが出来るんだ。まぁ、高位の精霊を喚ぶことまでは出来ないけどね。シルフィーはまだ生まれて数年の若い精霊なんだよ」
へぇ。魔法道具って思ったより万能なんだ。使い道の幅が広くて使い勝手良さそう。でも、そんなに使ってたらすぐ無くなりそうよね。
「数に限りはあるんですよね?そんなにポンポン使っても大丈夫なんですか?」
「あぁ。限りはあるけど、かなりたくさんあるよ。作り貯めしてたからね」
「お兄様が作ったんですか?」
いつも懐から出すのも使うのもお兄様だもんね。
「いや……ライルでは、ないよ……」
何故かヴィルト様は言い淀んで、言葉を濁した。
これは聞かぬが吉っぽい?
「ヴィルト様は使わないんですか?」
話題を変えようと、別の質問をしてみる。これも気になってたのよね。使い勝手が良いなら、自分で使った方が早そうなのに、いつもヴィルト様、お兄様に頼んでるし。
「僕は、使えないんだ」
のぅっ!まさか地雷か!使わないじゃなくて、使えない?
一瞬、まずいことを聞いてしまったかと焦るけど、ヴィルト様は苦笑しただけで、普通に答えてくれた。
「僕に魔法や魔法道具が効かないことはもう話したよね?それとは逆に僕自身も、生まれつき、魔法も魔法道具も使えないんだ。持っている魔力も、『雷』のものが少しだけ。だから、王族の中では、『落ちこぼれ』って言われてるよ」
まあ、言われ慣れたから、もう気にしてはいないけどね。と、軽く言うヴィルト様に無理してる様子は無い。でも。
「慣れることが、大丈夫だということではないでしょう?無理して大丈夫にならなくても、良いと思いますよ。『特殊体質』と『落ちこぼれ』は違うのに、分からない人が多いんですね」
王宮なんてドロドロしたところで、人を貶めるためだけにそんなこと言う輩がウヨウヨしてるのは想像に難くない。でも、幼い頃からそんな謂われない中傷を受けたヴィルト様を思えば、時間を巻き戻せたら私が直々にボコってやりたい、と強く思う。
あら。意外と私、ヴィルト様に好意的?
思いがけず、ヴィルト様に対する自分の評価が高いことに気づく。今の身体になってから、唯一嫌悪や忌避のマイナスの感情を向けず、普通に接してくれたからなのか。
「君は……」
「はい?」
ヴィルト様は、何故かあり得ないものを見るような目で私を見ていた。……何で?しかも、何か言いかけたのに、口をつぐんで、何か考え込み始めた。どうした王子様?
「ヴィルト様?」
「いや……何でもないよ。それにしても、どうしたんだろう?シルフィーが手こずっているみたいだね」
促されてシルフィーの方を見ると、何だか難しい顔をしていた。
「シルフィー?どうしたんだい?」
「……それが、エヴァ様が……」
「エヴァ殿が?どうかしたのか?」
「眠いから出たくない、と……」
「……」
へ?
何?誰なのか知らないけど、どんな気分屋さんなの?
