7:異国の商人
「うーん、どうしたものかなぁ……」
≪アーカム≫の街をぶらぶらと歩きながら一人呟く。
意気揚々と武器屋を飛び出したのは良いものの、俺はあることに気付いてしまった。
(どうしよう……鞘がない)
そう、≪魔剣・ムラマサ≫を収めるための鞘を貰わずに出てきてしまったのだ。
血気盛んな冒険者が多い街とはいえ、それでも抜身の刃を持ち歩いていたら速攻で憲兵に通報されてしまう。せっかく優しい店主さんから刀をタダで貰ったのに、罰金なんて取られたら儲けがパーになっちまうじゃないか。
そんなわけで今はムラマサをマントに刳るんで持ち運んでるのだが、いつまでもこの状態では駄目だろう。誰かに当たったら危ないしな。
「武器屋に戻って『鞘もくれ』って言うわけにはいかないし、つーかあの親父、この刀を抜身のまんまで渡してきたよな? ……もしかしてずっと鞘がない状態で放置してたんじゃ……」
すっかり錆び付いてボロ刀になっていたとはいえ、流石にそれは可哀想すぎるなぁ。
マント越しにムラマサのことをそっと撫でてやると、まるで生き物のようにプルプルと振動を返してきた。なんだお前、可愛い奴だな。魔力吸うか?
そうして自慢の愛刀に魔力をちょびちょびと吸わせつつ、どうしたものかと散策しながら考えていると――
「――ちょっとそこのお兄さぁぁぁんっ! お願いだから何か買っていってヨーーーーーっ!」
「んなっ!?」
びっ、びっくりしたー……! 露出の激しい褐色の少女が、真横からいきなり抱きついてきたのだ。
纏っているのは砂漠の国の踊り子衣装だろうか。手首や足首に黄金の輪を付けている以外は、最低限の部位を白い布で覆っているくらいだ。ぎゅむぎゅむと押し付けてくる豊かな胸の先端の感触から、たぶん下着さえも付けてないぞ……!
「なっ、なんだお前は!? 野生のビッチか! エッチなお店でスタンバってろ!」
「ってビッチじゃなくてピンチなんだヨー! 誰も売り物を買っていってくれなくて、今日食べる物もないんだヨ~……!」
「ああ、アーカムの街は処女好きな奴ばっかだからな」
「って身体売ってんじゃねぇヨッ!!!」
おおう……出会ってから3秒しか経ってないが、なんてうるさいメスガキなんだ。
興奮しきった猫のようにフーフーと唸り声を出している彼女の足元を見てみると、鮮やかな布の上にいくつかのガラクタが並べられていた。
「なんだお前、露天商だったのか。金もあるから見ていってやるよ」
「ッ!? ――ありがとうございますお客様っ! どうかごゆっくりとご覧になってくださいませ~!」
「切り替え早いなーお前……」
光の速さで正座して、ものすごくキラキラとした営業スマイルを浮かべる褐色少女。うーん、露天商っていうか露出狂にしか見えないんだが、とりあえず商品を見させてもらうか。どれどれ~。
「この棒を二つ重ねたようなものはなんだよ?」
「ああ、それは『タケトンボ』ネ! 異国の子供の玩具ヨ~。ちなみに500ゴールド」
「じゃあ、こっちの三角っぽいやつは?」
「それも異国の玩具で、『コマ』って言うヨ! あ、こっちとそっちとあっちにあるのも玩具でー」
っておいおいおいおい待て待て待て!
「おまっ……そりゃ売れるわけねぇだろうが! このアーカムは駆け出し冒険者が集まる街だぞ!? どいつもこいつも子供を作る余裕なんてないんだから、玩具ばっか並べても仕方ないだろうが!」
「にゃ、にゃにーっ!? ああ……だから売れなかったのネー……。だからみんな、商品じゃなくてワタシの身体ばっかり見てたのネー……!」
ガックリと肩を落とし、彼女は本気で落ち込んでしまった。
異国の人間とはいえ、本当に今まで気付かずにやってきたのかよ……。あまりにも絶望的な商才のなさに、見ているこっちが泣きそうになってきた。
「うぅう……お腹すいたヨォ……!」
キュッとくびれた腰のあたりから、グギュルルル~という色気ゼロの音が盛大に鳴り響く。
はぁ、仕方ないなぁ……。
「……ここにある商品、全部でいくらだ?」
「えっ、5万ゴールドくらいだけど……」
「よしわかった。倍額で買ってやるから、今日くらいは良い物を食べてくれ」
そう言って俺は、10万ゴールド分の金貨を少女に無理やり手渡すのだった。
すると彼女は一瞬ポカンと口を開け、次の瞬間、顔を真っ赤にして深々と頭を下げてきた。
「ナ、ナイアと申しますッ! 初めてですので、今晩はどうか優しくしてくださいっっっ!」
「って身体買ってんじゃねぇよ!!!」
出会って1分でよくわかった。こいつ、ものすごいアホだッ!
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