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プロローグ

 普通の、一日の始まりだった。


 朝起きて、顔を洗って、着替えて、両親に挨拶して、朝ご飯を食べて、歯磨きをして、身嗜みを整えて、他愛のない会話をしながら「いってきます」と家を出て。


 25歳で独身、実家暮らしなんて今時珍しくもない。

 若干ブラック企業の疑いを持っている会社だけど(主に残業が給料に反映されない辺り)、新卒の頃から働いているから、勝手知ったる何とやらで無難に仕事はできているし。給料にやや不満はあるものの、実家暮らしだから我慢できる範囲だし。

 仕事で嫌なことでもあれば友達と居酒屋で飲みながら愚痴を吐いて、休日にはショッピングモールで買い物して仕事のストレスを発散する毎日。

 そんな日々が、続いていくと思ってた。

 結婚とか考えなくもなかったけど、職場は既婚者ばかりだし、縁がないなーとか思うだけで、焦るほどではなかった。彼氏は欲しかったけど(クリスマスとかイベントの時は特にね!)。

 特に不満も溜め込むこともなく、優しい両親と生意気な大学生の妹と共に暮らして。

 なのに。


 どうしてこうなった?


 ふと目が覚めて、ふわふわとした感触に疑問を覚えながら身を起こし、辺りを見回すと、見知らぬ部屋に装飾の美しい家具。数年前、部屋の模様替えを考えたとき、あくまで憧れとしてカタログの中で見ていたロココ調の家具に似ている。出勤の為に着ていたスーツは可愛らしいネグリジェに。外を歩いていた筈なのに、今居る場所はベッドの中。天蓋付きのベッドとか初めて見たかも。

 そして、何より。


 ……何か、小さい。


 自分の手が、見覚えのある大きさの半分ほどしかない。ハンドクリームをこまめに塗ってもすぐ乾燥して大変だったのに、目の前の小さな手は子供特有の瑞々しいふんわりとしたお手てで。何かもう、混乱してとりあえず頭をかかえてみる。


 いやいやいやいや、何これ記憶の逆行?いや、こんな豪華な部屋に住んだこと無いよ。うちは一般サラリーマン家庭の、一般的な一軒家だったよ。子供のころから住んでる家は両親の夢のマイホームでそろそろリフォームが必要なくらい長年共に過ごしてきた落ち着く我が家だよ。子供のときは壁に落書きしたり、床におもちゃとかリモコン落としていっぱい傷痕つけてごめんね!


 何か無駄に豪華な絨毯や壁紙を見ていると、現実逃避なのか、訳の分からない罪悪感に駆られた。頭をかかえて、前屈みになっていると、さらりと金色の髪が肩から滑り落ちた。

 え。何?金髪?

 引っ張ってみると、自分の頭の毛根が引っ張られる感触。

 やっぱり私のか!

 もう脳がショート寸前だ。助けて誰か。

 金髪って。電車とか町で見た外人の方々のを羨ましく思うこともあるけど自分がそうなるとか完全に想定外だよ。地味目な私は茶色までがせいぜいだよ!

 こうなると、今自分の顔がどうなっているのか、気になる。非常に、気になる。周りを見回すと、流石ロココ調。ウォールミラーがありますよ。助かります。

 ベッドを降りて、ウォールミラーの前に立つ。


 え。これ誰。


 ふわふわと柔らかなウェーブを描く白金色の髪。日に焼けたことなどなさそうな、透き通るような白い肌。くりくりと大きくて愛らしい眼は、まるで雲一つ無い青空を切り取ったようなサファイアブルー。形の良い鼻と口がバランス良く配置されて。まるでビスクドールか童話に出てくる天使のような整った顔の10歳くらいの女の子が、そこに居た。


 これ鏡、よね?窓の向こうに居るとか絵画に描かれた女の子とか………。


 手を振ってみる。同じ動きで少女が動く。


 ですよねー。

 うん。そうだね。分かってたさ。でも一応ね。やっとこうかなって。

 だれに言い訳するでもなく、一人で自問自答して、答えが帰ってくるでもなく、自分のアホさに落ち込む。アホついでに、頬っぺたもつねってみる。痛いわー。夢オチもなかったか。残念。


 とりあえずベッドに戻って、座って落ち着いてみる。

 よく思い出せ私。

 そう。普通の一日の始まりだった、筈だ。

 自分の家のベッドで朝起きて、顔を洗って、着替えて、両親に挨拶して、朝ご飯を食べて、歯磨きをして、身嗜みを整えて、他愛のない会話をしながら「いってきます」と家を出て。

 それから?