こっそり、ヴィルト様に「誰なんですか?」と小声で聞いてみる。
「エヴァ殿は、この大樹の精霊だよ。樹齢をある程度重ねると、精霊化することがあるんだ。エヴァ殿は特に高齢で、三千年くらい生きてる奇跡の樹と呼ばれているんだ。格もかなり高い精霊みたいだよ。ただ、少し、いや、結構なマイペースというか……自由なところがあるんだよね……」
困ったように言うヴィルト様。
「その精霊様が居ないと駄目なんですか?」
「シルフィーにエヴァ殿への仲介を頼んで、犯人を拘束した風の牢をこの大樹の根に隠させてもらっているんだ。エヴァ殿くらい高位の精霊だと、他の精霊からの関与や、魔法で犯人が逃げる手引きも出来ない空間を作り出すことが可能だからね」
成る程。でも。
「空間を隔離してても、飲まず食わずでは犯人が餓死してしまうのでは?」
犯人が死んでしまったら意味無いわよね。
「それは大丈夫だよ。植物を介した空間結界内では、生気が充満しているから、それを受けて、身体の機能を停止に近い状態で留めることができるんだ。死んだりすることは、まず無いよ」
「それなら、エヴァ様でしたか?その方が、寝てしまったとしても、起きるのを待てば良いのでは?」
眠たいところを起こされてご機嫌でいられる人なんて居ないもんね。私だって無理に起こされたらイライラすると思うし。
「それが出来ればいいんだけどね。精霊の、特にエヴァ殿は長命だから、少し微睡むだけで、数年単位なんだ……」
おぶぅ。それは、さすがにご遠慮願いたいデスネ。
「となれば、直接、エヴァ殿の中心部に、行くしかない、か」
やけに気が進まなさそうなヴィルト様。お兄様とフェルナンも、難しい顔をしている。
「何か問題でもあるんですか?」
「エヴァ殿は…………男嫌い、なんだ……」
「……えーと、エヴァ様って、男性、ですか?」
「精霊に、性別の概念はあまり無いけれど、どちらかと言えば、エヴァ殿は女性よりだと思うよ」
「え?でも、シルフィー様は女性のようにお見受け致しますが……?」
「私は、この人間の女性の着る『ドレス』というものが好きなのです。ふわふわしていて、キラキラしているところが、大好きです」
「精霊は、綺麗なものを好む傾向があるからね」
確かにシルフィーの着ている緑色のドレスはふわふわでキラキラしていて、人間離れした美貌の可憐なシルフィーに似合っている。
こんなに可愛ければ、男嫌いのエヴァ様が仲介を受け入れて、自分の一部に風の牢を置いてあげるのを許可してくれたのも、納得出来るってもんよね。ただ男の子のヴィルト様達からお願いされるより、可愛い女の子の姿形したシルフィーに頼まれた方が、嬉しいに決まっているもの。
男嫌い、というのは分かった。なら、自分がやるべきことも、分かる。
「じゃあ、行ってきますね。シルフィー様、お願いできます?」
「かしこまりました」
即断即決、女は度胸だ。
「え?ルチア嬢!?」
「姉様?何するつもり?」
「勝手な行動はーーー」
男性陣の言葉を、一言で遮る。
「じゃあ、他にどんな手がお有り?」
「…………」
三者無言。納得してくれたようで何よりだ。
「では、行って参りますわね」
頷いたシルフィーが私の手を握ると、ふっと視界が白くなった。
次の瞬間、浮遊感を感じて、思わず目を瞑る。しかし、落下する様子もないので、恐る恐る目を開けると、景色が一変していた。
何故か、私は青空の広がる草原の上に立ち尽くしていた。
あれ?樹の中に行くんじゃなかったの?中心部に行くって言ってたよね?
隣を見ると、シルフィーが、空に向かって先程の、呪文のような、旋律の綺麗な唄のようなものを口ずさんでいた。すると。
唐突に、目の前に、人が現れた。
橙色の髪と新緑の瞳を持ったその人は、まるで神様が黄金比を使って作り上げたかのような整った顔をしていた。長い眉、高い鼻梁、形の良い唇。ヴィルト様も人間離れして整った顔だけど、この目の前の人は、正に人間離れした完璧な美貌、とでも言えば良いのだろうか。長い髪を気だるそうに掻き上げ、その人は宣った。
「ダルい」
……ギャップ!
良い方のギャップ萌えならドンと来い!だけどこれは駄目な方だ!