 家を出て、駅までの道を歩いていた。

 そこまでは覚えてる。


 確か、某コーヒーショップの新作が出てるって職場で噂になってたから、買ってから仕事に行こうとして……そうだ!

 交差点で信号を渡ろうとしたら、点滅が始まったから、手にコーヒーも持ってたし、止まって待とうとしたんだ。

 そしたら後ろから小学生が急いで走ってきて、交差点で信号はもう点滅終わってたし、注意しようとして。後ろから車の音が聞こえて、反射的に走り出して………


「……轢かれたかな?」


 そこまでで記憶が途切れてるから、結果は分からない。痛みを覚えてない分、死んだ実感も薄いし、もしかしたら今も病院のベッドの上で寝てるのかもしれない。それなら今の私は夢の中か、幽体離脱でもしてるのか―――。


 いや、さっき頬っぺたつねって痛かったし、やっぱり夢オチは無いな。幽体離脱中に痛みを感じるとも聞いたことないし。

 これは、アレ?生まれ変わりとか転生とか小説とかでよくあるやつ?でも正直、他人の人生乗っ取るみたいで何か居たたまれないんだけど……。

 そこで何となく周りを見回すと、本棚が目に入った。

 本を見れば、知っている言語か、そもそも文字が読めるのかどうかが解るかも、と思い、ふらりと本棚へと向かう。


 何となく手に取ったその本は、焦げ茶の落ち着いた革表紙に、金の装飾が施してある。何か高価そう。厚みはそんなに無いから、推定10歳の幼女の体の私にも持てる。


 表紙を捲って1ページ目、拙い文字の、短い文章が目に入った。日記かな?



  * * *

 ◯月◯日、ようやく字が書けるようになってきた。生まれてから、少しずつ薄れてきたこの記憶を忘れないように、書き留めたいと思う。そう、この喜びを!私は夢のような世界に転生した!憧れの『光と影のレガリス学園メモリアル』に!だって今日は、あの方に逢えたのだから、間違いない!

 これから、ゲームの知識を忘れないように、周りにバレないように、日本語で攻略知識を書いていこうと思う。


  * * *


 ……これって、どういうこと?うん。いや、分かるよ?日本語で書いてあるし意味はね。でもこれって、私の前に転生した人が書いた日記ってことよね。字を書き始めるのって五歳くらい?の時に書いたのかな。


 今のこの体は多分10歳前後。じゃあ、この人は、今どうなったの?


 パラパラとページを捲って、文章の書いてある最後のページを読む。日付は最初のページの6年後になっていた。



  * * *

 ◯月◯日、ようやく完成した。これで私はヒロインになれる!悪役令嬢なんかに生まれたことに気づいた時は、この世の全てに絶望したけど、あの人のおかげだわ!魔法のある世界で本当に良かった!私はこれから、アメリアとして生きる。ルチア・アルバニアとはお別れよ!


  * * *



 ………………うわぁ。これって、書いてあることが真実なら、何らかの魔法を使って、『ルチア・アルバニア』、つまりこの体の持ち主が、『アメリア』の体を乗っ取ったってこと?

 道徳的に許される筈なくない?それともこの世界では有りなの?


 でも、何となく解ってきた。

 この『ルチア・アルバニア』に生まれた少女は、前世?のゲームの世界に産まれたことに最初は喜んだ。でも、『ルチア・アルバニア』は悪役令嬢で、ヒロインになりたかった少女は、『あの人』の協力を得て何らかの魔法で『アメリア』になった。(本当になれたのかは分からないけどね)

 そこで空っぽになったこの『ルチア・アルバニア』の体に、事故に遭った私の意識が入ってしまった―――と。


 うん。取り敢えず。






 小説か!!




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