「眠い……」
目をこしこし擦って眠たそうな様子は、まるで人に懐かない猫のよう。この美貌。このマイペース。そして眠そうな様子。もしかしなくても―――
「貴方が、エヴァ様、ですね」
「違う、と申せば、そなたは帰るかの?」
心底ダルそうに、エヴァ様が言う。
「いいえ。……頼まれましたから、それを成し遂げるまでは、帰れませんね」
こっちにも引けない理由があるんですよ。という思いを込めて答える。
「人の子はせっかちじゃの。ついさっき、頼みごとを持ち込んできたかと思えば、すぐさま次の頼み事とは」
軽く頭を振って、ようやくエヴァ様は私の方を見てくれた。
すると。
軽く瞠目したエヴァ様は、私を見て、何故か驚いたみたいだった。
「そなた―――」
「?」
何で驚かれてんの私?何かした?
しかし、数秒の沈黙の後、エヴァ様は何やら勝手に納得した様だ。
「……そうか。その様に、落ち着いたか」
落ち着き?が無いってディスられてる?……そんな訳でも無さそうだけど。
完全に?を飛ばしまくっている私を他所に、エヴァ様は自己完結したのか、ようやく私と会話してくれる気になったようだった。
「して。そなたの用件は何じゃったかの?」
「あ。えーと。ヴィルト様が預けた風の牢を、返して頂きに来たんですけど……」
「あぁ、あれか」
エヴァ様が右手を私の方に差し出して来たので、反射的に両手を出した。すると、手の中に、ピンポン玉大の緑色の水晶のようなものを渡された。
「それを、外に出たときに地面に置けば、勝手に結界が解除されて風の牢が現れるはずじゃ」
「ありがとうございます。眠たかったところを、お邪魔してしまって、申し訳ありませんでした」
よく分からない反応はされたものの、眠たいところを起こしてしまったので、お礼と共に、謝っておく。
すると、エヴァ様は、予想外に優しげな顔で、頭をポンポンと撫でてくれた。
「なに、可愛い女子の願いは聞くのが筋じゃ。問題ない。それより、いたいけな女子をこき使う不届きものに伝えておけ。
『探し物は、意外に近くにあるのじゃ。ちゃんと探せ』とな」
「……?はい、伝えておきますわ」
内容はよく分からないけど、きっと伝えれば、ヴィルト様には解るのだろう。取り敢えず、肯定する。
「あと、お主の持っている珠じゃが……」
「珠?コレですか?」
小竜が現れた時、謎の声が『サービス』と言ってくれた金緑の珠をポケットから取り出す。小竜がお昼寝に窓へ飛び立った時、私の手の中に置いていったので、持っていたのだ。
「それは、自覚のない阿呆に効く薬の様なものじゃ。覚えておくと良い。そのうち使うべき者が使うことがあるじゃろう。その時が来るまでは、お主が持っておれ」
「はい。分かりましたわ」
エヴァ様が言うなら、そうなのだろう。
エヴァ様は、ついでと言わんばかりに、金緑の珠に手を伸ばした。一瞬珠が光ったかと思うと、次の瞬間には、珠に鎖のようなものがついたネックレスになっていた。
「おまけじゃ。その方が、身に付けやすかろう」
「ありがとうございます。助かりますわ」
「他に何かあるかの?」
「いえ、大丈夫ですわ。本当に、ありがとうございました」
「そうか。ではこれは、私からの餞別じゃ」
エヴァ様は再び、私の方に手をかざした。
思わず目を閉じると、何だか耳たぶが温かく感じ、触ってみると、ピアスのようなものが付いている感触があった。
何だかサービスが良すぎる気がしなくもないけど……有りがたく受け取っとこう。再び、お礼を伝えた。
「ではシルフィー、この者を頼んだぞ」
「承りましたわ」
来たときと同様に、頷いたシルフィーが私の手を握り、ふっと視界が白くなる。
シルフィーの移動は一瞬で。
だから、私は、私が居なくなった後、エヴァ様が呟いた一言を拾うことは無かった―――。
『また、会えたな。ミリアンナ―――』
お付き合い、ありがとうございます。次は、別人物目線でいきたいと思います




